ローファットな生活

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もーもーたん

もーもーたん

2015年03月31日
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 3人兄弟の末っ子が結婚して家を出ていった秋のこと。岩菱家で転居の話が持ち上がった。

 4年前、夫に先立たれ、最後まで残った末娘も、跡取りの長男の家へと嫁いでいった。先に結婚した2人の息子たちも、遠方に仕事と家庭を抱えている。

 健康で不自由はないとはいえ、4LDKのいまの住まいは女性一人が住むには広すぎる。遠くへ行く気は無いが、もっと気楽に暮らしてみたいと思っていた早苗に、不動産のチラシが目をよぎる。

 ○○線○駅徒歩8分、3LDKリフォーム済み。○△線■駅徒歩12分、2LDK納戸付き、△■駅徒歩16分、3LDKバルコニー付き

 一戸建ては広いが、場所を変えるだけでは意味がない。収納が多めの小さな家か、マンションにでもしなければ。

 この家はどうしよう。いまどき、借り手がつくのだろうか。それとも売ってしまって、わずかだけど子供たちに財産を残そうか。

 3人の子供と夫の世話以外、趣味らしいものも無く、ずっと家の中で過ごした早苗は、自分に投資するなど考え及ばないのだ。

 来月の連休に家族が揃うから、そのとき自分の考えを話すことにして、とりあえず一人暮らしの準備をしてみることにした。




 相続を考えると買い換えるわけにいかないから、家賃程度の借家にするとして、どんな間取りがいいだろう。いまの家は広すぎるけど、お客を呼ぶにはそれなりの広さが必要だ。

 一戸建ては、庭の手間がかかるからマンションにしたほうがいいだろうか。歩いて行ける距離に、商店やら病院やら揃うには、駅から近いところに住むべきだろうか。

 こう悩んでばかりでは埒が明かず、実際に物件を訪ねてみることにした。


 バスで5分ほどのところに最寄り駅がある。駅前には、小さい不動産屋と大手チェーンの不動産があった。

 二つの店の前を行き来し、張り出されたチラシをしばらく眺めた後、早苗は小さいほうの不動産屋のドアを開けた。

 「ごめんください」


 早苗が賃貸物件を探していると切り出すと、「どなたがお住まいになりますか?」と、髪も薄くなりかけた初老の店主が聞き返した。

 このごろは一人住まいの老人に貸せる部屋が減っているが、大家に相談すれば無いこともないでしょう。予算は、2DKで○○万くらい。敷金と礼金がそれぞれ3ヶ月必要だと教えてくれた。

 「お部屋を見せていただけますか?」

 ちょうど、卒業シーズンで空き部屋があるというので、そのうちのいくつかを見せてもらうことにした。


 まずは、学生向きアパートだが、家賃は安いが狭くて周囲も学生ばかりで賑やかだそう。



 単身者用マンションは、外回りも清潔にしていてこぎれいなのだが、どう考えても早苗の持ち物を全部置く場所が無い。

 最後に中古マンションを2件ほど見たところ、荷物が収まりそうなのでこの線で探そうと思ったが、いざ決めるとなると決定打に欠ける。

 家の改築用の短期貸し出し型賃貸があるというので、家はそのままにしたまま短期間借りて生活してみることにした。


 新居に必要なものを考えながら商店街を歩く。家から持ってくるのも面倒だから、必要最低限のものは購入してしまおう。食器、台所用品、風呂用品、洗濯くらい不自由でなければ、あとはその都度取りに戻ればいい。

 店先に並べられた果物が安い、野菜が安いと、料理も出来ない場所でつい買い物をしてしまった。


 部屋に戻ろうと商店街を抜けて、少し人通りが少ない道に出た早苗に、反対側から歩いてきた男がふと近寄ってくる。

 何かと思うと、男は早苗の持つ手提げ鞄に手を伸ばしてきた。

 突然のことで、抵抗どころか声もあげられずにいると、後ろから来た若者が、「何をしてるんだ!」と大声を出した。

 怯んだ男は、早苗の鞄から手を離し、元来た方へ走り去った。

「だいじょうぶですか?」

「ありがとう。ほんとに助かったわ。これは少しだけどお礼に持って行ってくれる?」

 早苗は、震えながら若者に礼を言い、さっき買ったばかりのみかんを渡した。

 そして、そのまま部屋まで送り届けてもらった。

 部屋に入り、戸締まりをして、早苗は気が抜けたのかそのままへたりこむようにキッチンの真ん中で座り込んだ。

 まだ、冷蔵庫もテーブルも(洋服ダンスもテレビ)無いがらんとした部屋で、早苗はさっきの出来事を繰り返し思い浮かべる。

 誰か来てくれたからよかったけれど。近くに知り合いのないところは不安かしら。


 助けてくれた青年と物取りの姿を交互に思い浮かべながら、早苗は座り込んだ姿のまま、延々と先の不安を思い悩むのだった。







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最終更新日  2015年03月31日 22時13分47秒


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