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先日、兜巾の岩でばったりお行き会いした、かつての上司より
写真集が送られてきました。
「雨池太郎ものがたり」です。
雨池のほとりにあるダケカンバ「雨池太郎」をテーマに、
四季折々の美しい写真と詩とで綴られています。
この写真集の中綴られていた一節です。
生きるということは、
かなしみの基盤の上に、
生の喜びを感じることなのだろうか。
この日の朝、偶然にも本棚に置いてあった本を手に取りました。
美智子さまのご講演集「橋を架ける」です。
この本の中に出てくる、新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」という話の一節を
ちょうど読んだところでした。
でんでんむしはある日、自分の殻の中が悲しみがいっぱいに詰まっていることに
気づいてしまいます。
そして仲間のでんでんむしのところに行き「私の殻の中は悲しみでいっぱいだ」と
話をします。
すると仲間のでんでんむしも「私の殻もかなしみでいっぱいだよ」とこたえる。
他の仲間のところに行き、同じことを告げますが、その仲間も同じように
「私の殻の中もかなしみでいっぱいだよ」とこたえる。
そしてそのでんでんむしは、もう悲しむのをやめた、というお話です。
吉野弘さんの詩「I was born」も、ふと思い出しました。
自分がじたばたと もがいているのは、この「悲しみ」への抵抗なのかな…
秋の夜長、ちょっと立ち止まって考えてみたいと思います。