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なんとなくここはどこ、大草原の小さな家の時代かと思いながらバイクで先を急ぎました。やっと着いたマーティンの両親のおうち。マーティンの両親が在宅でマーティン、ナターシャそれぞれダブルチークキスをしてご挨拶。私も遅れじと”ボン・ジュール、アン・シャンテ!”(こんにちわ、はじめまして!)とご挨拶。リビングに通していただくと、お部屋には様々絵がかかっています。それはマーティンのお母さんが描いた絵で、販売もしているそうです。マーティンの家の私のお部屋にかかっていた、男の子と女の子がブランコに乗って、でも後ろ向きを描かれた絵と同じ作者でした。それはお母さんの絵だったのです。お母さんの絵は少しどこか、心の裏側の何か秘めたものを感じました。このブランコの絵が象徴するように、主人公が前を向いていなかったり、リビングの顔が半分描かれて青い世界の中に浮かんでいたりして、すっとは理解できない表現です。そして、地下にある私たちように用意してあるお部屋にまずは荷物を置きに行きました。私はまた、このご両親用に用意したお土産を手早く持って上にあがっていきました。お父さんには孫の手とマーティンにも持ってきた、日本酒。お母さんには風鈴と折り紙。それをバックヤードにある、動くガーデンテーブルとイス腰掛けて渡しました。早速風鈴は庭の木の枝にかけられ、リンリンと音を奏でていました。少々の罪悪感は100円ショップで買ったもの。やはり音は良くありません。それなりの音です。次に来る時はもう少し気合いを入れて探したものにしようと思いました。ちなみに私はヨーロッパの文化も好きなので、庭に出てのドリンクは何が良いかと聞かれて、ハーブティを頼みますと彼らにはあまりその文化がないようでした。冬には飲むけれど、と。そう、彼らは冷たいドリンクをどんどん飲みます。私はそんなに冷たいものを飲むとお腹をこわすんじゃないかと思うのですが、温かいものを飲むのは冬に限るようです。そこでの語らいを済ませ、この後はケベックのダウンタウンへまたバイクにまたがって出発です。そうそう、地下にある私たち用のお部屋にはもう一つお部屋があって、ほんの少し開いていたドアから中を覗くと男性がひとりテレビを観ていました。私はてっきりマーティンの兄弟かと思ったのですが、両親の家に居候をしているまったくの他人でした。彼の子供は今刑務所に入っており、彼自身は離婚をして、引きこもりになっているのだとか。まだここ数ヶ月居候をしているということ。ちょっとない文化な気がします。次の日の朝、真っ暗なお部屋でそっとドアを開けて私たちと共同で使うトイレに入っていった音を聞きながら、私は寝たふりをしていましたが、普通ならちょっと怖いような話。それとも穏やかな彼ら性格から、問題を起こすことはないのか。
2006年08月21日
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蜂にさされて一週間経ったというのに、今さら蜂に刺されたところが腫れてきました。病院に行ってろくに診もされずに塗り薬だけもらって帰ってきました。さて、ケベック行きのバイクの後部座席。腰の下にある握り手か点前にあるベルトを持っていざ出発したのは良いのですが、慣れないヘルメットはクビにくる。バイクから落ちるのではないかという心配から、しっかり握っている手を伝わって肩はがっちがち。途中、ガソリンを入れるためにスタンドに寄る。そこに行き着くまでにまずは高速道路、これは本当にフリーウェイで料金は無料。そこから少し外れて入ったところでのスタンドは、なんとも素朴なところでした。ケベック行きの道はセントローレンス川という川沿いの道を行きました。ナターシャいわくこの道は、かわいくて田舎できっと私が好きな道だということでした。ガソリンを入れる間、ヘルメットを抜いでリラックスしていると、あたり一面に日本のタンポポの種よりもう一回り大きな種がフワフワと漂っていました。それがまたこの素朴な雰囲気とこの綿のような種が宙に舞っている様は、一種映画のようでした。そしてここから徐々に私はバイクに慣れていくのでした。マーティンとナターシャにそれぞれアドバイスを受け、腰でバイクに乗ることを覚えると両手を離してドライブ再開。鳥になったように後部座席で羽根を広げ、行きかう対向のバイクには手を振り。ファインダーは覗けないけれど、カメラのシャッターをきり、バイクの旅を楽しみました。途中、休憩をしに砂利の駐車場しかないこじんまりとしたお店に着くと、缶ジュースとプーチンという食べ物を口にしました。ふたりは意味深でしたが理由はプーチンというものが、ジャンキーな食べ物でマーティンには信じられない食べ物なのだそうです。フライドポテトに白いチーズ、このチーズの名前は忘れましたがモッツァレラチーズのような味ででも歯ごたえがあり、キュッキュという食感のチーズです、そこに甘辛いような日本式に言えばあんかけがかかっているのです。私にはとてもジャンキーなものには思えないのですが、マーティンにはこんなものを食べるなんて、とにかく信じられない、と。フライドポテトはフライドポテト、白いチーズは白いチーズでそれぞれ好きだけれど、このふたつを足してしかもあんかけをするなんて、こんなおかしなもの、こおんなジャンキーなものありえない、のだそうです。いずれにしろこれがこの日のランチです。その後ふたりは私の時差ぼけを懸念してお昼寝タイムを作ってくれました。このお昼寝タイムのハプニングはすずめをもう少し大きくしたくらいの鳥が、私の顔を蹴飛ばしていったことでしょうか。しかし、この道を走っていきながら気づくのはここはいったいどこなんだろう、ということ。セントローレンス川には大きな船が行きかいます。小さいころテレビで観たミシシッピー川を彷彿とさせます。まばらにある家々は大草原の小さな家の雰囲気に似ています。私は2-300年くらい昔のアメリカにタイムスリップしたような感覚に襲われました。
2006年08月14日
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さて、今日から盆休みというわけではありませんが、私にも4日間の休みが出来ました。この休みを使って、滞っているカナダ旅行記を書こうと思います。以前はモンロイヤルという丘に言ったお話まで行きました。その日の帰り、町の中を走っていると本当のベーグルだと言ってベーグル屋さんに入って行きました。家に帰ってから夕食の準備をしている間、今度は車で近くのスーパーに出かけ、私の必要とする日本へのお土産買いに出かけました。そこで仕入れたのはメープルリーフのクッキーを5袋に100%メープルシロップの缶を3缶。お値打ちでしたがなかなか量があり、帰ってからバッグに詰め込むとほとんどいっぱいになってしまいました。家に帰ってから夕食はというと、蟹とサラダ。蟹はゆでてサラダはナターシャ特製のシーザーサラダ。トッピングのクルトンはナターシャがパンからじっくりと作ったものでした。赤ワインとともに食して明日のケベックへ向けて早めにベッドに就いたのでした。その次の日、バイクの後部座席に乗っての小旅行が始まりました。朝、10時ころ出かけようと言っていたのですが、マーティンお薦めの本物のベーグルとチーズ、スモークサーモンを食べ、これまたマーティンお薦めのちょっとすっぱい、ジュース健康補助ドリンクらしいのですが、私にはこれまた同じ健康補助ドリンク、ニノによく似た味のジュースを飲んで時差ぼけを少しでも和らげるためにたくさん飲みました。といっているうちに11時をまわって12時近くにモントリオールの家を出ることになりました。さあ、これからがしばらく大変でした。肩は凝る、クビは疲れる。ケベックまでの道中どうなったのでしょう。続きはまた。
2006年08月12日
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カナダ旅行記がなかなかアップデートできないながら、今日は浴衣茶会を先生のお宅でしましたのでそのつれづれを。毎年参加できなかった浴衣茶会ですが、今年は参加することに。もともと先生が着物を着る機会が少ない生徒向けに、せめて気軽に浴衣を着てお茶会をしましょうと始めたもの。このごろでは着物を着てお稽古する生徒さんが増えてきましたから、気軽な茶会から少々本格的になってきました。一度もお稽古していない風炉の炭点前を私がすることになったのですが、昨年購入した自身の風炉釜とお釜を使用。これがとても小さいので炭点前は真似事にしないと炭がとても入りきらない。具体的にいうと、胴炭の変わりに点炭を使ったほど。これでいかに小さな風炉釜かご理解いただけますか?そして、今日のお茶会にはうちの会社のスタッフが私を含めて6人に。ここ数ヶ月であれよあれよと入門者が増えてうれしいやらなんやら悲鳴をあげてます。今日の参加者総数が15名のうちの6名全員が参加。しかも、われわれの休みは不定休なので全員が希望休を出して休みを取ってのでした。昨日、普段のお稽古をしたのでその際に持っていったうちの庭のトケイソウと西洋朝顔が薄茶席、濃茶席、それぞれの席でタイミング良く咲いてくれました。朝顔は最後のお点前までがんばって咲いていてくれました。本当はそれはそれはぎりぎりまで粘って咲いてくれていたようです。神妙な面持ちの中、爆笑する場面もありながら楽しい浴衣茶会は終了しました。それにしても、準備をしているときに私は不覚にもアシナガバチに左手と右肩を刺され、病院に駆け込みました。処置が早かったので腫れは引きつつあります。何となく点前がしにくかったのですが、炭点前と薄茶点前をしました。また、11月のお茶事の予行練習にもなったし、お茶会の楽しさを再確認しました。心を込めて用意し、お客様に喜んでいただける楽しんでいただけることが出来たならば、やはりこんな楽しいことはないですね。ちなみにトケイソウは亡くなった前の先生のお宅から生前頂き、挿し木をして増やしたもの。濃茶の茶入れは随分時代がかった先生の茶入れを使用したのですが、替え茶器に用意したのは私の茶器で、今日参加できなかった社中のお仲間が作ってくれた仕服のついた茶器を使うことで、そのお仲間に参加していただきました。そんな話を会話に織り交ぜることで、なんだか雰囲気が出せたのではないかと思っています。
2006年08月06日
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