BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

新たな関係。


新たな関係。  [前編]


 タカは亜美にメールを打った。

タカ 「今度の土曜は休みが取れるんだ。それで日曜と合わせて2連休になる。
ひさしぶりにどこかへ行かないか?」

しかしメールはすぐには返って来なかった。3日経った金曜日になって初めて返って来た。

亜美 「やめとく……。疲れた……。土・日は寝たい。」

それで、結局亜美を誘い出す事は出来なかった。






 次の週の月曜になってタカはまた亜美にメールを打った。

タカ 「今週も土曜に休みを取ろうと思うんだ。
それでどこかへ行かないか?」

しかしまたメールは返って来なかった。今度も金曜になってから初めてメールが返って来た。

亜美 「やめとく……。また今度……。」

「やれやれ……。」とタカは思った。







 タカと亜美が付き合い始めてからもう5年になる。
どちらかというと亜美からタカに近づいた形だった。
友達から恋人へはすぐにステップアップしたものの、そこから先へはいっこうに進まなかった。
付き合い始めた当初、亜美はタカに対して積極的で、2人の仲はすぐに深まった。しかし、タカは亜美に対してあまり情熱的ではない。

5年目に入ってから……、亜美は突然この調子になった。
以前は、タカがたまに気が向いた時に誘えば、どんな時でも誘いに応じていっしょに街へ繰り出したと言うのに。
ここ半年ほどは会ってもいなかった。
いくら誘っても「疲れた」という返事が返ってくるだけで、亜美は会おうとしなかった。

「あの頃が懐かしいな。」

とタカは思った。





 亜美はネット上でブログを書いていた。
そこには最初タカとの何気ない日常や会話の記事がアップされていたのだが…………。
しだいにその内容はごく普通の話題へと移っていった。
趣味のパッチワークの事や買い物。洗濯の仕方から女ともだちとの会話。ボーリングやカラオケの話題。
次第にブログからタカの話題が消え行き、ここ4ヶ月ほどはまったくタカの事に触れていなかった。もはや亜美の中にはタカの存在はなくなったかのように思えた。

さすがにここに来てヤバイと感じたタカは、亜美をかつて無いほど熱烈に誘うが、全て断わられてしまった。

時を同じくて亜美のブログには「疲れた」という文字が多く書き込まれるようになってきた。
それは直接「タカとの関係が疲れた。進展が無い。結婚に話がいかない」等と書かれるものでなく、全て間接的表現で書かれるのだ。
タカにとってはむしろこちらの方が辛かった。






 そんなある日、亜美のブログに”ナイトクルーズ”というハンドルネームを持つ男性からの書き込みがあった。
そして”ナイトクルーズ”はすぐに亜美と意気投合した。そして彼の書き込みは数が多いのでブログ内で目立つ存在になってきた。

【ナイトクルーズ】「レミアさんへ。夜の海は最高ですよ。よろしければ、僕の所有しているクルーザーでナイトクルージングに出かけませんか?」

レミアとは亜美のハンドルネームである。

【レミア】「私なんかがお邪魔してよろしいんですか?」

【ナイトクルーズ】「かまいません。むしろ大歓迎です。
船にはプロジェクター式のテレビが設置してあるんです。
船内でゆっくり映画でも楽しみませんか?」

【レミア】「考えておきますv」

このようなやりとりが何十回と続き、亜美も段々この誘いの事を本気にし始めた。最初はネット上の美辞麗句だと思っていたのだが……。


【レミア】「本当にいいのですか?本当に行ってもいいですか?」

【ナイトクルーズ】「もちろんです!」

【レミア】「では、ここは公開のブログ上ですので、後はメールで話していただけませんか?」


これまでじっと黙って亜美のブログを見守っていたタカは、このやり取りを見てさすがに怒った。
そして、もう長い間していなかった「亜美のブログへの書き込み」を行った

【シャレてないレストラン】「おい!どういうことだ?!」

しかし、この書き込みは、亜美によって早々に削除されてしまった。もちろん亜美は”シャレてないレストラン”がタカのハンドルネームである事は承知していた。

……どうしようも無いタカ。直接亜美の所へ電話をかけるが、出てはもらえなかった。

「(予想以上に俺離れが進行しているな……)」







新たな関係。  [後編]


それからというもの、亜美はブログに今週の土曜に行われる”ナイトクルーズ”とのクルージングの話題ばかりを綴った。
これは”いきなり会ってデートする”という事を意味した。

「(こんな事が許されていいのだろうか?)」

タカはなおもメール・電話で亜美に連絡を取ろうとした。しかし、全て無視された。
そこで初めて事の重大さに気が付く。

「確かにいままで亜美をほったらかしにしていた自分が悪い。
結婚の話も一度もした事がなかった。
そんな話題をふられても、いつも聞き流していた。」

深く反省するタカ。しかしどうしようもない。謝ろうにも連絡が取れない。拒否される。

……そこでタカは考えた。(最近、亜美について考えた事などなかった。しかし、考えた。)

そして……、ある事を思いついた。








【レブリミット】「こんにちは。はじめまして。今日、偶然君のブログを見つけたんだ。あの記事が気に入ったよ!」

ある日、亜美のブログに突然”レブリミット”なる人物から書き込みがあった。

【レミア】「はじめまして、レブリミットさん。そうですか、記事に共感してもらえて嬉しいです」

こうして2人はブログ上で話し始めた。”レブリミット”は紳士的だし、言葉使いも…(少々荒くはあるが)内容はやさしかった。
そんなワケで亜美はレブリミットとも親しくコメントのやり取りを始めた。



ほどなくして”ナイトクルーズ”との約束の日が来た。
しかし、あいにくその日は大雨。約束のクルージングは中止された。

【レミア】「とても残念です」

【ナイトクルーズ】「それなら、来週の土曜日にしましょう!」





”レブリミット”の方はなおも毎日亜美の記事に感想の書き込みを続けていた。それは自然でさりげない接近だった。
すると亜美はだんだん”レブリミット”の方にも興味を持ち始めた。”レブリミット”も亜美を誘い始めた。

【レブリミット】「今度の休みにドライブでも行きませんか?」

【レミア】「いえ、まだドライブはいいです。でも、どんな車をお持ちですか?」

【レブリミット】「車種ですか?いやあ、実は言うほどの物じゃないんですよ!」

亜美は”レブリミット”の言い回しに共感を覚えた。
それで”レブリミット”ともいい感じになってきた。





また”ナイトクルーズ”との2度目の約束の日が来た。
しかし、この日も大雨。デートは中止された。


【レミア】「またですね。今回も残念です」

【ナイトクルーズ】「それなら、来週の土曜日にしましょう!仕事を空けますから!」




”レブリミット”はあせらずに書き込みを続けた。
が、自分も亜美と仲が良くなって来ているというのに、先に約束した”ナイトクルーズ”の方を亜美は優先させようとしていた。
それは屈辱だ。

「これまでは押さえてきた……。
我慢に我慢を重ねて紳士を演じて来た。
が、それも限界だ。
これからは攻撃に出ねば。」

そう、何を隠そう”レブリミット”とはタカの新しいハンドルネームだった。
”攻撃”とは、もちろん亜美を(ネット上で)落としにかかる事を意味する。





タカは亜美の好みを熟知していた。しかしそれを示唆するような言葉を書き込んでは、頭の良い亜美にすぐ自分である事が気付かれてしまう。
そこで、”わざと初対面の女性に接するように”頭の中をリセットして言葉を綴った。時には的外れな事も書き込んだ。
これがこうをそうしてタカの正体は亜美にバレずにすんでいた。

タカは攻撃に出る前に、一応”ナイトクルーズ”の動向を調べてみようと思い、ネット上に彼がいないか探ってみた。
すると……、彼は他にも誘いをかけている事が分かった。
他の女性のブログにほぼ同等の書き込みを続けていた。つまり他の女性にも別の曜日にクルージングの約束をとりつけようとしていたのだ。
さらにその内容をよく見ると、彼は船は所有しておらず、レンタルするつもりのようだった。

タカはこの事実をつかみ、”レブリミット”の名で亜美の元にブログを経由してメールをした。すると亜美はメールを受け取った。
メールで教えられたアドレスを見て、亜美は”ナイトクルーズ”が方々に行っていた同様の書き込みを見た。そして書き込み内容に矛盾点がある事も発見した。
いままで一度もナイトクルーズの経験がない事等……。確か趣味がクルージングだと言っていた筈だが……。





 こうして亜美のブログ上からは、今までの”ナイトクルーズ”の書き込みは全て削除される事となった。再び彼が書き込んでも、もはや返答は無かった。

この事があってから、亜美は”レブリミット”を信用し始めた。
そして、誘いに応じて一度”レブリミット”と会って見ることにした。
そこで”レブリミット”はもう一度ドライブに誘ったが、

【レミア】「最初だから、まだドライブはできません」

と断わられた。

【レブリミット】「分かりました。じゃ、車は止めよう」

と、ドライブ無しで会う約束を取り付けた。





それでもタカは約束を破って、待ち合わせの場所に車で乗りつけた。

タカ「(どうせ乗るだろ。1年前まではいつもこの車でドライブしてたじゃないか?)」



待ち合わせの駅前のロータリー。
そこで亜美は待っていた。
間もなく、亜美の目の前に見間違う筈のないタカの車”真っ赤にペイントされたGT-R”が現れた。





THE END










 ちょっと思いついた話です。
もうすでに「関係が確立している相手でも、ネット上で身元を隠して会えば、新鮮な気持ちで再び出会えるのではないか」なんて思って。



ついでに…、
”GT-R”はスカイラインGT-Rの事ですよ。

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