Shingo’s endless journey

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ap bank対談



櫻井 僕が最初に優さんに会ったのは、昨年の秋くらい。アーティストパワー(以下AP)の勉強会の時ですよね。その頃、APで風車を設立しようという話があがっていて、優さんにレクチャーに来ていただいた。そこで初めて「市民のためのバンク」という話をお伺いしたんです。

田中 風車にも特徴があって、高いところに立っている直径の大きな風車が一番よく回るんです。お金儲けのために風車をつくるとなると、巨大なものがたくさん山の上に立つことになる。イギリスでは企業が山の上に大きな風車をたくさん立てているので、風車は嫌われているんですね。一方、地元地域の人たちが自分たちで風車を立てているドイツやデンマークでは、風車は生活に密接したものとして、すごく好かれている。APが出資をつのって、市民のための風車を立てるつもりならば、その事業母体として自分たちでバンクをつくってみたら?という提案をしたんです。ところでその頃、桜井さんは環境に対してどう意識していたんですか?

櫻井 最初は、環境への意識は全く無かったですね。電気の無駄遣いは、お金の無駄遣いだと思っていたくらい(笑)。今は電気の無駄遣いが、資源の無駄遣い、そして未来の無駄遣いだと考えるようになった。その違いは、APの勉強会を通して育っていったと思うんです。あと、ちょうどAPが始まった頃に子供が産まれて、洗剤のこと、食事のことも気になりだした。そういうきっかけもあって、APで優さんやいろいろな環境の活動をしている人に出会ってお話を聞いたり、勉強をしていくうちに、だんだん環境への意識が高まっていったんです。

田中 僕も環境問題を意識するきっかけは子供でした。僕の2人目の子供が産まれたのはチェルノブイリの直後で、まだ母親の免疫を持っている生後3か月くらいの頃なのに、入院してしまったんです。調べてみると、かみさんのお腹の中にいた頃にチェルノブイリの事故があって、日本でもけっこう高濃度の放射能の雨が降っていた。「生体濃縮」と言って、放射能は、生物の体内に溜められて濃度が高まっていく。その一番濃縮したものが母乳に出てくる。牛乳なんて一番危なかったんだけど、僕はそんなこと知らないから、カルシウムを摂るために牛乳をたくさん飲むようにと言っていたんですね。後々わかったことなんだけど、放射能の影響は子供のだと10倍、胎児だと100倍出てしまうんです。3人子供がいて、その子だけ体が弱かったんだけど、それはチェルノブイリのせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。調べても結論は出ないんだけど、自分が親として、子供の将来のために十分な責任を負っていなかったと反省して、それで環境についても取り組まないといけないなと思ったんです。子供を通して世界を見てしまったんですね。

櫻井 自分一人だったら「どうせオレ死ぬんだから」と思って(笑)、まあ多少悪いもの食べたって自分で責任を負えばいいんだけど、子供に対しては、「なんでこんな時代だとわかっていて僕を産んだんだ」って言われないための責任のある行動をちゃんとしないといけないなと思ったんです。優さんが未来バンクを始めたきっかけは何だったんですか?

田中 いろいろな環境問題の原因を調べたんだけど、結局、「お金」に原因があると気づいたわけです。河口堰や原発、ダムに反対する活動をしていたとする。だけど、実はそのダムや原発の元になるお金は、私たちが郵便貯金や簡易保険や年金に預けているお金から出ているんです。例えばあるダム建設問題に反対して、ダムの建設を阻止したとしても、資金が潤沢にあったならば、その次のダムがつくられてしまう。資金源を止めなければ、いつまでたってもモグラ叩きと同じなんです。貯金というのは、自分が年をとった時のため、自分の子供が大きくなった時のため、いずれにしても将来のためにするものですよね。その将来のためと思って預けた貯金が、将来を粉々に壊している。その現実に気づいた時に、私たちが白紙委任状をつけて預けてしまっている貯金をなんとかしなくてはいけないと気がつきました。それで世界中のお金を使った運動を調べてみたんです。例えば、南アフリカのアパルトヘイトを止めたのはアメリカの投資家たちなんですよ。アメリカの大企業が南アフリカに新しい工場をつくろうという計画があって、それが実行されるとアパルトヘイト体制がもっと強まってしまう。だから、自分たちのお金をその工場設立に投資するなという運動を始めて、そのおかげで工場設立は阻止された。さらに彼らは、今ある工場も撤退させろという運動をしたんです。南アフリカはアフリカの中で唯一の工業国なんです。アメリカの工場があるから先進国の扱いを受けていた。それが撤退してしまうと、途上国に逆戻りしてしまう。それは、南アフリカ政府にとっても悪夢なわけで、そうして永遠に続くと思われていたアパルトヘイトは平和的に解決されていったんです。もう一つの例として、途上国で貧しい人々のための小さなバンクをつくった人がいます。そこは貧乏な人にしかお金を貸さないわけですから、バンクなんて成り立たないとみんなに思われていたんです。だけど、1980年、バングラディッシュで始まったグラミンバンクは、90年には国で一番大きなバンクになっていたんです。実はお金をきちんと返してくれるのは貧しい側の人だったんですね。そういうお金をつかった運動を見ていると、予想以上に効果が大きいことに気づきます。それをなんとか日本の中でもやれないかと考えたんです。普通の銀行にもいろいろ相談したんだけど、銀行は全然乗ってこなかった(笑)。だから最終的に自分たちでリスクを背負ってやろうと決めて、小さな「未来バンク」を始めました。すぐにつぶれるだろうと言われていたけど、94年に設立して、2004年で10年になります。最近は、いろいろなところで、同じようにバンクをつくれないかと考えている地域も出てきています。

櫻井 未来バンクは今、どれくらいの融資をしているんですか?

田中 今、組合員が350人くらいで、今までの累積で5億円強の貸し出しをしていますね。出資金額が1億2000万円くらいで、現時点だとそのうちの8000万くらい融資しています。

櫻井 スタート時の出資総額はどれくらいだったんですか?

田中 スタート時は20人で400万円です。そのうち3人が100万円ずつ出していたから、残りの17人でやっと100万を集めて始めた、すごく小さなバンクだったんです。組合員の人が出資して、その人たちにだけ融資をするという閉じたバンクです。未来バンクには融資の原則があって、3つのことにしか貸し出しません。1つは環境にいいこと、2つ目は市民がいい社会をつくろうとして行う市民事業、最後は福祉。金利は3%の固定で、儲けよう、大きくなろうとは思っていない団体です。むしろ各地に未来バンクみたいなものができることが目標なんですね。それぞれの地域の人たちがそれぞれのニーズのために自分達でバンクをつくることが重要だと思うんです。ap bankができることによって、「自分たちのバンクがつくれちゃうんだ」というのが、すごく多くの人にメッセージとして伝わると思うんですよ。

櫻井 最初に優さんに「バンクをつくっちゃえばいいんですよ」と言われた時、僕は正直「バンクは無いでしょ」と思ってたんです(笑)。だけど、例えば風車を立てるとか、イベントをやるとかそういう一過性のお祭りでこのAPが終ってしまうというのには疑問があって、やっぱりAPをやっていくならば、僕らアーティスト自身が普段の生活の中からも環境に対する意識を変えていって、発言に対して責任を持つべきだと思っていたんです。もっと継続して続く活動をしていきたかったし、音楽をやっているとどうしても「夢」とか「想い」を伝えていく部分があるんだけど、APでは「実」になることがしたかったんです。そうやって模索する中で、最後に残ったのが、「それは無いな」と思っていたバンクだったんです。「アーティストでバンクを始めます!」と言うと、最初は頭がおかしくなったんじゃないかって思う人もいるかもしれない(笑)。だけど、例えば僕の場合も、音楽の活動を続けていく上で大変なことや苦労も確かにあるんだけど、その苦労に見合わない「僕の才能だから当たり前だ」って自分の懐に入れるのが心苦しいくらいの酬いがあって、それを受け入れていたらバチがあたるなという想いが漠然とあったんです。深いところの意識って、人間の体まで壊してしまってりするものだから、病気になったも、無意識でバチがあたると思い込んでいたからかもしれない。だからお米が穫れ過ぎたら神様にお供えするような感覚でバンクに出資して、それがまた未来のため、環境のために役立てていく。さらにそれは、絶対にいつかまた自分に戻ってくるものだとも思っているんです。そういう循環がap bankでつくれれば理想ですよね。もう一つ、ap bankが融資を始めた時、ある高校生の女の子の家庭で、「こういうバンクがあるみたいだから、家にもソーラーパネルつけてみない?」という会話がされるかもしれない。そのことだけでもすごく意味があると思っているんです。そういう小さな連鎖と、実質的に未来を変えていける、その両面をきちんとできるのが僕らがつくるバンクの役割なのかなと思っていて。

田中 継続して「現実」につながっていくというのは意外と難しいんですよね。その現実をつなげていく力が大きいのもap bankのいいところだと思うんです。もう一つ、自分たちで何かをするというより、他の人たちが未来を、環境を変えていこうとすることをサポートする側に廻ろうという姿勢がすごくいいと思ったんです。結局、環境の問題は、偉い人が一人で何かをして解決するという問題ではなくて、いろいろな人たちが自分の殻を破って、自分の可能性はもっとあるのではないかと模索しながら、少しずつ一歩を踏み出していくことにしか始まらないんですよね。ap bankの活動は、その第一歩を踏み出す勇気づけになると思うんです。

櫻井 環境問題ってどんどん新しくなっていくじゃないですか。ソーラーパネルや電池、電球の性能も良くなっていく。環境の法律もそうですよね。ap bankの融資条件は「自然エネルギー」なんだけど、いろいろな案件を検討して融資をする中で、僕たちも環境の可能性を勉強できると思っているんです。さらに、こういう案件に融資しましたという事例をap bankのホームページに載せたら、それを見た人も自分たちの身の回りでできることを知っていくだろうし。ap bankがメディアになって、いろいろな人たちに伝えることもできるんですよね。

田中 融資案件の例も、太陽光とかバイオマスとか風車とかいろいろな可能性が考えられると思うんだけど、他にも雨水や雪、家の建て方、農業…、いろいろなことに自然エネルギーの利用のアイデアが眠っていると思うんです。そういう事例を見せることが、未来の可能性を提示することになるんですよね。今までの常識のレベルでいうと「こんなことあり得ない」と思っていたその扉を、ap bankが開いて見せることができる。若い人たちは、リアリティを感じるというのが極めて難しい時代になってきてしまっているのかもしれないですよね。そういう若い人たちを責める前に、リアリティを感じられるものを届けることっていうのが表現をする側に必要なことだと思うんです。今回のライブでは、APの活動や環境について具体的な話はされるんですか?

櫻井 僕は話を聞くより、感じることの方が大切だなと思っているんです。知識としてわかっていることでも体が拒絶するとか、実感がわかないとかあるじゃないですか。とにかく実感してもらうことを大事にしていきたいし、一番大切なのは、普段の生活の中で環境のことを心のどこかに意識として持っていて欲しいということ。それを感じてもらうために、普段の生活に近い「食事をしながらの音楽」という形を選んだんです。ホームページで「お箸で食べたい人がいたら、持参してください」ってアナウンスをしたのですが、そこで「持っていこうかな?」と考えることで、森林の資源のことを意識してもらえると思うんです。例えば、持って来てくれたお箸を家で使う時に、僕が発したメッセージもちゃんとお家まで持って帰ってもらえるような、音楽を聞いて感じた意識が、生活の中にまでちゃんと持ち帰ってもらえるような、そういうコンサートにしたいと思っているんです。

田中 ap bankも新しい可能性のドアを開く試みだと思っているので、ap bankを通して「こんな新しい可能性があったのか」と気づく人たちが出てくる。そしてその人たちが次の社会をつくろうと考える。そういう連鎖が生まれてくるといいですよね。僕は自然エネルギーはこれからのエネルギーの主流になると思っている。そういう社会は現実に可能だし、今はその「可能である」ということが多くの人に見えていないだけだと思うんですよ。今は人口の0.1??かその可能性を見えていなかったとしても、徐々に増えていって何割かの人が気づいた時、社会はそっちにぐっとシフトすると思う。今は、その方向性をつくっている時期なんですよね。その始まりとしてap bankはすごく面白いし、その姿勢を見せることで、今まで受け身だった人たちが今度は積極的に社会に関わろうと変わるかもしれない。そういうきっかけになって欲しいですね。

櫻井 未来の扉を開けていくってすごくわかりやすいし、僕たちも融資を始める中で「ああ、こういう新しい扉があったんだ」って気づくんだと思うんです。その扉を開けて進んでいくと、また新しい扉がある。僕らが扉を開けたんだよ、って見せることで、また別の扉ができていく。そういう連鎖がでてくるといいですよね。だから、今の段階で最終的な目標を定めてしまうのは危険だと思っているんです。時代によっても、新しい発明によっても目標は変わってくると思うし。やっぱりAPは、自分が普段の生活の中で「こんなことをやったらいいのにな」「こうすれば未来が良くなるよ」っていうことをそのままやっていく場だと思っているので、最初は誤解する人がいるかもしれないけど、長くやっている中で自分たちの誠意というものが伝わっていくだろうと思うんです。優さんが10年やっているという話を聞いて、すごく励みになりました。

田中 APの活動を知った人に「あなたも未来を変えられるんだよ」と、伝えていくことが重要なんですよね。

櫻井 これからap bankがどんな過程を経て、どんなところに融資をして、それによってどう未来が変わったかをホームページでレポートしていくので、それを楽しみに見て欲しいです。


田中 優:1957年東京生まれ。
子育て時期にチェルノブイリ原発事故に遭遇。子どもの将来を考え、環境運動に参加。原因を問う中から金融の問題に気づき、1994年、小さな融資組織である「未来バンク」を設立する。
未来バンク:http://homepage3.nifty.com/miraibank/

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