BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第6話 過去の恋 act.1~10














【月面上のレッドノア・現実世界・西暦2100年】
























ここはレッドノア船体に設けられた展望室。広々としていて見晴らしがいい。
外に面した全面がガラス張りになっていた。
レッドノアは戦闘艦でもあるので、非常時にはこの外側が分厚い装甲シャッターでおおわれるが、平時にはこのように開放され、乗員の誰もが利用できるようになっていた。



アンナはここの窓際に設置された手すりに肘を着き、なかば気落ちしたかのようにじっと窓の外を眺めていた。
今はここから月面の銀世界が覗いていた。地平線がぐるりと見渡す限りに見えていた。
美しいと言えば確かにそうだし、単調と言えばそれも当てはまる。しょせん月は観光に来るのが一番良い所なのかも知れない。

この頃、火星探査も同じく進んでいたが、実は火星もさびしい所だった。その星の地形に存在するのはごろごろとした岩ばかりだった。
地質学者は土壌を調べてそれだけで喜ぶかも知れないが、それ以外の人達は退屈するだろう。
巨大なクレーターや運河のような溝があるが、景色としては大きな変化は少ない。
しかし、北極や南極で二酸化炭素からなる氷の塊を見るのもいいかも知れない。また、大きなクレーターやグランドキャニオンの地形を楽しもうというのならそれもいいかも知れない。

違う惑星の地表を最初に見た時、おそらく誰もが興奮する。
地球と似て非なるその異世界の大地をまの当りにした時、ある種の感動が走る事が多い。
ところが、いったんその地形に慣れると、同じような景色ばかりが延々と続くように思えて、すぐに飽きてくる。
地球の景観は、青い空、白い雲、青々とした海、緑の山々……、いろんな景色を楽しめる。
ビル、鉄道、雑踏、ハイウェイ等の都市や街を形成する景観もそうだ。バラエティーに飛んでいる。しかし、月や火星、他の惑星上には地球と比べ景観の変化は少ない。繰り返される大地の起伏の変化が存在するだけだ。





アンナはその退屈で無限に広がる銀世界を眺めていた。

アンナ「……。」

アンナとしては今回の事件はいろいろな意味でしこりを残していた。

[ローレンス・フォスター]の事。
自分の家の事。
自分の母の事…。

そして、結局”ローレンスの目的”については今回何も聞き出せなかった。






アンナは1人で考えていた。
これからのまたローレンスは自分に近づいて来るのだろうか?
アンナ・エリスの幻影を自分の中にも感じているのだろうか?






そこへクリスがやって来た。クリスも展望室に何気なく足を運んだのだ。ここに来ると月の巨大さが体感できるから。周囲の視界をさえぎるのは展望室の窓枠だけである。ここはレッドノアの上部に設置されており、25階建てのビルの高さに相当する。眺めはとても良く、月面上での視界の広さを知る事が出来る。


クリスはすぐにアンナを見つけた。アンナもまたクリスを見つけて少し微笑んだ。クリスが来ると、アンナは元気になるようだ。アンナはクリスに顔を向けた。

クリス「疲れた?今回の事件は。」

アンナ「ええ、少し。ローレンスにはほんとに疲れさせられたわ。」

クリス「ああ、そうだね。」

アンナ「彼の言った”2度と失いたくは無い。”と言う言葉が妙に引っかかったわ。」

クリス「そう…。でもそれは彼にしては誠意いっぱいの表現だったのかも知れないね……。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.2]


その頃、矢樹と郷田指令はレッドノアのブリッジで話をしていた。
話題は今後の事についてである。

矢樹「もう、地球へ戻るのか?」

郷田指令「そうしようと思っている。君しだいなのだが。
たぶん今回の事件は[ローレンス・フォスター]が”犯人”なのだろう?
後はあの採掘場から取ったデータが語ってくれるだろう。
この辺で一度地球へ帰ろうと思う。ここに長く居ると神経をすり減らされるそうだから。」

矢樹 「ああ。知らない内に神経をやられるからな。休養の為に一度戻った方がいいのかも知れん。」

矢樹は半ば真剣に休養の必要性を語った。






その頃、スポルティーファイブのメンバーは艦内で休んでいた。やはり神経を張り詰めてばかりではやりきれない。今は全員非番扱いとなっていた。メンバー達もレッドノアが一度地球へ帰艦するのではないかと予想していた。
そして、神田、委員長、豪の3人は…、

神田 「ねえねえ、やっぱり6分の一の重力はいいね。」

レッドノアの艦内の”人工重力が切られた通路”で遊んでいた。
艦内全体は床に埋め込まれた特殊な重力発生器によって人工重力を作り出していた。これはパネルタイプのもので、ほぼ全ての床に埋め込まれていた。この上にある物には下に向けて重力が働く。
しかし通路部分だけは人工重力を切る事によって移動がしやすくなっていた。それにこうしておけば荷物の運搬等も楽である。
それで今は通路上だけ月面のあの”6分の1の重力”を味わう事が出来た。だが、これ以外の他の箇所では常に人工重力の発生はONにされていた。こうしておかないと月面上の弱い重力の中で長く居ると、人間の身体は知らず知らずの内に筋肉等が退化して行く。もし艦内全てを月の重力に合わせていれば、中の乗員達の身体がそれに慣れてしまい、地球に帰り着いた時には逆に疲れる事になるのだ。





しかし、神田はそんな事は気にせずに月の6分の1の重力を楽しんでいた。

委員長「あきれた。貴方ならずっと月に居られるわね。」

神田 「そんな言い方せんといてや!委員長は俺の真の値打ちにまだ気付いとらんから、そんな事が言えるんや!」

委員長「貴方の”真の値打ち”?」

委員長はなかばあきれていた。
一方、豪の方も重力の少ない通路でジャンプをして楽しんでいた。

豪 「楽しいですね。」

委員長「豪君、ほどほどにね。それをいい事に”つけあがる人”もいるから。」

神田 「なんやて委員長?!それは俺に対する当て付けかいな?!」

委員長「さあーーーーーー?!」

今日も委員長と神田にはこのようなやり取りが続いていた。







一方、レイチェルとアイクはノアボックスから借りていた個室の中で、まるで新居に来たかのような生活を楽しんでいた。

アイク「ここは住み心地が良いね。」

レイチェル「本当ね。ここには気持ちの良い人がたくさんいるし、過ごしやすいわね。」

しかしレイチェルはあの事件の後、ローレンスに会わないように矢樹から注意を受けていた。







「バーチャルリアリティーを扱うシステムには入らない事。」
「ネットにつながれたパソコンに見入らない事。」

そして……、

「夢に注意する事」







レイチェルはそれらの注意を守っていたが、さすがに”夢”だけはどうにもならなかった。
それは「見ないで済ます」という訳にもいかなかったからだ。







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.3]


委員長「ねえねえ、こないだレイチェルさんが矢樹博士から”夢に注意するように”って言われたの知ってる?」

神田 「夢?」

豪 「簡単に言いますと、”夢を見ないように”と言われたんです。」

神田 「なんやて、夢を見ない?そりゃ大変やな。夢はどうしても見てしまう物や。
俺なんかここん所毎日委員長の夢を見とるわ。」

豪 「委員長の?」




委員長「か・か・か……、 神田あ!!




委員長は顔を真っ赤にして大声を上げた。

豪 「どんな夢なんです?それ?」

神田 「委員長が、俺が貸した金返してくれる夢。」

委員長「借りてません!!」






この場にアンナは居なかった。アンナはまだクリスといっしょに展望室にいた。

委員長「レイチェルさんが”夢に注意するように”と言われたのは、アンナが以前、夢でローレンスに会ったからだと思うの。」

豪 「おそらくそうですね。
[ローレンス・フォスター]は自由に他人の夢の中に入れるのかも知れない。
でも、アンナさんの場合、ローレンスが本当に夢の中まで来ていたかどうかわかりません。
アンナさんがただ単にリアルに感じる夢を見ただけかも知れません。夢の中にたまたまローレンスが登場しただけかも。」

神田 「でもローレンスのヤロウは夢の中で”話の続き”を喋ったらしいやないか?」

委員長「”ローレンスのヤロウ”……。」

豪 「そういう事もあるのです。夢の中の人物が会話の続きを喋るというのは。
夢という物はそういう風に”現実に見た物”を脳の中で再構成して見るものですから。
きっと、ローレンスという架空の人物をアンナさんが夢の中で出演させ”会話の続きを喋った”かのように見えたのでしょう。しかし、実は夢の中のローレンスを喋らせているのはアンナさん自身なんですけどね。」

委員長「ありうるわね。アンナは最初現実世界でローレンスに似た人物を見たの。きっとそれが夢の中に出て来たんだわ。」

神田 「その時”現実世界で見たのは本物のローレンスだったのか?」

委員長「……わからないわ。」

豪 「それにしてもレイチェルさんは大変ですね。そんな注意を受けていれば、きっと夜はぐっすり眠れないのではないですか?」

神田 「睡眠薬でもあげればいいんとちゃうか?そうすれば寝つきは良くなるで。」

豪 「”寝つき”はね。でもそのうち夢は見ます。薬が切れる頃に……。」









アイクがレッドノアのメディカルセンターに頼んで、レイチェルの為に睡眠薬を処方してもらった。それを夜眠る前、レイチェルに渡した。

アイク 「それでぐっすり眠れるよ。」

レイチェル「ありがとう。」

レイチェルはアイクに微笑みを返した。




月面に夜がやって来た。

睡眠薬を飲んだレイチェルはすぐに、眠りに落ちて行った。
だが、やはり薬を飲んでも寝つきが良くなるだけで、時間が経てば薬の効果は徐々に薄れていった。

ちょうど朝方、薬の効果が無くなった頃……、





レイチェルは夢を見た……。
















レイチェルは月の平原に立っていた。

宇宙服を着て1人でいた。
この時代の宇宙服は昔の物に比べてだいぶ良くなっていた。
昔のアポロの時代の宇宙服はとても着心地の悪いものだった。内側はゴム張りで、汗を吸わないタイプの物もあった。最新の宇宙服はその辺が改良されており、身体にフィットするし、汗もよく吸収した。

この宇宙服を着て、レイチェルは月面を当ても無く歩いていた。周囲には起伏がなく平らな平面が続いていた。この辺りには見渡す限りクレーターはない。
遠方には月の山々がそびえていた。それらは小さめの山に見えた。しかし実際はそれがどんな大きさをしているのか、比べる物がないのでわからなかった。








スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.4]


レイチェルはしばらく辺りを歩いた。周囲は月面にしてはやや黒いぽくて硬い地形だった。
ここはどうもあの[月の都市]の跡地のようだ。
レイチェルが大きな影を見つけて振り返ると、そこに巨大な月の都市がぽっかり浮かんでいた。

レイチェル「あ……。」

その光景に声も出なかった。

レイチェルは間近かで見る巨大な建造物にただただ驚いていた。それが浮かんでいる事は不思議としか言いようのない光景だった。
この距離で見ると中の都市が確認できた。それは格子状の覆いの向こう側に透けて見えていた。
距離が近か過ぎてはっきりと外形がわからないが、どうもあの”巨大UFO”の正体がこれであるとレイチェルにもわかった。

レイチェル「ああ……。」

レイチェルの見ている前で、いきなりその月の都市は光に包まれ始めた。それは都市全体を包んでいた。そして、宇宙空間に出現した光の壁のような物に都市はゆっくりと飲み込まれて行った。

レイチェルの宇宙服のヘルメットのバイザーがオートで降りて来て、その光をさえぎろうとしたが、それでも目も開けていられないぐらいの強い光が飛び込んで来た。地面が揺れて震動が走り、それがレイチェルの宇宙服内の空気を小刻みに揺らして、今やレイチェルの耳には轟音が聞こえていた。








レイチェルはしばらく呆然としていた。







やがて光がすべて消え、辺りはまた真空の静寂に包まれた。
レイチェルの耳にはもう自分の呼吸音しか聞こえていない。

しばらくして、地面に垂れた都市の影の中から1人の人間がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
それはローレンスだった。

レイチェルは目を疑った。
彼は宇宙服無しで歩いて来た。そしていつもの白い礼装のような洋服を身にまとっていた。
彼の顔がはっきり見える距離になると、その悲しそうな表情がわかった。
その目でローレンスはレイチェルをじっと見つめていた。

ローレンス「”アンナ”……。」

レイチェル「やめて!私はアンナという名じゃないわ!」

ローレンス「それは……、君の過去の名だ。君はかつてそう呼ばれていた。そして私と一緒に仕事をしていた。」

レイチェル「仕事を?」

レイチェルは”ローレンスに関する記録”についてノアボックスから聞かされていたので、それを思い出した。

レイチェル「それは[アンナ・エリス]さんの事ね?でも私は彼女とは違います。人違いだわ。顔が似てるから間違えたのでしょう?!」

ローレンス「いいや。君だ。君に間違い無い。君は[アンナ・エリス]そのものなのだ。
君はいずれ思い出す。全てを……。」

レイチェルはローレンスの言葉に驚きを隠せなかった。

レイチェル「全てを……?」




そして……、
次にレイチェルは身体の揺れを感じた。どうしても小刻みに身体が揺れる感じだ。
ローレンスの方を見ると、まるでモニターが乱れて映像が消えるみたいに、その身体がちらついて消えた。

レイチェル「どうしたのかしら?」





「……レイチェル!レイチェル!」

レイチェルを呼ぶ声が聞こえた。

レイチェル「?」

「僕だ!アイクだよ!」

アイクと聞いて、とっさにレイチェルは目が覚めた。
起きると目の前にアイクがいて、心配そうに自分の方を覗き込んでいた。

レイチェル「アイク……。」

アイク「大丈夫かい?だいぶうなされていたよ。」

レイチェル「私、夢を……。」

アイク 「ああ、そうだ。夢を見てたみたいだ。ローレンスでも出て来たのかい?」

レイチェル「ええ。そう……。彼が出て来たの。」

アイク「そうか……。」

アイクは困り顔になった。

アイク 「メディカルセンターを呼ぼう。」

レイチェル「いえ、いいわ。私ならもう大丈夫。皆にあまり迷惑はかけられないわ。
それに夢なら”連れ去られたり”しないんでしょ?」

アイク「そうだっけ?」




その後は何もなかった。レイチェルは一杯の水を飲んだだけでまた眠りについた。







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.5]


朝、アイクは隣のベッドにレイチェルが寝ていたのを見て一応安心した。
しかし、その後矢樹の所に相談に行った。


矢樹の研究室。

矢樹 「……正直な所、ローレンスが人を連れ去るシステムについてはまだよくわかっていない。
それに、その事についてはノアボックスのトップシークレットに触れる部分なので、君には詳しく喋れないのだ。」

アイク「トップシークレット?」

矢樹 「ああ、そうだ。民間人には話せない事柄だ。極秘事項なのだ。」

アイク「では、差し支えない範囲で教えて欲しいのですが、夢の中でローレンスに会っても"連れ去られる"事があるのですか?」

矢樹 「まず、ないと思う。
連れ去るのはバーチャルリアリティーシステムのように電気系システムやスキャン装置を備えている機器からインターネット等を通じてログインした場合だけだと思う。夢では連れ去られない。
しかし、まだはっきりとはわからない。注意はすべきだ。」






その頃、レイチェルは部屋に訪ねて来たスポルティーファイブのメンバーと話をしていた。
神田が無理にメンバーをここまで連れ来た形だったが、メンバーもレイチェルもお互いに話はしたいと思っていた。

レイチェル「昨日の夜、ローレンスの夢を見たわ。」

アンナ「ローレンス?それでどんなふうだったの?」

レイチェルは夢の内容を話した。

レイチェル「あれは本当に夢なの?それとも彼が本当に”来た”のかしら?」

アンナ「わからない……。彼が本当に来ているとも取れるわ。」

レイチェル「そう……。」

神田 「まったく!ローレンスもたいがいにして欲しいなあ!
レイチェルさんをこんなに心配させるなんて。あっ、なんなら僕が今日ここに泊まってレイチェルさんをガードしましょうか?」

委員長「神田ぁ!!」






そしてその夜……、

アイクは心配そうだった。
彼はしばらくうたた寝だけしていた。そのまま一晩過ごすつもりだったが、気疲れからか眠りに落ちて行った。












そしてレイチェルも眠りに落ち、やがて夢の世界へといざなわれた。














最初そこは[月の都市]のように見えた。だが少し違った。
天上はガラス張りの大きなドームに包まれていた。
そこから青い空がのぞいていた。
そのあまりにも澄み切った色から、ここは高度の高い場所だと思われた。

青い空。白い雲。それは全て澄み切った色合いで美しかった。
周りにはこじんまりとした小型の都市があり、ビル群が建っていた。
レイチェルはこの都市の中に立っていた。
そこには日光が当たり、地面にくっくりとした影を作り出していた。今は夏頃だろうか?

ガラス状のドームを通して見える外の雲は積乱雲のように積み重なっていた。
また都市には多くの人々がいた。彼らは皆、温和な表情をしていた。家族ぐるみで歩いている者も多く、誰もが楽しそうな表情をしていた。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.6]


そこには多くの雑踏が行きかっていた。ふと見ると、その中にローレンスが立っていた。
ローレンスの服装の白さはこの雑踏の中でもきわだっていた。
それから彼はゆっくりレイチェルの元に歩いて来た。

ローレンス「ようこそ。レイドの空中都市へ。」

レイチェル「”空中都市”……?ここは空中都市なの?」

ローレンスは腕を左右に大きく広げた。

ローレンス「そうだ。ここが我々のふるさとだ。」

ローレンスは感慨深げな表情と、自分たちのテクノロジーを自慢するかのような複雑な表情をした。

ローレンス「夢の世界へようこそ。
夢は一種の信号なのだ。それは電気的に脳の視神経に働く。だから私がそこに入り込む余地ができるのさ。」

レイチェル「なんですって?!」

ローレンス「驚く事はない。これは君達が使用しているバーチャルリアリティーシステムとよく似たものだ。
被験者の脳に電気的な信号を与える事により、自由に夢を見させる事が出来る。それを利用して私は君の夢の中に入った。
それが[我々レイドのバーチャルリアリティーシステム]なのだ。
もちろん私は本物だ。夢ではない。」

レイチェル「そんな……。」

自由に夢を見させる事が出来る……。それを聞いてレイチェルは震撼した。

ローレンス「”過去”というものは振り返れない。だがアンナ・エリス、君はまだここにいる。」

レイチェル「”アンナ・エリス”……。」

ローレンスはさらにレイチェルに近づいて来た。

ローレンス「私の目を見ろ。」

レイチェル「え?」

彼の目は金色の虹彩をしていた。吸い込まれそうになる綺麗な瞳。
その瞳を見つめていると………、レイチェルは本当に吸い込まれそうになった。

レイチェル「……………………。」









朝になってアイクは隣のべッドにいる筈のレイチェルの姿が消えている事に気が付いた。

アイク「レイチェル……。」

すぐにアイクはナターシャに報告。ナターシャはレイチェルの姿を探したが艦内のどこにもいなかった。
この事はすぐさま矢樹にも伝えられた。矢樹も調査して、その後レイチェルが連れ去られたと判断した。

矢樹 「残念ながら……、今回はローレンスにしてやられたというべきか。」

神田 「どうしてもっと注意しておかへんかったんや?!」

神田はいつもながらの口調だった。だが、矢樹から軽く無視された。

矢樹「艦内のバーチャルリアリティーシステムを調べたが、”使用された形跡”があった。接続コネクターが伸ばしたままになっていた。
レイチェルさんが自分のカードキーでそこに入ったのだ。そしてその後、消滅した。」

クリス「レイチェルさんが自分でカプセル内に入ったと言うのですか?」

矢樹「たぶんそうだと思う。レイチェルさんが自分のカードキーで入ったログが残っていた。
だが、それ以上の手がかりは得られなかった。」

クリス「……。」

矢樹「こうなれば…、あの採掘場からデータを拾うしかない。」

クリス「採掘場から?」

矢樹 「あそこにはまだいろんなデータが眠っている。今回レイチェルさんをさらった犯人はローレンスである可能性が高い。
あそこでローレンスに関するさらなるデータ収集を行う。そうすれば何かわかるかも知れない。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.7]


こうして矢樹とスポルティーファイブのメンバーは謎の採掘場を再び訪れた。
そして、そこから新たなローレンスの記録を発見した。それはまた[アンナ・エリスの記録]でもあった。矢樹はレッドノアに帰り、直ちにそのデータを分析した。

その後、スポルティーファイブのメンバーが研究室に呼ばれた。

矢樹 「ある程度データは解析した。それについて話そう。少し長くなるが。」

神田 「”長くなる”?
そんな悠長な事は言ってられへんで!!いますぐレイチェルさんを救出に行かんと!」

矢樹 「あわてるな!ローレンスは何もレイチェルさんをとって食おうというわけではない。」

委員長「でも……。心配だわ。」

矢樹 「いや、むしろ……」

委員長「むしろ?」

矢樹 「記録によると、ローレンスはレイチェルさんやアンナを大事にする筈だ。」

委員長「大事に?」

クリス「……。」

矢樹 「今回、以前にレイドが地球へ到達した時の記録も見つかった。
そこから順を追って話そう。」






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【宇宙・現実世界・年代不明】







[レイド]、それは地球から少し離れた位置に存在する惑星上の人類だった。
この惑星は地球からあまり離れていない所に位置しながら、地球人にはその存在を知られていなかった。地球からこのレイドの惑星を観測しようとしても、他のガス状物質に邪魔されてその影に隠されていたのだ。だがレイドの方は科学技術が進歩していたので、すでに地球を発見していた。

ある日、レイドの人々は自分の惑星が危機に直面している事を知った。この先、自分たちの惑星に住めなくなる事がわかったのだ。ここに急速接近する別の天体があり、それがレイドの衛星軌道上に侵入する事が計算上明らかになった。
その惑星の質量はレイドの惑星の約16倍に相当する。もし惑星軌道上に入られたなら、レイドの惑星は逆にその天体に吸い寄せられてしまう。
2つの星はやがてロッシュの限界を越え、共に破壊される。

そこでレイドは新しく移住可能な惑星を宇宙に捜し求める事にした。彼らは長く永住できる安住の地を求めた。かねてより地球には”人類が住む”事が確認されていた。そこで地球がもっとも有力な候補として上がった。近くて、レイドが住むに適した環境に思えたからだ。レイドはこれまで円盤型の探査機を地球に何度も派遣して、ひそかに地球の自然環境と人類を観察していた。その結果、自分たちにも適する自然環境だとわかっていたのだ。



そしてレイドはある日宇宙空間より地球に飛来した。
レイドは密かに地球に下りたち、そこに住む事を決めた。

レイドは地球人とは見かけはそっくりだった。だがあきらかに別の人類で、高度な知能と科学力を持っていた。また精神も温和で、攻撃性の薄い人種だった。
地球に降り立ったレイドはある地方に集結した。その土地は地球人から巧みにカモフラージュされて隠され、地球人とは常に一線を隔てていた。
そしてそこに地球人と同じような街を建てて住み始めたのだ。







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.8]


【地球・現実世界・1940年代】

レイドが地球に住んでいた頃…、
やがて地球は1940年代に入った。
地球の各国は他国を支配下に置くべく、戦争を勃発させた。
そして世界的な規模の戦争が巻き起こった。

戦火が激しくなると、レイドは現在いる場所よりもっと安全な所への避難を考えた。
だが脱出用の船がない。ここにやって来た時の宇宙船ではもう収容力が足りなかった。その頃は人口が増えすぎていた。

レイドは新しい都市を作って、そこに全住民を避難させる事にした。
それは空中に浮かぶ都市だった。レイドの科学技術を持ってすればそれは可能だった。
かつての宇宙船は分解され、その機器は空中都市建設に利用された。
地上からその空中都市への連絡には小型の円盤型の飛行体が使われた。

その空中都市は完成後、しばらくは山間に隠れたりしていた。都市は低くしか飛べなかったからだ。その為、やがて地球のある国によってその存在が発見されてしまう。
そして地球のある国家の政府機関がレイドに接触して来た。彼らは[ブラックガバメント]と名乗った。彼らはレイドとの交渉にやって来たのだ。

レイドの最高指導者とそのブラックガバメントで会談の席が設けられた。
ブラックガバメントはレイドに自分たちの同盟国になれと言った。だが同盟を結ぶ条件を見るとそれは事実上の植民地化だった。
地球の多くの国は戦争状態にある事がわかっていたので、レイドはその申し出を断った。レイドは平和主義だったのであくまで中立を保ちたかったのだ。
その頃の世界はどれもどろどろとした陰謀が背後で渦巻き、レイドが仲裁に入る余地はまったくなかった。
よって、すぐに会談は終了した。
その後、レイドが味方に付かない事がわかると……、ブラックガバメントは空中都市を攻撃する作戦に出た。


攻撃は夜間の奇襲によって行われた。
ある日の夜、多くの地球の戦闘機が一斉に空中都市に襲いかかった。
低空にいた空中都市は次々と落とされていった。十数機あった空中都市はあっという間に無くなり、気が付くと残ったのはたった1機になっていた。
だが、その一機はその戦闘区域から無事逃げおおせる事が出来た。もちろん仲間の空中都市の犠牲があったからこそだ。

その最後の空中都市は地球人類の航空機が到達できない高度まで上昇した。
それは危険な行為だった。その空中都市は高高度用に設計されていなかったからだ。
しかし、一応未完成ながら都市は外側を気密隔壁で覆われていた。それにより気密は保たれていた。だが、長くはここに居られないと予想された。
酸素が足りなかった。

地球の狂った指導者達は、今後脅威となる進んだ科学の持ち主であるレイドを地球上から全て葬り去ろうとした。
一機の空中都市を逃した事にうなりを上げて命令するブラックガバメントの指導者。

「脅威は取り払わなくてはならない!我々の国が、この世界で一番優秀である事を皆に知らしめなくてはならない!」









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クリス「ブラックガバメントがそんな事を?!」

豪 「信じられない!ブラックガバメントがそんな政府だったなんて!」

委員長「もう!私、ブラックガバメントの仕事はできません!」

矢樹 「もっともその時のブラックガバメントは今のそれと同じではない。
当時の物は[ブラックガバメントの前身となった機関]と考えるのが妥当だろう。
今の政府と第二次世界大戦当時の政府が違うのと同じだ。

そしてその残った都市の中に[科学者ロイ]がいた。このロイというのはローレンスの父親に当る。
ローレンスはその頃まだ子供だったようだ。」

豪 「その頃子供だったという事は、ローレンスは今いったいいくつなんですか?」

矢樹 「まずレイドの人々は我々より寿命は長い。300歳ぐらいまで生きるのではないかな?
当時のローレンスがいくつで、今現在いくなのかはわからない。
しかし”向こうの世界”は君達がその目で見て来たように時間軸が違う。今現在”向こうの世界”は地球で言えばアポロが月着陸した頃だ。」

クリス「1970年頃ですか?」

矢樹 「そうだ。つまり向こうの世界は”今現在”1970年代なのだ。それは我々と130年遅れて平行に走る世界なのだ。」

豪 「ややこしいですね。」

矢樹 「まあな。その残った都市の中にいたローレンスの父ロイは…、彼は元老院議員ではなかったが、議会にこう進言した。」

委員長 「それは1940年代の地球での事ですね。」

矢樹 「そうだ。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.9]

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【地球・現実世界・1940年代】




科学者ロイ「地球人類は恐るべき陰謀をたくらんでいます。我々を敵とみなして攻撃して来るのです。彼らは我々の進んだ科学力を脅威と感じています。」

元老院議員フェイ「何とか攻撃をふせぐ方法はないのか?」

科学者ロイ「逃げるなら”月”へ!あそこなら、今の地球人類は来れません。地球の科学力は” 地球上でのみ使用可能なロケット” をやっと開発した段階なのです。当分、月へは到達できないでしょう……。」




こうして月への脱出が決定された。

最後の空中都市は人里離れた僻地へといったん着陸した。そこは地球人の大戦の戦場から遠く離れた森林の中。そこですぐさま脱出用の宇宙船が建造され始めた。それは大型で、いろいろな機材を積み込んでいった。
原料等は地下資源を利用。戦時下の混乱に乗じて、地球の廃棄工場などを稼動させて原料の生成を行った。
その脱出用の宇宙船の形は空中都市と似て円盤型だった。

何年かの歳月と、途方もない労力を使い、やっと船は完成した。
やがてそれは大気圏外へと脱出した。
その後は地球の軌道を離脱。月へと進路を取った。











【月・現実世界・1940年代】




レイドの人々はもう2度と地球へは戻りたくはなかった。地球人と関わりたくなかったのである。
その頃地球は世界大戦の戦火が各都市を覆いつくしていた。別の人類であるレイドはその戦いに絶対巻き込まれたく無かった。


レイドの宇宙船は無事月の表面に降り立った。
宇宙船内の狭い簡易居住区での月の暮らしが始まった。新しい生活がスタートしたのだ。

それからしばらくしても地球人類は宇宙空間に飛び出すまでにはまだ技術は発展していなかった。
それでレイドはしばらく月に定住する事にした。
月は寂しいところだが、”侵略者達”がやって来る事はないので皆胸をなで下ろしていた。
それは大いなる喜びだった。月を寂しい場所と思わなかった。
他の空中都市は落ちたが、各空中都市には家族単位で乗り込んでいたので、残存した都市の中の者達は家族だけは失わずに済んでいた。それは不幸中の幸いと言えた。
しかし、親戚や自分達以外の家族、嫁に行った者や職場の同僚、教師等多くの仲間を失う事になった。



元老院によってすぐに本格的な月の開発作業が組織立って行われた。
まず採掘場が造られ、そこから必要な資源を得た。
宇宙船にはあらかじめ工事用機器が積んであったので、最初の作業は思ったよりスムーズに進行した。
月の資源からアルミニウムや銅の生成が出来るようになると、採掘場は増築して大型化していった。そして更なる採掘と生成が続けられた。
そしてその取り出した原料の資材への加工も始まった。それも採掘場に作られた工場で行われた。

それが軌道に乗ると、彼らはさらに大量の建設資材を加工して造り、地下に居住区を造り始めた。
それまでの宇宙船内での生活は狭くて窮屈だった。いろいろな物資も不足していた。
膝を突合せての集団生活を続けてもいつか埋めきれない人間関係の溝ができる。
それなのでレイドの人々は早く広い場所に移り住みたかった。宇宙船内での生活はもう限界に達していた。

月の地下に大規模な居住区が作られた。それは都市の規模になった。
地下の都市はかなり広くて、しかも地球人類から発見される事は少ないし、万が一攻撃されても隠れるにはちょうどいいと思われた。
だが、地上に露出している採掘場のすぐ近くに作られていたので、地球人類にはすでにこの場所が知られているかも知れないという懸念がつきまとっていた。

そこで、別の場所に居住区と都市を造る事にした。それは地球の裏側の”海”と呼ばれる場所に造られる事になった。月は地球に常に裏と表の面を見せており、裏側は地球からは見えない。
そこでそこに建設する事に決定した。

最初からそこに長く住む為に広大な都市が計画された。それはかつての地球で建造した空中都市と基本的には同じ物だったが、天上にはもっと頑丈な覆いが作られた。それは多少の攻撃でも防げる強固な物だった。やはり地球人からの攻撃に備えての物だ。それは、ガラス張りと格子を組み合わせており、一応外の景色が見えるように設計されていた。
また低空飛行ながら、緊急の場合は都市全体が浮上して移動出来るように設計された。これも地球人からの攻撃を考慮しての事だった。
だが都市自体が大型の為、月の引力からは脱出できない。そこまで推進の高いエンジンはこの時は造るのが難しかったためだ。
こうして地球上でかつて作った空中都市の設計をそのままベースに、”月の都市”の建設は進行していった。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.10]



[月の都市]は最初はただっぴろいドーム型の外殻の構造物が出来ただけだった。人々はその中でテントのような物を張って寝泊りした。
やがて宿泊施設の建物が完成し、住みごごちはずっと良くなった。
その時、地下の居住区は必要最低限の使用だけになり、大部分の家族はこの新しい居住区に移り住んだ。待ちに待った新しい居住区だ。

そして勢いづいたレイドの人々はさらに都市の中核部分の建設に入った。
新しく作られたこの都市には自由がある。そう思うと人々は活気を取り戻した。
都市を造る事は人々にとって大いなる喜びだった。
都市の大部分が完成したのを見た時、人々は歓喜した。

その頃、[ブラックガバメント]の呪術者めいた指導者達は恐るべき兵器の開発に着手した。
それはミサイルだ。宇宙まで届くミサイルを開発した。それで月へ脱出したレイドの人々への攻撃が可能となった。





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矢樹 「科学者ロイはレイドの人々に対して多大なる貢献をした。人々を月に住まわせる事に尽力した。だが、彼自身は過労の為に、突然心臓発作で亡くなってしまう。」

クリス「……。」

矢樹 「早くに母親を失っていたローレンスは天涯孤独の身になってしまった。
空中都市には家族単位で乗り込んでいたが、他の空中都市が落とされた際に親戚などは失われていたからだ。
彼はその後、父が残した莫大な財産でずっと1人暮らしを続けていた。
親ゆずりで科学が好きだったため、研究に明け暮れた。

そしてローレンスは自らの観測機器で地球人の陰謀を知る事になる。彼はそれを元老院議会に報告した。」




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【月・現実世界・1940年代】





ローレンスは地球の観測を続けていた。
そして地球人のミサイル攻撃の事実を知った。
彼は地球側が月を観測するために飛ばした衛星の存在をすでに察知していたのだ。それは月の裏側をも撮影し、地球に画像を転送していた。

地球人は太陽系に存在する”ある小惑星”にミサイルを命中させ、その破片がレイドの住む地表に降り注ぐように企てた。
地球のブラックガバメントは、”レイドが月面の地下に住んでいた事も、[月の都市]を建設し周囲を覆いで囲んでいる事”も知っていた。
そこで、他の小惑星を破壊するという間接的な攻撃方法を取る事にしたのだ。こうすれば小惑星の破片が巨大なエネルギーを持ったままレイドの都市を攻撃できる。


ローレンス「地球人はまだ少し技術が足りない。
そこで大量の爆薬を登載したロケットを飛ばす事は出来なかった。たとえ大型の物を飛ばしても、速力の関係から我々に迎撃される事を知っている。
そこで大きく迂回進路を取り、他の小惑星に命中させて、我々を間接的に攻撃する事を決めたのだ。
ちょうどおあつらえ向きに”小惑星”が半年後に月の裏側付近を通過する。
その時に攻撃するつもりなのだろう。それだけの破片が降りそそげば、核融合のエネルギーの何百倍のパワーにも匹敵するからね。」

元老院議員ファーガソン「地球人はなぜ直接”核”を使わないのでしょう?」

ローレンス「近い将来、自分達が月を利用するつもりだからだろう。」







元老院議員ファーガソン「攻撃が来るのは確実なようです。」

エイブ議長 「どうすればいい?」

ローレンス「彼らがミサイル攻撃して来る前に逃げ出すのです。」

エイブ議長「どうやってだね?」

ローレンス「私の父の世代がそうしたように、我々も脱出用の宇宙船を作るのです。

こうして宇宙船の建造プロジェクトが発足した。














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