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わたしの店はたいていヒマなのだが、今年にはいってもかわらない。というよりだんだん拍車がかかってくるらしい。開店休業ということばがあるが、閉店休業の日もそうとおくないと思われる。ケセラ・セラである。すべては風とともに消え去るのだよ。 ヒマなので、エロ小説を書いた。題して『我がヰタ・セクスアリス』。わたしの性遍歴を虚実とりまぜて綴ったのである。ほぼ三日間で書き上げた。わたしの性体験の総量がその程度のものだった、というわけではけっして、ない。ある体験に焦点をしぼったのである。その体験とはどのようなものか。それは言えない。 書きおえた夜は眠れなかった。神経がかなり昂ぶっていたらしい。昂ぶっていたのは神経ばかりではなかったのも事実ですがね。 おこがましいが、小説家の多くは長生きしない理由がわかったように思った。 某夜。酒を呑みながらBSにチャンネルを合わせると、ちあきなおみが歌っている。うまいなあ、と思いながら聞き流していた。だが、『朝日のあたる家』をかの女が歌いはじめたとき、酒を呑む手がとまった。そして、『ねえあんた』。 ねえ どうしたの あんた ねえ あんた なんかとってあげようか おなか すいてるんじゃないの 飲みはじめたら いつだって 全然ものを たべないんだから 胃腸が弱い男はさ 長生きしないって そういうよ ねえ あんた ボタンが一つ とれてるよ 外を歩いて おかしいじゃない 私 針も持てるんだ こっちへおかし つけてあげるよ ダラシがない 男はさ 出世しないって そういうよ ………………… ほんとだよ あたし図画が 得意だったの 田舎の町の 展覧会で 賞品もらった こともあるんだ だから ほら 壁もフスマも 私が選んで 変えたんだ それだけ 借金がかさんだけどね この天井も 毎日 見てると いろんな模様に 見えてくるんだ 羊や船や 首飾り あんたの顔にだって 見えてくるんだ ………………… ねえ あんた 今言ったこと ウソだろう ゴメンてひとこと 言っておくれよ こんな処の女にも 言っちゃいけない ことばがあるんだ そんなこと 言う男はさ ここじゃ帰れって 言われるよ やっぱりあたしは ドブ川暮らし あんたを待ってちゃ いけない女さ そうなんだろう ねえ あんた… ねえ あんた… あんた ちあきなおみ「ねえあんた」(一部歌詞を略) ちあきなおみの一人芝居から収録したものらしい。女郎の衣装をまとい、横座りで語りかけるように歌うかの女の歌を聴きながら、わたしは涙を流してた。 翌日、インターネットでこの曲を収録してあるCDをさがし、とりよせましたよ(『ハンブルグにて』テイチク)。これを部屋で聴き、やっぱりしみじみ泣けました。 「朝日のあたる家」も娼婦の世界をえがいたもので、おおむかし、たしかアニマルズというグループが出した曲である。ちあきなおみはこれをライブでちあき流にアレンジして歌いあげた。それは幻の熱唱としてファンの間に長く語り継がれていたらしい。じつはこれを収録したCDもあって、それがもうじき届くのである。ふふふ。 昂ぶったり、泣いてみたり、ヒマというのもこれであんがいいそがしい。
2006.01.30
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大寅こと味方寅治(あじかたとらじ)は、明治33年生まれの大工で、東京本郷の氷川下に店を構えていた。かれが4寸ガンナで一気に削ると、幅4寸、長さ2間(約13センチ×364センチ)のカンナ屑がでたそうである。それは丸めると手のひらにはいって見えなくなり『あたしゃ惜しくってしばらく取っといた』(大寅) ほどだったという(『職人衆昔ばなし』斉藤隆介)。砥石をみれば道具の見当がつく、道具がだめなら腕もだめというのが当時の職人の見分け方だった(同)。 カンナ屑で大工の腕が知れるとは仄聞していたが、けっきょくは道具であり、さらにはその道具の手入れをする砥石だということなのだな。 真偽のほどは定かじゃないが、左甚五郎が自ら研いだカンナで削った2枚の板は、合わすとピタリとすいついて離れなかったそうである。 研ぎというのはしかしたいへんにムツカシイ。わたしがやるとかえって切れなくなる。のみならず、研いでいる刃物でしばしば指先を負傷するから、砥石が血まみれになってしまう。まな板だな、こうなると。 近所のコンビニに出張してきた研ぎ屋に包丁を依頼したことがあった。数年前とつぜん料理に目覚めた(つもりだった)ときに、すこし無理して購入したゾーリンゲンである。60歳くらいの男がグラインダーで二,三回包丁を往復させて火花をとばし、ハイ500円、という。ゾーリンゲンは傷だらけになり、一週間もたたぬうちに切れなくなった。ま、詐欺にちかいね。 東京で研ぎ師をやっている方を知っている。もう70歳にちかい。かれに上の話をするとハナで哂った。500円ならそんなもんだろうというのである。かれは3種類の砥石を使い分けて研ぐ。板前からの依頼が多いのだが、料金は一桁違うそうだ。 (ちかごろの板前は包丁が研げないのかね、ところで。あるいはかれの腕がよほどいいということなのかもしれないが) そういえば、信州にも名人がいたことを思い出した。こちらは中年の女性である。専門家ではないが得意で、ご近所から鎌や包丁の研ぎを依頼されるという。コツを訊くと、そんなもんないさあカンタンだよあんなもの、と笑っていた。研ぎも才能だと知れる。 「ボディ・ガード」という映画にこんなシーンがあった。ケビン・コスナーのねぐらにしけこんだ女。壁にかけられていた日本刀に気づいてそれを抜き放つ。持ったまま踊ってみたり、ケビンに突きつけてふざけている。ケビンは刀をそっと受け取り、バンダナらしき布を放り上げた。―見てなさい と女に微笑する。 空中で広がったバンダナが日本刀の上にゆっくりと落ちる。そのまま、音もなくすっと左右に切り分けられた。ある激情にかられ、ケビンにむしゃぶりつく女。 これを書いた脚本家はナイフに詳しい人だと思う。むろん、研ぎの名人である。
2006.01.23
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水ばかり飲んでいる。ビールも含めれば日に4リットルは飲んでいるだろう。多量に摂取して水もしたたる男ぶりになったかといえばそんなことはない。頻尿のおじさんと化しただけだ。無念だね。 水は痛風発作を予防するためである。多量の水で、痛みの原因となるプリン体とかいう物質を、血管から押し流しているのだな。万物の霊長などといばってみたところで、ヒトは畢竟、一本の管にすぎぬことがよくわかる。だがおかげで発作は影をひそめた。検査と称してわたしの血を大量に抜き取り、治療という名目ですくなからぬ薬物をわが体内に投与したプロ(医師と呼ばれている)に、そこのところどうなっているのか質したい気がする。 プロフェッショナルというのはしかしたいしたもので、缶を打つ音を聞いただけで中身を当てる、という男をテレビでみたことがある。缶詰の不良品を見分ける専門家だった。フルーツポンチとか鯖を言い当てるだけではない。たとえばご婦人の下着の缶詰がでてくる。かれは短い棒のような道具でおもむろに缶を打ち、首をかしげてみせるのだった。―柔らかいモノですな コン、コン。―布だ、これは。…小さい。パンティですか? あのときは驚いたね。あれはいわば、産婦人科の医者が妊婦のおなかをたたいてみるだだけで胎児の性別を見分けてみせるようなものではあるまいか。ピシャ、ピシャ。ふむ、男の子だな、音がキンゾク的。 音でパンティや性別を当てて、それがなんの役に立つんだと言われても困るのだけれども。 酒を呑むときにも水は欠かせない。痛風と二日酔いの対策なのだが、水はまた酒によく合うのである。酒場のほうも心得て、わたしが日本酒を注文すると、水をはったピッチャーをいっしょに持ってくるようになった。―気がきくな―茫茫さんは水飲みだものね―ついでに出口のほうのメンドーもみてほしいもんだね―あら。お帰りならあちらですわよ カワイクはないね、プロというのは。
2006.01.19
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娼婦やストリップ嬢などという人たちは見上げたもので、金や名声の有無で人を差別したりしない。どちらにも縁のないわたしなどには、まことに菩薩さまのようである。 これが「一般」女性だとそうはいかない。『金色夜叉』のお宮さんなどはむしろ正直なので、ソデにされた貫一クンも、月を涙で曇らせてみせるなどと野暮天丸出しにせず、これを機会に結婚制度についてまじめに研究すればよかったのである。当局の手で夜這いや毛遊び(モーアシビー)が法度とされた事実は、体制内制度としてとりこまれた一夫一妻制とどう関わっているのか。また、リングなどの避妊具は当初なぜ公認されなかったのか。あるいは、産業資本主義と結婚制度との相互補完性について、さらに、天皇制とのかかわりは、etc、etc…。高利貸しなんていうしんどい(と思うのだが)仕事を始めるヒマはなかったぜ、貫ちゃん。 2日にひきこんだ風邪がようやく峠を越えたらしい。ひどいときには熱と悪夢で夜中になんども目が覚めた。額にのせたタオルをとり、枕もとの洗面器に浸して熱を捨て、再び額にもどすということを繰り返す。洗面器の水がひとしきりゆれた。そのかそかな音を感じながら、金子光晴はジャワのむっちりとうるんだ闇の底に横たわって、女が洗面器でほとを洗う音を聞いていたのだ、と思う。それは煮炊きもする洗面器だった。 洗面器のなかの さびしい音よ。 暮れてゆく岬タンジョンの 雨の碇とまり。 ゆれて 傾いて 疲れたこころに いつまでもはなれぬひびきよ。 人の生のつづくかぎり 耳よ。おぬしは聴くべし。 洗面器のなかの 音のさびしさを。 ―洗面器― 詩集『女たちへのエレジー』から 生きているということはじつにさびしいもので、あげくひとりで死ななきゃならない。人はその事実から目をそらすためにジタバタあくせくしてみせているのだろう。未婚既婚には関わりがないことだと思われる。だからたまたま病を得て己とむきあうと、どうにもワビシクてしかたがないね。自分で自分を看病する、なんてのがことにいけない。 こんなとき近所に向田邦子みたいな女友達がいればいいと思うね。かの女なら、茫茫高熱に倒ると聞くや万年筆を放り出し、○○のすっぽんスープをベースにした雑炊なんてのをちゃっちゃっとこさえてくれただろうなあ。酒は薬よなんてさすがにさばけたところをみせて、燗酒の2本もつけてくれたかもしれぬ。ああ。惜しい方を亡くしたものだ。 そのかわりというわけではないが、近所に住んでいるのはSである。Sがわたしのために寄せ鍋をつくってくれたことがあった。むかし、やはりひどい風邪をひいて会社を休んだときである。奥さんに言われたらしい。 できあがると、やつは鶏肉や牡蠣などのたんぱく質をいちはやくたいらげ、やむなく白菜やしらたきをつついているわたしをじっとみている。やがておもむろに―おまいさん、病人のくせによく食うね と言った。 Sのような男でも、生きることはサビシイコトダなんて考えることが、はたしてあるのだろうか。ないと思う。
2006.01.12
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新年から野暮なことを書くが、ことしもロクな年ではない。 ことの始まりは昨年の12月半ばころだ。アルバイト氏から電話があった。母のボケが進行して自分もしばらく動けない、というのである。ご母堂はすでに80歳を超えているらしい。公的介護を受けられそうだが、いずれにせよ週末は母の世話で入店できない。お役所さまが週休二日のせいだな。お大事に、と電話を終える。それ以後元日まで休めなかった。元日には大酒を呑み、炬燵で寝てしまった。2日が仕事始め。朝から悪寒がある。その夜は酒をあきらめ、饂飩を半玉ほど無理にすすりこんで風邪薬をのみ、早々に寝床にはいる。通りで、新年会の2次会に流れるらしい一団の嬌声がした。 大晦日にヤスさんが店に来た。ヤスさんは酒場「T」でよく一緒になる人物である。本名は知らない。たしか朝日新聞の拡張員をしていたはずだ。いやな予感がし、それは的中した。3ヶ月だけでいいから購読してくれ、という。テレビや量販新聞というものをわたしがいかに嫌悪し、不信の念をいだいているかを説明したってわかってはもらえまい。かれにしても年末のノルマが達成できず困っていたのだろう。承諾したが、契約書をみて驚いた。―よ、ヨミウリですと!?―読売じゃだめかい… ヤスさんはいつのまにか朝日の販売店を辞めていた。 こうして、生涯かかわるまいと決めていたあの読売新聞を購読することになってしまった。読売をドクウリと読んではばからぬこのわたしが…。2段重ねの清水の舞台から飛び降りるつもりで契約する、ただし、新聞は配達しないでほしい、読売の2文字を3ヶ月も見続けたら脳溢血だ、わたしは。そう頼んだが、できないという。販売店から不正契約(テンプラ、というそうだ)を疑われるらしい。 新年元日、それが札束なら200万円ほどはありそうな「ドク売」新聞がポストからはみでている。天気予報の欄だけを確認し、捨てた。われながら狭量だと思うが、いたしかたない。血管にはかえられぬ。 3日。背のあたり悪寒の消えぬ青白い顔で店にいると、天童よしみをさらにひとまわり大きくしたようなオバサンがわたしをみて―あら、いい男がいるじゃない と言う。 30年ほど前に某嬢から「桜木健一に似てる」と言われたのを自恃の砦として今日まで生きてきた男だ、わたしは。近所に住むSにその話をしたらSは―…足か とつぶやいた。当時、桜木クンは若き柔道家の役でテレビに出ていた。なんとでも言うがいい。だが、似ていると言われた事実は、これは曲げようがないのである。それ以後、いい男などと言われた記憶が、ない。だからこれはたしかに、より太目の天童めが熱で茫然としているわたしをみて、どうでも、という前置きを「いい男」の前に飲み込んだにちがいないのである。ふん。 午後。若い娘が、表にとめているわたしのオートバイ(元日に磨き上げたのだ)をみて―素敵なバイクですね。 と笑いかけてきた。わかっている。バイクはかっこいいのにアンタときたら、と言いたいのだろう。おじさんのことはそっとしといてくれないか、オネイサン。 よって件の如し。新年早々、ろくなことがない。つぎはなにがおこるのか。わたしは戦々兢々としている。ことしはできるだけ歩かぬに限るらしい。
2006.01.03
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