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牧師のぺ~じ
企業小説??「人身御供」
バブル華やかなりし時代で、幹部達は連日の料亭接待、土日はゴルフ三昧。下っ端の彼にも時折お流れ的な接待があったりした。
時代はあり余るカネを振りまきながら、地道に仕事をする人間をあざ笑い、世の中の流れに乗らなければカネも付いて来ない、社内でも主流になれない、そんな雰囲気が蔓延していた。彼の所属する会社自体その存在を国会で論議しカネを作り出す会社に変革しようとしている時期でもあった。
そのため仕事も忙しく、月曜朝に出社し帰宅するのは土曜の夜、つまり1週間会社に泊まり込みになるような生活が続いていた。
そんな中で、唐突に事件は起きた。
初夏の蒸し暑い夜、冷房の切れた社内で伊東はネクタイ外し苦し紛れに吹かしていたタバコをもみ消しながらふと時計を見た。時刻は23時をまわった所。
予算中心の会社であることから、経費の支出には殊の外ウルサイ、雑多な業務の組織だけに支出も雑多で経費の取りまとめも一苦労だ。PCに向かい経理からプリントアウトされた支出状況を分析資料とするために支出理由、支出先を加えながらPCへ再入力する作業を朝から続けていた。時折見たことも無いような科目で目が飛び出る程の支出が出てくる。
「くそっ、また何に使ったんだ?こんな金額、計画されてないじゃないか・・」担当者に確認しようと顔を上げると、誰も残っていない。50人近い部署に残っているのは伊東一人だけ、主のいない机達だけが整然と並んで彼の残業を見守っていた。一瞬、奇異に感じたが、今日が水曜日であることを思い出した。
水曜日と金曜日は会社を挙げての「ノー残業デー」、普段はノー残業デーと言えども総務部長曰く『会社の女房役』である総務部は、会社と言う旦那様が眠りにつくまで機能しているのだが、今は一年の最大イベントである株主総会を無事終えて間もない、皆が早じまいしたくなるのも無理は無い。そう言えば課長が「飲みに行くぞ!」と叫んでいたっけ。
と、机の電話が鳴った。こんな時間に?また警察じゃないだろうな・・・
彼は数日前の電話を思い出していた。
「21時頃、有楽町駅でカップルに言いがかりをつけ殴りかかった酔っぱらいが送られてきまして・・ヒドイ酔い方で何を聞いてもラチが開かなんだんですが、留置所に入れたらすっかり大人しくなりましてね。身元を聞き出してみたら、お宅の社員なんですわ。逮捕無しって事にしますから引き取りに来てくれませんかねえ」馴染みの刑事からの電話だった。こわもての刑事に対して、馴染みと言うのもおかしいが、普段から何が起こっても良いように顔つなぎすることも彼らの仕事である。まるで江戸時代の八丁堀の旦那と大店の番頭みたいだと思ったものだ。
結局あの時は留置された社員を貰い受け、タクシーで自宅へ送り届け(何と鎌倉だった!)会社に戻ったのは明け方だった。またあんな目に会うのは御免だ、それに今は上司が不在だから旦那への鼻薬も自腹で立て替えなければならない・・
「警備室です。お疲れ様です。実は何か事件があったらしく、テレビ局の方が対応を求めていらしてます。水曜日なので広報の方もご不在で、対応できる方がいないと申し上げたのですが、『では総務担当を』とおっしゃってます。」受話器からは、謹厳な警備隊長の声がした。あれ?内線だったか?着信音の違いに気付かない自分に「疲れてんだろうな」と苦笑しつつ報告を聞いていた。
まあ、不夜城の総務部が誰もいないのだから広報も同様だろう、それにしても事件?テレビ局?なんだろう・・・
「わかりました、社内の記者室には入れないで警備室脇の特別応接室に通して下さい。」
特別応接室は特殊株主や苦情者などが来訪した時に使用する応接室で、調度類もかなり高額な物を用意して居心地を良くしているが、実は天井と壁に特殊カメラと集音マイクが設置され、対応模様を別室で確認できるだけでなく録画もできるようになっている。
広報もおらず、幹部もいない中で私一人でテレビ局対応をするとなると後々を考えれば状況を録画しておくべきだろうと思ったのだ。それに社内の記者室には時々酔って帰れなくなったブンヤさんや広報のスタッフが高いびきで休んでいたりする。
まず上司に報告、とも考えたが「飲みに行くぞ!」と自ら宣言した時の彼は、とことん飲む、多分今頃は徳利を五、六本ひっくり返しながら新橋の焼鳥屋あたりで自慢話か説教の真っ最中だろう。そんな状況では話にならないはずだ・・急いで階段を駆け下りる。?今日はやけに社内も静かだな。
警備室脇の調整室で録画の準備をし、特別応接室をノック。
「NBKの記者で佐藤と言います。先ほど警視庁で報道発表があり、御社の社員が収賄で逮捕されたと発表されました。この件についてお答えいただきたいのです。」
収賄?逮捕?・・・・・しまった!そう言えば最近法務担当の係長が<事実調査と想定される捜査、影響範囲>なんてやつをレポートするんだって泊まり込んでいた。あの件か・・私はまだ内容は何も聞いてないぞ。
「御社人事部に在籍され、今は北海道支社に所属される山岡正さんが本日収賄罪で逮捕されました。この方の経歴、写真をお貸し願いたい。できれば会社としてのコメントをいただきたいので広報の責任者のコメントも頂戴したい。」
なんだって!!山岡?同郷だし、出世街道を歩いてる有望格じゃないか!
手にじんわりと汗がにじむ。顔に驚きが出ないようにしなくては・・くそ!この記者、若いのに落ち着いてやがる。人の顔色をじっと伺うような目だ。ただの使い走りじゃないな・・
「申し訳ないのですが私は総務担当で、この件については何も存じ上げないのです。広報担当を探しますので一旦お引き取りいただけませんか?」時間稼ぎに出てみる。声が震えていないか心配だ。
「先ほど警視庁で突然の発表、それも異例の深夜の発表でした。まだ、他社は動いていないはずです。ここへ来たのも私が一番ですよね。いったん引き上げてその間に他社に抜かれるようなマネはできません。すぐ対応して下さい。」そりゃ、そうだな。。。て、事は今夜はこの局以外にも押しかけてくるな・・・やばいぞ、一人ではさばけない・・脇の下を汗がしたたり落ちる。
「私では対応できないと申し上げています。お時間のお約束はできません。ここでお待ち下さい。連絡を取ります。」
「総務なら社員の経歴、写真位はお持ちでしょう?逮捕されたのはついこの前までここで働いていた方ですよ。今各社は写真すら無い状態です。今すぐ写真をいただければラストニュースに間に合います。」そりゃそうだろうさ・・写真も経歴も人となりも話してやれるが、そんな対応できる訳ないじゃないか。それにしても、こんな事態になるのが見えていたはずなのに、ウチの上司達はどうして今日に限って誰もいないんだ?
「とにかく、広報をつかまえますからお待ち下さい。あ、名刺交換もしていませんでしたね・・」慌ただしく名刺交換をする。
「ご覧のとおり、総務担当でも何の役職も無い平社員です。本日、対外部門で社内に残っているのは私一人です。対応しきれる訳がありませんでしょう?」何とか時間を稼がないと・・・伊東は、返事も聞かずに部屋を飛び出し守衛室へ向かった。ここは、彼の管轄であり警備員達は彼の部下のようなものだ。彼らの顔を見て落ち着き、善後策を採らなくては・・
「今、社内で鍵の返却の無い部署はどこ?」
「総務だけです。」え?この大きい本社で残っている社員はオレだけか?伊東は目の前が暗くなるような感覚を覚えた。「人身御供」そんな時代錯誤な単語が頭に浮かんだ。常時1千名は勤務しているこの会社に、よりによってこんな日に自分が一人だけ取り残されている。まるで、生け贄に差し出されたようではないか・・・。慌ただしく社内連絡用の電話帳を開き広報担当の携帯電話を呼ぶ。
この当時携帯電話は出始めで、役員、部長クラス、広報担当、秘書担当、総務の課長クラスは何とか持っていた。だが、飲み屋で話のタネにひけらかす程度で本当に緊急の連絡が入ると思って持っている人間はいないだろう・・繋がってくれれば良いが・・・。案の定、広報には繋がらない。仕方なく飲み屋の課長へ電話。これも繋がらない。
伊東は、意を決して総務部総括部長の自宅へ電話することにした。
帰ってくれていれば良いが・・彼は離婚し娘ととともに親元で暮らしていると聞いている。普段は娘を親に任せシングル生活を謳歌していると噂されていた。この時間じゃ無理か・・・・手にしたボールペンでメモ用紙をせわしなく叩きながら呼び出し音を聞く。と、部長の声が受話器から流れた。慌てて叫ぶ「部長!伊東です!会社からかけています。緊急案件です。」
「どうした?こんな時間に、なんで君が会社に残ってるんだ?」残っている理由を割愛し単刀直入に現状を伝える。時間が無い。ぐずぐずしていると記者連中が集まってきてしまう。乾いた喉のせいで声もかすれる。
「そうか・・・明日の朝の報道発表と聞いていたんだが・・・やられたな。万が一を考えて社内の主立った連中は今日は残らない事にしてたんだ。君が残っていたとは知らなかったよ。申し訳ないが一人でもう少しガンバッテくれ。連絡と根回しはオレがやる。10分後にまた連絡をくれ。」
とにかく連絡が取れた安堵で余裕が出てきた。(やっぱり、人身御供になっちゃっていたのか。真面目に仕事するのも考えものだな)そんな事を考える余裕も出てきた。
警備員に5分後に電話が入ったと呼び出しに来るよう頼み、盆にお茶とビールを載せ、応接に戻った。喉が渇いてしようがない。
「お待たせしました。今広報に連絡を取っています。まあ喉も乾いているでしょうから・・・」作り笑顔で対応し、自分用に用意したお茶をがぶ飲みする。人身御供らしく、無駄な抵抗は止めよう。
「時間が無いんです!写真だけでも直ぐに出して下さい!」若い記者は時計を指しながらじれて叫ぶ。ここは『でくの坊』に徹する手だ、どうせ取って食われるなら別に有能な社員ぶる事も、功名心に逸る事も無い。バカで通すに限る、伊東はそう思う事にした。自らできることは何も無いのだ。
「平社員ですから社員の情報が入った書庫すら空けられないんですよ。普段はこんな事ないんですけど、今日は何故か社内には私一人しかいないんですよ。申し訳ありませんね。」事実、誰もいないのだから仕方ない。
「あなた山岡さん知ってるでしょ?さっき顔つきが変わったもの。何か彼について話して下さいよ。どんな人物でどんな仕事してたんです?ワイロを貰うような人間ですか?家族は?出身校は?」やはり顔色を読まれていたのか・・・
「ここには常時1千名以上が勤務しています。そんな名前聞いたって顔も浮かびませんよ。社員が逮捕されたって言う事実に驚いたんですよ。だいたいどうして警視庁ではこんな時間に報道発表なんかしたんです?ラストニュース、朝刊ともにギリギリの時間じゃないですか・・」
「どこかが明日の朝、抜くことがわかったらしいですよ。で、それを聞いた各社が記者クラブで騒ぎ出して急遽本日発表になったらしいです。」あせってきたな、言わずもがなの事を教えてくれた。さっきはどこも動いていないと言っていたのに。すると今日駆けつけて来ない所が最初から動いていた所か・・。冷静さを取り戻した伊東は頭の中で考えていた。A社かなK社かな。
と、打ち合わせどおり警備員が呼び出しに来た。
後ろも振り返らずに「失礼」とだけつぶやき部屋を後にする。
広報担当へ再度電話。また繋がらない。何をやってんだ奴らは・・・じれながら時計を見る。部長に電話してから8分たった。 つづく
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