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BLUE ODYSSEY
春が来ない惑星
春が来ない惑星 [act.1]
男性が1人で惑星に住んでいた。
惑星上にたった1人で……。
男性の名前は”ゴードン”。ここの調査員だった。
年齢26歳。
この惑星は地球からゆうに180光年離れていた。
ここは寒い惑星。
星全体を氷に覆われ、ちょうど地球の南極や北極のような風景が果てしなく広がっていた。
地表には始終吹雪が吹き荒れ、常に氷点下の世界だった。気温は平均-30℃~-50℃。
吐く息は白く凍り、顔面は油断しているとすぐ凍傷になった。
全ては白銀の世界。
海も一部には存在しているようだが、大部分は土の上を永久凍土が覆っていた。
ここの地表の一画に観測基地があった。地球からはるばるやって来た調査員がここで滞在していた。基地は大地の上に建てられているが、その大地は降りしきる雪の下になっていて、年中見えなかった。
ゴードンは地球からの観測依頼を受けてこの基地に住んでいた。
政府の援助を受けている非営利の宇宙関連団体『惑星調査開発団体』。
その活動は宇宙を探索する事。
特に移住可能な惑星や、資源埋蔵量の多い星の探査に力を注いでいた。
ゴードンがこの惑星に来てすでに5年目になる。
日々ここの地下に眠る資源などを調査していた。
チタン、鉄、銅、金、ボーキサイト、石油や石炭に似た物質、ウラン……。
それらはかなりの埋蔵量があると思われた。
また有効利用できそうな微生物も多く眠っているようだった。
この基地の地下倉庫にはかなりの食料が備蓄出来るスペースがあった。
ゴードンがここに着いた時には”1人が5年半暮らせる”ほどの食料が運び込まれていた。
現在、倉庫には半年分ぐらいの量は楽に残っていたが、本日、地球から”補給船”が到着する筈である。
5年に1度、はるばる地球からやって来るのだ。
調査結果のデータやサンプルと交換に、もう”5年半分の食料”を受け取る。
ゴードンはその食料を今日は腹いっぱい食べる予定だった。
いつもは、「次の連絡船はもう来ないんじゃないか?」という恐怖心が心の片隅にあった。ここは地球から遠すぎるので、「本当に次の船がやって来るのか?」という事については不安の方が多かった。
しかし今日、もしも船が予定通り到着すれば、食料の心配は当分しなくてすむ。だから今日だけは気兼ねなく食べられるのだ。
ここは春の来ない惑星。
太陽はあるのだが、雪は年中降っている。氷も永久凍土が多い。
惑星の1年は地球とほぼ同じ365日。自転速度も24時間で1回転。
だが太陽の当っている照射時間は地球に比べ少な目だった。
しかし、この寒さの問題さえなければ、「地球人類が移住可能な惑星」として注目されていた。
大気成分も地球とほぼ同じ。
今のところ動物の発見にはいたっていないが…、植物はわずかだか地表と氷の隙間に生息している姿が発見された。そしてそれにはなんと食べられる野菜類も存在していた。
この惑星では、自給自足も夢ではない。
今の観測基地のような実験的な小規模の施設ではなく、もっと本格的な移住設備があればそれは理論上可能だった。
その為、この惑星の調査は大いに期待されていた。
ここの基地建設の時には苦労した。氷を溶かして大地を見つけ、その上に建てなくてはならなかった。それは大変な努力と時間を要した。
しかし、苦労のかいあって、基地は強固な建造物となった。
この零下の世界の中で、この基地内だけはいつも暖かい。
暖房が常にされており、基地内部ではランニングシャツで過ごす事も出来た。また温かいコーヒーがいつでも飲めた。風呂も沸かせるし、シャワーや水洗トイレも使えた。じつに快適だった。
基地の天井に付いている大きなソーラーパネル。
この惑星は吹雪の発生が多いので、それによってしばしば太陽光が遮られ、ここからでは上手く電力補給出来ない場合がある。しかし、宇宙空間に設置した人工衛生からレーザーが発射され、この太陽電池パネルに放射される。
すると、かなりの電力エネルギーを一度に受け取れる仕組みになっていた。
人工衛星は自ら大きな太陽電池パネルを持ち、内部のバッテリーに相当量の電力を貯められた。それをそのまま基地に向けて照射する事が出来るシステムだった。
また人工衛星は地球との通信の中継も行っていた。
地表の基地からでは上手く通信が発信できない事も多かったからだ。
この星の地下資源はかなりあるようだが、調査の為に掘るのは大変な作業だった。
ボーリング専用車輛があるが、作業する地盤が氷の上となり、不安定で掘るのはいつも一苦労だ。また吹雪のある日は作業が行えず、1年の3分の1程度しか作業の機会は無かった。
もっと人数がいればボーリング作業は楽になるが、基本的にはゴードン1人で行った。後は充電式のロボットが3台程稼動していた。
このロボット達には大いに助けられた。ゴードン自身は、車両の外に出ての作業をほとんどしなくて済んだ。
ロボットはもっと保有台数があるのだが、それは仕事のある時だけ電源を入れている。でも3台は常時電源を入れていた。どんな緊急事態が起こるか分からないからである。
ここには医者はいないが、ロボットがその代わりをする。
ゴードンがもし突発的な事故による怪我や病気や発作に見舞われたら、ロボットに助けてもらうのだ。
またゴードンには虫歯は無かったが、ロボットはもちろんその治療が出来た。さらに緊急の手術も行える。
それ以外にも散髪やマッサージなどもしてくれた。
補給船はワープ航法により、地球から半年ほどの期間でこの惑星にやって来る。その時、恐ろしい量のニュースやテレビ動画のデータを置いていってくれる。だから基地滞在中でも退屈はしなかった。
基地の窓から外の景色を見る。
ここの窓は2重になっており、間には空気の層があった。これで寒さが外へ逃げない。
だが外側のガラスにはいつも氷が張り付いていた。
外がいかに寒さの厳しい世界であるかこれでわかるというものだ。
基地の外壁も全て2重になっており、基地内の温かさを逃がさない構造になっていた。
そしていよいよ補給の大型宇宙船が惑星軌道上にやって来た。
春が来ない惑星 [act.2]
実は今回”ランバート”という名の研究員がこの船に乗って来ている筈である。そして食料は”いつもの倍の量”が運ばれて来る。
ランバートはゴードンと同じく『惑星調査開発団体』に雇われた人間だ。
ゴードンにはまだ名前以外はほとんど知らされていない。それでまだどんな人間が来るのかよく知らなかった。
相手の年齢は21歳。その他はわからない。本部の方からはいつからいつまで滞在するのかさえ聞かされていなかった。
しかし、補給船は5年に一度しか来ないので、おそらく5年間はいっしょに暮らす事になるだろう。
ゴードン調査員は現在26歳。最初ここに着いた時は21歳だった。
これからランバート研究員と5年もいっしょに暮らすのは正直苦痛と思っていた。たとえそれが仕事とはいえ。
基地内は広く、滞在する者には快適なコンパートメントが用意されている。
どうせその研究員も自室に閉じこもるだろうから、ほとんど顔を合わせずに済むと思えるのだが……。
しかし食事はいっしょに取らないとダメだろう。お互いのコミニュケーションの為だ。
こういう閉鎖空間では一度人間関係がこじれるとトコトンこじれ始める。
そしてよっぽどの事が無い限り、その関係修復はありえない。閉鎖空間にいる人間とはそういうものなのだ。
したがってこれから毎日緊張の連続となる。
ホンの1ヶ月だけ、ここで滞在するというのなら、例え誰がこようと大いに歓迎するのだが……。
多くの惑星間を連絡する補給船は、万が一それが事故にでも遭えば、この基地にも食糧や燃料が送り届けられなくなる。
その不安は常にあった。
たとえ代わりの船がすぐに地球を出港出来ても…、ここに着くまで半年はかかるのだ。
しかしまあ、それ以外は実に快適な所だった。もしかするとランバートが来る事により、その快適さも今日をもって崩れ去るかも知れないが……。
衛星軌道上に停泊した大型宇宙船は大気圏突入カプセルをいくつか打ち出した。そしてそれらは全てこの惑星上への着陸に成功した。
地表がどこも厚い雪に覆われている為、それがいいクッションとなり着陸自体の危険度は低い。
ゴードンは万能雪上車を出して回収に行った。
それは大きな雪上車で、後にはキャタピラ付きのトレーラーを牽引してあった。そこに小型クレーンも装備していたので、そのクレーンで手際よくカプセルを拾って行く予定だった。
いつもなら、全てのカプセルを基地中に運び入れてから、ゆっくり中を開けるのだが、今回は”人”が乗って来ているので、そのカプセルだけを先に回収した。そして基地内のガレージに入れた。
カプセルのハッチを自分で開けて、中から人が出て来た。分厚い宇宙服を着ていた。特にふらつくワケでもなく、心配無さそうだった。
それでゴードンは雪上車のウインドウ越しに指を指し、基地内に先に入ってもらった。
基地への入り口から中に入ると、そこにはゴードンが用意していた張り紙がいくつも張られていた。
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ようこそ!当ホテルへ!長旅ご苦労様でした!
先に食事をされますか?それともシャワーを浴びますか?
個室に行くなら右へ曲がってください。シャワーもあります。
食事なら左へ曲がってください。食堂に温かい食事を用意しておきました。
ホテル支配人 ゴードン!
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ゴードンはもう一度外に出てカプセルを回収しに行った。
早く全部のカプセルを回収しなければ、吹雪がやって来て雪をかぶってしまう。
だが、いつもの倍の量のカプセルを回収しなくてはならないので、時間がかかった。
ようやく全てのカプセルをガレージ内に運び込み、分厚い2重の防寒シャッターを閉じた。
とたんに外気と遮断されて、ガレージ内に静寂が訪れる。
ホッと一息つく。
これで後は、ゆっくり作業できる。もう急ぐ事も無い。
ゴードンは食糧を地下倉庫に運び込む作業をする前に”ランバート”に挨拶をしに行った。
ランバートは宇宙服を脱いで、ここのシャワーを借りて浴び、その後、基地内で着る楽な作業着に着替えていた。
春が来ない惑星 [act.3]
ゴードンは、ラウンジで初めて”ランバート”の姿を見て驚いた。
女性だった。
ウェーブのかかった豊かな髪。整った顔立ち。
それは久しく間近で見る事の無かった女性の顔であった。
飾り気の無いこの惑星と、殺風景な壁に囲まれた基地内とは対照的に、華やかさと憂いのある女性の美しさがそこにあった。
ランバートはにっこり笑って親しげに握手を求めて来た。
それは柔らかく包み込むような笑顔だった。
ゴードンはまるで降臨した女神でも見るような目付きでしばらくランバートを見つめていた。おそらく口を半開きして。
手を差し出しても、ゴードンが握手して来ないので、たいぶ待ってからランバートはついに手を引っ込めた。
そして、「どうかしましたか?」とやさしく聞いた。
その声も甘くて少女ぽさのある声だった。
地球から送られて来たニュース番組やテレビ・映画の動画などで、女性などいくらでも観れたのだが……、
やはり直に見る女性の美しさはまた違った。
ゴードンはランバートの美しさに衝撃を受けていた。
その日からゴードンはランバートの言う事なら何でも聞くようになった。
このままではランバートにイニシアチブを全て持って行かれる気もするが……。
さっそくゴードンは伸ばし放題だったヒゲを全て剃った。そしてすぐに手入れの行き届いていない自分の髪の毛をロボットに切らせた。
それも”格好のいいカット”をするように注文をつけた。
彼は今までそんな事をロボットに言った事は無かった。
すっかり見違えたゴードンを見てランバートは笑った。
「まあ、10歳は若返りましたわ!」
ゴードンは少し照れ笑いをした。
とにかく、ランバートにとっては、ここは”過ごしやすい”と言うか、”なんでも我がままが聞いてもらえる状況”だった。
だが…、彼女は決してそんな事はせず、いたって謙虚でマイペースだった。
彼女には常に神秘的な部分が存在し、いつも優雅で取り乱さなかった。
そしてそれがゴードンの心を惹きつけて止まなかった。
ゴードンは、ランバートがここに来る前は食事以外は顔を合わさないで済むように、いろいろなコミュニケーション手段を講じていた。
それはメールでリアルタイムに連絡が取れるようにしたり、基地内のいたる所にホワイトボードを取り付けたり………。
だが、今やそれとは逆に、”どうやって口実を設けて毎日彼女と会話するのか”に焦点が移っていた。
最近”やたら元気過ぎる勢い付き過ぎ”のゴードン。
暑苦しいまでに休憩時間に何度も彼女に話しかけた。
それでランバートは、
仕事時間にも必要以上に話しかけられ、
休憩時間にも話しかけられ、
何をするにも先に「やり方を教えようか?」「準備しようか?」「案内しようか?」等と言われ続け…。
それでも最初はずっと笑顔を崩さなかったランバートだった。彼女は性格の良い女性のようだ。
だが、最後にはピシッと
「1人で出来る事は1人で出来ます。私は少し疲れて来ました。あまり何度も何度も喋りかけないでください。」
と言った。
彼女は少し怒ったようだ。それでゴードンはしょんぼりして自室に入って腰掛けた。
「彼女に嫌われてしまったのだろうか?もう話しかけてもらえないのだろうか?」
と落ち込んでしまった。
次の日。
いつもと変わらぬ調子でランバートが話しかけてくれた。
「ゴードンさん、どうしたんですか?顔色がさえませんよ」
てっきり嫌われたのかと思ったが、やさしく語りかけてもらえた事にゴードンはホッとして、すごく嬉しかった。
とにかく、このランバートは不思議な人物に見えた。彼女と顔を突き合わしていても、お互い刺々しくならない。
ランバートがどうしてここにやって来たのか深く聞いていないので、いまいちよくわからないが……。
それは地球の本部に問い合わせてもわからなかった。
「職務上以外のプライベートな事項についてはこちらでは関知しません」との返事だった。
ただ、「惑星調査に行く事は彼女の希望」だったそうだ。
ランバートとの職場上の関係は実に上手くいっていた。
お互い助け合えたし、いっしょに仕事をしていて楽しかった。
…と、ゴードンは思っていた。ランバートはいつも笑顔を絶やさないし、無理して笑顔を作る事もない。
ランバート自身は本当はどう思っていたかわからないが……、
それでも、彼女はとびきり心の優しい女性である事は間違いなかった。
それからは、楽しい時間が過ぎて行った。
春が来ない惑星 [act.4]
ある日の朝、
「まあ、ゴードンさん!あれを見てください!」
窓から基地の外を見たランバートが、外を指差した。
基地のすぐ側の雪の平原、そこに黒い土の地表が見えていた。一部雪が溶けていたのだ。
上空の雲間から温かい光が射し込んでいた。珍しい。
外気温度計を見ると、かなり上昇していた。
それから数日。
気温は上がり続けた。
そして、土の上では植物が芽を出し始めた。
「ゴードンさん!貴方の報告書では”春”が来るなんて事は書かれていなかったですよね?」
「”春”?」
「ええ、これは”春”ではありませんか?」
確かに言われてみれば、一時的に気温が上がった事は”春の到来”と言えるかも知れない。
それよりもゴードンは、ランバートがこの現象をすぐ”春”と表現した事に女性らしさを感じていた。
しかし、なぜ気温が上昇したかについてはわからなかった。
ゴードン「地軸の傾きが変わったわけでもないし、惑星の軌道が変化したわけでもない。
太陽の熱量やコロナが増えたわけでもないし、大気の変化に起因する物でもない。
とにかく何も変化が無いのに気温が上昇している。温暖化だろうか?不思議だ……。」
ゴードンは首をひねったが、ランバートはこの春の到来がとても嬉しそうだった。
彼女は外に出て土に生えた植物を観察した。
やがて1ヶ月もすると春は終わり、また冬が到来した。
ランバート「11ヶ月間”冬”で、1ヶ月間”春”と言う事ですか?」
ゴードン「いいや。僕がここに赴任してから5年、一度も”春”は来なかった。過去の地層や氷の層の調査でもこの惑星に”春”が来たなんて形跡は見つからない」
ランバート「すると……、あの気温上昇は何が原因だったんでしょうか?」
ゴードン「さあ、まだわからん……。」
ところで、この後もランバートとゴードンの関係は上手く行っていた。
ゴードンは落ち着いて来た。以前のように必死に彼女に喋りかけるという事も無くなった。
彼女の休憩時間を奪うような事はしなかった。
それでも2人は個室に閉じこもる事無く、広いラウンジでいっしょにいて、別々の事を楽しんでいる事が多かった。
ゴードンが地球から持って来た映画を観ていると、ランバートは詩集の本を開いて読むと言った感じで。
お互い何時間いっしょにいても疲れないようになっていた。
2人はごく自然な良い関係になって来た。
春が来ない惑星 [act.5]
2年目も”春”はやって来た。
今度は前の年より長く、その冬から春へ変化する期間も入れると約2ヶ月間にもなった。
ランバート「春はいいですよね。太陽の陽が温かくて!」
ゴードン「でも不思議だ。太陽の熱量は変化していないのに…………。」
ランバートはさっそく地面に成長の早い野菜を植え始めた。そして春が終わる頃にそれを収穫した。
雪国の野菜は厳しい自然の中で育てられるので、軒並み美味しい。
ランバートはそれを元に料理を作ってくれた。それはとても美味しかった。
ランバートは今までにも、よく料理を作ってくれていた。
彼女が来る前まで食べていた保存食の数々は、けっこうゴードンは気に入っていたのだが……、ランバートの作った料理を食べた後では、それらを口にする気にはなれなかった。
しかしゴードンはランバートに「作って欲しい」と要求する事は止めていた。そんな事をすれば、彼女の中で「めんどくさい」だとか嫌がる感情が生まれると思ったから。
だが、結局は全ての食事を作ってもらっていた。
自分の煎れたコーヒーとランバートの煎れたコーヒーはまるで味が違う。コーヒーでさえこうだった。
彼女は自分で進んで料理を作っていた。料理を作る事が楽しそうだった。
ランバートとは日に日に仲が良くなっていった。
彼女はいつも退屈してない。ヒマさえあれば基地内のいたるところを掃除したり、造花を作って飾ったり、お菓子を焼いたりしていた。
確かにゴードンはそんな事に熱中し続けられる”女性”という存在を不思議に思ったのだが……。
次の年も温かい春がやって来た。
基地の周りの氷はみんな溶け、かなりの面積の大地が顔を出すようになった。
土は黒っぽいがここに野菜を植えるとよく育った。
この年もランバートはたくさんの野菜を植えて、たくさんの美味しい料理を作ってくれた。
この頃になると……、ゴードンには、やたらランバートの美しさが目に付くようになって来た。
ともすれば息苦しい閉鎖空間の中で、ランバートの美しさは一際輝いて見えた。
彼女の性格の良さに魅力を感じるのはもちろんだが、その美しさにも異常に魅かれるようになって来た。
彼女を疲れさせないように、いつも距離を置く事を心がけてきたゴードンだが…、ついに彼はランバートの事ばかり考えるようになった。
個室のベッドに就眠の為に身を横たえると………、いつも脳裏に浮かぶのはランバートの姿ばかり。
そして、胸が苦しくなった。
「(もし彼女に、この気持ちを告白出来たら……、
いや、
もしそれを言って今の良い関係がこじれたら……………。)」
ゴードンは悩み、眠れぬ夜を過ごす事も多くなってきた。
ランバートへの想いは自制が効かなかった。このままでは仕事にも支障が出そうだった。
それでゴードンは軽い不眠症になった。目の下にくっきり隈が出来た。
ランバートはすぐその事に気付いた。
ランバート「まあ、どうしましたか?眠れないのですか?」
心配そうに顔を近づけるランバート。肩から零れ落ちる髪。ガラスのようなに透き通った瞳。そして柔らかそうな艶のある唇。
ゴードン「何でもない。何でもない。」
ゴードンが「何でもない」とだけ言うものだから、ますます心配になるランバートだった。
春が来ない惑星 [act.6]
それでランバートの方からもだんだん笑顔が消えていった。
彼女はいつも心配そうにゴードンを見つめるようになって来た。
ゴードンは近頃では食事もあまり喉を通らない。
ランバート「何かの病気かも知れません。もしかするとこの惑星特有の。人間ドッグで精密検査を受けてください。」
ゴードンはそれを断った。するとランバートは眉間にシワを少し寄せてさらに心配そうな顔をした。
それでゴードンは個室に引きこもった。
髭もここのところ剃ってない。伸ばし放題だった。
ゴードン「(病気ではない。いや、”恋の病”と言えるかも知れないが……。
ああ、苦しい。
どうすればいいのだ。ここは地球ではない。告白してどうなるというのだろう…?)」
そいえばゴードンは、彼女がいつ地球に帰るか聞いてなかった。
ゴードン「(まさか、次の補給船に乗って帰るとか……?!)」
そう思うとゴードンはいてもいても経ってもいられなくなった。
そしてランバートの個室までワザワザ訪ねて行った。テレビ電話があると言うのに。
息を切らせてゴードンは彼女の個室の扉を開けた。
ゴードン「ああ、君、地球へはいつ帰るの?」
ランバート「え?まだ決めていませんが?」
ゴードン「”次の便”で帰るなんて事は……?」
ランバート「さあ、まだ決めてません。それが何か…?」
ゴードン「いや、別に。」
ゴードンは胸が苦しくなった。何となくランバートが帰りそうな予感がしたのと、彼女がいとおしくてたまらなくなったからだ。
ゴードン「(もし彼女が自分の元を去って行く事になったら…、それに耐えられるだろうか?)」
そして少し胸を押さえた。
それを見てランバートはまた心配そうに言った。
ランバート「ゴードンさん。やはり精密検査を…………。」
ゴードン「放っといてくれ!!!」
ゴードンはつい大声を出してしまった。
それから自分の個室に戻って、ベッドに横たわった。
彼女に対してこんな乱暴な対応をした事はこれまで無かった。
なんだが、じわっと涙が溢れて来た。
ゴードン「(ああ…、どうすればいい?)」
春が来ない惑星 [act.7]
次の年はいいとしても、その次の年は補給船が地球からやって来る。それに乗らなければ”さらに5年”ここにいなくてはならない。
だから、彼女はそれに乗るのではないかと思った。彼女の年齢で、こんな所でいつまでも過ごすとは思えなかった。
それにゴードンは自分はどうしようかと考え始めていた。
ゴードンは『惑星調査開発団体』と15年契約をしてこの惑星に来ていた。15年後に地球に帰れば、莫大な報酬がもらえる筈だった。
それを途中で打ち切れば…、低い金額しかもらえない。
当初は15年満了して、そのもらったお金で大学の研究室に戻り、悠々自適に研究する人生を送るつもりだった。
「(しかし、今、契約を打ち切ってランバートといっしょに地球へ帰るという選択肢もある。
そして…………、
地球に戻って……、
だが、そんな事をしてもいいのだろうか?)」
そこで初めてゴードンはランバートの身の上について何も聞いていない事に気が付いた。
プライベートな事は、今まで聞くのが怖かったのだ。
「(彼女、まさか結婚しているのではないか?
地球で夫が待っているとか?
でも彼女の若さでは考えにくいが……。
いや、それとも恋人がいるとか?
心にずっと思い続けている人がいるなんて事は……?)」
ゴードンは思い悩んで日ましにやつれていった。
食事もあまり取らず、個室にこもりがちになった。
チェックや作業は全てロボットに任せていた。
それでも”ロボットに任せてはいけない”という規定があるチェック項目や作業がいくつも存在した。
ついにはランバートがそれを代わってするようになった。
そして今や、ランバートは自分の仕事とゴードン仕事、それにゴードンの看病までしていた。
そして………、ある日、
ランバートがついに倒れた。心労と過労が重なったようだ。
途端に今度はゴードンがランバートの事を心配し始めた。彼女の身の回りの世話を全てするようになった。
もともと、ゴードンは病気などではなかったのだ。
彼はよく動けるようになった。
ランバートは過労という事もあり疲れ切っていた。
思えばゴードンがふさぎ込んでから随分と時間が経っていたのだ。
ランバートの顔はやつれていた。
その日からずっと彼女は寝込んでしまった。
ランバートは彼女の部屋に柔らかい音楽をかけ、部屋を暗めにした。
春が来ない惑星 [act.8]
その後、この惑星を信じられないぐらいの寒波が襲った。それは惑星全土を被い、基地の建物は氷に包まれた。
さらに四六時中吹雪が吹き荒れ、太陽の光を遮断した。
基地内でも燃料による自家発電はしていたが、太陽電池パネルからはついに電力供給が0になった。人工衛星からのレーザーも届かなくなった。
基地から離れた所にいくつか風力発電の風車があったのだが、全て強風に持っていかれた。
温泉から基地まで引いたパイプラインも存在したが、そのパイプラインまで凍結してお湯が来なくなった。
氷は完全に基地全体を覆っており、日々その分厚さを増していった。
それで基地内の空気の排出や外気の取り入れはほとんど出来なくなった。
ゴードンは危機を察知した。
そして、地球にSOS信号を送ろうとしたが……、中継の人工衛星に電波やレーザーが届かない。電波もレーザーもこの厚い雲の層を突き抜ける事は出来ないようだ。
「くそっ!」
彼は地球に対して連続でSOSを自動発信するように通信機をセットした。
……それから1ヶ月が過ぎた。
地球からの通信をキャッチできない。いや、人工衛星のシグナルさえつかめなかった。
基地内では酸素を節約しながら使っていた。
ランバートの部屋だけを暖房し、その他の暖房は切るか節約した。
基地内でも防寒着を着けなくてはならなかった。基地のいたる所に氷が生え始めた。
基地内は「外よりはマシ」というだけの室温になってきた。
窓には霜が降りて完全に外が見えない。そこで窓の外側にある防寒シャッターを下そうと思ったが、凍りついて動かなかった。
キッチンは料理の時だけ暖房していたが、それもままならなくなってきた。
材料はカチンコチンに凍りつき、電子レンジを動かせば電力を大きく食うの止めていた。
コンロを使えば酸素が減るので食事を作るのは一苦労だった。
使い捨てのカイロをかき集めてランバートの部屋に置いた。
それでその部屋だけいつも暖房を確保していた。
しかし、ランバートの容態は悪くなる一方だ。
地球との連絡は依然取れない。
ゴードン「(ああ…、吹雪さえ止んでくれたら……。)」
吹雪さえ止めば、人工衛星から電力供給が受けられる。
それからさらに1ヶ月が過ぎた………。
基地の酸素と電力の残量はあとわずか。
雪を溶かしてそこから酸素を得る事も出来るが、それをする電力がもう無くなって来た。
しかし、まったく希望が無いわけでは無い。
暦の上ではそろそろ”春”が訪れる筈である。
すっかり頬がやつれて、満足に口もきけなくなったランバート。最近は食事をほとんど取らないので、点滴をしていた。
まずい事に、この部屋を温める電力やカイロが底を尽き始めた。
ゴードンはランバートの手を握り締めた。
「がんばれランバート!もうすぐ春が来る。
春が来れば、きっとあの吹雪が止み、厚い雲が晴れることだろう。
そうすれば電力も回復する。何もかもが元通りになる。」
ランバートは弱々しい声で答えた。
「ええ、そうね……。」
無理に笑って見せた。彼女は大粒の涙をこぼした。
そして、目を閉じた……。
ゴードンはランバートの冷えた手を擦りながら、彼女に言った。
「君に前々から聞いておきたかった事があるんだ。
いや、もっと早く聞いておくべきだった!
でも、いままで聞く勇気が無かった。
この惑星探査という任務に比べれば、実に子供っぽい質問かも知れないが……、
まあ、答えたくなければ答えなくいい。
君は……………、
夫はいるの?
結婚はしてる?
恋人は?
好きな人はいる?
その……、
僕といっしょに地球へ帰らないか?」
しかし………、
その後、ランバートが再び目を開ける事は無かった…。
しばらくすると、惑星の気温はある程度まで回復した。雲も退いた。
しかし、不思議な事に、
その惑星に2度と”春”が訪れる事は無かったのである……。
THE END
そうですね。この惑星はランバートの心に呼応していたんです。
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