愛(あい)



ようこそ「愛」のページへ

このページでは「愛とは何か」、そして「愛するとはどいううことか」という
問題を解き明かすために、いろいろな角度から「愛」について考えてみたいと
思います。

【これまでの自分の愛の解釈】

「愛」という言葉の響き、そして文字の印象が僕はとても好きです。
五十音順の最初のふたつを並べた「あい」は、もしかしたら目に見えないもの
の中で最も優先順位が高いのではないだろうか。今、僕はそう思うのです。

でも自分を振り返ると、はたして愛という言葉を本当に理解して使ってきたか?
愛することの意味をわかって愛してると思っていたのだろうか?という疑念が
あるのです。思春期から20代、30代(後僅かです)を生きてきて「愛」を
どのように認識してきたのだろう。おそらく真剣に恋愛をしているときに
相手を好きだという感情を「愛してる」と思っていたふしがあります。

つまり恋愛感情が冷めたとき、あるいは突如として失った時、
「愛」はいつしか消えてなくなるという意識をいつの間にか持つようになって
いたと思います。

しかし、「愛」はそんなに簡単に失ったり、消し去ったりできるものなのでしょうか?

これからが「愛の本質」を探究する旅なのでは?


愛についての考察~ 旅のはじまりです。

「愛」については「愛とはなんぞや?」という哲学的思考もあれば、「隣人を愛せよ」という宗教的な教えや、「親の愛が子供の精神的成長には不可欠」といった心理学・精神医学の分野まで多岐に渡って論じらています。

哲学と宗教、あるいは精神医学でいうところの「愛」はそれぞれ意味合いが違うの
でしょうか?頭が混乱しますので、それぞれ分けて考えてみることにしました。
以下に述べることは僕なりに共感した各分野の考え方や納得した言葉です。
あくまで一部であってそれ以外の見解や表現方法がたくさん存在することも了解
いただいた上で、読んで下さることを希望します。


【哲学における愛】

・他人を認める心

『愛とは、自分よりも(自分の動物的な自我よりも)他人を優れたものとして
 認める心である。自分の生命(いのち)を友人のためにささげて悔いないよ
 うな愛、 こういった愛のほかに愛はない・・・・
(中略)
 人がただ自分の時間や自分の力を他人に貸すばかりでなく、愛するもののため
 に自分の身をすり減らし 自分の命を捧げるとき、はじめてわれわれはそれを
 愛と呼んで、そういった愛のうちに幸福、いわば、愛のあたえる報酬を見いだ
 すのだ。そして、こうした愛が人々のうちにあるからこそ、世の中はなりたっ
 ているのである。』

 トルストイの言葉です。120年前に書かれた『幸福論』からの引用です。



【宗教における愛】

 宗教はあまりに多岐にわたっているため、ここではキリスト教と仏教における
 愛についてご案内します。

■キリスト教の「愛」

 キリスト教では「神」=「愛」という思想を打ち出しているように思われます。 「神」という人間を超越した存在を信じることによって、人間ははじめて
 この物質世界で生じる不合理や不平等を「表面的あるいは現世的・一時的」
 なものとして受容する(ゆるす)ことができるようになるそうです。

 神のもとでの平等を前提とするからこそ、人間は安心して「ゆるすこと」
 言い換えれば「愛すこと」を実践するのだろうと考えられます。

 キリスト教では信仰の当然の結果として「愛」が生まれるという考え方や
 神を信じるという決意、神との契約という考えが特徴的だと思います。


余談になりますが、公園や街頭で一人でとぼとぼ歩いていたりすると、自転車にのった外人のお兄さんに「アナタハ カミヲシンジマスカ~?」と声をかけられるのは僕だけでしょうか?みなさんそんな時どうしてます?


■仏教の「愛」

 仏教には聖書のような信者全員が共通の拠り所とするような経典はありません。
 それに「愛」という言葉が見つかりません。仏教は一般的には人が幸せに生きる
 ための智慧と慈悲を説いた教えです。

 智慧とは「般若心経」で有名な六波羅蜜の一つです。
 六波羅蜜について簡単に説明しますね。僕も最近知りました。

 ①布施波羅蜜・・・人に分け与えること
 ②持戒 〃 ・・・戒律を持って生きること
 ③忍辱 〃 ・・・耐え忍ぶこと
 ④精進 〃 ・・・努力すること
 ⑤禅定 〃 ・・・坐禅のこと
   ↓
 ⑥智慧波羅蜜・・・これら①~⑤の5つの実践によって得られる智恵(知恵)

 だそうです。次に「慈悲」についてです。

 「慈悲」とは・・・
  すべての人々に深い愛情をもち、安楽を与えるという意味の「慈」と
  悩める人の苦しみを取り除いて思いやることを意味する「悲」をあわせた
  概念です。

 仏教では「智慧」と「慈悲」の実践によって誰でも仏になれるそうです。
 キリスト教では神は人間を超越した絶対的な存在です。神の前ではすべてに人が
 平等であり罪深い、そしてその罪は神の愛によってのみ救われるというのとは
 かなり違いがあるように思います。

 でもよく考えてみるとどちらも、「どんな人にも救いの手を差し伸べている!」
 という点で共通しています。キリスト教の「愛」と仏教の「慈悲」はきわめて
 近い概念だと僕は思うのですが、みなさんはどうでしょうか。


【精神医学的考察】

 ここでは著名な精神分析学者や社会心理学者の著作などからの引用と僕なり
 の言葉を付け加えてご案内したいと思います。

 まず、ドイツ人の精神分析学者フロムの言葉を紹介します。

『 現代社会に生きる人々は、明らかに失敗を重ねているのもかかわらずどうして
  愛するという技術を学ぼうとしないのか?という疑問に対する答えとして
  心の奥底から愛を求めているくせに、ほとんどすべての物が愛より重要だと
  考えているのだ。成功・名誉・富・権力 これらの目標を達成する技術を学ぶ
  ためにほとんどのエネルギーが費やされ、愛の技術を学ぶエネルギーが残され
  てないのである 』

  僕にとっては、これほどみごとに現代社会を痛切かつ客観的に捉えた表現は
  ないと思うくらい共感した部分です。続きがあります。

 『人々はこんなふうに考えている
  金や名誉を得る方法だけが習得に値する。愛は心にしか利益を与えてくれず、
  現代的な意味での利益はもたらしてくれない と』

 たしかに今の世の中、金次第みたいな考えの人多いですよね。悲しいけど。

 次に心理学や精神医学における愛の定義で、僕がもっともわかりやすく真理に
 近い と感じたものを紹介します。世界的ベストセラー(らしい?)作品の
 『小さなことを大きな愛でやろう』(リチャード・カールソン&ベンジャミン・
 シール共著)の中に愛の定義に触れた部分があります。

 愛には3つの面があるそうです。
 ①相手を受け入れ評価しないこと
 ②相手の最善を望むこと
 ③相手が能力を開花させる手伝いをすること

 以上の3つですが、この3つは僕が福祉関係の仕事を志し、資格取得のために
 訪問介護や施設での実習で学んだこととほとんど同じで、びっくりしました。
 福祉は愛なんだとあらためて思い知らされました。教育にも応用できますね。


【現段階でわかったこと】

 いろいろな角度から愛について考えたり、過去の体験を振り返ったり、書物を
 紐解いてみたりした結果、現段階でわかったことを述べさせていただきます。

 僕は今までずっと愛と恋愛の感情の区別すら判然としないままでした。
 愛情というのは自然に湧いてきて、愛し合う関係ができるのだと思っていま
 した。しかし、それは大きな勘違いいであるとこの年になってようやく気づ
 いたのです。どうやら愛は必ずしも偶然や自然発生的に生まれるものではな
 いらしい。そんな気がしています。
 相手を愛するということは、重大な決意なような気がします。偶然ではなく、
 愛するという選択であり決意であると考えられます。
 そう考えると、自分がいかに今まで愛の技術を習得しようとしなかったかと
 いうことがわかりました。


ここまでは「愛」について哲学、宗教、精神医学・心理学の側面からその本質を
探る試みをしてきました。なんとなく「愛」の本当の意味がわかったような気が
していますが、愛の原点というか源はどこからきたのでしょうか?


「愛の原点」~生かしてくれる力  (最終章)

 とてもわかりやすい言葉で愛の源について書かれた本からの抜粋ですが、
 以下に紹介させていただきます。

 『ごく一般的な観点からいうなら「愛」の原点は「母親」です。
  母親がさまざまな世話をして、惜しみない思いをかけてくれること、
  それは「愛」そのものの表れであり、そんな母親との行き交いが重ね
  られる中で、子供にも愛が息づきはじめるのだとされます。
  たとえば、あなたの母に息づいていた愛はどこから来たのでしょう。
  それは祖母からです。それではその祖母び息づいていた愛は?
  その前の母からです。「愛」ってそのように次から次へと受け継がれて
  きたのです。
   さて、それでは遠い遠い昔の最初の人類になった母に息づいていた「愛」
  はいったいどこからぃたのでしょう?
  まだ人類になりきってない動物に息づいていた愛からです。
  動物になりきってない生物に息づいていた愛は、動物とも植物ともつかない
  生物に息づいていた愛にほかなりません。
  だとしたら、まだ生物であるとさえ断定できない何かに息づいていた愛は?
  大地と海からやってきた愛です。
  では大地と海に愛を注いだのは? 太陽です。
  最後に太陽という私たちみんなの愛の源を生み出したのは?
  宇宙!
  すごいですね。「愛」とは「宇宙」のことだったんです。
  愛をこのように理解するのは素敵ですね 』

 心理学者・カウンセラー金盛浦子さんの著書『あなたらしいあなたが一番』
 から引用させていただきました。


 宇宙は太陽を生み、地球を生み、海や大地をつくり、あらゆる生命をはぐくみ
 そして人間を生み、あらゆる物事の営みの上で、自分を、人類を含むあらゆる
 生命体を生かしてくれていると考えることができます。

 「生かしてくれる力」こそが自分が受けとめるべき「愛」にほかならないと
 僕は思うのです。
 心理学が語る「愛」とはもともと宗教の領域で語られていた「宇宙観」にまで
 つながることになりますね。そして、結局のところ「人はなぜ生きているのか」
 という哲学にも結びついていく。
 「愛」とは全てにつながるすばらしいものなんだと思います。
 だから自分が今ここに生かされているということは宇宙の愛を受け取っている
 からだと思うと、それだけで幸せな気持ちになれるのです。僕は単純ですね。

                                     おわり  











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