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ビストロフの橋
第10章 「ハロウィーン」
ハロウィーン
書斎から出ると、パンプキンパイを焼くおいしそうな匂いが漂っていた。もう朝なのだ。日記を調べ終えた後、柚薬の様子を見たりしていたものだから、また徹夜してしまった。
「ハロウィーン・・・なんだ」なぜパンプキンパイなのか、ふと考えかけて突然気がついた。いつのまにかホグワーツに来てから二カ月もたっていたのだ。
匂いに誘われるように、談話室へ下りる。ルビーがいた、寮の入り口を開けっ放しにして廊下から流れ込んでくるパンプキンパイの匂いを嗅いでいる。寮中に匂いが漂っているのは彼女のせいらしい。
「おはよう、ルビー」背中にくっつくほど近づいたのに、気がつく様子がないから耳元で言ってやる。飛び上がるかと思いきや、意外に平然と振り向いた。
「おいしそうだよねぇぇ」目をキラキラさせて呟いた。他のことに気が回らないほど夢心地になってるようだ。そこまで夢中になる料理とは思えないけど。
しばらく待つとキャロルも起きてきたので、そろって広間に向かう。
パンプキンパイの匂いが漂っている以外はいつもと同じ日常だったが、ウィルにはこの日とても忙しい一日となった。
まず始めがキャロルとルビーに昨夜調べたことを話し、彼女達の収穫を聞いたことだ。
かなり早い時間に来たものだから、広間の席も大半が空いたままで生徒の姿はまばらだった。
それが誰であれ、盗み聞きされる気遣いはない。
「家にある絵、だったのね。また捜し物が増えたわけだけど、その絵と薬、あと二つで核心に近づける。あと少しよ」捜し物が増えた、と少し落ち込み気味だったウィルを励ますように言って、キャロルは自分の成果を見せてくれた。
キャロルが出してみせたのは一枚の羊皮紙だった。図書館の蔵書リストを書き写したものらしいメモにいくつもの線が引かれている。
「残念だけど、図書館には手がかりがなかったわ。魔法薬関係であの年代の本を全て見たけど載ってなかった。一番近いのでこれ。テリー・ブルックス著『魔法薬の保存に的さない三つの条件』、太陽に耐えよ(光と乾燥は魔法薬の敵)。風に枷(風に吹かれりゃビンも倒れる)。絵に笑み(騙し絵に気をつけろ!薬は役に立たないぞ)」
かなり薄っぺらな本を手に表題と副題を読み上げ、役に立たないのは薬だけじゃなくて本もだ、といいたげにキャロルは大きく息を吐き出した。
やっぱり。納得の気持ちのほうがその逆よりも強い。蔵書リストがあることを考えれば消し忘れの本があると考えるほうが無理なのだ。
こうやって、可能性を一つづつ潰していくしかない身としては、仕方のない結果だった。
「ルビーはどうだったの?」司書のマダム・ピンズと話していたルビーに聞いてみる。何か情報はあったのだろうか。
「うん・・・ちょっと待ってて。もうじき来ると思うから」頬張っていたパンプキンパイをかぼちゃジュースで飲み込んで、ルビーは天井に目を向けた。
ほとんど同時に手紙や小包を運ぶふくろう便の第一陣が広間に飛び込んで来る。
それまで静かだった広間が一瞬にして喧噪に包まれた。
何百というふくろうたちの中でもひときわ大きくて、立派な森ふくろうが三羽。立て続けにルビーの元に大きな包みを置いて飛び去っていった。
「なんなの?」目の前にできた小包の小山に目を丸くして、キャロルが尋ねる。
「へへへ。予言者新聞に連絡して、あの事件の記事を全部送ってもらったの。何かヒントがあるかも知れないでしょ? 本当は図書館の借りようとしたんだけど、マダム・ピンズが新聞は貸し出し禁止だっていって貸してくれなかったから」
包みを開け、新聞の束を取り出すルビー。その様子を見ていたウィルは妙なことに気がついた。
送られてきた新聞は全て一枚ずつになっている。一面とか二面とかに関わりなく記事の書いてある紙面だけ抜き出してあるのだ。それも記事のところだけを赤い線で囲ってある。一読者のために、こんなことまでするものだろうか。
「ルビーのおじいちゃんがね、元予言者新聞の記者なの。今の編集長を育てたのは俺だ、っていつも自慢してるんだよ」ウィルの無言の疑問に応えた、というわけでもないだろうがルビーの自慢げに話すのを聞いて、ウィルも新聞を一枚手にとり記事に目を向けた。
最高は再考すべきか
フェルモント魔法力学研究所所員、フレ デリック・サンディス氏の家が襲撃された 事件で、命を繋ぎ止めるため石化されたま まの氏の長女サマンサ・サンディスの治療 が魔法界でも最高と言われる癒者が集まる 聖マンティコア病院で行なわれた。
治療を行なった癒者の一人、トーマス・ レイモンド氏に本紙記者キャシー・エドワ ーズが聞いたところによると『ハッキリ言 ってお手上げです。体には何の傷害もない。 なのに精神が・・・いったいどうすればこ んな状態になるのか』とのこと。魔法界最 高の病院の癒者とは思えない発言に各界か ら失望と非難の声が上がりそうな情勢だ。
やはり、と言うべきか。新聞というのは元来予測や推測は記事にしない。裏の確認が取れたものだけが紙面を飾る。となればウィルたちに必要なことが書いてある可能性は低いと言うしかない。
軽く息を吐き、新聞をしまおうとしたウィルの目が紙面の隅を捕えた。よくある広告記事がある。その広告に貼られた写真には見覚えがあった。
白黒でもハッキリとわかる新築の建物、その横で慣れない営業スマイルを浮かべる若い店主夫婦。
「もしかしたら・・・」囁くと同時にウィルは立ち上がっていた。あまりにも急に立ち上がったので椅子が悲鳴を上げた。
「手紙を出してくる。もしかしたら、薬の情報が手にはいるかも知れないよ」自分を見つめる二つの顔に笑顔を返して、ウィルは寮に駆け戻った。
『七つ鍵のトランク』を引っ張り出し三番目を開ける。基本的な魔法薬の材料セットの下になっていた数枚の紙をつかみ取った。
羽根ペンとインク壺を引き寄せ、トランクを台にして手紙を書き始めた。紙の一番上に印刷されていた「注文書」の文字を線を引いて消し、「調査依頼」と書き直すと考え考え文字を書き込んでいく。
私はウィリアム・ゴールドマン。先日、『水になる水薬』の実験に使われたものです。早速ですが、取り急ぎ確認したいことがあって手紙を送らせていただきました。
二十年ほど前の話なのですが、あなたのお父上が開業したばかりの頃にホグワーツの一年生サマンサ・サンディスが薬を注文しなかったかどうかを知りたいのです。
できれば、薬の種類も。・・・資料が残っていれば、ですが。
突然のお願いで申し訳ないのですが、なるべく早く返事をいただけると助かります。
宛、マゼンダ・グリフィス様。
手紙を書き終わると、その紙は勝手に折り畳まれ、紙飛行機に姿を変え、すごいスピードで飛び去った。
どんな薬を作るにしろ、材料がいる。材料がわかれば、どんな薬だったかある程度のことはわかるかも知れなかった。なにしろ、サマンサがこの薬を作ったのはウィルたちと同じ一年生の時だ。全然理解できないほどややこしいものだとは思いたくなかった。
もう広間に戻ってる時間はなかったので、まっすぐ変身術の授業に向かう。まだ誰も来ていない教室で席に着いて待った。
キャロルとルビーがすぐにやってきて、キャロルが素早くパイを一切れ差しだしてくれた。ウィルはそれを一口で口に押し込んだ。それがウィルにとっては唯一の朝食になった。
すぐに席が埋まり、待っていたかのようにマクゴナガル先生が教壇に立つ。
残念なことに、ありがたいことに?、今日の授業は実技なしの先生の講義を聴きながらのノート取りだけだった。
こんな複雑なノート取らせるぐらいなら、始めから冊子にでもまとめてくれればいいのに。と、内心毒突きながらウィルは懸命に書き込んでいく。
この作業も、ほんの二カ月前までならこんなに苦労はしなかったはずだった。
中性紙の大学ノートにシャーペンと蛍光ペンで書くだけなら。でも今はゴワゴワした羊皮紙にインクに浸した羽根ペンで書き込まなくてはならない。これが思いのほか手間のかかる作業なのだ。
何がつらいって、間違えても消せないこと。上から線を引くしかない。もちろん、インクを消すことのできる消失消しゴムとかも売ってるし、杖で魔法をかけるって手もある。なんだけど、ハッキリ言って普通の消しゴムの値段を知っていると消失消しゴムは高価すぎたし、ウィルにはまだ文字を消し去るなんて高度な魔法は使えない。
結局、二時間もの労働の末に得られるのは黒い染みだらけのノートということになる。あまり面白くはない。
これはマグル出身の子全員にとっての頭痛の種だった。シャーペンやボールペンがいかに便利なものだったか、骨身にしみて痛感する。
魔法界の子たちにしてみれば、これが普通なのだから不便とも思わないらしく、ルビーでさえ面倒だとは言いつつも、染みなしのノートを取っている。
「そのうち慣れるわよ」ため息交じりに染みだらけの羊皮紙をしまうウィルにキャロルが気休め以上ではない言葉をかけた。ウィルとしては肩をすくめて苦笑いするしかない。
次の授業は妖精の魔法だ。ウィルにとっては一番得意な授業だ。オリバンダー翁が教えてくれた杖を振るちょっとしたコツ、がとても役に立つ。翁自身はあまり魔法を使わないようなのに、さすがと言うべきか杖の扱いは一流の人なのだ。
ルビーも割と得意な分野らしく、とても楽しそうに杖を振っている。もっとも彼女の場合は授業の成果というのではなく生来の感性の賜物であるらしい。
逆に、キャロルはとても下手だ。ウィルもなんとか教えてあげようとするのだけど、手を動かすより先に頭の中だけで処理ししまうので、なかなかうまく杖を振ることができないようなのだ。
「そのうち慣れるよ」授業が終わり少しうなだれたキャロルに今度はウィルが声をかける。
さっき自分が言ったとまったく同じ言葉に、キャロルは軽く微笑みを返しウィルのまねをした。
肩をすくめ、苦笑したのだ。
「あっ・・・」お昼に入り、広間の席に着いていたウィルは知人を見つけ、食べかけのエクレアを皿に戻すと立ち上がった。
ウィーズリーの双子だ。細かい三つあみを縮らせた髪型の男の子と談笑していたが、ウィルが近づくと二人だけでやってきた。
「やぁ、調子はどうだい?」フレッドだか、ジョージだかが陽気にウィルの肩に手を乗せる。
ドリー捜しのことを聞いているのだということはウィルにも了解できたので、ウィルはすでに見つかったことと絵だと思っていたのが勘違いだったことを伝えた。その上で協力してくれたことに礼を言う。
「なんだ? みつかっちまったのか。じゃあ、理由を聞くわけにはいかないな」
「ちょっと楽しみだったんだがな」
二人はそれ以上突っ込んでは来ず、さらりと背を向けた。別に気を悪くしたというのではなく、他人の秘密に土足で踏み込むような趣味の持合せはないのだろう。
それと、たぶんさっきの男の子との話の方が盛り上がっていて、それどころではなかったのだ。
午後の最初の授業は温室での「薬草学」、温室内で栽培されている薬草それぞれに適した肥料を与える授業だった。
温室と言ってもそんなに広いわけではないから、大した手間ではないはずなのだが、授業が始まるといつでも実際にいる人間よりも手が少なくなるという奇妙な現象が起きるため、ウィル達は大汗をかくことになった。
一緒に授業を受けるスリザリン生がまったく働こうとしないのだ。
何様のつもりかレイブンクローの生徒たちばかりに作業をやらせて後ろで見てるばかり、何度か抗議したが聞く気はないようだし、スプライト先生の目があるところではまじめにしているように見せるものだから先生に訴えることもできない。
今ではスリザリン生はいないものと見なすことが、レイブンクロー生全員の共通した見解になっている。
だが、ウィルとキャロルだけは無視してもいられなかった。
おそらくはブルストロード・ミリセントの差し金だろう、授業中に必ず誰かがウィルやキャロルのローブを泥だらけの手で掴んだり、背中に虫を入れようとするのだ。
そのため二人は常にお互いの背中が見える位置で作業するようになってしまった。
「あっ!」授業も終わりに近づき、園芸用の道具を片付けていたウィルの背後でキャロルが小さく声を上げた。とっさに振り向いたが、キャロルはウィルではなく別のところを見ていた。
「転んじゃった」ローブを泥だらけにしてルビーが立っている。
その向こうには満足そうにニヤニヤ笑いを浮かべたスリザリンの連中が屯していた。
「なにかにつまずいたらしくって、肥料の山に飛び込んじゃったの」笑いながら話すルビーにキャロルが駆け寄り、顔やローブについた泥を落としにかかる。
幸いなことにわりと乾燥していた場所に倒れたようで手で払っただけでもかなり落とすことができそうだった。
それでもフツフツと沸き上がる怒りは消せない。自然、ウィルの足が向こうに屯しているスリザリン生たちのほうに向いた。のだが歩き出すことはなかった。ルビーの泥を粗方払いのけたキャロルが、さっと前に立ちはだかったのだ。
行くだけ無駄よ、言葉にはしないでいるがウィルを見つめる目が声高にそう告げていた。
怒りに燃えるウィルだったがキャロルの正しさを認めるだけの分別は残っていた。小さく溜め息を吐き、何事もなかったように後片づけを済ませる。
次の授業は魔法薬学だ。遅刻するわけにはいかなかった。
それに、授業以外にも用事がある。ウィーズリーの双子同様にハッフルパフの面々にも、ドリーが見つかったことを知らせる必要があったのだ。
「見つかったの? 良かったね」いの一番に知らせたハンナはちょっと残念そうに、でも捜しものが見つかったことを喜んでくれた。
他の子たちも同様で、誰もそのドリーをなぜ探していたのか、とまでは聞いてこなかったのでウィルとしては肩の荷が下りた気分だった。手伝ってもらいながら、理由を教えられないということに多少以上に負い目を感じていたから。
肩の荷が下り、ホッとしたのも束の間。始業のベルと同時にスネイプ教授が教壇に立ち、いつものように緊張感あり過ぎの授業が開始された。スネイプ教授にかかると、ごく簡単な咳止めの調合でさえ猛毒を扱うかのような神経を使わねばならない。
アボット・ハンナはあれ以来ずっとウィルの近くで作業するようになっていたが、ジャスティンともども死人よりひどい顔色で神経質に材料を切り刻み、量を図っている。
「おやおや、これでは君たちの咳止めが完成する頃には患者は死んでいるか咳をしていたことすら忘れているんじゃないかね」その様子をのぞき込み、スネイプはひどく優しい声で言った。
確かに二人の作業は他の人よりはるかに遅れてはいたが、だからといってそんな皮肉を言うことはないだろうに。
「正確に作業してるんだからいいじゃないですか、競争じゃないんだから早く作ればいいというものでもないでしょう」徹夜明けのせいもあるだろう、ウィルは自分でも驚くほど声を荒げた。
「一つ聞くが、我輩は咳止め薬の教授なのかね? 我輩としては魔法薬の教師のつもりだが」
「魔法薬の、先生です」スネイプの矛先が自分に向いたことに少なからず後悔しつつも、ウィルは引くに引けずスネイプと相対した。
「いま諸君が鍋にかけているのは咳止めの薬だ。だが、ほかの薬だったらどうする? 正確に七分沸騰させなくてはならなかったり、時間を置くと効力を無くす材料を扱っていたら? 我輩は数年後の授業をも視野に入れて授業をしているだけなのだが、問題ありますかな?」
この言葉にウィルは自分の浅慮を恥じた。あんな皮肉口調で言うのはどうかと思うが、スネイプの指摘は間違ってはいなかったのだ。
できうる限り迅速に作業を進める努力をしなくては、この先の授業にはついていけないかも知れないのだから。
だが、問題はあった。この言葉にではなく、この言葉を言った人間に。
今の言葉はスネイプの口から出たものではなかったのだ。
「マゼンダ」今度は間違いなくスネイプの口から、その人物の名前が出た。
教室の入り口に目を向けると、モスグリーンのローブを着た割りと若い魔女がいたずらっぽく笑って立っていた。
朝、自分が手紙を送った相手だと、ウィルは気がついた。
「はぁーい。セルブル、偽悪趣味は相変わらず健在のようね。も少し素直な言い方覚えないと、そのうち刺されるわよ」
「セブルス、だ。と、何度言わせる気だ?」 声に温度があるとすれば、口から氷が飛び出しただろうと思えるほどの低い声がウィルの目の前を通過していった。
「あら、私にファーストネームを覚えて欲しいの?」それすらも、サラリと受け流して微笑むマゼンダ。
恐ろしさのあまり、ウィルは無意識に首をすぼめてしまった。
だが、意外にもスネイプは噛み付きもしなければ吠えかかったりもしなかった。
「授業のじゃまだ。用があるなら後にしろ。ないならとっとと帰れ。我輩としては是非、後者を選んでほしいが」努めて『冷静に』と自分に言い聞かせているのが、ウィルにもわかる口調でそう言っただけだ。
「そういうと思った。でも残念ながら私が用のあるのはあなたじゃないの。そっちの子に用があるのよ。授業が終わるまで待たせてもらっていいかしら?」
ウィルに向けてウィンクを一つ投げかけ、マゼンダはこれまでで一番の笑顔を見せた。
その瞬間、ウィルには結果が読めた。こう言えば、マゼンダに一秒でも早く同じ空間から消えてほしいと願っているらしいスネイプは、ウィルに授業を免除すると言って追い出すに違いない。
そうなれば誰に気兼ねすることもなく、大手を振って教室を出ていけるというものだ。
そして、そのとうりになった。
スネイプは聞き取れないほど低い声で、「あいつをつれて、出ていけ」と唸るとウィルとマゼンダ双方に背を向け、何事もなかったかのように授業を再開したのだ。
「どこに行くんですか?」黙ったまま先を歩くマゼンダに遅れないよう、早足になりながらウィルは聞いた。思い過ごしならいいけど、このままだと城を出てしまう。
「私が学生だった頃に愛用していた『秘密の部屋』よ。ホグズミードの先にあるの」
口調も体も、弾ませながら歩くマゼンダ、確実に気分だけは十代に戻っている。
ホグズミードって、なに?
尋ねようとしたウィルの先をついて、マゼンダは言葉を続けた。
「100パーセント魔法族だけが暮らす村よ。あなたも三年生になれば週末に行けるようになるわ。保護者の許可があればだけど。もちろん、今日は平気。許可がいるのは学生だけで行く場合で、ちゃんと大人の魔法使いや魔女が付き添うなら、その限りにあらず、だから」
そういって、マゼンダはニッコリ笑ったが、その笑いが正直者の優等生のそれとは間違いなく違うことを、ウィルは見抜いた。
きっと、許可が下りないうちから抜け出しては足繁く通っていたのだ。
二人は、誰に見咎められることもなく城門を出た。
と、いってもミセス・ノリスの黄色い目には映ったはずだったが校則に反していないからだろう。フィルチが飛んでこなかったとこを見ると、黙って見逃してくれたらしい。
それまでウィルは存在することすら知らなかった道を歩く。
ホグワーツの近くに村があるなんて想像もしていなかったのだ。
どれくらい歩いただろう、ウィルには判断が付けられなかった。すごく長かった気もするし大したことない気もする。自分の体があまり疲れていないことから、手頃な散歩道程度だろうとは思うけど。
太陽が西に大きく傾き、ウィルは足下に目を落として歩いていた。街灯があるでもない山路、あまり足下がいいとは言えない。暗くなってくると少しおぼつかなくなったのだ。
不意にウィルは目を上げた。山路ではなくなっのだ。アスファルトで舗装されたりはしていなかったが、砂利の目立つデコボコ道から平らな土の道になった。
そこで始めて、ウィルは自分がすでに村の中に入っていることに気がついた。
グラドラグス・魔法ファッション店とか、ハニーデュークス、三本の帚、といった看板を横目に見ながらさらに進む。どれも何かの店なのは確かだが、何の店かまで見てる余裕がなかった。
マゼンダの歩調は村に入ってから加速し続け、ウィルは今や小走り状態だった。
やがて二人はハイストリート通り、道の横に小さな標識があった、を通り、ダービッシュ・アンド・バングズ店を通り過ぎた。
ウィルは自分たちが村を素通りしようとしていることに気がついた。曲がりくねった小路が、ホグズミードを囲む荒涼とした郊外へと続いている。
住宅もまばらになり、代わりに庭が広くなった。二人は山の麓に向かって歩いていた。ホグズミードはその山懐にあるのらしい。そこで角を曲がると、道の外れに柵があった。
マゼンダはその柵をためらいも見せずに乗り越え、低木が茂り、上り坂で、岩だらけの山の麓へと向かう。ウィルはもう必死で追いかけなくてはならなくなっていた。
あたり一面岩石で覆われている。三十分以上も、曲がりくねった険しい石ころだらけの道を登る。こんなことなら靴下をもう一枚重ねてはいてくるんだった、とウィルは後悔した。踵が靴づれを起こしかけている。少し大きめのサイズを買ったから、靴の中で足が擦られるのだ。
そして最後に、マゼンダが視界から消えた。ウィルがその姿の消えた場所まで行くと、狭い岩の裂け目があった。裂け目に体を押し込むようにして入ると、中は薄暗い洞窟だった。
「当たり前だけど、全然変わってないわ」
ウィルが中に入ると、マゼンダは何事かつぶやきながら杖を振り、洞窟の真中にリンドウ色の炎を呼び出した。
ずっと歩き詰めだったから気がつかなかったが、洞窟の中はかなり底冷えがして寒かった。
ゆっくりと洞窟内を見渡したマゼンダが、一番奥のの大きな岩の右側へと移動し、クスッと笑った。何があるのかとウィルも後を追っていって驚いた。
周囲一メートルほどの岩が青く光っている。
何が光っているのだろうと、身を乗り出してウィルは気がついた。岩は光っているのではなかった。磨かれでもしたのか表面がスベスベになっていて後ろの炎の光を反射しているのだ。
「昔ね、ちょっと魔法薬の調合に失敗して私が溶かしたの」岩を溶かすほどの失敗がちょっとな訳はないとウィルは思ったが、マゼンダが懐かしさ以上の何かを込めて話しを続けたので喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「本当なら、全身に魔法薬を浴びて、私は死ぬはずだった。でも、私が扱うには難しすぎる薬を、魔法薬教室から持ち出したことに気がついた上級生が私を追いかけてきてて、薬が跳ねる直前に鍋をここに弾き飛ばした。さすがに血の気を失って立ちすくむ私に、その人は長々と説教をしたわ。『あの薬は六分以上火にかけてはいけないんだ』、『正しい扱い方も知らないのに、魔法薬の材料を持ち出すな』ってね。それが、セブルス・スネイプ、よ」
だから、ハンナの手際の悪さをあんなになじったのか。でも、だったらそう言えばいいのに、あんな皮肉口調じゃなくて。
「その直後に、ダンブルドアが入ってきて、私にここへの立ち入りをやめるように言ったわ。『隠れるのにはいいところじゃが、魔法薬の調合をするのには不向きではないかな』ってね。それ以来、今日まで一度も来なかった・・・さてと」
思い出を振り切るような勢いでマゼンダはウィルに向き直り、真剣な顔でウィルの顔をのぞき込んだ。
「あの薬がなんなのか、聞かせてもらいましょうか」
リンドウ色の炎をはさんで、ウィルとマゼンダは向かい合って座った。
炎は淡い光で洞窟内を照らし、暖かな空気を隅々にまで広げている。何よりも、普通の炎と違って煙が出ないのがありがたい。
「うちの父さんああ見えて几帳面なの。開業して以来の受注は全て控えてあったわ。もちろん、あなたが探していたのもね。それがこれよ」マゼンダは古びて擦り切れた羊皮紙を差し出した。端に穴が二つ開いているのは紐か何かで束ねていた名残りだろう。
羊皮紙に書かれた文字は、間違いなくサマンサのものだ。日記とまったく同じ筆跡で整然と材料の名と、分量が書き込まれている。
分量! ウィルは思わず身を乗り出した。
そこに書き込まれた分量はありえないほど細かく指定されていたのだ。
『アスフォデルの球根3分の2ヶ』ならともかく、『ヒキガエルのミルク8.2グラム』とか『ドラゴンの牙の粉末0.28グラム』、『スフィンクスの肋骨1.34グラム』なんて、注文書の数値と言うより完全にレシピどおりの数値と思えた。
「予算が足りなくて、本当に必要なだけしか注文できなかったってことかな?」ウィルが考え考えつぶやくと、マゼンダは大きくうなずいた。
「そうとしか考えられないわ。でも、だからこそわからないの。私ね、魔法薬の調合に関する知識ならセブルスにだって負けない自信があるのよ。なのに、この材料をこの通りの分量で交ぜ合わせてできる薬なんて考えられない。いったい何を作りたかったのか、あなたはわかってるんじゃないの?」
目の前で燃え上がっている青い炎の熱気に顔が灼けるのもかまわず、マゼンダは身を乗り出し、ウィルに詰め寄った。呼吸が聞こえるほど顔を近づけている。
瞬間的にウィルは目を逸らした。できうる限り三人だけで調べを進めよう、といっていたキャロルの言葉が思い出される。
だけど・・・。
直後、ウィルは意を決して視線を戻し、マゼンダの視線を真っ正面から受けとめた。
こと、薬に関しては自分たちだけで調べるのは限界だと感じていた。作り方が正確にわかっているのを作るならともかく、調合法自体を調べ、確認しながら作るなんてまねが学生、それも一年生の自分たちにできると考えるほど、ウィルは自信家でも楽観主義者でもなかった。
「・・・秘密は守ってくださいね」
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