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荒川静香選手、金メダルおめでとう!!!今日はライブで観るために早起きしました。こちら出身のミキティの4回転も楽しみで観てましたが、残念。でもきっと次のバンクーバーでは4回転を成功させてくれることでしょう。そして荒川選手、って思っていたら”鳴りやまないスタンディングオベーション”というナレーションに目が覚めました。そして次の村主選手を観ましたが、荒川選手のライブを観られず至極残念で、その後テレビにかじりついて何度も録画をいろんな局に切り替えつつ観ました。結局今日は何度荒川選手のスケーティングを観たことでしょう。それにしても何度観なおしても、美しい。観飽きません。エレガントで音楽とぴったりあった滑り。演技力、表現力はとても素晴らしかったと思います。正直、日本のスケーターは美しくなく好きではありませんでしたが、荒川選手のそれは、金メダルを彼女が取らずして誰が取れるのでしょう、というほど素晴らしかったと思います。そして、長野オリンピックからのスランプ。8年という長いトンネルを抜けての今日です。たった一年前の彼女の映像を観ても、今日の彼女とはまるで別人です。穏やかな、やさしげな彼女に今日はとても共感しました。実は彼女と私はとても近いものがあります。名前が一文字違うだけ。というだけでなく、なんだか自分を観ているようでもあります。今日は彼女にとても勇気付けられた一日でした。だからどうしてもお茶の話しか書かないこのブログに書き込んでしまいました。
2006年02月24日
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食籠と呼ぶのでしょうか。前の流儀も今の流儀も菓子器は蓋付の物ではないので、本来の使い方をよく知りません。これは和子先生に初めて出会ったときに、籤をまわしたら当たりが出て(しかも先生の作品をふたつ頂いていたので二回まわしていいと言われ、二回まわしたらふたつとも当たりだったのです。こんなことはまずない私です。)好きなものを選んでいいと言われたので、美濃伊賀の花入れとこれと迷ったのですが、この弥七田織部の食籠を頂いたのでした。そのころはまだ織部焼なぞ好きではありませんでしたが、巷の織部でなく作家物の織部はやはり違う、ということを感覚で思った程度でした。私はこれを普段のお茶菓子入れにして紅鉢の横に置いています。お茶を頂く前にこの蓋を開け、お菓子をいただきます。勝手に題名にキャンディーボックスと書きましたが、英語訳にしたらこういうのだなぁ、と先日思いついた物ですから。つい先日、家元の奥様が本を出されました。三代続いて同じファーストネームのお嫁さんだと言うことを初めて知りました。(家元のおばあ様もお母様も奥様も同じお名前、厳密にはおばあ様は”子”がつかないですが。)三代も同じ名前なんてなんてご縁なんでしょう。お茶の家の生活を垣間見て、生活の中のお行儀などについて厳しいところもあるのですが、四季を通して外に向けての行事だけでなく、ご家族の生活も四季折々大切に過ごしていらっしゃるご様子が、羨ましくもあり、忘れていた生活でもありました。さあ、おくらばせながら今日、お雛さまを飾りましょう。そうそう、宗磨お薦めの本の中に家元の奥様の本が写真つきで出ています。ご興味がございましたら、ご参考になさってくださいませ。(できることから・・という題名です。)
2006年02月20日
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少しづつ、美濃焼、瀬戸焼研究に入り始めました。といっても書物を読むにとどまっていますが、いずれ知識を持った上で実際のものを見たり、聞いたりしたいと思います。そして、今は3回前のブログの本を読んでいます。それを基にまとめてみます。まずは、織部について。織部焼という名称はその焼物が焼かれていた当初はその名称はなかったそうです。そして不思議に思うのは、この織部という名前は武将、古田織部からきているのですが、といっても一部に古田織部と織部焼は別のものとの説もあるようですが、人の名前が意匠になりそれが焼物の名称になるのは珍しいという思いと、なぜに武将の名前がついたのか不思議でなりませんでした。普通、だれだれ作というものはあると思うのですが、織部焼というのはどのような意味合いがあるのか知りたいと思っていました。この本によると美濃の陶工が時代を席捲していて、かつこの地方出身のそして古くから交流のあった古田織部に、あなたの名前をつけて焼物を販売したらきっとたくさん器が売れるでしょうから是非、織部焼と銘々して販売したいと言ったとか。定かな話ではないようですがこの説明に私は大きくうなづく思いです。決して古田織部が自ら作ったものではなく、だからこそ北大路魯山人や半泥子のようにこれは魯山人作だ、半泥子作だといったように器が残っているわけではない。織部焼という意匠から多くの形や種類の織部が存在するのでしょう。黒織部、織部黒、幾何学的文様のある緑釉薬の織部焼かつ、その中には鳴海織部や弥七田織部まだまだ織部の名がつく種類があります。この本によると織部自身が指導して焼かせたのは黒織部と織部黒だけだろうと言うコメントもありました。そして、古田織部は徳川時代には不便な人物だったことで時代から抹消されたような形になっているのだとか。この時代背景を紐解くことにも興味が湧いてきました。ちなみに以前もこのブログで書いたことがありますが、利休の死、その弟子の織部の死、その弟子の小堀遠州はふたりの死を繰り返すことなく魔を清めるために、お茶の点前の中で釜の蓋しかり、棗の蓋しかり、水指しの蓋しかり、カタカナのマの字で清めます。
2006年02月18日
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茶花の椿として好きな花の一つです。生憎、この寒さと水遣りを怠りすぎたせいでしょうか、花弁が少し茶色くなってしまってますが、先月のお茶のお稽古で先生が使ってくださった基木です。うちの庭にはこれ以外に後一つ。朴半という花弁が真っ赤で中のおしべが太く真っ白なものがあります。これはまだ小さなつぼみなので写真に載せられませんが。ただし、この椿は種から栽培されたものだと、真っ白なはずのおしべが赤が混じり印象的な紅白の花にはなりません。うちのは混じりの入ったほうなので、そうでないものをいつか手に入れたいと思っています。
2006年02月13日
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昨日観たテレビでかかっていた掛け軸がタイトルの”草非人非木非”。草にあらず、人にあらず、木にあらず。では何かといえば、順番に書いていくと現れてきます。”茶”。面白い言葉をつくって河井寛次郎さんはお軸にされていました。美濃焼きと瀬戸焼の研究を少し始めようかと、本を読み始めました。まったくの素人なので、私が理解をしていく順番に書き留めていくとしましょう。まずは美濃焼き、瀬戸焼を語るには古田織部を知らずして語れないようです。織部焼とはいったいなんだろう、古田織部が作ったものか、釉薬を緑にしたのが古田織部か。黒織部とか織部黒とか。もともと織部焼も美濃焼きや瀬戸焼の分類の中に入っていたようです。続きはまた順番に。
2006年02月12日
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しばらく書き込みしなかったのですが、生きてます。さて、アースデイの実行委員をしている友人からちょっとしたボランティアを頼まれました。そのボランティアの仕事をするついでに寄ったのが、ブック○フという本のリサイクルショップで、見つけたのがこの写真の本です。”利休そして織部”というタイトルは瀬戸・美濃焼きを研究しようとする私には少しわくわくする名前でした。本当はお古というものがあまり好きでない私は、リサイクル本も好きではありません。そうは言っても物を大切にしたい、リサイクルには興味もある私。矛盾も感じます。そしてこの本は調べたわけではありませんが、普通の本屋さんでは簡単に目にするものではありません。そして本当は800円くらいの値段がついていたのですが、ぱらぱらとページをめくると表紙ちかくのページには随分と赤青の色鉛筆で線が引っ張ってありました。お店の人に相談すると105円になりました。ならば購入しましょう、そして本も大いに生きるというもの、と手に入れたのでした。もったいない、もったいない。実はボランティアの仕事はこの言葉に大いに関係のあるものなので、なんだか面白く、なんとも有意義な一日でした。私のお手伝いがうまくいけば、なぜもったいないが大いに関係あるのかまたお知らせできることでしょう。
2006年02月07日
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