茶楽人の茶の湯

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goldorca @ すまん・・・・。今頃になって気付いた。 和運、和運って・・・・。ワンワンに掛け…
2005年10月11日
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ある日、先生は織部展に赴き、そこに遠州の印鑑を見つけるのです。それは陶で出来ており、ましてやそれが織部焼だったりしたのだそうです。だからこそ織部展に出ているのですが。

有名な話ですが遠州は千利休に生涯一度だけ拝謁し、その弟子の古田織部と師弟関係を作るのですが、利休にしろ織部にしろ切腹という犯罪者としての最期を迎えた二人に、迎合しているようには外向き上できないのです。小堀家の発展のためにはある意味織部から遠ざかり、遠州独自の道を作っていかねばならないのでした。

しかし、和子先生がおっしゃるには、今のお家元のお父様が家元時代、この地でお話をすることがあった時、時代も変わってきているのだから、せっかくこの地には美濃、瀬戸焼があるのだから茶会ではこの地のものを使っても良いのでは、とおっしゃったそうです。

なかなかそれを理解して実践されることは、今の茶道界においては、はばかれることもあると思います。あんなことをしては間違っているだの、美濃焼を好まなかっただの、そんな揶揄が飛び交うのが茶道界ですから。

先生いわく先生の作家からのものの見方など、お茶をする人には関係ないかもしれない話だけど、と言われましたが、私には単に立派なお道具をそれらしく揃えてお茶会が出来たら良いなどとは思いません。

いろんな時代背景があり、いろんな人の気持ちが交差する中で、お茶はあると思っています。今はたくさんのものを吸収して、私の中の茶の湯を育てて生きたいと思います。





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最終更新日  2005年10月12日 00時51分20秒
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