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2009/06/24
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この春、ドイツ周辺の情勢は厳しさを増していた。
オーストリア軍はイタリアでの手痛い敗北から回復すべく、ドイツ方面の指揮を預かってきた皇弟カール大公と3万の兵を、対ボナパルトの押さえとして北イタリアへ配置。
その結果、昨年はライン河流域で優位に立ってきたドイツ諸侯の守備が手薄になるのは必至である。
そのような折りも折り、イタリア北東部のフリアウルとティロルを防衛拠点としたカール大公のもとに、驚くべき知らせがもたらされた。
フランスの再侵攻を今かと待ち受けていた、4月の中旬のことである。
「なに、まことか・・・・エルヴィン・フローベルガー大尉からの使者であると!」
大公も側近達も、この知らせには耳を疑い、次に喜んだ。
マントヴァ近郊の激戦でエルヴィンの中隊は壊滅し、命を落としたと見られていたからだ。
そのエルヴィンの使いとあれば、軍務に忙殺されている大公も即座に目通りを許可した。
使者を天幕に招いてみると、確かにエルヴィンの部下、ディートリッヒという男であった。
大公は興奮をおさえられない様子で、使者に尋ねる。
「よく生きていてくれた。兄上も心を痛めておられたのだよ。一体エルヴィンはどこで、どうしていたのだ。怪我はないか。」
しかしディートリッヒは硬い表情のまま、こう返答したのだった。
「お許し下さい、殿下・・・エルヴィン様からの使者というのは、偽りでございます。マントヴァの乱戦ではぐれたきり、あの御方の行方は私にも分かりませぬ。」
「・・・ディートリッヒ!何という・・・・では、そなたなぜ嘘をついて面会を求めた。」
「処罰は承知で、殿下にご覧いただきたいものが。」

ディートリッヒの取り出した紙片が、近習の手を経由して大公に渡る。
「エルヴィン様が、ご自分の使命と信じ調査しておられた結果です。」
文字列を目で追う大公の顔が、徐々に険しくなる。
「フライハルトとバイエルンが・・・婚礼の取り決めを進めていると。」
ディートリッヒが確信していると見て取ると、大公は紙片を折りたたみ低い声で続けた。
「興味深い情報ではあるが、どうして私のもとへ来た。エルヴィンは兄上の臣下であろう。」
「エルヴィン様はフライハルトの動向に関して、幾度も皇帝陛下に注進されておられました。しかし、陛下は興味をお示しにならなかった・・・・エルヴィン様のご無事も分からぬ今、最も有効に活用していただける御方にお渡しするのが、あの御方の意志にかなうことと存じます。」

フライハルトの女君主、レティシア・・・帝国に恭順な素振りをみせる裏で、どんな企みを進行させているのか。
対仏戦線が長期化し、ドイツ諸侯の疲弊と不満が増す中、叛意の芽は迅速に摘まねばならない。

        *           *           *

時を同じくして、いよいよフライハルトではレティシアの行幸の隊列が宮廷を出発して、北を目指していた。
あくまで表向きは、ミハエル大聖堂を改修するための寄進と礼拝という事になっている。
そのため付き従う護衛の兵も200名余りと少数で、ユベールは竜騎兵隊から精鋭を選んで王家の馬車の側方を固めていた。
燦々(さんさん)と降りそそぐ暖かな陽光と、華やかな色づかいの紋章に飾られた車体。
サーベルとマスケット銃で武装した自分の隊が、妙に場違いに感じられるほど穏やかだ。
だが車内のレティシアは緊張しているのか、無表情に近い顔でゆっくりと流れる景色を見つめている。
日が高くなった頃、一行は湖畔の町に立ち寄って休息をとった。
馬車の扉が開き、騎士フォルクマールに手をとられたレティシアが、若草色の土地に足を下ろす。
昨夜の雨が残したぬかるみをよけて歩きながら、彼女はユベールの名を呼んだ。
「陛下、お顔の色が優れぬようですが・・・」
「長距離の移動は久しぶりだから、少し疲れただけです。歩けば気分もよくなるわ。」

彼女がフォルクマールの視線を気にしているのを感じて、とっさにユベールは彼女を自分の体の影に隠すように移動した。
遠くで竜騎兵達が、ユベールと女王の親しげな様子を改めて驚嘆の眼差しで見ている。
彼女は湖の方角へ、先に立って歩き出した。

後を追いかけて横に並んだユベールは、今朝方の光景を思い起こしてしまった。
女王の出立を見送る廷臣達の中に、珍しくグストーの姿があったのだ。
彼はレティシアに声をかけるでもなく立っていた。
ただ彼女が馬車に乗り込む直前、ほんの数秒の間だが、二人の視線は互いを捉えていたように思う。
「ユベール。」
「・・・はい。」
「何をぼうっと考え込んでいるの。あと一歩で私は泥に足を踏み入れそうよ。」

レティシアは足場の悪い地面の手前で、不服げな声をもらす。
「これは、失礼を。」
慌てたユベールをしり目に、彼女はさっさと自分で迂回してしまった。
ユベールは息を吐き出し、自分を戒める。
実を言うと他にも気がかりな事があって、注意散漫になってしまったのだ。
行幸に同行するはずであったアドルフが、いまだにフライハルトへ戻っていない・・・マインツのアルブレヒトと接触できたかすら不明だ。
「ザンクトブルクへ戻っていたのですって?」
水辺までやって来たところで、レティシアが口を開いた。
「・・・えぇ、二日間だけですが。慰霊祭に参席してきました。」
ユベールが率いるザンクトブルク竜騎兵隊で、犠牲になった者のための式典である。
地元の有力者がこぞって出席する一方、ロイ・コルネールの姿はなかった。
出迎えの観衆の中に、彼の妻エリーゼを見たような気はする。
ともかく友人が無事に帰還しているのは確かで、それで十分とするしかない。
群生する水仙の見事な大輪に、レティシアは手を伸ばして鑑賞している。
「いい式でした。ただ・・・誰も私を責めないのが哀しかった。部隊の三分の一近くを故郷に帰してやれなかったのに。残された家族は、私によく戦ってくれたと。本音では苦しいでしょうに。」
フランスの脅威は人々の愛国心をかき立てた。
それと同時に、国民は戦いを否定できなくなったのだ。
人々があれを致し方ない犠牲と受けとめてしまうなら、自分は彼らの良心を欺むいている気がしてならない。
「分かっています、陛下。私は軍人で、いつまでも泣き言をいう青二才ではいられない。以前より遙かに強く、人々はフライハルト人であることを意識しているし、私は期待に応えて戦う。それにも係わらず、国内が二手に分かれて反目しているのは皮肉ですが。」
レティシアは立ち上がり、摘み取った一輪の水仙をユベールの胸に押しつけた。
「その通りよ。あなたも、私も。己の道を悲嘆している余裕はないわ。フライハルトは、じきに統合される。どのような誹(そし)りを受けても、私は当事者であることから逃げたりしない。」
「陛下・・・・?」

彼女の言葉を理解できずにいるユベールに向かって、レティシアは笑みを投げかけた。
「そろそろ馬車に戻りましょう。」
「はい。」
「こうして貴方と歩くのは好きよ。他の者達は私に合わせようとするけれど、貴方とは自然に歩調が合う・・・そういう存在は貴重なの。」

ごく当然のように向けられるレティシアの信頼が、ユベールの胸に温かい思いを吹き込む。
帰国した当初は、彼女との感情的な交流をいっさい拒もうと決めていたが、こんな風に言葉を交わせるのなら、側にいる意味もある・・・
二人が隊列に戻ると、めいめい散ってくつろいでいた兵や侍従が、一斉に集合する。
休息をとって英気を回復した馬たちに鞭が当てられ、一行は再び街道を北へと向かった。






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Last updated  2009/06/25 02:32:11 AM
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び、びっくりしました・・・  
なまけいぬ  さん
エルヴィンが一瞬、生きているのかと。
やっぱ行方不明のままなんですね・・・悲しいです(T-T)

ロイの番外編も読ませていただきました!
戦線離脱した後、どうなっていたのかやきもきしていましたが、何かユベールとロイは大丈夫なような気がしました。
事態は全然好転していないのに、なぜこう思うのかはわかりませんが^_^;
いつかロイがまた、友人としてユベールの前に立てる日が来るといいんですが。 (2009/06/25 05:31:50 PM)

Re:び、びっくりしました・・・(06/24)  
black_obelisk  さん
なまけいぬさん
残念ながらエルヴィンの発見ならず・・・
これまで行方不明だったディートリッヒが生きてたということは、
エルヴィンも可能性ゼロではないはずですが。

ロイは奥さんの存在にだいぶ助けられてるみたいです。
私のイメージでは、彼女はフワフワした半分妖精みたいな無垢な人です。
ユベールの方から歩み寄る気はないみたいですが(笑)、ロイが前向きになれるなら、友情の復活も期待できそうな・・・
二人を見守ってやって下さいませ。
(2009/06/28 11:18:35 PM)

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