文の華

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1章~狂い咲き~


          一章 狂い咲き


 インモラルという言葉がある。

 辞書を引くと不道徳な、ふしだらな、わいせつなという意味らしい。

 俺にぴったりの言葉だと思う。

 というか、俺のこうありたいと願う夢。それを一言で表すにはこの言葉がぴったりだ。俺はインモラリストだ。

 中学の頃から俺は徹底的に荒れて育ってきた。きっかけは小さなことだった。

 先生への反抗、万引き、セックス。
 そんなひょんなことから俺はどんどんと不良の道へと突き進んだ。校舎のガラスも片っ端から割ったし、家族も殴った。
友達と喧嘩もしたし乱交もした。世の中はもう不良など流行らなくなり始めていた時代。

 俺の中学、高校時代はそういう時代だった。

 多少の悪いことをやっているやつらはいた。しかし彼等は誰かへの反抗や、怒りの表明というような態度を取ることは決してなかった。教師にはむかえば損をする。自分の感情を抑えられないやつはクールじゃない。空気が読めない。ダサい。

 俺はそういうやつらとは一線を画してきたつもりだ。

 いや、もちろん最初からそうではなかった。俺も中学の頃はそんなやつらと似たようなところがあったのだろうと思う。

 だから高校に入った。

 他に行く場所がなかった。

 そしてほぼ毎日高校に通った。だけど、いやなことはいやだといったし、嬉しいときは嬉しいといったし、同級生にも先生にも分け隔てなく自分の感情をさらけ出した。
 そう、世の中の調子のいい、八方美人の不良どもと明確に一線を画し始めたのは高校の頃だった。自我が芽生えたということだろう、高校の頃のことは良く覚えている。

 授業が終れば週に六日はセックスをした。六日というのは『木曜日はのぞいて毎日』ということになる。なぜ木曜日はセックスをしなかったのかといわれれば理由は無いとしか答えられない。深く突っ込んでみても意味はない。そう決めていたのだから。

 セックスが俺にとってなんだったのかと聞かれれば、それは学校にいるやつらの道徳や、損得しか見えていない考え方への反逆だった。それだけでしかなかった。快感だったかと聞かれればはいと答える。楽しかったかときかれればいいえと答える。そんなところだ。

 セックスする女には困らなかった。自分が女からどう思われているのかは分からない。他人から自分がどう思われているのかなんて、そんなことを考えるのはまっぴらだ。しかし女は声をかければよってきた。ある一時期、女に嫌気がさして男を相手にもした。後がうるさくない分やつらの方が楽だったし、高校2年の夏休みの途中でインモラリストという言葉と出会って、そういう生き方を目指し始めてからは不道徳、ふしだらであるために相手は男だろうと女だろうと構わなかった。

 俺は高3の冬休み、後数ヶ月で卒業と言うところで麻薬を打っているところが見つかり即刻退学、刑務所に入れられた。

 刑務所。

 思い出すのも反吐が出る。麻薬の禁断症状もきつかったが何よりもそこにいる看守やら、時々来る弁護士やら、カウンセラーやら、『道徳』『法律』『普通』そういった言葉の上に立って自分を縛り付けているやつらがどうしようもなくいやだった。それにおとなしく縛り付けられているほかの囚人達も。

 俺はまだ17で初犯だったこともあってか3年で出所することが出来た。それから麻薬はやめた。なんせ高いから。

 ひさしぶりに外に出たが、高校にいた頃と東京は何も変わっていなかった。人々はますます惰弱になり、不良は町から姿を消し、俺はインモラリストとして生きることを心に決めた。

 出所しても家族のところには戻らなかった。やつらは俺のことを疎んでいたし、俺もやつらを疎んでいた。産んでもらったことに感謝しろと人はいうが、産んでくれといつ俺が頼んだ。
 生まれてやったのだから感謝されることはあっても俺が感謝することなど一つもない。あるとすれば飯をタダで食わせてくれたことぐらいだろうか。とにかく、それからもう家族との縁は切れた。

 俺はまずは金を貯めることにした。世の中は悲しい女や男で溢れていた。彼等は自分の怒りや欲望を普段は閉じ込めているがどこかにそのはけ口を求めていた。
 俺はそういう男や女の相手をして金を稼いだ。そういうやつらに虫唾が走るのはしょうがない。やつらはモラルの側の人間なのだから、もともと俺とは生きる次元が違うのだ。俺は俺で金という生きる手段が当面の間手に入れば、やつらの相手をするくらいなんでもないことだった。

 自分を売って金を得る。
 自分の時間を売って金を得る。

 これは資本主義の作り上げたモラルなのかもしれないが、そこには目を瞑り、ひたすらやつらの怒りや欲望の捌け口になった。どういう仕事をしていたのかと聞くものもいよう。

 俺がしていた仕事は男娼とおばさんのセックス相手。ホストなどに手を出したこともあったがわりのいい商売ではなかったのですぐにやめてしまった。仕事は店に登録したりネットを使えばすぐに手に入った。木曜日に休む習慣は続けた。

 そんな仕事をしていたからといって自分を見失うことはなかった。寧ろ俺はその仕事を通して自分のモラリストである部分に気付き、そこを変えていくことによってインモラリストとしてのあり方を少しだけ変えていったともいえる。

 やつらはたまに、俺にこういった。
「お前は惨めじゃないか。」
 まったくの誤解だった。

 惨めなのはやつらで、俺じゃない。しかしやつらには、俺の生まれが不幸に見えてしょうがないらしい。同情を受けるのは麻薬の禁断症状と同じくらいいやだった。しかし搾れるやつらから金を搾るにはまあ、それもしょうがないかとは思えた。



 俺の育った時代の日本はこんな時代だ。空気を読み、空気をあわせる。普通であることを愛でる時代、見事な狂い咲きだった。






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