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私の見た老人介護施設
実家が下町の飲食店だったので、私は「ばあば」というばあやに育てられた。
私が成人してからも身寄りのないばあばはご飯炊きやら洗濯やらを担当してずっと家に居たが、70歳を過ぎ、実家も兄の世代になって営業形態も変わったので「軽費老人ホーム」に入ることになった。
ここは自分で身の回りの始末ができる老人向けで、当時は4畳半の一人部屋で月額1万4千円だった。
部屋には自分の家具を持ち込むことができ、電器炬燵など、生火を使わない電化製品も持ち込めたし 風邪など軽い病気は園内の病室で治療ができた。
今思っても悪くない施設だと思う。
そのうち、ばあばのわがままが元でトラブルが頻発し、半強制退去となってしまった。
何しろ、家に居た当時も新人ウェイトレスはいびる、一ヶ月に1度は一週間も寝込んで部屋から出ないにもかかわらず、朝から出前のラーメンやカツどんを取って食べる。
と、大変な人だったのだ。
園内でも同様で、食事に文句は言う、いびる、嫉妬する、病室に入ったきりトイレさえも世話させ、退去をほのめかすと即日元気になって自室に戻ることの繰り返しだったのだから、当然の処置だった。
軽費老人ホームの斡旋で、次に入ったのは養護老人ホームで、4人相部屋だった。ここは軽費老人ホームよりずっと安かった記憶がある。
ここでもわがままの限りを尽くしたようだが、こちらは生活困窮に近い人が入っているせいか、似たような人格障害めいた人も多いようで、あまり目立たなかったらしい。
疑問だったのは、私や母がちょくちょく訪ねたら、職員から
「嫉妬されるのでなるべく訪問しないでくれ。」と言われたことだった。
たぶん、家族から遺棄されたような立場の入居者が多かったからだろう。 ばあばはそこで数年暮らした後亡くなり、葬儀もそこで行った。
次に老人介護施設と関わったのは、祖母の時だった。
子供のいない三人姉妹の長女である伯母と磐田に住んでいた祖母が91歳の時、腰の骨折で寝たきりになった。
それまで私たち親族は、祖母は高齢なので寝付けば灯が消えるように一ヶ月かそこらで旅立つと、漠然と考えていたのだが、案に相違して心臓が丈夫な祖母は3ヶ月経ってもしっかりしていた。
伯母は既に若い時の怪我と脳血栓で軽い障害があり、単独で介護はできないので、母(自営の兄夫婦と同居し孫の世話と家事一切担当)、叔母(
飲食店自営)と私(5歳と2歳の子持ち)が交代で磐田に通って世話を手伝ったがそれも限界だった。
事情を勘案して、磐田郊外の特別養護老人ホームで一ヶ月のショートステイができることになったが、祖母は捨てられるような気分で泣きながら入所し、私たちも慙愧の思いで見送ったのだ。
しかし、実際入ってみるとその老人ホームは祖母にとって天国だった。
自宅介護の時は終日寝室で天井を見るか、よく聞こえないテレビをみて、寝床で食事をし、親族に気兼ねをしていたのが、プロの手で手際よく世話され、周囲はお仲間ばかり、テレビも終日老人向け番組だし、食事は食堂で腰掛けてとり、1日1度は車椅子で散歩にも行けたのだから当然だった。
感心したのは、テーブルセッティングやお絞り配りなどの軽作業を、成人の知的障害者が担当していたことだった。
食事を待ちかねて、食堂の前で待っている入所者に、彼ら独特の根気のよさで、
「もうちょっとだでね。待っててね。」と何度でも声をかけるのだ。
家族ならよくても一回言うだけだろうし、たいていは邪魔臭いと邪険にするところだろう。
適材適所というのはこのことだと思った。
彼らがボランティアでなく賃金を得る補助職員であれば良いのだが、どうだったろうか。
一ヵ月後、自宅に戻った祖母は口癖のように
「ホームへ戻りたい。」と言ったが、どこも満室で願いはかなわなかった。
その後、疲れ果てた私たちは、祖母を私の家から自転車で20分ほどの老人病棟のある病院へ移した。
次男が幼稚園に入り、比較的自由の利く私が週に2、3回、見舞いに行くことになった。
好きな食べ物を持っていったり、落語のテープを聞かせたり、洗濯をしたりする程度だったが、若かった私はそれが精一杯だと思っていた。
完全な寝たきりになった祖母の精神状態はどんどん悪化し、昼間うとうとして深夜に騒ぐようになったと言って、手をベッドサイドに縛り付けられていることもあった。
私よりずっと愛情深い夫は、そんな祖母を引き取りたい様子だったが、隣に夫の両親が住むわが家に置くのは、私側の親族としてはあまりに気兼ねなのと、子供たちに不自由させたくないので私は拒否した。
本音は四六時中世話をするのがいやだったのだが・・・。
夫は今でもそのことを残念に思っている。
1年ほどして、満床であり、治療の必要がないというので退院を勧告され、やっと見つけた老人専用病院へ移送した翌日、祖母は亡くなった。
あと数ヶ月で新設の老人介護施設に優先入居できることになったていたのに。
そのころ70代だった伯母は今96歳になって老人介護施設にいる。
80代の時、都市計画のため磐田市内の家を老人向けに建て直し、ヘルパーさんの介助で暮らしていたが、3年ほど前から物忘れと身体能力低下ががひどくなり独居が困難になったのだ。
設備はずいぶん整っていて、職員も感じがよく、安心して伯母を預けられるが、ベッドと仏壇と最小限の家具が置いてある6畳ほどの個室は、清潔だが病院のようで味気ないし、安全のため窓も開けられない。
伯母の思考力は確かで毎日ノートに日記をつけているし、漢字を聞けば瞬時に偏と旁を的確に答えるのに、訪問者が帰ればすぐに忘れてしまうので、日記を読むと「今日も来なかった・・・。」という愚痴が毎日のように書かれている。
訪問したら必ず伯母の日記に名前や持ってきたものを書くように親族に勧めた。
恩着せがましい、と母などは躊躇するが、訪問者のためではなく、伯母が日記を書く時それを読むことで、単に自分が忘れただけで、自分が忘れられた存在ではないことを確認して眠りにつくためなのだと説得した。
窓からバードウォッチングをしたいと言うので安物の双眼鏡(高いのは重い)と薄い鳥類図鑑を持って行ったり、手仕事が好きなのでアクリルたわしのパターンと毛糸を送ったりしたのが、次に訪ねた時、それがどうなっているか楽しみだ。
伯母は子供が居ないので、介護施設への入居を望んでいないまでも受け入れたが、母や義父母の世代の選択肢にはまったく入っていないはずだ。
彼らを入居させるといえば、非常に不満を感じるだろう。
10年ほど前、北秋田郡鷹ノ巣という町の介護施設に、義母の母が入居していた。
同居していた長男夫婦が亡くなり、7人の子供たちも農業の働き手で多忙か、遠隔地居住のうえ、認知症になったためだ。
当時の鷹ノ巣の町長が大変アイデアマンで、過疎化と出稼ぎの対策のため、老人と成人重度障害者の介護施設をたくさん作った。
それまで、公務員と農協くらいしか若者が勤める場所がなく、優秀な人材がほとんど大都市に流出していたのが、介護技術を身につければ自然豊かな郷里で人並みの収入を得ることができるようになったのだ。
おまけに、年を経るに従い、退職した障害者の親たちが、子供のいる施設の近くへ大都市から転居してくるという副産物まで生じた。
周辺事業の雇用も増大したし、年金や障害者手当てなどが町に落ちるようになった。
施設も、素朴で体力のある優秀な若い人材を得て運営も快調だった。
義祖母が100歳翁になったとき、祝いの会を開くと言うので、義母、義姉とここを訪れたが、すっかり子供帰りした義祖母は子供より誰よりいつも世話をしてくれる屈強の若者に一番いい笑顔を向けるのだった。
かつて、肺炎で入院した時、義母は張り切って看病に出かけたが、頑として口を開かない義母に食事をさせるのが大仕事だった。
食べないので、やむを得ず早期退院させたが、ホームでいつもの介護士が
「ばっちゃ、食べれ。」とスプーンを差し出すと、ぱっと大きな口を開けたと言って、義母は大いに悔しがった。
介護保険制度が導入され、鷹ノ巣の「介護施設町興し」が難しくなったと仄聞するが、どうなっただろうか。
10年ほど前、夫の会社で、浜松近辺の老人保健施設めぐりや介護実習を催し、高校の同窓会のイベントとしても同じ介護実習を体験したので、施設の実態やプロの技術は分かってきた。
せめて私たちの世代からは先入観を排し、自分の意思が確かなうちに自分で施設を選び、積極的に集団生活を楽しむように意識を改革しなくてはいけないと思う。
でもねぇ、女は家事から解放されると思えば施設も悪くないと思うけど、男はなかなか・・・。
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