きゃびねっと。

きゃびねっと。

堕天使


日に透き通って茶色い紙を揺らして彼女は言った。
「だから飛び降りるのなんておやめなさい。」
屋上には彼女のローファーのカポカポした音と風のうねりが入り混じる。
一種の酔いに近い感覚を覚えて僕は座り込んだ。
「早くフェンスのこちら側にいらっしゃい」
「嫌だ」
「そうね、敢えて言うなら死を選ぶか、夢の狭間を選ぶかは君しだいよ」
「…」
目が朱く染まってゆく彼女には、アッシュグレーの羽が生えていた。
「君はもう、生きるという扉に南京錠をかけていたの。だから最後の決断になるわ、さぁ死ぬか、私達の餌になるか」
「え、餌?」
綺麗な顔に冷酷な笑みは良く映える。血のような真っ赤な虹彩に僕は吸い込まれるかのように釘付けになった。
「私達『夢の使者』は死ぬ人間に最後のチャンスを与える為に存在するの」
「そんな人がいるなら自殺者なんて出るわけ無いじゃないか」
僕ははっと瞳を逸らし、自分のスニーカーを見つめた。
ざりっとした感覚が足を包む。砂がぼろぼろ地面へ落下していく姿に一瞬自分をした。
「私達だって人を選ぶの。餌に相応しいかくらいはね」
「相応しいって…うわぁっ?!」
ふっと足が地から離れて空を舞い、フェンスの内側、所謂安全地帯にダスッと落ちた。
「痛ッ…ぅぅっ」
「君が餌に相応しいか知りたいんでしょ?」
仰向けの僕の頬に髪が触れる。
濃くなる彼女の香りを感じて反射的に目を瞑ったその時、唇が重なる熱を覚えた。
「んっ…?!」
全身に違和感を覚え、彼女を振り払った。
「夢の使者と人間が交わると巣晴らしいパワーになるの。そのパワーで夢を見させてあげるのが私達の仕事。ただその間生身は朽ち果ててしまうから…
私達が頂くのよ」
「えっ…」
僕は思わず後ずさりした。
「よくあるでしょう?事件で死体が見つからないとか。人が消えるとか」
「…」
「ただ、綺麗な体にしか価値はないし、全てを吹っ切った死ぬ直前の人間が一番美味しいのよ。だからそのお礼に永久の甘い夢を見させてあげるのよ。
ただ、本当に市しか見えない人間もごくわずかにいるの。そう人には永久なんて無用の長物なんですって」
灰色の羽が時折風に舞い、風景は童話の一ページのようになっていた。
「僕に、価値があるの?」
「もし生きる意味が見出せなかったなら、『生きた意味』は欲しくない?」
こくりと頷き、目を閉じた。
空にあえぎ声がさまよって全ては消えた。
全ては夢。この貴方の世界までもが。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: