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2005.06.01

名医

(4)

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　男女の仲は近くて遠いという（遠近は逆だったかもしれない）。これは医者と患者にもあてはまる。世に医者は多いが、深い関係をもちたくなる医者というのは稀である。あからさまにいえば、いい医者は少ない。良し悪しをわける境界があやふやであるにしても、だ。

　わたしは過去にさまざまな仕事を経験した。相応の数の医者にもかかっている。その経験からいえるのは、多くの医者は患者の職業とその地位によって態度や治療法を変える、ということである。僻んで言うのではないよ。『マッシュ』という古い映画がある。野戦病院で働く医者たちの日常を喜劇的に描いたものだ。こんなセリフがあった。外科手術のシーン。
―この患者の階級は？
―将校です
―じゃあ丁寧にやろう
　これはジョークではなかったのだな。
　ちかいところでは『ジョンＱ』という映画がある。デンゼン・ワシントン（？）という黒人俳優が主人公を演じた。心臓移植をしないと確実に死ぬ息子。その父親であるワシントンと大病院の理事長の会話である。
―移植手術には3千万円の費用がかかります。

―あなたの契約している保険はこれほどの額の補償を引き受けていません
―そんなはずはない。わたしはもう何十年も保険金を支払い続けている
―社員とパートでは保険金の支払額が違うのです
―わたしは社員だ
―いいえ。あなたはパートになっています。
　驚いたワシントンが調べてみると、会社はかれを勝手にパート社員待遇にしていたことがわかる。
―もういちど申し上げます。手術には3千万のお金が必要です。移植待機者の名簿にのせるだけでも3百万円が必要です。また、その支払能力に疑問がある患者さんの場合、すべて現金払いということになります。どうされますか。手術を望まれますか…
　もうおわかりだろうが、どちらかといえばわたしは医者が苦手である。

　当然だが、すべての医者が上のごとしというわけではない。名医を知っている。まだふたりだけだが。
　長野駅前に長野東急というデパートがある。デパート新館の横に小さな集合ビルがあって、そこに歯科医院がはいっている。その歯医者が名医なのだな。
　事情があって、わたしには、爆弾を投げ込まれた古井戸という趣の奥歯が一本ある。件の名医はこれをみて、大丈夫です、時間はかかりますが直しましょうと断言した。その治療の途中でわたしは埼玉県に転居する。当地で三つの歯科医院の門をたたいたが、例の奥歯の治療を引き受けた医者はない。

　ある朝起きてみると、わたしは昆虫にこそなっていなかったが、左目が真っ赤と言っていいほどに充血している。光をみると目が疼いた。急性虹彩炎である。当時は新宿で働いていたから、マイ・シティの眼科にみてもらった。女医さんは慎重に検査をくりかえしたあと、こう言った。
―手当てはできますが、わたしには原因がわからないのです。紹介状を書きますから、大学病院で精密検査を受けてください。
　この一言で、わたしはかの女を信頼したな。どうなんだろう。開業医が、わたしにはワカラナイ、なんてことを正直に言うものかね。紹介された大学病院で受診したが、原因はやはり不明ということだった。

　昨日、足の痛みに耐えられず午後から店を閉め、病院にいった。痛風は根性ではなおらないと知ったのである。
　痛み止めと胃薬、2種類の湿布薬、痛風の薬がでた。痛風薬はくれぐれも痛みが治まってから服用するようにと医者がいう。

　だがこれは、薬が痛みを消しているのだ。その薬を処方した昨日の医者が名医の仲間入りをはたすのかどうか、以後のかれの精進しだいだろう。

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