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March 1, 2006
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 その当時定年近くなっていたT先生が、まだ若かったころ、あるクラスの担任をしたときのことである。そのクラスには、一人の女子生徒がいた。彼女は勉強もできるし、明るい性格で友達関係も悪くなく、T先生や他の先生から見ても、何の問題もないと思われていた子だった。
 そんな彼女の母親が、あるとき、T先生のもとへ娘のことについて相談をしにきた。
 受験を控えた高校生がよくやるように、娘も夜遅くまで勉強に励んでいるという。だが、2階にある彼女の勉強部屋からは、毎夜毎夜、すさまじい騒音がするらしい。とても大きな音なので、下の階にいる家族は心配で気が気でないという。
 どんな理由でそのような音がするのですか、と、T先生はたずねたが、しかし母親はそれについてすぐには口を開かず、まずは娘の部屋を見てくれと言った。T先生は言われるままに、その教え子の家へと向った。
 こちらです、と、母親が娘の部屋へとT先生を案内した。部屋に入り中を見回すと、整った、何の変哲もないこの年頃の女の子の部屋だった。彼女自身が選んだのか、柔らかくおとなしい雰囲気で統一されている。
 しばらくながめていると、先生、これがあの子の机です、と言って、母親が指をさした。目がとまったのは、彼女の使っているらしい勉強机だった。その机は、よく見ると、部屋の雰囲気とは少し違った印象を持っていた。とてもしっかりしたつくりの、飾りの少ない機能的なデザインであり、長い年月がつける黒褐色の風合いを帯びた、木製のものであった。おそらくは、彼女がこれを使う以前から、誰かによって長く使われてきたのだろう。
 これがどうしたのですか、と、T先生はたずねた。すると母親はゆっくりと、机の上に敷かれている、透明と緑色が二重重ねになったゴムのシートに手をやった。そして、これを見てください、と言って、シートをめくりあげた。
 シートの下を見たT先生は、はっとしたという。そのシートの下、机の上面をなす広い木の一面には、おびただしい数の傷があった。まだ付けられて新しいと思われるその傷口からは、木が持っている本来の生々しい色が現れていた。あらゆる方向へと走った跡は、荒くささくれ立って、交わった点で深く板をえぐっている。床を見ると、削りかすと思われる木のくずがほんのわず、転がっているのが分かった。

「あの子、勉強をしていて、間違ったところがあったり、うまくできなかったりすると、こうやって、カッターナイフや小刀で傷をつけるんですよ。叩きつけるようにするものですから、ものすごく大きな音がするんです」





 そこから先の話は、先生が語らなかったのか、それとも、なんらかのかたちで終わりになってしまったのか、私の記憶には残っていない。しかし、ときおり思い出されてならない話だ。











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Last updated  March 2, 2006 12:15:33 AM
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