混沌としためいぷる日記

混沌としためいぷる日記

第二章ノ一


「速く! もっと速く! 追いつかれそうだよ!」
 DLP内では珍しい人型の男性プレイヤーが、顔にまとわりつく金髪をうっとうしげに払いのけながら、失踪するトラックの荷台の上で騒ぎ立てている。
 男の視線の先には、三人の背の高い獣人がこちらに向かって走ってきていた。それも、かなり異常な方法で。
 一人は普通に走っている。が、残りの二人……一人は尾てい骨のあたりに生えているオレンジ色に輝く尻尾で空を飛び、もう一人は――どういう原理で動いているのかはわからないが――やはりオレンジ色に輝く車輪のようなものを両手足に装着、と言っていいのだろうか……とにかく、そんな異常な者達が追ってきていた。
「これが最高速だよ! これ以上スピードなんか出ないし、出たとしてもエンジンや車体がもたないよ!」
 金髪の男と同じように騒ぎ立てる者は、運転席に座り必死の形相でハンドルを操作していた。
 三角形の頭部に海苔のような模様のついた人――ヒト?――だった。まるでおにぎりのようである。
 おにぎり頭は、当然アクセルを全力で踏んでいる。しかし、それでもあの獣人との距離は縮む一方だった。
 二人とも全く状況が理解できていなかった。『街』をぶらぶらと歩いていたらAIが三人集まっているのを見かけ、大喜びで声をかけたところ、いきなり彼らに襲い掛かってきたのだ。
 おにぎり頭がバックミラーのほうにちらりと目を向ける。そこには、先ほどよりも更に大きく見える三人のAIがいた。
 捕まるのは時間の問題だろう。おにぎり頭はそんなことを考えながら、無駄と知りつつも更にアクセルを踏む足に力を加えながら叫んだ。
「あのAI、絶対バグってるよー!」
 暗闇のハイウェイを、一台のトラックと三つの人影が非常識なスピードで疾走していた。


 あるところでもまた、同じく逃走劇が繰り広げられていた。
 果ての見えない大通り。左右にビルの立ち並ぶ薄暗い道路を、男の乗ったバイクが駆け抜ける。
「くそっ! 開発者の奴等、AIに知恵をつけすぎやがったな! 暴走でもしてやがるのか!?」
 薄緑色の身体をした猫の獣人だ。弟や妹からは格好悪いと言われていたが、本人は結構気に入っている。
 彼の背後では、ビルとビルの間を縦横無尽に跳ね回る赤い人影があった。
 そう、縦横無尽に、である。
 まったく非常識なことにその赤い猫の獣人は、ビルとビルの間を三角跳びの容量で跳ね回っていた。
「ふフッ……あはは……ハハ…………アヒャヒャハハハハハハ!」
 赤い獣人は――声からして女のようだ――狂ったように笑いながらこちらを追ってきている。
 薄緑色の男は左手を虚空へと伸ばす。瞬時に彼の手の中に携帯電話があらわれた。テスト開始直後、いろいろと試してわかったことがいくつかあった。そのうちの一つが、現実に持っていたものはこちらの世界でもつかえるらしいということ。やたらと手荷物検査が厳重だったのはそのためのようだ。小さな糸切りバサミでさえ没収されている人もいた。
 男はなれた手つきで携帯電話を操作し、どこかで妹とともに別行動をしているはずの弟を呼び出した。
 短いコール音――
『もしもし、兄貴? 誰か見つけた?』
「見つけた! だがやばいぞ、AIが暴走してやがる!」
 耳元で激しくうなる風に負けないよう、男は声を張り上げた。
『なんだって? いま追われてるのか!?』
「そうだ! 途中でバイクを拾ったからなんとか捕まらずにすんでいるが……そっちにも現れるかもしれん! どこかに隠れてろ!」
『わかった! とりあえず隠れる場所が見つかったらもう一度連絡する!』
 言葉とともに弟の携帯電話が切られた。男も携帯電話を手から消し、再びハンドルを力強く握る。
「電話トハ余裕ダナ! 逃ゲ切レルト思ッテイルノカ!? アーッヒャッヒャッヒャヒャハハハハハハハハハ!」
 女は先ほどよりも更に狂った笑い声を上げながらこちらに追いすがる。バックミラーに目を向けると、女の手に燐光が集まり、ルビー色に輝く短剣が現れるのが見えた。
「武器だと……? 本格的にやばくなってきやがった……!」
 両手に構えた二本の光る短剣。その眼下にはバイクで疾走する自分の姿が映っているのだろう。
 背後に絶望的なプレッシャーを感じながら、男はバイクを駆った。



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