ベルギ-永住ミステリー小僧のブログ
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妻の死から約2週間が経ちました。 この2週間もその前の2週間に劣らず、様々なことがありました。記憶がごちゃごちゃになってきたので、時系列的に整理するのが難しくなってきています。配偶者はもちろんのこと、家族の誰かが亡くなれば残されたものは悲嘆にくれ、亡き人との在りし日を思い浮かべてまた涙します。私の場合で言えば、これからすべて一人でやっていかなければならず、家の中のことでも少なくとも半分は妻の管轄でしたから、私には何をどうしていいのか分からず、言葉通りに途方に暮れていました。また、妻が良く腰かけていた肘掛椅子を見る度に『この椅子に腰かける人はもういないんだ』と一変で心が空虚になったものです。このような、どちらかと言えば『今までいた人がいなくなったことによる空虚と寂しさ』がほとんどすべてでした。ところが日がたつにつれ、その気持ちが微妙に変化していることに気付きました。実は、後で述べることと関係しているのですが、いま悩み事があってそれをどうしようか悩んでいたのですが、相談する相手がいなくて困りもして当惑もしました。家族関連のゴタゴタであれば、以前であれば、当然ながら妻と私である程度話し合っていたのですが、妻亡きあとは、私が一人で全て考えてやらなければいけないことになります。悩み事に限りません。妻と雑談したり軽口を叩いたり二人で笑ったり、存命の時は嫌でしたが、そのイヤな喧嘩さえする相手がいないのです。そう考えた時、本当の寂しさというのは『話し相手がいなくなる』ことを自覚した時から始まるんだ、ということを実感しました。この頃痛感しています。もう何日心から笑ったことが無いんだろうって。妻が存命で元気だったころは、よく二人で軽口や冗談、皮肉などを言い合っていました。いまはそんなことを言い合える相手がいません。ケラケラ笑い合える相手がいないことがどんなに寂しくむなしいことか、今になって心に突き刺さってきました。妻の死後に起こったもう一つのことは、子供たちのことです。2人の子供たちは、妻が医師から『治療の施しようがない』と言われてから死去するまでの2週間、2人で交代で病室に寝泊まりして母親の看病をしていました。心身共に疲れ果てていたはずですが、2人とも全くそんな素振りは見せずに、かいがいしく妻の面倒を見ていました。落胆し涙にくれる私を、2人の子供たちは心から心配し慰めてくれたのです。彼らの気持ちが嬉しかったのはもちろんですが、一方で母親を亡くした子供たちに申し訳ない気持ちもありました。本当なら父親である私が慰めてやらなくてはならないのに…。しかし、その時すでにゴタゴタは始まっていた様なのですが、誰もそんなことに真剣に構っている時ではなかったのです。しかし妻が亡くなってから娘の様子がおかしくなったのに気付きました。それまで気落ちしている私のことを大変心配していた娘が、妻亡きあとは自分の弟の些細な言動をとらえて過敏に反応することが多くなりました。そういうことが何回が続いたので、私が注意というか少々意見したのですが、娘はそれが大変気に障ったのか『パパまで弟の方を持つの』と怖い顔をして私を睨めつけたので、何か言っても反発されるだけだと諦めて直ぐに別れました。その翌日、偶然にス―パ-の駐車場で、私のすぐ横をちょっと乱暴に運転していた車 のドライバ-を見たら、それが娘だったのです。娘は私に気付いていませんでしたが、実はその時の娘の顔を見て愕然としました。物凄く怖い顔をしていたのです。その時、そう言えば前日に分かれた時も同じような怖い顔をしていることを思い出したのです。もしかしたら、娘は昨日よりずっとこのような睨みつける顔をして暮らしていたんじゃあないのだろうか? とさえ思ってしまいました。普通の時であれば、少々気に入らないことがあっても時間がたてば忘れたように笑っている陽気な彼女なのですが。凄く気になったので娘に声を掛けて話したところ、それはどうも杞憂ではないことが薄々ながら分かってきました。私の恐れていたように、娘はこの数日間精神的に大変不安定な状態で暮らしていることがすぐにわかったからです。15分ほど話しましたが、頑なな娘の態度は変わらず私の言うことにも耳を傾けようとしません。Bricoに物を返却に来ただけだから、といったのでその場で別れましたが、私の胸はまるで泥水か何かを飲んだみたいな、不快でどんよりとした気持ちで満たされてしまいました。その晩、娘のことをずっと考えていました。彼女は間違いなく心身の疲労と母親の死去によって、今まで限界まで張り詰めていたものがプツン、と音を立てて切れてしまったのだと。今の彼女は糸が切れてしまった操り人形のように、床に突っ伏してしまって助けを求めているように思えてなりませんでした。私は直ぐにメッセ-ジを送りました。『Bonne Nuit!Gros Bisous』(おやすみ!ビズ-)そして翌朝、娘が起きているだろう時間帯に電話し、『パパはこれからママがしてやったようにお前のそばにいるよ』と《妻の代わり》になると宣言しました。妻が実際にどのように子供たちと話していたのか、落ち込んだ時に何て言って慰めたり励ましていたのか、私には殆ど想像もつきません。が、今はとにかく娘の気持ちになって寄り添ってあげたいんです。こんな時妻がいてくれたら何てアドバイスしてくれるだろう、とどうしても考えてしまいますが、妻がいたとしたらきっと妻に全てを任せてしまって、私は奥に引っ込んでしまっていたかもしれません。でも今、私は逃げるわけにはいかないのです。娘のためにしてあげられるだけのすべてをやってあげようと決心しました。それが妻の望みでいることだとの確信があるからです。妻の代わりができるかどうかでは正直やってみなければわかりませんが、私がどれだけ真剣に娘の言葉に耳を傾け、胸に溜まっているわだかまりを除いてやれるか、父親として精一杯の笑顔と優しさで娘を包んでやりたいと考えています。『家族の絆』なんて、小説やテレビドラマの中でしかお目にかかれないような言葉が、今は自然と違和感なく私の心にしみわたってきます。今まであってなかったような『家族の絆』が、家族の中心にいて何とか家族の求心力を必死に維持してきた妻が母親がいなくなって、初めて家族の大切さ、有り難さを頭ではなく心で理解できたような気がします。皮肉なもんですねぇ、家族の要であった妻を亡くしてから、『家族の絆』を感じるようになるなんて…。なんか、妻の出した宿題に、一つ答えを出したような気分です。妻は『よくできたわね』と、言ってくれるでしょうか…?2つのブログランキングに参加しています。↓ポチッと押していただけたら嬉しいですありがとうございますにほんブログ村にほんブログ村
2024.04.01
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