某女性誌に江原さんの特集が設けられていて、『 ご供養の極意
』について書かれていたので興味深く拝読しました。
その中で“ 未浄化霊になるのは、現世に執着があるから
”という事について語られていました。
故人が生前に好んでいた物を墓前や仏壇などに供える行為は、場合により供養とはまるで反対の行ないとなってしまう事がある
といいます。
生前にお酒が好きだったけど、そのお酒が要因となって体を蝕んでしまっていたり・・・愛煙家だったけれど、その煙草がもとで病に侵されてしまっていたり・・・
そんな故人に対して 「もう今はゆっくり安心して、好きなお酒も煙草も呑めるものね」なんて、お供えしてしまうその行為こそが、現世への執着を魂に結び付けさせ、浄化への妨げ
とさせてしまうそうです。
嗜好品への執着が原因となる死を遂げた者へは、ただ好きだったからという無知な思い込みでそれを供える事がタブーであるといいます。
物質世界のこの世を去ったという事実、それを故人の魂に認識させ魂の浄化を望むならば・・・。
結局、この行為というのは、現世で生きる私達にも同じように考えられると思いました。
【相手に対して「良い」という勝手な思い込み=相手にとっては「良い」とは決して限らない】
結果的に相手の成長を妨げる行ないをしている事は、自分の中のエゴがもたらす未熟な言動を相手に押し付けているに過ぎないのではないでしょうか。
お互いがお互いの立場でそれぞれに自分の道をしっかり歩いていけるように、個々の魂の成長を望むからこその言動が出来るような・・・そんな強さを持ちたい
と思った私でした。
昨年8月17日に父が亡くなってから、早1年経ちます。
父は若い頃に肝炎を患ったことがもとになり、長い年月をかけて少しずつ肝臓機能が蝕まれていき、ついには「肝細胞ガン」が他器官に転移し、手術では手の施しようがない状態だったそうです・・・。
亡くなる一ヶ月半ほど前からはほとんど食事が摂れない状態が続き、見舞いに行った際は痛がる父の身体を何度も何度も擦り続けましたが、かなり頑固で我慢強く弱音を吐くのが嫌いな気質の父であっても、きっと想像出来ない辛さだったのではないかと思いました。
そして病院で日々じわじわと衰弱して、そのまま静かに息を引き取りました。
父はお酒が強くて、そして大好きでした。肝臓に負担をかけた事は間違いない事実だと思います。
明日、実家の父に手を合わせに行く予定ですが、今回の江原さんの記事を読んでとても心に響きました。
明日は、 父にお酒を供えるのは止めようと思い、お酒好きな私も明日は父と一緒に禁酒
をしようと思いました。
そして、 心から父に感謝と供養の言葉と、光の世界へ高く浄化して頂くように祈りたい
と思います。
離れて一人暮らしていた私を父はとても心配してくれていたので、 余り心配かけないように一歩一歩強くなれるように、父に伝えよう
と思います。
江原さんの語る『供養の極意』とは
現世で生きる私たちが亡くなった人の霊を諭して、事実を受け止めさせ執着をなくしてあげる事。私たちが亡くなった人に心配をかけず生きていくことが一番の供養
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