全167件 (167件中 1-50件目)

横浜地方の部分日食。曇りなので、見れないかなと思っていたら、11時13分、雲の間から太陽がちょっとだけのぞかせて見せてくれました。残念ながら、周りはまっくらにはなりませんでした。(当たり前か)
2009/07/22

寝たー~で時計をみるとPM7:30です。まだ、1時間半しか寝ていません。が、すこぶる調子がいいです。トイレにいくと、若い団体さんが中で食事していました。わいわいがやがやしています。布団にもどってまどろんでいると、きょうちゃんが、『具合がわるい』とつらそうにいいます。まだ高山病です。『ぱぱさん、酸素缶』『頭痛薬』『水のまして』とにかく、効きそうなやつは全部やって寝かせます。パパさんは、衣服をストーブで乾かしてます。そんなことをしているうち、団体さんがベットのほうに移動してきます。で、お休みなさいをしているのですが、やはり若い。くすくすしています。静かにとか、シーシーとかやってるのですが、いっこうに寝る気配ありません。しかも、手でバンバン音を出したりしています。(修学旅行か!)と突っ込みいれたくなります。と、別の寝ている方が、『静かにしてください。寝れません』と団体のリーダーに注意を促しました。うんうん、ここは、山小屋ですよ。マナー守ってね。などと、思ったりするのですが、なかなか寝入ってくれません。結局静かになったなあと思ったのが10時すぎ。すると、またもやきょうちゃん、『パパ、具合わるい』とだるそうにささやいています。高山病です。きびしいですね。高山病。これが、何度も続きました。隣で寝ている人に申し訳ないなと思いながらも、そのつど、音出さないよう対応していきます。朝4時半ころ、ご来光時間ということで、団体さん起き出して準備しています。ところが、屋根に雨のあたる音がしています。(晴れていたら、見たかったなあ)と思いましたが、あきらかに雨なので、起き出さずにまどろんでおりました。団体さんが、出発した7:30、自分たちも起きます。食事をして、9:00出発します。外は相変わらず雨。昨日ぬれた靴が冷たいです。9:30 8合目江戸屋につきます。ここで、暖かい飲み物をいただきます。10:00 出発です.]どうやら、雨もかるくなってきました。登ってまもなく、登山道と下山道が合流するところで上をみますと、なにやら、足を痛めた人が、友人に支えられて降りてきます。かなり、痛そうです。『サポーター使います?』ひざのサポーター出しますと、『いえ、ひざじゃなくて、足首なんです』と見せてもらって、触ると、かなり痛んでいるようです。『これは、まずいね。今、ガムテープしかないんでそれで固定してみようか』と自分がムテでテーピング始めます。が、自分テーピングしたことあったっけ?どっかでみたテーピングの真似して巻いて見ます。ちょっとは固定されたようなので、靴はいてもらって『下の山小屋で相談したら?』と話して、別れるもりでしたが、降りるのもつらそうなので、ほっとけないので、下の山小屋まで、肩かしておろしました。途中、心あるかたがたが、サポーターありますよ。テーピングいりますか?とか、声かけてもらってました。さて、これ以上は自分もできません、後は山小屋の方がなんとかしてもらうことにして、登山再開です。11:30 本8合目胸突き江戸屋到着です。ここで、トイレタイムと思ったら、ともえ館のほうにいってくれというので、そちらで、トイレと食事です。(少し和らいだ富士山)12:00 出発12:40 八合五勺、御来光館到着です。 さて、これから頂上めざすかどうか話あいです。きょうちゃんは、のぼりがかなりきついようで、めざすのに3時間はかかりそうです。しかも、今日戻らないといけません。時間的にかなりきつくなります。そこで、『パパさん、悔いないように、交互に登ろうよ。きょうちゃんは、ここまでということで。』ということで、荷物置いて、頂上まで出発です。身軽になったので、足取りかるいです。しかし空気はうすいので、息切れが。。。12:50スタート13:06 9合目鳥居通過13:25 頂上到着(頂上)するも、下でまってるので、すぐ降り始めます13:50 8合5御来光館着『つぎぱぱさん。だが、時間的にきついので、きょうちゃんと、降り始めるので荷物もって登ってね』ということで、パパさん頂上にむかってスタート。『さあ、きょうちゃん先におりてよう』集合場所は8合目の江戸屋です。14:30 着ここで、休憩です。コーヒーもらって、30分ほど休みます。15:00 そろそろ、ぱぱさんが戻る時間なので、外で待機します。しかし。まてどくらせど、降りてくる気配がしません。心配になります。そこで、5合目でまってる、パパさんの奥さんに連絡して、ぱぱさんに下に降りはじめることを連絡してもらい、降り始めます。15:30 ぱぱさんが降りてきて合流です。あとは、みんなで、いっきに降りるだけです。きょうちゃん、おりるときは、なぜか、元気です。結局5合目18:15到着です。つまりぱぱさんは頂上出発が15:00といってましたので、3時間で降りた計算になります。くだりは、体のトラブルさえなければ、子供でも3時間で降りられることを確信いたしました。むしろ、くだりはおじさんたちには、足や、けつがこたえた気がします。下について、濡れた服をぬぎ、着替えて富士山を後に帰路につきました。
2008/08/27
やっと、登ることができました。6月初旬、『富士山のぼりてエー』と思ってから、まずは、用具の準備に入り、体力は大丈夫かあ?と自分に問いては、確認のため、塔ノ岳に7月下旬登り、超回復を狙っては、ハイキング15kmを3度行い、準備万端。あとは、結構するのみ。この時点で、単独登山である。8月24日、日帰り登山を狙い、何気に、『富士山登ります』宣言をしてたら、一緒に行くという会社の女子従業員のだんなさん(通称ぱぱさん)が、8月初旬、参戦宣言。加えてその子供きょうちゃん、小学3年生も参戦。ここに、超初心者パーティの誕生である。さて、通称ぱぱさんは、オートキャンプの方面、体力がOK。小学生は、その子だし、完全に自主的に登りたいということなのだが、登れるのだろうか一抹の不安はある。まあ、高山病やら、天気やらいろんな理由で登りきれないことは往々にしてある。お気楽にいこうと心に決め、泊まりもありということで、その意を待ちます。ところがである。夏山天気でチェックしてますと、なんと、曇り時々雨である。それが、結局前日まで、まるで変わりません。『やばいなあ、雨経験はないぞ。いきなり、5合目でアウトになるのか?』ものすごい不安がつのります。『日にち変更はきく?ぱぱさん』きいてみるも、『子供が夏休み27までなの』ですと。。。。。(つうことは、これしかないか。自分はいざとなれば、単独でもいけるからいいとしていけるとこまでいくか)ということで。23日夜、中山湖リゾートマンションに入ります。すでに雨です。『明日は4時起きの、5時須走口到着の、飯くいいの、6時出発―の。』ということで、寝ます。24日4時起床(つうか、天気が気になり、3時ころから、ベランダあけては、雨確認)しとしと、雨が降ってます。『ぱぱさんどうする?』『とりあえず、いくだけいきましょう』なんともたのもしいおことば。(雨やだなあ、とは自分の心)5時半、5合目 菊屋で、うどんくって、6時出発しようと準備してたら、菊屋のご主人『雨2時間くらいしたら、抜けそうだって。2時間してから行ったほうが結果的にいいと思うよ』というアドバイスを受け入れることにいたしました。6時ちょい前に、TVで、天気予報はじまりました。『いかん、低気圧が停滞してる。雨やまないね。』と菊屋のご主人。確かに、低気圧が日本海と太平洋側にどかっと居座ってます。この、二つの低気圧、3,4日まえからずっといるやつです。あっちいってくんないかなとずっとおもってやつですが、だめです。『まってても、結果かわらないので、いけるとこまでいってきます』6時レインウエアに身をつつみ登っていきました。6:15分 古御岳神社へ、安全祈願して、山道にはいります。 小雨ふってます。8:00 長田山荘にはいって、休憩します。 きょうちゃん、名物のきのこ汁を食います。 ぱぱさんと自分はホットコーヒーのみます。まったりしつつ、ご主人、『今日は、雨だから宴会だな』なんていうんで『まざりたいなあ』というと『だめだ。のぼってきなさい。帰りでもよって』と怒られちゃいましたので(笑)帰りによって、宴会混ざるかななんておもいながら後をたちました。しかし、考えたら、下山ルートから、ここは外れてしまいますのでむりですね。宴会。8:30出発 あいかわらず雨です。しかも、風強くなってきます。霧もまざって全身濡れまくりです。10:10 瀬戸館 通過『この上で、食事しよう』で上向かいます。が、この判断が失敗のもとでした。大雨で、風強くて、かなりきついです。登山口あたりから先に行ってた人も、上から降りてきます『あきらめました。上かなり厳しいです』と子連れの自分たちに、行くのやめたほうがいいんじゃないの?と、口にはしませんが、そういってるようです。まあ、普通に見たら、児童虐待とも問われかねません。とはいっても、きょうちゃんは、自ら参加、しかもやる気まんまんでしたしね。11:00 七合目大陽館到着です。 ところがです。食事しようとおもってたら、準備中だし、外で食事するのも雨で、食事がビチョビチョになるようで、いやです。雨でキャンセルの電話なのか、店の人にあまり、話しかけられず、『なんか対応悪いね、』って、ことになり上いって食事にすることにしました。小腹すいたので、それぞれ持参のビスケットや、ソイジョイを口に放り込み、寒いのでフリースを着込み上に向かいます。しかし、雨で暖かいものほしいのに、準備中ってどうよ。大陽館って評判よかっただけに残念です。11:10 出発雨がさらに強くなります。横殴りは当たり前。下からも巻き上がってきます。(なにやってんだろう、俺たち)たのしくなるはずだった、富士登山。2ヶ月も前から準備してた富士登山。今、大雨で、全身びしょぬれ。雨で体温が奪われます。しかもきょうちゃんは、もうぐったりで、なかなか進みません。動いていればまだ寒さも耐えられます。が5分進んでは5分休みといった状態です。下山道ぬ。なぜ下山道の看板がここにある。(あ、注意しろとどっかのサイトにあったな。)やっちゃいました。下山道を登山してます。これは、きつい。砂利というか砂が足をすべらせ、進みにくくします。しかも天候は、どんどん悪化。横殴りの雨なので、少しでも弱いところをさがしては、そこで休憩させます。なにが悲しくて、横風をさけながら上いかにゃならんのだろう。『いけるだけ行こう』それが、今回の合言葉です。きょうちゃん、とうとう歩けなくなった自分が悔しいのか、泣いちゃいました。それでも、パパさんも自分も、しかりも慰めたりもしません。お互い、自分で決めたことだから、自分で決めなきゃなりません。泣き止むまで待ちます。そして、歩き始めるのをまちます。当然、状況によっては、ほんとに中止もしなくてはならい場合も出るかもしれません。その実、何度も、立ち止まっては、休憩しているきょうちゃんをみて、『降りよう』と口にしかけたことでしょうか。しかし、本人がギブアップするまでは、口にするのはやめました。霧の中、やっと、上のほうにかすんで見える山小屋発見(?)しました。13:30 本七合目・見晴館です。玄関をあけて小屋のおにいちゃんに、『予約ないのですが、泊まれませんか?』と確認を取ります。『あ、大丈夫です。何人ですか?』『3人です』と、事務手続きをすませ、やっとくつろぎます。が、なにせあるだけの服をきていたので、全部びしょびしょ。寒くてかないません。昼もまだなので、みんなでいうどん、ラーメンなどを頼み、そして、パパさんはさらにビール、自分はお酒2本のんで、体内をあたためました。きょうちゃんは、登山口あたりから、軽い高山病にかかっていましたが、なんとかここまできました。しかし、高山病がなおったわけではありません。酸素をすい、バファリンを飲み、水をのみのみ、しのいでいます。なんとか、小屋で一眠りし、高所になれてくれればいいのですが。小屋では、80歳の男性の方と、その娘さんが、先に入っておりました。そのかたがたが、きょうちゃんが寒がってるのをみるなり、使っていたエマージェンシーシートにくるめてくれたり、ジャンバーを貸してくれたり、ものすごく親切にしていただきました。きょうちゃんもそのうちにあたたかくなったのか、ねむりにはいりました。実は、そのエマージェンシーシート、自分ももってたのですが、あまりにも親切なかたがたの行為に対し、いまさらありますからと、出すこともできず、すっかりお言葉にあまえさせていただきました。昼から、なんにもすることないので、横になってうとうとしたりしましたが、なにせ、完全に服がかわいてるわけではありません。どうにもさむくて熟睡などできません。(いまさらシートだすわけにもいかんし。)(いかん、これでは風をひいてしまう)と高山病対策用の風邪薬を飲んでおきてるようにしました。見晴館、本日は30人くらいの団体さんが入ってるようです。『団体さんはいる前に食事用意します』と5:30に食事です。カレーを食べて、終わると、ベッドに連れて行ってくれます。『本日は2つの布団に3人で使ってください』と、いいます。(よかった。)まったくの他人と寝るよりもはるかにいいです。といっても、サウナや、旅船の雑魚寝ではしょっちゅうでしたから気にしませんが。ちなみに団体さんは2人で1組の布団だったようです。さっそく、横になります。あっという間にねてしまいました。続く
2008/08/26
『明日から3日断食する。』社長の何年かぶりの発言です。土曜日のことでした。いつもは7日断食なのに今回3日断食。理由を尋ねると、『体力おちてるからなあ。』と。それでならばと自分も、プチ断食に相乗りすることにしました。実は、そうなりそうな予感がしていたので、この一週間、朝おかゆ、昼普通、夜おかゆと食事制限をしていたのでした。行動は、日曜夜からです。日曜夜8時電話あり.『いま、はいったからな』断食スタートです。ということで、ただいま2日まもなく終了です。空腹と頭痛が昨日の夜におそわれ、あわせて睡魔にもおそわれて早々に寝たのですが、深夜12時頃目が覚め、小2時間まどろんでおりました。おかげで、断食の空腹感が初日にしてすぎさり、あとは時間との戦いになりそうです。幸い会社もいそがしくないので、写経に専念します。写経もつい先だってやりはじめたばかりで思うようにかけませんが、それでも日々上達しているようです。(最初がひどすぎたからともいう)断食おわったら、関東88ヶ所巡礼か、坂東33ヶ所巡礼を、この写経をもって始めたいなあと考えております。そうそう、腹回りが84cmとMAXより11cm減となっています。
2007/11/13
うう、ラスベガスって、暑いってきいてたので、半そでシャツしかもっていかなかった。その結果、最後の最後で風邪ひいた。まず、ホテル。キンキンにエアコンきいてて鳥肌たつくらいさむい。そして飛行機。これもさむい。情報不足がまねいた結果でございます。そして、さらに。湿度がかなり低いので乾燥肌になりました。夜中、かさかさして痒い痒い。しかもついいには鼻膜が乾燥したせいか、何十年ぶりに鼻血だしちゃいました。『若いねえ。かわいこちゃんみてでちゃったか』なんてうちの会長様にからかわれるわまいった。というわけで、7日の旅行の報告を行いたいと思います。
2007/09/21

月曜日ブートキャンプエリートが到着いたしました。 『1枚目とFAVORITEが不良品の場合があるので確認してくれ』との注意書きがあるので早速確認です。そして、不良品でないのを確認したので、再度1枚目を鑑賞し、終わったのでしまおうとしたしたその時にああ、そのときに割れてしまいました。_| ̄|○ふっふっふ。(泣きながらも)ぎりぎりセーフです。なぜならば、しっかりとPCにわれたDVDの内容を取り込んであったからです。これを再度DVD-Rに焼いて復活です。まあ、個人鑑賞用なのでこのへんは著作権法にひっかからんと思うので。で、表面をスキャンして。実物より薄いけどまあ、いっか。さて、本物のビリーズバンド確認しますと、なんと!!!!バンドのゴム、自分が製作に使用したとまるでいっしょです。ゴムはレベル2のゴムを使用して作ったのですが、よもや一緒とは思いませんでした。もしかして、ゴムの色とレベルは統一基準なのか?偶然にしても、長さもテンションもいっしょだったのには、(もしかしてコピーの天才?)などと思うのですが、すでに、自前のでやって、きつい思いしている自分にとって、本物のテンションがもっと弱いことを祈っておったのでうれしいやら悲しいやら。
2007/08/02

一昨日(7月31日)急に山中湖に社長と行くことになりました。『いつもすまないね。怒ってばかりで。今日は慰安旅行だ』(うう、土日に千葉の海にいっしょにいってきたばかりだよ社長。)思い立ったら、すぐでかけてしまう社長。たいがい社長、自分のことをかばんか、アクセサリーくらいの感覚で、予定もきかずに拉致します。まあ、暇だから、いいんだけど。酒も飲めるし。山中湖について、急に賭けることになりました。『山中湖一周何キロ?』自分27KMに賭けです社長15KMに賭けです。そこで、車で一周して計測することになりました。(どうせひまだし)結果、13.5kmぜんぜん距離ありません。勝ったと思ったのに。。。。結局1万負けてしまいました。うう、これで社長に3連敗だ。。。さて泊まったホテルはXIV(イクシブ山中湖)会員制リゾートホテルです。これまた、社長の友人がこのホテルグループの部長さんだったりするわけで会員紹介のビジター扱いで泊まれます。このホテルはいろんなところにあって、いろいろ泊まったりしてますが、なんといっても、食事のうまさと部屋の広さでしょうか。しかも今回は富士山がベランダごしにどかっと見えます。とってもいい気分でリゾートできました。帰りは、御殿場プレミアムアウトレットでお買い物です。自分、ブランド物にほとんど興味ありませんので、高いのか安いのかよくわかりませんがアディダスの店では、安さを感じました。ちなみにアウトレット→在庫処分なのだそうですが、現実的には、それもあるけど関係なく商品がおいてあります。まあ、アウトレット≒安くかえる店として定着しつつあるのでしょうか。
2007/08/02
昨日、福岡県古賀市天神の海岸でさめが出現し、海水浴場で避難させるというニュースがでてました。さめはシュモクザメ(ハンマーシャーク)ということで。日曜日(29日)、千葉は蓮沼海岸であった地引網に参加いたしました。(といっても、毎年海水浴にいってるところで、偶然でくわしたイベントだったのですが)朝方、漁師さんが網を沖にしかけて、それをころあいをみはからって、岸から網をたぐり寄せる漁法で、何度も綱引きの要領でひいていくわけで、人数は100人くらいが理想らしいのですが、今回は60人くらいでしたのでけっこうな体力の消耗でした。(汗のかき方はBBCといい勝負だな)漁は小あじの大漁でした。まあ、網の中にはしたびらめとか、すずきとかもはいっておりましたな。・・・でかいくらげとかも。。。。そしてなんといっても驚きなのが体長50-60cmのシュモクザメ2匹。高校生くらいの子が『ほしい』っていって、漁師さんからもらっておりましたが、しっぽのあたりをもって持ち上げると、小あじを口にくわえたままのシュモクザメ、なにげに(食事のじゃましやがって、このやろう)という声がきこえてきます。結局、このさめをさんざん見た(いじった)あと、処理にこまったのか、海めがけてブン投げておりました。『海にかえしたのさ』だって。。。まあ、このさめの口の中、ギザギザしてるので、かじられたら痛いでしょうが、人は襲わない種類らしいので、ま、返してもいいのかなと。
2007/08/02

6月24日熊本へ。熊本にも社長の友人がおります。さっそく合流して、友人宅へ伺いますと、馬刺しを用意して我々を歓迎してくれます。さすが本場、馬刺しうまいです。本日の宿泊先は、国民休暇村です。いい感じでゆっくりできました。25日、観光です。まずは、トンネル工事してたら地下水がわきでて、工事中止。計画も中止となった、高森湧水トンネル公園に出向きます。トンネルの中は涼しく、奥に行くと、とってもおもしろい装置がありました。その名はウォーターパール水を噴出するときに特殊な音波をあてると、水が球体になるそうで、しかし肉眼ではわからないのでストロボをたいて残像現象による球体の確認ができることを利用し、ストロボのサイクルを変えあたかも水球がとまったり、もどったり進んだりと不思議な動きをします。ウォーターパール次が阿蘇山。 すごいね。世界一のカルデラ火山だって。ほんで、この日は熊本宿泊。26日は熊本城見学です。 大きいね。去年は弘前城だったけど、大きさ違うね。さあ、次は福岡です。
2007/08/02

6月23日鹿児島着PM8:30さっそく、社長の友人のやっているすし屋さんに伺います。ここで、だしてくれたさしみ、うまい!、うますぎる。まず我が人生初めてではないかと思われるさしみがでてきました。おいしい焼酎とうまいさしみ。至福のときです。店も終わりなので、社長と友人、そして私、3人街にくりだします。あとの二人は、ホテルでおねむです。さて、今回の旅行、『どこをどのようにまわるか、いきあたりばったりだから、ホテルは現地調達だ』と社長。実は今回の鹿児島天文館、小児科医の研修らしく、どこのホテルも満杯。やっととれたホテルは、若い社員に譲り、社長と自分は飲み終わった時点で考えることとしました。何件かまわって、さすがに疲れましたのでご就寝です。さあ、ホテル探しです。残念。ありませんでした。しょうがないので、ラブホテル一室みつけて、社長とおねむです。うう、常日ごろ、社長とよく雑魚寝するのですが、ラブホテルだと、何気にドキドキします。(汗)入るとき、出るとき、ゲイだとまちがわれないかしらなどと余計な心配もしてしまいます。フロント『あとのおつれさん(女性)はいませんか?』自分『いません。ホテル満室なんで、ここにきました』 なにげにいいわけしてます。(笑)翌日、ちょっとだけ鹿児島観光です。高台の公園みつけましたので、そこから、桜島を一枚。
2007/07/26

延岡を去り、宮崎は青島海岸観光です青嶋海岸といえば数十年前宮崎国体にきて以来です。初めて宮崎空港からおりたとき目に飛び込んできた道路中央分離帯一面に植えられていたフェニックス、エメラルドグリーンの海をみたとき、あまりの美しさに『ここ、日本じゃねえ』と思ったものですが、 (↑田舎ものだったですに)あのときの感動をもう一度と内心、愉しみにしておりました。あのときのフェニックス、順調に育って、3倍は成長したかと思うような背の高い木になっておりました。あいにく天気がくもり雨ということもあって、エメラルドグリーンはみれませんでしたが、青嶋神社を堪能できてうれしく思いました。あ、青島神社の狛犬、どっか、沖縄のシーザに似ていたと思うのは自分だけでしょうか。歩きつかれたので、そばの飯屋で、『冷汁定食』くいます。そしておみやげには、東国原知事のキャラがはってある焼酎をネタのために買います。さあ、いよいよ、社長の同期に会うために鹿児島入りです。
2007/07/23

BBC、2週4日目も無事終わり、ウエストを測定すると、97→88cmと順調にへっております。(実はウエストがどこかいまいちわからないので一番くびれたところ測定) ↑反則?ああ、それなのに伸びきっていた皮がへその下で垂れております。悲しいなあ。このだぶついた皮をひきしめなくては、みっともない体形となってしまいます。しかも、会社の若い連中がもっているミサキ製LBM体脂肪体重計で計ってみると、ミサキLBM体脂肪体重計体脂肪率29.1%、筋肉量33.2KG/mになってます。(体脂肪率は体の電気抵抗値で算定するんですと)そしてそれをもとにグラフ確認すると、なんと枠からはみだしています。自分の体っていったいどうなってるんだ。(泣)と、落ち込んでいる暇はありません。さっそく運動で体脂肪を燃やす、バームウォーターを薬局で買い、次回のBBCに備えます。めざせ20%以下。あ、今日、本屋でデューク更家氏の『からだリセットウォーキング』と、地曳寛子氏の『きれいになる太極拳』を買いました。常日頃、歩くときに気をつけたり、朝のラジオ体操代わりに太極拳やってみようかと買ってみました。どこまで意識してやれるか自分に挑戦です。それとデューク氏の本の中の肥満度指数(BMI=体重÷(身長×身長))を計算したら、29だって。この計算でもかなしくなりました。
2007/07/23
先月6月21日から1週間、九州一周の旅をしました。うちの新入社員の友人が結婚式で地元にかえるというので便乗旅行です。社長の同期が熊本、鹿児島にいるというので、会いにいこうというのも今回の社員旅行になったきっかけです。行きは、社長、北海道での船旅がよほどよかったのか今回も船旅です。久里浜→大分です。海もおだやかで、そこぶるいい船旅になりました。所要時間22時間くらい。ついたその日は延岡に泊まりです。ついたのが夜11時ころなので、目に付いた辛麺家という店で食事して、そのあと居酒屋で一杯ひっかけたのですが。社長、カラオケ火がついたので、自分も、うたいます。さすがに、常日頃うたっている、アップテンポな曲は居酒屋にあいません。当然選曲は、演歌、フォークソング系です。しかし、このお店、1階でしかも暑いのでドアあけてるので、外の道路に歌がつつぬけです。かなり照れますね。通行人に聞かれているという状況は。そんなかんなで、1時になったので、ご就寝です。
2007/07/20

BBCも2週目応用編突入といっても1週目は初日 基礎、腹筋2日目基礎 8min3日目応用 8min4日目応用5日目最終 基礎半分と、変則的にやったわけですがたしかにベストな状態で(おなかいっぱいでないとき)97cmから90ちかくまでへり、『すっきりしたわねえ』と事務員さんからのうれしいお声。服の上からでもわかる腹のひっこみなのですがわき腹の肉があいかわらず、ひっついてます。このわき腹と下腹部の肉がBBCのワークアウトをじゃまします。腹筋運動で足を曲げ腹の方にひきつけるわけですが、脂肪が足と腹の恋路をじゃまして、くっつきません。当面、わき腹、下腹部の脂肪燃焼に力をそそぎます。本日、BBCをやるきっかけをつくった知人が会社に遊びに来まして、当然BBCの話しになったのですが『1週目は基礎体力ついてないから、具体的にやせなかったよ。2週すぎて、きっちりこなせるようになるとぐんぐんやせたよ』との暖かい(汗!)言葉。つまり、きっちりやらないと、わき腹はしまらないのね。むろん、いっしょにやってる仲間も自分も1ヶ月でやめようなんてもうとう考えておらず、しかも8月には別メニューの到着があるわけなので、どんどん強化しちゃおうと考えております。そうそう、ビリーバンドも先だって別に6本予約注文(1本980円くらい)したのですが、がまんできなかったのでつくってみました。しめて2000円強。買ったほうが安かったなあ。本来のビリーバンドのテンションがどれくらいかわからないのですがそれでもためしに昨日使ってみたのですが、きついはくるしいで、汗が倍でました。このきびしさをわかちあってもらおうと仲間のひとりに本日貸して、応用編やってもらいました。音をあげてました。へへ。
2007/07/20
つかったことないぞ、この筋肉・・・そうそう、このBBC応用編で特にきびしかったWORKOUT。中盤戦以降、四つんばいになって右(左)足をあげ、(オス犬のおしっこポーズだな)その状態であげた足をのばしたりちじめたり、ゆすったりするのがあるのだが、これがきつい。なにしろ、こんなところに筋肉があったのかと関心してしまう動きです。おしりのへっこんだあたりが異常なまでにつります。まるで、できません。ついていくことすらできません。このWORKOUT、GIVE UPでした。当然、翌日はおしりがもうれつに筋肉痛。そんなでも翌日は形になってるからすごいです。
2007/07/18
先だって7月14日から16日といってまいりました。今回、台風4号が接近してまして、飛行機飛ぶのか!!と心配しておりましたが、台風東京上陸前に出発でき、そして東京台風がぬけてからかえってくることができました。個人的にはよかったのですが、帰ってきておどろきました。新潟地震がおきておりました。被災者のみなさまにには一日でも早い回復をお祈り申しあげます。さて今年、5月に買った[ムー]という本の記事に予言者ジェセリーノ氏の記事がのっていたのですが、その中に、日本の予言一覧がありまして、2007年10月に地震と台風で被害がおこるとかかれておりました。果たして、ジェセリーノ氏の予言が今回のことをさすのか、はたまた、10月に再度起こるのか、非常に気になります。ジェセリーノ氏は過去、予知夢により、的確な予言をしておりますが、(米テロ、大震災の件など)それによると地震大国日本、今後も続くそうですが、予言によるこれからおこりうることをなんとかできないものなのでしょうか。(むりだよね。)
2007/07/17
BBCの基礎編2日目(7月12日敢行)、いたるところ筋肉痛です。特にももが特にきびしい。ウオーミングアップで足のストレッチ、前屈などは、痛みの極限です。BBC直後に筋肉痛にならないように風呂につかり筋肉の疲労をとったつもりでしたが、それでもなってしまいました。要は乳酸菌をいかに筋肉に残さないようにするかなのですが、これは、長年動いていなかった、だるだるの筋肉のキャパシティをはるかに凌駕しているのですからむりもありません。ところが、BBCの最中不思議な現象がおきました。むりしても動いているうちに、筋肉痛が軽減してくるのです。しかも、昨日まるでできなかった動作(WORKOUTといってたなあ)が少しながらできています。これがBBCのすごさかもしれません。終了後、またネットにながれているBBC8minをやります。すると、最初のころとはるかに動きがちがうのがわかります。『ちがうねえ』みんなで納得しながら終了です。次は応用編だ。
2007/07/17
さっそく、BILL'SBOOTCAMPのDVDレンタルできました。BBC仲間は全部で15人。事務所のPC前で行うメンバーは3人。他のメンバーは、自宅で行います。55分の基本プログラム。PCに取り込んで、PCからキャンプを放映です。正直、半分もできませんでした。しかも、ゴムバンドなしでです。体のあちこちが悲鳴あげています。それでも、大量の汗が流れ落ち、ウエストが97cmが92cmと-5cmも減りました。1週間続けば5×7=35cm縮まる計算になります。(どんなウエストになるんだ!)携帯電話が鳴ります。『いまから飯食いに行くぞ』社長からの電話です。『・・・・・はい』『減量してますのでいや』とはいえません。『カンパーイ』焼酎片手に飯を食います。『いやあ、スポーツのあとの酒はうまいなあ』だめです。食い物と酒にまるで弱い自分がいます。結局やせた5cmはあっという間にもどってしまいました。(単に腹がふくれただけです。念のため)
2007/07/14
いよいよ、おなかのぶよぶよ肉が気になりだしました。腰の手術してから『きたえなきゃいかんよ』という先生の言葉に反し、韓国いけば、食い倒れ、九州いっては食い倒れ、大阪いってはくいだおれ。もうぶくぶく度数150%アップです。ロデオボーイも買ってはオブジェとなり、ピラテスやっては、三日坊主。とってもよくありません。まあ、そんな中ちまたではやっているハードなエクササイズ、billy's boot campに目をつけます。先日、取引先の知人が、『やっているよ。もう4週目だ。かみさんといっしょにやってるの。見て』とおなかのへっこみをみせてくれます。確かにこのあいだあったときはふくよかなおなかでしたのに今はそのみるかげもありません。『やった時点で1回あたり200gはへるよ。15kgはやせてるよ。』とのこと。これは効果絶大だなあ。そこで、さっそくやってみようかなと会社の仲間さそって挑戦です。けっこう周りの人がもってるので、近々、DVDレンタル予定です。その前に、どんなものかと、YOUTUBEで検索かけます。見つけました。8分レッスン(アップテンポ)です。YOU TUBE(BILL'S BOOT CAMP 8min)さっそくみんなでやりました。・・・・きついね。たった、8分なのに、汗だく。そして夜中には足はつるし、全身だるい、筋肉痛にちかいものがあります。いかに、ん十年なまけていたかよくわかります。しかしながら、すでに効果でてます。腹がでてる=腹筋がゆるんでる+脂肪な状態ですが、なにげに腹筋が緊張してるせいか、たるみが少ないです。というわけで、友人からのレンタルとは別に、注文してしまいます。今うってるのは、2005年版4枚組2006年版3枚組そして2006年版3枚+特別版5枚5年版は、みんなもってるだろうという予測でこの特別版付を予約です。8月にはくるでしょうからそれまで、レンタルできるまではYOUTUBEみながら体をならしておきます。
2007/07/11
いやあ、よかったねえ。同じ船に乗り合わせた人たちのいろんな人生をかいま見ることができました。そして、北海道の旅を再びよみがえらせてくれたりもしました。え?映っていたかって?はい。全く映っていませんでした。『観光客』のひとりでということで、ナレーターにくくられてしまいましたwやっぱ、ビジュアル的によくなかったのかもねえ、なんておもいながら。しっかりとダビングしコレクションにしておきます。『このときにいあわせたんだよねえ』と仲間たちと酒の肴にするために。
2007/03/13
本日、NHK23時からドキュメンタリー船の旅が放送される。北海道に行ったときに同乗してたNHKのクルーたちが写した映像がどんな風になるのだろう。とっても楽しみである。しかも、自分たちが写ったらなお嬉し。こうご期待!!
2007/03/13

いよいよ、まりもちゃんの引越しです。 (左がこのまえまで入っていたミニ水槽、右が製作したミニ水槽)無事終了ライトは24時間タイマーをセットして、8時間点灯。ただいまの温度は18度まあまあの出だしです。まだ、ふたを作ってないので、水の蒸発ふせぎにふたの材料購入次第製作です。今後は、夏になったら高温対策としてファンを設置して、あとは、レイアウトをじっくりと楽しみたいと思います。
2007/02/26

さっそくミニ水槽3次計画です。まりもちゃんがはじにおいやられるミニ水槽ではかわいそうなので、水流調整とそのためののシステムをめだたせなくすること、前回買った、ミニポンプの有効利用、砂はやっぱり微粒使いたいということでいろいろ構想してみましたが、満足させるシステムを市販で満たすには、水槽がでかくなりすぎ、まりもちゃん7ミリなのでどこにいるかわからなくなる気がするので、自作することにしました。 (水槽断面図)一応背面ろ過の本格仕様に拡張できるように設計してみたりする。大きさは縦12cm、横12cm奥行き18cmのアクリル樹脂で作成。 試運転も無事OKなにしろ、会社でこっそりと作ったので、試運転はもちろん会社。水漏れチェックの後、この水槽にまりもちゃん来週移転予定です。となりに写っているのは、もうひとつのおみやげ、『まりもりも』です。
2007/02/21

さて先だって飼い始めたまりもの水槽購入計画です。まずは7ミリ球のまりもなので、ペットショップで最小の水槽をさがします。ありました。9.5cm角のキューブ水槽。これと白い砂を買って、ミニエアポンプ買って移住計画します。さて店をでようとすると、目の前に小さな水中フィルターポンプ(コトブキ、ミニボックス120)がとびこんできます。『まいったなあ。』いきなり工作意欲がわいてきます。(これ、組み込んでみよう。)というわけで、家かえって、この水中式ポンプを小さなボックスに入るように、加工をしてしまいます。 ところがミニ水槽のおおかたを占拠し美しくありません。あえなく水中ポンプお役ごめんとなりました。ということで、昔、熱帯魚をやっていた部品をひっぱりだしてミニ水槽に入るように加工します。今回はさきほど買ったエアポンプをつかってエアリフト型床面フィルターを作成です。この場合、最初に買った砂は微粒なので、床面フィルターにあいません。そこで、再度、買い物でかけて、砂利を購入。その砂利から白い砂利のみを選定して投入。水いれて、作動チェック。しっかり動きます。 ただ、ミニ水槽にこのシステムのエアレーションはどうも大きすぎるようです。(これでも最小エアレーションなのですが)水の循環がよすぎてまりもちゃんが、はじにおいやられています。とりあえずはこれで、まりもちゃんにがまんしてもらいます。 (これがミニ水槽です。)まあ、さっそくミニ水槽3次計画を構想しておりますが、次回お披露目いたします。
2007/02/21

旅といえば、おみやげ。というわけで、おいらも買いました。旅の前に、アムロナミエさんが、TVで北海道のお土産話していたそのものが目の前にとびこんできましたので、衝動買いです。だれにたのまれたわけでもなく、あげる人がいるわけでもなく、仮にあげたとしても果たしてよろこぶのか、はなはだ疑問なものです。これです。まりもっこりです。まあ、旬なアイテムですな。で、これの元はというとまりもなわけで、これまた買いです。でふたをあけると7ミリくらいののまりもが1個とまりもりもキャラのビーだま1個はいっています。630円。なにげに損した気分です。だって、おんなじ値段で、びんいりまりも2個があったのよ。まあ、それでも気分はいいし、このまりも飼育開始です。おあつらえの容器がないので100円ショップのお菓子いれの透明容器にいれてとりあえずかざっておきます。
2007/02/20
ほんとは、夜のすすきの満喫するはずだったのさ。ちゃんこくって、腹いっぱいでホテルもどって、『体調整えてから出よう』と一休みしたのがいけなかった。体中悲鳴上げています。『やっぱ、おいら出るのやめるわ』それでマッサージ2時間みっちりやりました。本日は、ちゃんこのあと、N43って前に行ったすてきなショットバーでグラス片手にいい気分に浸って、その後、すすきのでキャバクラいこうかなと計画してたのですがもろくも夢やぶれました。『腰がきついのでよろしく』マッサージ師に伝えます。『お客さん、ひどいですね。腰だけでなく全身、凝り固まってますよ』というわけで、局部マッサージのつもりだったのですが、全身マッサージに変え、しかも1時間のつもりで始めたマッサージも結局、マッサージ師がチェンジして計2時間うけました。いやあ、年ですね。(ちなみに、街へくりだした面々は4時までのんでいましたとさ)
2007/02/20
今回のメーンイベント ちゃんこ鍋です。ここは、社長が、六本木、新宿時代より、愛していたちゃんこやの本山です。何十年か前に店が関東撤退して、北海道でこのちゃんこやをみつけたときには、大感激したそうで、それ以来北海道の旅=ちゃんこなべといってもいいくらい、かならずよっています。今回は1日だけなので、いったら満杯で食えなかったらいけないので大事をとってインターネット予約をします。さて、みんな、さっきのけやきラーメンがまだ消化しきれておりません。といいながら、やっぱりちゃんこのうまさに食は進みます。『追加でなべ用野菜となべ用ラーメン』(え?、さっきラーメン食べたでしょ?)『この汁で、ラーメン食べてみたい』と社長。『もう動けん』食い終わったの9時。あいかわらず、大食家のご一行さまです。
2007/02/15
さて、ラーメン食ってからといえば、7時から食す、ちゃんこなべのために歩きます。雪祭りの旅といえば聞こえがいいのですが、この旅の真の目的はこのちゃんこなべにあります。それなのに、うまいものに目がない御一行。すでに腹は満腹状態。さっそく、腹ごなしに、雪祭りを見ます。ところがです。急に、雪が降り出します。『北海道だから』そう思っていたのですが、どんどんふってきます。『北海道なめてました』案外軽装備の若手社員。手を真っ赤にし、ぶるんぶるんふるえています。コンビニで装備しようということになり、帽子、手袋そしてかさを買います。そこでなにげなく陳列台をみますと、滑り止め用スパイクが売っています。普通の靴にゴムでひっかけて、簡易スパイクシューズにするというすぐれものです。500円と1000円のがありました。おいらは1日だけなので500円のを買って装着です。まあ、雪のないところは、ごつごつした違和感がありますが、雪道、アイスバーンぽいところは威力増大です。昔、北海道の雪になげとばされたおいらにとっては、とんでもない武器を手にいれた感じです。雪祭り、雪像やら氷像をみるのですが、どうにも寒い。途中、吹雪の中、北海道で活動しているBLuck(ビーラック)が一生懸命踊ってます。初めてきいたのですが、なかなかいい感じ。ずっと聴いてたら『いきましょうよ』と促され、しぶしぶさったのですが、『ずっと聴かれたら、カラオケで唄いだすからだめです』だって。はやくカラオケにエントリーされるといいね。さて雪がどんどんふってます。するとどんどん腰が痛くなります。『リタイヤ』おいらは、がまんできなくなってタクシーで、ホテルにもどりちゃんこや予約時間ぎりぎりまで、風呂につかってました。
2007/02/15
12日1時、札幌ついてまずは腹ごしらえです。かねてよりうまいとうわさのラーメン店『けやき』にいきますと、ならんでいます。(まあ、うまい店は行列できるしなあ)とならんだのはいいのですがまったく、行列が動く気配がありません。並ぶこと1時間。やっと店の人が注文聞きにきました。6人で7杯分注文すると、『一度に6杯しかつくれないので、1杯はそのあとになってしまいます』とのこと。(なるほどね。これじゃ、客はけ、悪いはずだ)結局、食べられたのは4時『ラーメン食べるのに2時間まったのはじめてだな』『これでまずかったら悲しいね。』などと話してたのですが、うまいかというと、うまい!ミソラーメンなのに味噌っぽくなく、あらたな発見をしました。新横浜にも、出展しているようなので、今度食ってみようと思います。しかし、7時に予約してあるちゃんこなべ食いに影響でるなこれは。
2007/02/14
いってまいりました。北海道札幌雪祭り。今回は、社長本家の法事が宮城であり、その後みんなで雪祭り見に行こうと今回の旅行になりました。今回は宮城まで、車で行くことにしたので、そこから先、どうやって北海道に上陸するか検討会がなされました。青函トンネル通ろう!さっそくいくらかかるか、調べます。『ぶーーー』青函トンネル、一般車両とおれないこと判明。案外と知らないことがよくわかりました。『フェリーだな』ということで、検索します。大間-函館 1時間40分青森-函館 3時間50分青森-室蘭 7時間八戸-苫小牧 7時間八戸-室蘭 7時間仙台-苫小牧 14時間45分結構選択肢あります。宮城から各港までの時間と労力を考え、仙台-苫小牧にしました。苫小牧から札幌までは当然雪道なので、スタッドレスタイヤを装着しておきました。いやあ、今のスタッドレスの性能のすばらしいこと!雪道でのストレスほとんど感じることなく走れました。さて、今回フェリーでの旅、まったくすばらしい。さしずめ動くホテルといった感じです。自分らは、2等で雑魚寝でしたが、ラウンジでまったりと酒飲会はできるは、風呂にはサウナはついてるは、ショータイムはあるはで、贅沢な旅です。そうそう、乗った船、『きそ』ですが2006年フェリーオブザイヤーをとっただけあります。そういえば、今回この船にNHKのクルーがのってまして、3月13日11時放送する予定のフェリーの旅のドキュメント取材を敢行していました。おいらも、チケット売り場でいきなりインタビューされました。運がよければ、映るかも。『フェリーいいね。6月の宮崎旅行もフェリー調べとけ』ということで、九州旅行もフェリーの旅になりそうで楽しみです。
2007/02/14

まずはこの写真の数々みてください。神奈川県寒川町の有名な食堂のジャンボ食群です。本日は、社長、社員総勢6名です。この他に、餃子1枚、野菜いため、なすいためをチョイスしています。 実は、うちの若い社員、通称ヨコがこのあいだ、カレーショップココ一番で1300g(普通は300g)のチャレンジカレーを制覇し、今度はここのジャンボかつカレーを制覇しようという企画があり、本日その日だったので、いっしょに同行していた彼に、昼、軽くうどんを食わしていたのですが、おいらは、これからおこることを予期しておらずがっちり昼食をとってしまったのです。しかも昼食は3:00でした。 社長つくなり、『今日は、店子の家賃が無事3か月分はいって、店が再開するということになった。その担当者が本日の主役だ。』 ・・・おいらです。 (まて、そんな話聞いてないよ)普通なら、まっさきに喜ぶのですが、今回は事情が違います。 そのジャンボもしかしておいらが食うのか?軽くめまいがしてきます。 おいらの目の前にあるのは、ジャンボメンチかつカレーです。みるだけで腹がいっぱいになってきます。 ところが、不安はすこし解決しました。『みんなで食おうな』そう、メンチと、ハンバーグは分かち合いです。しかし、分配といっても、みんなは食いたい分だけとっていきます。そして残った目の前にあるのは自分の分になります。普段食べる倍の量が目の前にあります。 軍艦マーチが店にながれて主役のジャンボかつカレーがきます。 ジャンボかつカレーは若い社員ヨコの目の前です。『これは、ヨコ専用だな』 焼酎をのみながら、食事会です。でも死にそうです。おいらもとうとう、ギブアップになりました。ヨコもさすがにギブアップです。結局、かつのきれを4枚社員で応援します。 そのうちの1枚がおいらのところにはこばれました。『社長、自分はちょっと・・・』『なにー』とりあってくれません。 ギブアップなのに、追い討ちです。 おいらの腹はぱんぱん。しかも、食ったのが咽元まできています。 (やばい。危機だ。)そうです。飲んで吐くことはあっても、食って吐くなんて、この会社はいって過去2回です。 もうひとりの社員が、(今回の企画者) 『社長、まるきんラーメンあやしいですね。』社長すかさず反応します。店の人に『まるきんらーめんの内容は?』『麺が2玉、あとは、餃子とか肉とか10種類以上はいってます』と店の人。いやーな予感がします。 『それひとつください』社長、たのんじゃいました。 誰食うの!? 『おわん5個ください』 (あーあ、メンバーにはいってるよ) とどめのラーメンがきました。おわん一杯のラーメン。 『うまい!』 一口、食いました。うまいのです。ギブアップなのに結局うまくて食ってしまいました。 しかしながらも、頼んだものはおいらの小皿1枚分除いてみんなほぼ完食です。一人頭、ほぼジャンボ食った計算です。すごいね。さあ、残るは、目の前にある残った、とんかつ1きれ、メンチかつ少々、野菜いため1口、豚肉1きれとの勝負です。 負けました。 しかも、結局食った一部分が口からにげていきました。 3回目更新です。 もう目がうるうるしてます。腹はパンパン。 『さて、キャバクラ行くか?』社長がおいらに問います。頭が真っ白なおいら、『今日は・・・・』キャバ好きのおいら、もう行く気がしません。 お開きとなりました。 おなか痛い。
2006/09/28
息子の高校の文化祭いってまいりました。息子、吹奏楽部で、ペット吹きです。演奏開始まもなく、息子立ち上がり、ソロで吹きます。(おお、やるじゃん)と思ったのもつかの間、2回目のソロ、途中で、息切れでもしたのか、音がヘロヘロとダウンしていきます。こっちが苦しくなる。まいりました。どきどきもんです。普通なら、(まちがったな。)程度で流せるのですが、やはり身内。こちらまで、同調してしまいます。次はしっかりふけよ。と祈りながらの演奏会でした。『観にきた?』息子からの電話に『行った、行った。2回目息切れか?』きいたところ、『指がもつれて、へんな音出て、舞い上がっちゃったよ』よーーくわかります。おいらも趣味でバンド組んでたことありましたが指がへんなとこおさえて、おかしくなって、頭が真っ白になったことありますもん。あれははずかしい。周りはそうでもないのだけどね。まあ、最後の演奏会。いや、あと一回あるんだったかな。最後までがんばって活動してほしいもんです。
2006/09/24
昨日、いいことがありました。 別れた女房のところにいる息子から 『推薦きまりました』 メールがきました。 そうです。息子が通っている高校へ割り当てられた大学からの推薦枠にはいりました。 これで、普通に大学へ手続きを済ませ、普通に高校を卒業すれば、OKです。 それにしても受験なしというのは大きいです。 普通は追い込みに入る時期ですのに、その時間は自分の時間ですごすことができるわけですから。 『常日頃』 そう、コンスタントに勉強していれば推薦にも入れるようになるわけです。 おいらなんか、高校時代は、クラブ活動に熱中で、勉強そっちのけ。3年の9月からあわててお勉強でした。 息子とおいらは、勉強においては童話、ありとキリギリス状態です。 さて、離れていても、やっぱ息子が大学決定したというのは、うれしいもんです。 すでに昨日ひっそりとキャバクラでおいら、お祝いをしちゃいました。 本日はやけに二日酔いで気持ち悪いです。 まあ、息子へのお祝いは別途行うということで、勘弁してもらいましょう。
2006/09/21
青森の親戚の家にお墓参りで宿泊した夜のできごとです。親戚のいとこと多国籍軍のパブにいって、部屋に戻るなり、 サーサーサーと、暗闇の部屋の中を勢いよく飛び回る物体がおります。 「まーちゃん、飛んでるのはなんだ。」 おいらはその物体がなんなのか、知りたいので、いとこに声かけます。「ひろちゃん、それこうもり」ぬぬ。こんなところにこうもりかい。電気つけます。こうもりです。そういえば、こうもりなんて、何十年ぶりだろう。 「まあちゃん、そっちの部屋いかないようその障子しめて。それと、はえ叩きかなにかくれ。」部屋を暗くし、窓をあけて、こうもりをおっぱらおうと画策します。暗くなると、またサー、サーって飛びまくりますが、いっこうに窓からでる気配がありません。蛾とかすずめとかなら、窓から簡単にでていってくれるのに。「はい、これ。」と障子を少し開け、渡される、プラスティックの雪かき用スコップ。「なんと、これで追っ払うのか。ま、いいや」くらやみでぶんぶんふりまわす、おいら。 サーガンボタ当たりました。 電気つけます。こうもりが、下のほうのかべに貼りついています。(にゃろう、休んでんじゃねえ) 飛び立つのを待ち構えます。 サッゴッ!ボタ 確かな手ごたえがありました。案の定、こうもりがひっくり返って、床に落ちました。「ありゃ、たたきすぎたか?盆に殺生しちゃったかなあ」ひっくり返った、こうもりをスコップですくって、窓下の庇におきます。 「気絶してるだけだといいなあ」「だといいね」なんかこうもりに同情です。「こうもりって、超音波で飛んでるんでしょう。よく当たったね。」いとこがそういいます。 「だねえ。まさか当たるとは思ってなかったし。窓から出て行ってくれればよかったのにねえ。」どうりで、光をたよりにでていく、すずめとか蛾とはちがいます。超音波で飛んでいるの忘れてました。窓の場所がわかるわけありませんね。 その、こうもり、朝5時、空が白って来たときに窓をのぞくと、いませんでした。 (目がさめたか、カラスが、もっていっちゃったかどっちかだろう)まあ、ぼとっと落ちたとき、こうもりはしっかり羽(翼)を閉じてましたから、たぶん気絶したんだろうとおいらは思いたい。そしてよっぱらっていたわりには、こうもりのことをいたわっているおいらがいるのを発見しました。(その前にこうもり叩くなw)
2006/08/25

今年、何年かぶりに、祖父母の墓参りに言ってまいりました。で、その墓参りに行く途中、なにげに(生まれ故郷によってみよう)と思い立ち、アルバムにある幼きころの写真を思い出し、弘前城、弘前公園に寄りました。5歳までいたはずなのですが、まったく記憶がよみがえりませんでした。こんなもんかなとぶらぶらしていたのですが、ところが弘前城前で目に飛び込んでくるものすごい木があります。しだれ桜なのですが、まるで、幻想的な世界にとびこんだような風景に、釘付けになってしまいました。いろんな木をみてきましたが、これほど魅了されたのははじめてです。残念ながら自分の目に飛び込んできた画像と写真の食い違いにちょっとがっかりしているのですがプロカメラマンではないのでしょうがありません。が、あの風景は今でも目に焼きいていて離れません。春になれば、美しい桜の花でまた違った顔をみせそうなので、なんとか見に行きたいと思います。ところで、なん年かぶりに叔父にあい、積もる話をしました。そして、話は弘前公園の話になります。叔父は昭和33年ころ弘前大学の寮にいたのですが、その寮は、戦時中、弘前公園の中にあった馬の厨舎だったものを改造して造られたものらしいのですが、やはり花見になると、花見客と交じって、夜な夜な宴会だったそうです。しかも、りんご農家の人々が腹巻に1000円札束をさしこみ、宴会をしていたそうで、その中の一人にたばこの買い物のお使いをたのまれ、1個30円のタバコを買い、お釣り970円をお駄賃でもらったことがあるといってました。当時食事付の寮費が1月2000円の時代だったということらしく、(これは、いいアルバイトだ)と思い、夜な夜な、宴会に顔だしてはお使いたのまれやしないかと繰り出していたそうです。しかしながら、酒を飲ませてもらうのに苦労はなかったそうですが、さすがに、おいしいお使いがそうあるはずでもなく、そのお使いがとても記憶に残っているそうです。そして話はさらに亡き父の話になります。父も弘前に叔父(父の弟にあたる)のところへ酒をかついで遊びにやってきては宴会していたそうです。そんなことを聞いた日にはやはり花見にどうしても行きたくなります。そしてあの魅了された木の、花をつけた姿を観に行くのです。
2006/08/24
はい、手術後翌日まで知りませんでした。血抜きパイプが手術した場所に挿入されているのを。手術後、なぜか、力がはいりません。しかも動くとき手術跡が引きつるようにいたいのです。神経にさわります。(もしかして再発?失敗?)そんなことが頭をよぎります。そんなとき、背中からなにかを抜き取る看護士さん。『なにしてるんですか?』なにげに聞いてみます。『あ、血が体内にたまらないように、血抜き(パイプ)をつけているんですが20ccくらいしかでてないんで、明日たぶん先生が抜くんじゃないでしょうかねえ』ぬう。どうやらこれがおいらの動きを阻害している張本人だな。こうなると、動くたびに憎らしくなってきます。血抜きパイプ。そして抜くとわかってからの夜は寝れません。忍耐の限界を感じます。早く朝こい!早く朝こい!早く朝こい!おまじないです血抜きパイプが傷の奥にあたるたび痛ます。ビーー看護士さんを真夜中ブザー鳴らして呼びます『痛み止めの点滴してもらえません?』『適量以上できませんので。』『我慢できないので・・・』『じゃ、座薬いれますね。それでもきかないときは筋肉注射しかないですよ』『筋肉注射!!』懐かしいあの、とても痛い注射ですね。おお、こわ!『座薬で。あ、看護士さん腰まがらないので、入れてもらえますか?』『いいですよ』(なんてやさしいんだ。)にゅるっとなめらかに入っていきます。ポンと座薬が放出しないようにお尻に力入れて押さえ込みます。しかし、またまた看護士さんに感謝だよねえ。ほんと下の世話なりっぱなし。そんなこんなで、朝、まちどおしかった先生の回診がありました。『では抜きますね』『はい』 (まってましたあ!!!)血抜きパイプ抜いた瞬間ジクっとします。でもすっきりです。神経に当たっていた違和感がありません。体を横にしたり、仰向けになるのにも数分を要していた体にみるみる力がたぎります。急に元気になるおいら。人体の神秘。動きをとめるつぼにパイプが刺さっていたのが抜けて動けるようになったか、はたまた、動作回路がパイプで遮断されていて、抜けたとたん復旧して正常運転開始といった感じです『どうですか』『絶好調。みてください』機敏な動きをみせます。『あ、そんなに急に動かないでください、再発しちゃいますよ。』『尿カテーテルも抜きますか?たち上がれそうですか』腰を浮かしてみます。『大丈夫そうです。抜いちゃってください』(また、息子が元気になったら痛いですから)かくして、忍耐の時ここで終了。人の動けない苦しみ、よくわかりました。そして、この一時的とはいえ、この苦しまされたパーツが今後、無苦痛になるよう進化することを願ってやみません。
2006/07/27
痛いのだよ点滴が。7日めぽつりぽつりと点滴が入るのだが、これが血管、ずきずきするのです。今打ってるのは痛み止めのはいっている点滴です。(痛み止めの点滴しているのに、どうして痛いのだ)葛藤があります。不安がでます。血管が拒絶反応しているようです。『点滴痛くてたまらんのですが。』『あ、血管痛か、点滴がもれているかですね。』と、針(といっても、細くてやわらかいチューブ)付近を看護士さんが確認します。『血管痛ですね。あと翌日1回ですけど、どうします?別なところにしますか?』うーー。今我慢して終わってから抜いてもらって明日別なところにするか、今別なところにして、明日のためにつけっぱなしにするか。悩みました。が、つけっぱなしは、またそこが痛んでしまうかもしれないので、終わってから抜いてもらう選択をしました。『では点滴速度ゆるめます。』とゆるめてくれたのですが、いっこうにしみいるような痛みはとれません。『では、翌日別なところからしますね』と、点滴終了後抜いてくれました。左手首の血管に入っていたのですが、その周りの組織が、かちかちに硬くなっています。さわると痛いのです。打撲といっしょの痛さです。(それは点滴針をぬいた2週間現在でも同じ症状です)翌日今度は手首とひじの中間くらいの表側にしてくれました。(うん、ここなら平気だ)そう、手首のところは、ベッドから開放されて歩行器を使いながら歩くとき力がはいってけっこうそれでも、ダメージをくっていました。(血の逆流とか、曲げたときにささっていくような感じとか)『これで点滴最後ですよ。』退院前日点滴から開放されました。この点滴が、おいらを術後の痛みから救ってくれているものだとは百も承知しています。が、もう、いいや。と思いました、点滴。だって、血管痛いんだもの。
2006/07/26
3日間ベッドはりつきこの言葉に(う○ちはどうするんだろう)疑問がでます。しかしそれはすぐ解決しました。ベッドのそばにおむつがあります。(するときはこれつけるのね)・・・・しかし。したあと、ふいてもらうわけだよねえ。そしておむつ取った瞬間に、もわーーんと漂うわけだよね。部屋の中に。・・・・できん。といって、(恥ずかしいから我慢してるんだ)って思われたくないので作戦をねりました。題して手術前全放出。そしてベッドから脱出するまで余分な栄養はとらん作戦。さて手術前日。PM6:00夕食。このあとは、水も一切だめということです。そして早朝、浣腸予定です。よしよし、予定どおり。『さあ、浣腸しますね。』ときれいな若い看護士さん。(う、この看護士さんにされるわけ?はずかしいぞこれは。)とぼとぼトイレまであとをついていって、『では、はじめます。浣腸はじめてですか?』ときかれ『いえ、何回か・・・』『そうですか、では後ろむいてください。』『あの、立ったまま?』『はい』はじめてだよ。たったまま。以前は四つんばい、もしくは横になって丸まってされてました。うう、おしりを開かれのぞかれてます。(はずかしい)にゅうっと、あったかいものがはいっていきます。(きもちいい!?)『がまんできるまでがまんしてくださいね』『はい』がまんしました。そうです。全放出という目的があります。結果。おかしい。いつもよりでません。不安になりました。(こんなんで、手術後いきなり、もよおしたらどうしよう)手術後翌日、初めての食事です。とりあえず、現段階もよおしておりません。『あの、ベッドからおきあがれません。点滴だけでいいですか?』じっさい、起き上がれないので、食膳が見えません。のぞけません。食えません。そしてこれ幸いにと栄養とらん作戦にでたわけですが『点滴だけでは、だめです。食べてください』といわれてしまいました。しょうがないので、スプーンで食器に見当つけてすくって食べます。しかし、なかなか思うように食べられません。で、食事1/3でやめました。『手伝いましょうか?』看護士さんにいわれますが、手伝ってもらったら全部食べなきゃなりません。そんなことしたら、ウ○チがたまる・・・・『食欲ないんで』ベッドはりつきから解放されるまで、少食ですごしました。腹がなにげに減ってきます。が、これは2日の辛抱だ。ついでに減量しちゃえなんて思って少量ですごしました。結局ベッドはりつきから解放されるまで、ガスはたまりましたが、おむつのお世話になることはありませんでした。『病院食って消化がいいのかなあ。大がでませんね』『みなさん、手術して、動けるようになるまで、大体でませんね。』う、みんなも、う○ち、がまんしてるんだ。「動けるようになるまで、我慢しているんですよ」と聞こえます。おいらは、ちがうぞ。作戦たてたんだ。みよ、まだでない。そう作戦成功!のはずなのですが、解放されてもでてきません。(便秘になってしまったか?)『今日は用何回しましたか?』看護士さんの検温やら、血圧やらの検診のときに聞かれます。『小5回、大0回、なんか、便秘かなあ』と、不安げに言います。5日めやっときました。が、少量しかでません。さすが病院食。ほとんど吸収してしまうことを知ってしまいました。余分な摂取がないようなのでかなりの減量になることまちがいなし。と思いきや、7日間くらいでは、むりでした。79kg現状のまま。残念!
2006/07/25
手術から帰ってきて一番の問題が発生しました。小用する際、普段最後の絞りのときにお尻に力をいれるのですが、手術後どうも残尿感がいつまでも続いていて、何度もお尻に力をいれてしまうのですが、そのつど尿道カテーテルが尿道に当たってなにげに痛いのです。それで看護士さんに聞きます。『すいません。おしっこちゃんとでてますか』『ちゃんとでてますよ』(よかった。自動放出なのね)自分の意思とは関係なくでているようです。自分で放出しなくてもいいのね。しかし、不思議な気分です。実際たまっているのか、でているのかまったくわかりません。いつまでも、小水したいような感覚にとらわれています。自動放出なので、がまんしたり、自分の意思で放出することはないので、小水に関して脱力でのぞまなくてはなりません。それが妙に疲れます。『あさってカテーテル抜きますよ』そっか、それまでの我慢ねえ。さて、おいらが寝てるとジャーって音がしてふと目をさますと看護士さんが尿バッグから小水をバケツ(?)に移しているのをみるにつけ、(大変だなあ。)と仕事の大変さを感じいってしまうのでした。さて、その尿道カテーテルを抜く当日早朝4時。(いててて)痛さで目が覚めます。なんだろうと痛みのある下半身に手をやると。(ばかやろーー)_| ̄|○おきてます。我息子おきてます。はい性欲ではありません。小水したくなるときのシグナルです。目覚ましです。通称朝だちです。しかし、小水は自動放出。シグナル必要ありません。(くそう、静まれ、我が息子よ)息子への意識を別にしようとしても、尿道の痛みがそれを許してくれません。威きりたつ息子と格闘すること(といっても、無意識への集中ですが)15分。やっとおさまりました。(早朝でよかったあ。)看護士さんとか、先生とかいないときでよかったあと安堵いたしました。しかし、せめてカテーテルぬいた後にしてくれ、息子よとなでなでいたしました。(う、いかん。また、おきそうだ。)
2006/07/25
7月4日PM6:00『大丈夫ですか?』先生が手術後回診にきました。『皮(繊維輪)一枚で髄核がでてなかったんで切れ目いれて髄核をずるずるっととれるだけとったからね。しびれはどう?』結局、脱出型ヘルニアでなく、膨隆型ヘルニアの悪化だったわけです。『はい。ヘルニアのときの痛さはないようです。でなきゃ仰向けになってられませんしね。でもしびれが少し残ってますね』『そりゃ、あれだけ圧迫してて、そのそばをいじったからしびれは残りますよ。でも、そのうち取れますよ』理解します。神経のそばの異物をとるわけだから神経にさわらないはずがありません。『二、三日ごろごろしててね。あ、腰はねじらないでくださいよ。再発しますから。』そう、皮の切れ目から髄核がでてきたらそれこそ手術の意味がありません。じっとしています。今、尿道に管入れられていますし、点滴もつけっぱなし。そして手術した場所には、血抜き用パイプもはいっているらしいのです。さて、この3点、後々に苦痛のもとになってきます。『先生、ところで横向いたらだめですか?今まで、仰向けで寝るなんて、半年以上してなくてきついんです』『そのままのほうがいいんだけどなあ。じゃ、横にしますか』と、看護士さん3人と先生とで横に転がします。『ふう。って、いててて』だめです。横になって楽になったと思った瞬間、激痛がはしります。『やっぱりだめでしょう。もとに戻します』(うう、苦しい。仰向けきつーい。)横になったとき、ビーンとしびれも右足に走りました。原因はあとになってわかったのですが、あの血抜き用のパイプが、以前ヘルニアが押していた神経部分を圧迫し、しびれをおこしていたのです。しかもこれも翌々日になってわかったのですが、このパイプが、おいらの行動を制限する根源だったのです。なにしろ、力がはいりません。これは抜き取られるまで続きました。『では、なにかあったら看護士さんにいってください』『はい』かくして、管が抜き取られる翌々日まで、忍耐の時がやってきました。
2006/07/24
『いててて』ここは手術室です。おいらベッドに寝かされたまま、若い看護士さんとくだらない話をしていたら先生が、『さあ、はじめましょう』っていって、注射器でチューブに白い液を注入していきます。あまりに勢いよくやるもんで、血管が痛いのです。とおもったら、あっという間におちちゃいました。手術30分前。『そろそろですね。きがえましょう』と看護士さんが、いいます。『T字帯してください』と、いいますのでパンツぬいで短いふんどしをはきます。はっきりいって、わきから『こんにちは』しちゃいそうです。そして西部劇にでてくるような、バスタオル2枚でできたようなマントをわたしてくれます。頭をとおしてサイドの紐をむすびます。がほとんどわきが半裸状態。(サイドがスカスカじゃないですか。)これで手術室まで行くらしいです。普通だったらつかまるぜ?そんな心配していると、『これはおってください』と、薄手のガウンを渡してくれます。一安心。手術室まで行くと、ピンク色の完全防備の若い看護士さんが二人でむかえてくれます。『いらっしゃいませ』そうはいいませんでしたが、ここで『これかぶってください』とピンクのシャワーキャップをくれます。おいら短髪なんで、こんなのはじめて被ります。別にどうということはないはずなのですが、やけに恥ずかしいです。丁重にベッドに案内されあおむけに寝ます。(いよいよだなあ)手術室に入ります。(おお、これが・・・)数個のライトがついている丸い円盤みたいのを真上にみるとこれから手術されるんだあって実感がわいてきます。準備の間、とりとめのない会話を看護士さんとします。『思い残すことはありませんか?』看護士さんがいいます。『患者さんとは、今しか話せないんで。後は手術が終わってももう私たち会うことがありませんので』確かに、手術専属スタッフではそのとおりでしょう。でも(どんな会話じゃ!死ぬような手術じゃないだろ)とつっこみいれたくなりますが、じっとこらえて『はい。OKです』先生が『でははじめますねえ』いよいよです。先生が点滴に薬注します。『いててて』落ち!!(只今手術中)起き!『○×△□☆▼・・・・』目が覚めました。頭がボーーとして看護士さんになにか話しかけている自分がいますが、ラリっていてわけわからないことつぶやいています。手術した場所がやけにじめっとしています。と数分しないうちにまた寝てしまいました。(続く)
2006/07/24
あー、すっきりした。手術してから約2週間。やっと、抜糸しました。手術した切口が治りかけると、妙にそのまわり痒くなります。そして今回はプラス、ヘルニア再発防止のためコルセットしているのですが、縫い口にコルセットがあたって、コルセットがずれるたびに縫い口がひきつって痛いのです。真後ろでしかも完全防水テープで覆っているので、縫い口が見えません。そして、昨日ついに、弟に『どうしても痛い、かゆい。ちょっとみてくれ。』と防水テープをそっとはがして、見てもらいます。『うわっ!』と、弟がしかめっつらしてさけびます。『どした!?』傷が膿んでもいるのだろうか。心配になります。『ホチキスでとまってるぞ』Σ(゚△゚;)えぇぇ!!『写真とれ!』と命令して、携帯カメラでとってもらい、見ますと。しっかりとホチキスでとまっております。おいらは紙か!どうりで、縫い口さわると、糸らしきものが硬く、しかもコルセットがずれるたびにめちゃくちゃな違和感があるはずです。実は、縫ってもらうような傷が以前もありましてそのときはテグスのような糸だったのでそんなにちくちくする感じがありませんでした。うわさには聞いてました。今はホチキスで傷口を縫うってことを。しかしまさか、自分がホチキスで止まっているとは夢にも思っておりませんでした。『先生、傷口、ホチキスだったんですね。』『そそ、今はこれが主流。抜糸するとき、こっちのほうが痛くないからねえ』と、簡単に言います。『ではとりますね』止まっているイメージは傷口が開かないように90度におれているホチキスの針の部分が若干内側にくいこんでいるようです。先生がピンセットかペンチで(見えていません)右側にちょっとホチキスの針を引っぱり、右側を抜きます。そして左側をはずす。そんな感じです。いっきに引き抜きはしていないようです。一本とるたび、ジクっとします。それも10本。うち、一本が、神経そばだったのが、ズぎゃンとします。(いってえ。先生痛くないっていったのに・・・)おいら、退院してから1週間、めまぐるしく動き回っておりました。ですので、傷口がやけにジグジグして腫れているような痛さが残っておりました。たぶんそのせいもあります。しかし、全部ぬけると傷はまだちくちくした感じはありますが、すっきりしました。『先生、今日風呂はいっていいですか?』『夜?いいですよ。ただ、爪たてて掻かないでくださいよ。』やっと、風呂解禁です。シャワーだけだとものたりないですしねえ。あ、そうだ。これ抜糸でなくて抜針だよね。絶対。
2006/07/19
ヘルニア摘出手術で全快だといいたいが、まだ切傷が痛い。圧迫されていた神経が、ヘルニアにより開放されたといっても、残像現象ともいうんでしょうか。なにげにしびれが残っています。まあ、これはそのうち治るでしょう。それよりもだ。きったその日にすぐ歩けるかなあなんて思っていた自分が甘かった!!3日もベッドから開放してくれませんでした。入院記録はこのあとより書くとして、寝転んでなまった体を通常にもどすリハビリ開始である。のに、先生に『リハビリがんがんやってね。でも体はねじらないように。』先生、それって安静にしてろってこと?リハビリがんがんやれないじゃん。どっちなんだあ。と悩みつつ、1週間ぶりのシャワーに心も体もなごんでおります。
2006/07/10
もういや。この尻の痛みと足の痺れからおさらばしたい。椎間板ヘルニア。自然治癒で治そうと試みたこの7ヶ月。よくなるどころか、悪化しました。ブロック注射でまぎらわしていたものの、根本が治ってません。先生と相談しつつ、内視鏡手術選択。4泊5日で退院する予定で、明日から入院です。さあ、がんばっていこう。
2006/07/02
友達から、飲み屋の席で聞いた話です。そこは、町外れの、人がなかなか行かない古びた工場がありました。その工場は、そんな寂れた町の中ですが、『工場の中をのぞくと体がおかしくなる』という怖いうわさがありました。それを確認に行こうとやんちゃな二人の子供が、その工場をのぞきにいきました。そして、ひび割れた窓ガラスから恐る恐る二人の子供が見たものは。おばあさん達が一列にならんでいます。そして右手にはせんべいを持ち、左手に海苔を持っています。おばあさん達はそこで、左手にもった海苔をべろっとなめてせんべいに貼り付け、箱につめていました。(町で売ってるせんべい、この工場からだよ。)(喰っちゃったよ。。。)ふたりの子供は顔を見合わせ、ゲーゲーしました。おいらこの話、つぼにはまってしまいました。
2006/06/15
本日6回目のブロック注射をしてきました。まだまだ、痛みがなくなるのには時間がかかりそうです。そういえば、ずいぶん前に背骨の間隔がせまくなってるからと、牽引治療をおこなっていたことがありまして、それならば自宅で牽引がわりにと『ぶら下がり健康器』(鉄棒みたいなやつ)を買いました。ところが重大な問題が発生しました。体重が重くなりすぎて、ぶらさがれません。握力がその体重を支えきれません。この健康器具は体力がおちていることをあからさまに教えてくれました。『ぶら下がり健康器は物干しかハンガーパイプになっちゃうよ』という有名な格言どおり、おいらの家でもその機能をいかんなく発揮し、ハンガーパイプになっております。
2006/06/14
本日、東京地方裁判所へ、とある民事裁判の証人として出頭しました。霞ヶ関でおりると、報道陣がたくさんいます。そう、ライブドアの幹部を報道陣がねらいうちで待機です。(やばいなあ、TV映されたらどうしよう)おいら、会社に内緒で裁判所にきてます。TVに映った日には、さぼりだと社長にどつかれます。そう、今回の裁判は会社にまったく関係ありません。隠密行動です。実は、おいらの元かみさんの実家と会社がへんなことから裁判ざたになってしまいました。その義父のマンションビルの敷地につけていた会社のCM看板が不当占拠であるという訴えを起されたからです。(詳細を話せば長くなるので省きます。また、一部裁判の論争内容を省いています。)そう、看板設置に関してはおいらが交渉窓口でした。それは、かれこれ19年も前のことです。その会社の社長は亡くなっています。当然、その当時の内容を知っているものはいなく、裁判では義父らの一方的有利な状況のものでした。元かみさんの実家とその会社は、けして仲が悪いわけでもなく、しかもおいらはその会社で、義父相手の営業マンでした。そこでおいらの登場です。今回の発端はどうやら回りにいる人間が事情をよく知りもしないのに変な欲を出したことが原因とおいらは思っています。(看板をただで設置している。金を支払うべきだという主張のようです)この話を聞き証人尋問に入る前に互いの言い分を分析してみました。どっちがいい悪いではなく、仲がいいときは、言いたいことも、言い合って解決できるものも第3者がはいると変な方向にいってしまうというよくある話です。証人尋問では、当時の話をしました。裁判ですから敵味方です。おいらはどっちにつくわけでもないですが、事実を事実として述べました。話の内容は、不当と思う請求(義父側)に対しては義父を悪くいう形になりましたが、おいらのターゲットはその裏にいる(たきつけた)人間であり、義父についている弁護士です。当然、義父ら側弁護士は、おいらにいろんな意地悪い質問をしてきます。(こんにゃろう、へんな誘導尋問しやがって)そんな質問もありました。(むかつきました)しかし事実を事実として話すだけです。証人尋問終わりました。そして義父の証人尋問がはじまりました。おいらは仕事抜け出してきたので途中で退出です。その後の話。傍聴席にいた知り合いからその後の話を聞きました。裁判官から和解をすすめられたそうです。もちろん不当な請求(元いた会社側からすれば)は応じられないとした上で、来月和解のための条件提示を会社側がするそうです。相手側も『金じゃない』と。そして義父の『義婿といつまでもけんかしてられない』とのコメントがあったそうです。そうです。じつはこの裁判、実質おいらと義父の主張のどっちを裁判官が認めるかが決め手になる裁判だったのです。他人がはいれば、仲のいい人間も喧嘩状態に巻き込まれます。裁判所で会う人間関係ではないはずです。義父に対し、『当時こういいました』義父『聞いてない』こんな話を裁判所でするんです。義父とは仲悪くありません。いやなもんでしょう。まあ、今回の証人尋問でいっきに話が解決に向かえばいいですね。
2006/05/26
昨日の夜、テレビみてたら英語で『you punk』の意味を説明してました。『ださいな、おまえ』という意味だそうです。普通、パンクロックはかっこいいのでそういう意味かと思ったのですが隠語として成立っているわけです。さて、おいらのまわりにも、隠語で使ってる言葉あります。その中でも、『自己中な奴』(自己中心的考えな奴)という意味で『高田君』というのがあります。平成16年4月某日。会社のみんなで食事会ということで店の駐車場にはいって降車しようとしているときのことです。車のスライドドアを開け降りているようとすると後ろからすりぬけようと突っ込んでくる車があります。そして脇をすりぬけようとしたとたん、ガリッと音がして、男が降りてきます。高田君『急に開けるなよ、ぶつかったじゃないか』『???』『おい、おまえ、こんな狭いところスピードだしてすり抜けるか?』高田君『俺の運転ならできる』『ばかか、おまえ。道路交通法でも、車から1Mはなれて通れとあるだろう』おれらグループぶち切れです。それでなくてもおいらのグループ普通にみえません。しかし、その男ものおじもせず、屁理屈で文句言ってきます。グループの中には冷静に諭すように話かけているものもいましたが、だめです。あまりの屁理屈にあきれ顔です。警察よんで、対応しましたが、みんな、なぐりかかりたいのをぐっとこらえています。おいらといえば、こいつの魂胆がみえてますので手出ししません。殴ろうものなら、それをネタに相手の非にしてしまおうと思ってるに違いありません。高田君はどうやら彼女と合流するべく、駐車場をとおりぬけて最短距離ねらったでしょう。彼女もまもなくその場所にきます。しかし、彼女その事態をずっとみてたのか、なきそうな顔しています。(彼女、見る目ないぞ)そんなこと思いながらも、警察は事態収拾に向かいます。警察は事故扱いだけで、あとは保険会社とやりとりしてくれということです。理屈のとおらないことをずっと最後まで話し持論を絶対曲げなかった男。われわれからすると、非常識きまわりない男です。結局、保険会社との示談もないまま、現在にいたります。会社の車は、もうとっくに直しちゃいました。高田君に気をとられすぎると、こっちまでおかしくなるので、忘れようという社長の考えです。高田君・・・(自己中なやつ)たまにそんな奴がでるとわれわれは、(高田君だ)とこっそり、耳うちします。
2006/04/25
あれだ。注射が痛いって聞いててあれこれ悩んでいたのだが、決心して病院行ってやってもらったらなんちゅうことはない。病院に入って手続きして待たされること1時間。先生の問診を受けて、看護婦さんにベッドにつれていかれ、そこでさらに待つこと1時間。隣では昼食を食べはじめます。先ほど先生に『昼食べていく?』ときかれ『終わってから食べます』なんて、食事どころでない心境だったのですが、人が食べてる音を聞くと、腹がへる連鎖反応が起こってしまいます。(頼んでおけばよかった)『お待たせしました。』先生が看護婦さんを3名つれてやってきました。『ではやりましょうか』『痛いほうを下にして、猫背になってください。そうそう』『ちくっとしますからね』本注射の前の局所麻酔注射です。ヂクっビクっ(いたっ・・・・くない)体が異常に反応します。そしてちくっとしたまわり5cmくらいが重い感じになります。麻酔がかかりました。『では、はいります』針がはいっていくようですがずーーんとした感じだけでいたくありません。『先生、ぜんぜん大丈夫です。安心しました。もっと早くやればよかったですね』すると看護婦さん『痛くないですか。人によってはいたいと感じるそうですよ』・・・・余計な不安あたえないでください。痛くないのもいたくなってくるじゃありませんか。『さあ、これから薬入れます』ずーーんとお尻のほうに圧迫していくように背骨(そば)をとおって薬が降りていきます。痛くありません。あっという間におわりました。『ではしばらく安静にしててください。具合が悪くなったら、ボタン押してくださいね。』といって、引き上げていきました。おいら、前日、社長とキャバクラいって、帰って寝たのが2:30です。なにげにねむいので、うたたねしてましたが、先生のいう、ボーーーーっとすることはありませんでした。下半身がなにげにあったかいので薬は効いているのかなとも思いましたが、1時間後、歩いていいというので、トイレいきました。結果、歩くと、やっぱ響きます。ベッドに横たわってしばらくすると直ります。薬は効いているようです。しかし、かなり、激痛だったのでそう簡単になおるものではありません。『であ、また来週やりましょう。じわじわと痛みを下げていきます。万一だめなら、手術も考慮しないといけませんかねえ』と、簡単に言ってくれます。まあ、この先生、注射はうまいと思うので手術まかせてもいいかも。ひさしぶりに、朝まで痛みに起こされずに寝れました。まあ、それでも歩くと、まだいたいですね。
2006/04/20
夜な夜な、尻の痛みと、足のしびれに悩まされ、決心せざるを得ない状況になりました。腰椎棘突注射明日決行。痛いだの、大丈夫だの、いろんな情報が入りますが、そんなこといってられません。この痛みから逃れるために、いってまいります。先生いわく、『注射してから、ぼーーっつとするので、1日、病院ですごしてください』とのことまあ、ぼーーっとするのはお手の物。明日がどうなるのか、結果報告ですね。さて、最後の晩餐かどうかわかりませんが、社長『酒のめるか?』と明日の注射おかまいなしに誘います。『明日のためにひかえたいかと。』と申しますと、『キャバクラ行くぞ』とあまいお誘いかけてきます。『議員と、もしかしたら飲み会になるから、あとで電話する』今、まったりと、誘われ待機です。行きたいの半分、このまま寝たいの半分です。あと1時間後(現在23:00)結果がわかります。さあ、本日はここまで。
2006/04/18
全167件 (167件中 1-50件目)