学校にはあっという間に戻ることができた。ハグリッドが村の外に何か見えない乗物というか生き物を待たせてあったらしくて、それに乗って戻ったのだ。 ハグリッドにひょいっと持ち上げられ、なにか弾力のあるものの上に乗せられたところまでは覚えているが、その後のことはよく分からない。 透明で見えなかったし、暗かったし、何しろ短い時間だったから。 気がつくと、ウィルは城と禁じられた森の間に立っていた。 どこか見た感じのする場所だな、と思ったウィルは突然その理由を知った。そこは以前、禁じられた森へ行くのに使った抜道の前だったのだ。 「そこの抜道を、おまえさんもしっとるっちゅうのは聞いとる。使うのはかまわんが森には入るんじゃねぇぞ」くしゃくしゃな瞳をさらにくしゃくしゃにしてウィンクすると、ハグリッドはなにか見えないものに声をかけながらゆっくりと森のほうへと歩き出した。 その先、わずかな月明りにハグリッドの小屋、その輪郭をぼんやりと見ることができた。 しばらく、その背中を見送ったウィルだが、皮膚を突き刺す冷気に追い立てられて城に逃げ込んだ。 だが、逃げ込んだ先はさらに寒かった。 「問題! 『朝はうっすらぼんやりで、昼は色濃くおチビさん。夕方、背高のっぽになったなら、夜にはチラチラ隠れんぼ。』これ、なぁーんだ?」 ここしばらく姿を見せなかったレィチェルがいつものように風穴テリーと覗き屋トムをつれて待ち受けていたのだ。 こう突然に問題を出されても困る。内心そう思いながら、ウィルの頭は自然と答えを考えてしまっている。 ヒントを求めて、無意識のうちに泳いだ視線の先に、ミセス・ノリスを見つけてウィルは息を呑んだ。ただでさえ気色がいいとは言いがたい痩せた猫が、実物の五倍はあろうかという影を従え、階段の踊り場から見下ろしているのだ。 背筋が冷たくもなろうと言うものだ。と、同時に頭も冴え渡ったようで、ウィルは答えを発見した。 「そうか! 影だ!」朝の弱々しい光に比例して薄くぼんやりしている影、昼の勢い盛んな陽射しに濃くなり上からの光線であるために短くなる影、夕方の横から来る西日に長々と伸びる影、夜の闇と人工的な光の中で現れたりにじみ消えたりを繰り返す影、わかってみればそのものズバリの問題だった。 「正解! ホント、あったまいいね」相変わらずの満面の笑顔を見せ、一瞬まじめな顔をしたかと思うとレィチェルは少し舞い上がった。二メートル上空から無言のままウィルをしげしげと見つめ、少し躊躇いながら、再び口を開いた。 「十六日なんだけどね、パーティーがあるの。出席してくれる?」円らな瞳を大きく見開き、人間で言えば上気しているのだろう、頬を銀色に輝かせてレィチェルが囁く。 左右を漂うゴーストたちがやたらニタニタ笑っているのでウィルはちょっと返事に困ったが相手がゴーストなことを思い出し心を落ち着かせる。 「いいよ。でも、なんのパーティーなの?」ゴーストのパーティーってどんななんだろう、好奇心に抗し切れず、ウィルは出席を約束した。だけど、なんのパーティーかぐらいは知っておきたい。 「私が死んだ日。『絶命日』パーティーなの」死んだ日を記念してのパーティー? 死者を偲ぶ会ってのはわかるけど自分が死んだ日にパーティーってのは・・・どうなんだろう、と考えてしまったが生者としての死、それがつまりはゴーストとしての誕生日なわけで、ある種のバースディー・パーティーと考えればいいのだろうと納得する。 「十六日夜の七時に、地下墓地で会いましょう。場所は・・・スプラウト先生の温室の辺りに来てくれれば二人が案内するわ」右手を小さく振り、右回りに回転しながら、レイチェルは天井を抜けて去って行き、その後を二人のゴーストがゆっくりと追う。 それを見送りながら、ウィルはあのゴーストトリオの関係も謎だな、などと考えていた。 「ちっ!」静まり返った城内に隠す気もない舌打ちの音が反響した。 廊下の先に、ミセス・ノリスを抱き抱えたフィルチがいる。 ウィルを睨み付けながら、愛猫を相手に「あいつはいいんだよ、ダンブルドアが許可を出したんだ」、「一年の時から、夜中に歩き回らせるなんて」、「規則をなんだと思っているんだ」等々、ブツブツ言うのが聞こえてくる。 ハグリッドを迎えに出すのと一緒に、ウィルの外出にもダンブルドアは許可を与えてくれたのだということがわかって、ウィルは心から感謝した。フィルチの生徒いじめの噂は、上級生からイヤッてほど聞かされている。 愛猫に愚痴るのに飽きたフィルチがダンブルドアが許可を出したことを意識して忘れる可能性に気づいてウィルは必死に寮へと急いだ。 「one of oldest human needs is having someone to wonder where you are when you don't come home at night.(人間が最古から必要としていることの一つは、あなたが夜家に帰らなければどこにいるのだろうと心配してくれる人がいることだ)」寮の前に立った途端、低い声が少し楽しげに囁いた。 寮の入り口を守る鷲が囁いたのだと言うことに気付くことができず、ウィルは数秒驚愕で立ちすくんでしまった。この鷲が合い言葉を求める以外のことを言うとは思いもしなかったのだ。 「合い言葉は?」突っ立ったままのウィルに一瞥をくれ、鷲は事務的な口調に戻った。 「Little brooks make great rivers.(小川は大河になる)」合い言葉を言い終えると、ほぼ同時に翼が閉じられ、寮への入り口が開いた。 常夜灯がほのかな明るさをもたらす廊下に比べ、明度が極端に落ちた談話室に入る。入り口が再び閉まってしまうとウィルは再び立ち尽くさなくてはならなかった。目が暗さに慣れるのを待たねばならなかったのだ。 その上、談話室の奥のほうで影のようなものがゴソゴソと動くのを見てしまっては足を止めないわけにはいかなかった。 お化けでないことや泥棒でないことがよくわかってはいても、暗がりで動くものには普遍的に恐怖がつきまとうものなのだ。 「やっと帰ってきた」その暗がりで動くもの、がびっくりするくらいの澄んだ優しい声を発したので、ウィルは声を上げそうになって慌てて自分の口を両手で塞いだ。 こんな夜中に騒ぐわけにはいかない。 「キャロル? まさか、ずっと待ってたの?」まだよく見えてない目でゆっくりと進む。談話室の中頃まで歩いたところで、目が慣れてきたのとカーテンを全開にした窓から入る月光のおかげでようやく相手の顔が見えた。 「待ってたわけじゃないのよ。ただ、・・・眠れなかっただけ」あまりうまくもない言い訳を口にして、キャロルははにかんで微笑んだ。 その微笑みを前にして、ウィルはさっき鷲が言ったことの意味を理性と、それ以外のなにかで理解した。 「月がきれいだしね」泪が出そうになったのをこらえて、ウィルは無理矢理話題を変えて窓に目を向けた、でもそれはキャロルの言い訳よりもうまくいかなかった。 目ににじんだ泪に、明るすぎる月光が反射して、目の縁を銀色に光らせていたから。 それに気付いたのかどうなのか、キャロルは突然睡魔に襲われたようで「おやすみ」の一言を残して女子寮へと続く階段を昇っていった。 ウィルも大きなあくびを連発しながらベッドへと急ぐ、昨夜徹夜だったから『生ける屍の水薬』を飲んだように眠かったのだ。