ブドウ畑の空に乾杯

ブドウ畑の空に乾杯

September 22, 2006
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カテゴリ: タダの日記
時間通りにものごとを進める、というのは父の仕事の一部でもあるので、我がアパートへ着いてこの人が初めにしたことは、バラバラな進み具合の時計たちを片っ端から一秒の狂いもなく合わせることだった。どういうわけか私には時計を数分進めてしまう癖があり、その何がどう役に立っているのかを説明するのは難しいのだが、役に立っていると思っている。進める分には誰かに迷惑をかけることも少ないし、世の中の決め事から少しくらいずれている方が気が楽なのだ。時計をバラバラに合わせるのは、時間という概念との疲れない程度の間隔を保つという意味で、私にとっては不可欠な儀式なのである。

そんな私を見るたびに父は鼻の穴を膨らませて笑うが、そんな時の父は、性懲りもなく時計の針をずらし続ける娘と、自身の几帳面な性格の違いを発見して楽しんでいるようにも見える。彼の母親、つまり私の祖母も時計を進めてしまう癖をもっていたらしく、父はそれを嫌っていたのだそうだ。ということは、もし将来私に子供ができるようなことがあれば、その子は私のずらした時計を嫌がることになるのだろうか。

時計を合わせた後は、ひたすらアパートの掃除をする。私でも母でもなく、父がである。特に水周りに関しては執着がものすごい。磨く。こする。ちょっと買い物へ出掛けると言って、掃除用具も一揃い買って来た。ありがたい。お陰でどこもかしこもピカピカになった。水周りの後は電気である。あそこのソケットから火花が出るから直そうとか、この照明器具の取り付け方は危ないなあとか、もうまるで電気屋である。そういえばアイロンも直していた。まあ彼の仕事の一部は電気屋の側面もなきにしもあらず、だから職業柄といえるのかもしれない。

安全にものごとを進める、というのは父の仕事の重要な部分であるので、家族そろってレンタカーで出掛けた時は物凄く慎重な運転をしていた。あまりに慎重であったので、私は周りのドライバーの感情を考えるとかえって怖かった。しかしそんなことはお構いなし、起こりうる危険を事前に察知できるのは父の能力である。周囲の地形と自分の運転している車が高い所から見えるのだそうだ、鳥瞰図のように。すごいなあと思う。

休みの間でも、父は働き者であった。その根本的な性質のお陰で、私は幼い頃から飯も食わせてもらってきたし、教育も受けさせてもらってきたのだから感謝しなくてはならない。

帰り際父は、おい、お前の靴は汚いからちゃんと磨いておくように、と言って去っていった。





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Last updated  September 27, 2006 03:39:29 AM


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