京都徒然.御朱印

京都徒然.御朱印

機織機の後


西陣にアーティストが集まってくる理由のひとつは、西陣特有の長屋町家の構造である。それは、格子戸や 虫籠窓 といった、町家には、必ず備えないといけないと考えられるパーツではなく、製作場所が一番重要な要素だったのだ。その製作場所は、元々、旗織り機が設置されていた土間という空間である。

8機織(イラストは 貞岡なつこさんです。)


西陣は今でも大きな織物産地である。その歴史は五百年とも、平安建都以来であるともいわれている。西陣には、他の地域に見られるような大きな工場がない。それは、小さな工場付き住宅が分散しているからである。百台の旗織り機を持つ織り元は、百台の旗織り機のある大工場を持っているのではなく、二,三台の織り機を土間に設置した長屋町家を三十から四十軒持っているのである。あるいは、技術のいい織り手は、借家ではなく、自前の家に住み、腕一本で、条件のいい織り元に雇われてゆくのである。そうすることが、江戸時代から続いて来たので、明治以降、大工場 (桐生のようなのこぎり屋根工場) を建設する必要がなかったのである。 のこぎり屋根写真
しかし、西陣においても、やはり和装衰退の影響を受けざるを得ない。そのために、人件費の安い地に工場が移転したり、織り手が失業したりして、家内工業的な仕事場付き住宅が空き家になったり、物置になったりしていったのだ。その上、核家族化で子供たちが出ていってしまうから、よけい、空き家になる確率は高くなる。そうして、放置されてきた長屋町家は、どんどん増える一方だったのだが、見方を変えると、機織り機を撤去すれば、アーティストにとって絶好の製作場所付き住宅ということになる。小さい長屋町家なら比較的安い家賃で借りられるし、メンテナンスも小面積ですむ。SOHO活用には最適であったのだ。
しかし、そう簡単には貸してくれない理由がたくさん存在する。
その一つは、戦後の家賃統制令だ。家賃を値上げしてはならないという法律で、そのままずるずると、現在まで引きずって、三十坪もある家屋が信じられないような格安家賃のままだ。大家は値上げを要求するが、借り手はそれを拒否する。立ち退きに際しては、立ち退き料を要求される。そういうトラブルを避けるために、二度と貸さない。また、そんなトラブルを聞きかじった人も空き家を貸そうとしない。
また、織り元は、賃貸料で生活していないので、貸すという発想がない。空いたら、西陣織りに必要な紋紙の倉庫と化す。そして二度と使わない紋紙と共に朽ち果ててゆく。
もう一つの要素は、相続が発生した場合、誰かに貸していると、面倒だということ。そういうことを総合的に考えると、放置していることが、最大の有効利用だということになる。いつでも売れるし、トラブルはないからだ。
そんな現状の中で、大家の意識改革を間接的に進めていくのは至難のわざだ。
大家自らの意思で、貸してもいいかなと思ってもらえるような活用の例をつくることが必要なのである。数ではなく質、ということがここでも言える。

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