今回のフランス、オペラツアー。鑑賞オペラ4本、それぞれ面白いものでしたが、白眉はやはり、後半のエクサンプロヴァンス音楽祭に来てからでした。
パリ、バスチーユの「オテッロ」は悪くありませんでしたが、こちらの体調管理に失敗して十分に楽しめず、オランジュ音楽祭、古代ローマ劇場の「アイーダ」は、音楽的に低調だったので、エクサンの充実ぶりが、身にしみました。
エクサンで鑑賞したオペラは、ショスタコーヴィチの「鼻」と、「椿姫」の2本。
この音楽祭は、方針として、モーツアルト、総合芸術としてのステージ、バロックもの、などを掲げており、「鼻」は「総合芸術としてのステージ」に相当する舞台でした。
ウィリアム・ケントリッジの演出によるプロダクションは、以前メトロポリタンオペラで、ゲルギエフの指揮でも上演されたそうで、現地でみたジャーナリストが「すごくよかった!」と興奮していましたこともあり、大いに期待していました。
しかも指揮は大野和士さん。昨年、このフェスティバルで大野さんが指揮したストラヴィンスキーの「夜鳴きうぐいす(ロシニョール)」は、それはそれはすばらしい公演だったのです。
今回もまた、昨年どうよう、音楽と演出のおりなす、スリリングな「総合芸術」に思い切り浸ることができました。
人間の顔から飛び出てあそびまわる「鼻」の姿と、それに振り回される人々を、映像も駆使し、おしゃれで奇抜な舞台装置(音楽もストラヴィンスキーよりはるかに奇想天外ですからね!)を交えながらユーモラスに描いた、遊び心たっぷりのプロダクションに、大野マエストロの知的でぴりりとした指揮がシャープさを加えます。
終演後、ツアーメンバーのところに顔を出してくださったマエストロは、「ショスタコーヴィチが、思い切りやりたいことをやった作品」と、解説をちらり。集合写真にも応じてくださり、みなさまご満足の様子でした。
それはそれとして、やはり、一番感動してしまったのは、ツアーの最終日に観劇した「椿姫」でした。
主演はフランスの歌姫、ナタリー・デセイ。昨夏、トリノ王立劇場の来日公演で「椿姫」を熱唱、会場を興奮のるつぼに巻き込んだのは記憶に新しいところです。 あの公演、ロラン・ペリーの演出も冴えていましたけれど、今回は、フェスティバルのメイン会場のひとつである、大司教館の中庭の会場で、前から2列目というかぶりつきで見たため、「歌う女優」デセイの本領が、目にもやきついてしまったのです。
Jean-Frncois Sivadierの演出は、ウィーン国立歌劇場と、ディジョンの歌劇場との共同制作ですが(新制作)、設定は思い切り?現代。マリリン・モンローを思わせる金髪の巻き毛のかつらをつけたデセイは、クラブの女、という感じでしょうか。黒いベルベットのタンクトップと、海のようなブルーのスカート。それがどうやら、「女を売る」仕事の象徴のようで、第2幕のアルフレードとの同棲生活のシーンではそれを半分とり、また第3幕では、その衣装を脱ぎ捨ててスリップ1枚になっていました。
歌のうまさは、やはり卓越しています。第1幕のアリアの美しい高音(空に引き上げられるよう!)、第3幕のアリアの最後の音を、これでもかと、しかししずしずと、下品にならず引き延ばすテクニック。すごいの一言です。
けれど、やはり、今回は「女優」デセイを堪能しました。
第2幕2場、アルフレードに札束を投げつけられ、続いて押し倒されて抱きしめられるときの驚愕と恍惚。第2幕と第3幕の幕間、衣装を脱ぎ捨ながらしだいに病の表情に覆われてゆく凄絶。ラストのラスト、ジェルモンたちにアルフレードから引き離され、ひとりオーケストラピットのぎりぎりまで歩み寄り、いきなり倒れる、そのインパクトの強烈さ。
デセイの場合、声と表情、すべてが一体となり、ヴィオレッタのたたずまいを醸し出すのです。ウィーン国立歌劇場前総裁のホーレンダーが、「デセイは音符ではなく、感情を歌う」と表現したように。そしてその「感情」が、下品にならないのですね。それが彼女の好きなところです。
オペラ界はとかく「歌う女優」ばやりです。ヴィジュアル、演技力とも備えた歌手が増えたのはたしか。けれど、デセイが他の歌手と違うのは、たとえば椿姫なら、聴衆が、ヴィオレッタというひとりの女性の運命の悲しさに揺さぶられずにはいられなくなってしまう、それほど、その人物になりきってしまうことではないでしょうか(「ルチア」もそうでした)。たいていの歌手だと、「ヴィオレッタ」より、そのひとのほうが前面に出てしまうのですね。
アルフレードは、アメリカの新進テノール、カストロヌオーヴォ。名前も外見もラテン系、ややスロースターターでしたがだんだんよくなりました。ジェルモンは、フランスの名バリトン、リュドヴィク・テジエ。美声で声量も豊かですが、もうひとつコントロール不足で、今後このあたりを改善してほしいものです。
オーケストラは、ルイ・ラングレ指揮のロンドン交響楽団。この会場は野外であることもあり、音響的にはデッドなのですが、今回はそんなこと忘れてしまうほど、「椿姫」の世界に浸れました。終わった瞬間、さあっと雨が降ってきたのも印象的で、ヴィオレッタの涙かと思えてしまうほどでした。
オペラ史上初の泣けるオペラ、「椿姫」に、不世出の歌手、ナタリー・デセイ。これ以上の夢は、ちょっとありそうにありません。
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