ビストロフの橋

ビストロフの橋

第13章 「クリスマス休暇」


クリスマス休暇

 レイブンクロー寮内のテスト勉強はいよいよ熾烈を極めはじめた。
 二日に一度はテストが行われ、合格点を取るまでテスト用紙が問題を囁きながら付きまとった。そのため、二週目には談話室全体が問題を囁き続けるテスト用紙の声で満たされ、おしゃべりを楽しむこともできなくなった。
 マンディ・ブロックルハーストなどはすでに6枚のテスト用紙に取り囲まれ、その全てが同時に別々の問題を囁くので、ほとんどノイローゼ状態になっていて泣きながら問題を解いていた。
 ウィルたちもいつもの席に陣取り、テストと格闘を続けている。
 もっとも、このときはテストと格闘しているのはキャロルだけでウィルとルビーの周囲にはリラックスした空気が流れていたが。
 「やぁ、チャム。ご機嫌だね」そんな中、ひざの上に乗っかってきた、白くて細い腹巻をした猫にウィルは笑いかけた。
チャムと呼ばれた、その猫はうれしそうにゴロゴロと喉を鳴らしてウィルのひざの上で丸くなった。
 あの、傷ついたニーズルだった。尻尾がなくなって以来、すっかり猫っぽくなってしまっているのだ。  
 とはいえ、それは外見だけのこと、中身は今も警戒心が強いニーズルで、ウィル以外には指一本たりとも触れさせようとはしなかった。
 「結局、その名前にしたのね」どう見ても猫にしか見えないニーズルを見つめて、キャロルが疲れた声を出した。
やってもやってもなくならないテストにうんざりしているのだ。
 「うん、考えれば考えるほど変な名前になっちゃったから、初心に戻ったんだ」ニーズルを正式にペット(ウィル自身にはペットというより友達という意識のほうが強い)とする意志を固めたとき一番問題になったこと。それはなんと名付けるか、だった。
 ペットを飼った人ならわかるだろう『名前をつける』というのは大変な事業なのだ。
 歴史上の偉大な魔法使いや、響きの美しい呪文、そういったものを参考に名前の候補をリストアップしたのはウィルだけではない。ルビーやキャロル、他にも何人かが候補を示した。
 そのどれもが素晴らしいものだったが、同時にどうしようもないほどつまらなかった。
 長ったらしかったり、イメージ的に堅すぎたり、威厳がありすぎて可愛げがなかったり、呼びにくかったり、で、悩みに悩んだウィルは一番初めに自分が考えた名前。『呪文』を意味する『チャーム』から『チャム』と名付けることにしたのだった。
 少なくとも、かわいらしさと呼びやすさという点で、他の候補に勝っていたから。
 「お勉強のできる人はいいわね。余裕があって」  
らしくない皮肉口調で、テスト用紙を前にしたキャロルが憮然としてつぶやいた。
 授業では先生の質問に正しく答えるのは常にキャロルで、知識の量なら間違いなくキャロルのほうが上なのに、テストの成績と授業の成績は意外にもイコールではないらしく、テストをすると三人のうちではルビーが一番優秀で付きまとわれることがあまりなく、キャロルは常時一枚以上を引きつれていた。
 ウィルは二人の中間だったが、キャロルより幾分まし、なだけだった。 「キャロルは考えすぎなんだよ」宿題や授業ではいつでもキャロルに教えてもらう立場のルビーが、今では逆に注意をしている。
 ウィルの見るところ、ルビーが一度問題を解くとそのまま素直に覚えるのに対し、キャロルは深く考えすぎて解っているのに間違ってばかりいるのだった。ウィルもどちらかというとキャロルに近かったが三週目に入って、ついに各教科、各先生の出題傾向を見極めることに成功して、テスト用紙に付きまとわれることがあまりなくなった。
 天文学、魔法史、闇の魔術に対する防衛術は暗記する以外ない教科だが、ウィルは本の内容を記憶するのは昔から得意だったから、この三教科は簡単に攻略できた。
 変身学に関しては、先生の性格が出ていて、設問が簡潔にして明朗なので答えを出しやすかったし、薬草学もスプラウト先生らしく設問自体が答えを導いていて、たとえば『~を扱うとき、何に注意すべきか?』と、なりそうな問題を『~の根にどのような処置をするべきか?』という風に出されるので記憶を呼び起こしやすかった。
 妖精の呪文は『浮遊術の呪文で、正確な発音は次のうちどれか? 1ウィンガディアム・レヴィオーサ、2ウィンガーディアム・レヴィオサー、3ウィンガーディアム・レヴィオーサ』と、いった具合に選択問題が多いので、わからなくても答えられるのだった。
もっとも、ウィルは答えを覚えているから選択問題でなくても、解答できたが。
 一番厄介なのは、やはりというか当然というべきか魔法薬学だった。
スネイプの性格そのままな問題がずらりと並んでいるのだ。つまりは、『モンクスフードとウルフスベーンの見分け方を正確に答えよ』なんて問題が出される。
 思わずどこが違うんだったろうかと考えてしまうが、答えはもちろん『どちらも同じ植物で別名アコナイトとも言い、トリカブトのこと』だ。
要するに引っ掛け問題ばかりなのだ、わかっていても間違ってしまうよう、わざと作ってある。
 対策としては、問題をしっかり最後まで読むことと、どんな問題が出ても正確に答えられるよう教科書の内容を頭に叩き込むしかない。
それでも、すべての問題が引っ掛けだとわかっていれば、変なとこで解答をミスることはなくなる。
 ウィルはテストにかなり自信が持てるようになり、キャロルもルビーの忠告が功を奏したようで実力どおりの結果が出るようになった。

 12月に入って最初の金曜日にはクイディッチの二試合目、レイブンクロー対ハッフルパフが行われた。ウィルはもちろんレイブンクロー生だレイブンクローを応援してる。
 だけど客観的に見て、試合の内容は一試合目と比べるとひどいとしか言えなかった。なにがひどいのか、それはあまりに明らかだ。シーカーが両チームともに遅すぎるのだ。
 「あの箒じゃだめよ」スニッチに遊ばれているのを歯軋りしながら見ているウィルの横でキャロルが呟いた。
例のハリー・ポッターの箒が最新のニンパス2000だったのに対しレイブンクローとハッフルパフのシーカーが乗っているのはスピードよりも安定性重視のコメットという型の箒なのだそうだ。
 つまりグリフィンドールが相手だったらやきもきする前、ほんの数分で敗北するところなのに相手も同じコメットだからなかなか勝負が付かなくてイライラがつのる、というわけだ。
 「シーカーが重すぎなんじゃない?」今度はルビーが言った。
本来、シーカーと言えば小柄で軽い選手がなるものなのにレイブンクローのシーカーはその正反対な選手だったのだ。
 去年までは七年生になっても四年生くらいの身長しかない女生徒だったが、卒業してしまったのでチーム内に残っていた選手でポジションを割り振ったのだ、と後ろに座っていた四年生が教えてくれた。未経験の新人を入れるよりはまし、と考えたのだろうがミスキャストにしか見えない。
 理由がなんであれ、レイブンクローとハッフルパフの寮生は一時間四十二分という悪夢のような時間に堪えなくてはならなかった。
 試合が終わったとき点数はレイブンクローが360でハッフルパフが220だった。シーカー以外はまともに試合を続けていたのだ。
 もちろん点差でもわかるように、スニッチを取ったのはレイブンクローのシーカーだったのだが誇れるようなものではなかった。
 ハッフルパフのシーカーに追われたスニッチが真正面から突っ込んできたのを顔面で受け、鼻の骨を折りながらの運がよかっただけのキャチだったのだ。   
 自身の鼻血で朱に染まったスニッチを掲げて勝利を宣言していたが、その姿は残念なことに歓声を上げて称賛できるようなものではなかった。
そんなだから試合の後の談話室での祝勝会もいまいち盛り上がりに欠けるものだった。
 談話室のいたるところでテスト用紙が問題を囁いていなくても、シーカーを医務室に放り込んだクイディッチチームが隅の方で反省会をしていなくても、盛り上がることはできなかっただろう。
 寮生の一人として、最初の方だけでも出席しようと談話室に残っていたウィルも、その場に留まる必要を感じなくなり、キャロルに目だけで合図を送って『七つ鍵のトランク』を抱えて寮を抜け出した。
 チャムが談話室の入り口にうずくまり、不満そうな声を出したがついてはこなかった。傷が完治するまでは談話室から出るな、とウィルは何度も念を押していた。
 寮を出たウィルは、城の外へと通じる抜け道へと急いだ。
 杖の試しぶりはオリバンダー杖店でのルビーのようなことになると困るので、書斎はもちろん建物のなかではやりたくなかった。
 城の外の目立たないところでやるほかない。
 城の北側、冬の吹雪対策でしっかりと窓の塞がれてるところがある。
 以前からそこでやろうと考えていた。
 あそこなら人目につかずに済むはずだ。

 「よお!奇遇だな」はず、だったのだが驚いたことに先客がいた。フレッドにジョージ、ウィーズリーの双子がなにか得体の知れないものを抱えて立っている。
 気のせいかもしれないが、奇遇だな、と言ったフレッドの舌が青紫色になっていて口から20センチくらい飛び出していた。
 「なにかよからぬことを企んでおりますな?」緑色の腰まである髪を生やしたジョージが朗らかに聞いてきた。
 「杖の試し振りなんだ、建物のなかでやると危険かもしれないからここでやろうと思って」
 フレッドの20センチくらいある舌が顔の前で一回転して輪を描いた。「そいつは面白そうだ」二人は自分達が持っていた物を、古そうな大きな革袋に放り込んで片付けはじめた。
 ウィルは『七つ鍵のトランク』を開けて書斎を見下ろした。乾燥が済んでたばねられた36本の杖が見える。
 「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」杖を取り出して呪文を唱える、杖の束がゆっくりと浮遊して昇ってきた。
 その束をジョージが横から手を伸ばして引き上げてくれた。
 紐を解いてトランクの上に並べ、1の札が付いた三本を手に持った。フレッドとジョージにも一本づつ渡す、二人ともやりたくてウズウズしているのを隠そうともしていなかった。
 三人同時に振ってみる、何事も起きない。2番も同様だった。「1と2は何もないのが正しいんですよ」少し不安そうな顔をした双子に笑い掛け、ウィルは3番を手に持った。
 これが事実上の本番で一番重要な試し振りになる。杖を高く上げ、一斉に振り下ろす。
 その一瞬で結論が出た。
 ウィルの手にある『ニーズルの毛』を使ったものだけがまともな反応を示して、薄い茶色の光の玉を数個杖先から出したのだが、あとの二本は明らかに杖としては使えない反応を示していた。
 『ナールの針』を入れたものは15メートルも伸びてフレッドを雪の上に倒れこませたし、『ディルコールの羽』はジョージごと消えてしまい、三秒後5メートル先にあらわれた。
 こんな有様では4番5番は見るまでもないように思えた。
 内心、テストする前から『ニーズルの毛』がいいと思っていたウィルにとっては今の結果だけで十分だったのだ。
 トランクの上にまだ並んでいた杖を払い落とし、ウィルは『ニーズルの毛』の杖を手に書斎へと降りた。
 作業机に向かい、杖を油紙で丁寧に包み箱に入れる。オリバンダー翁の評価がどう下るにしろ、約束した宿題は終わった。
 肩の荷を下ろした、晴れやかな気分で書斎を出る。
 目の前の光景に息が止まるほど驚き、次には笑いだした。
 目の高さに3メートルもの大きな鳥の羽が浮かんでいて、その周りを羽の生えた杖が飛んでいる。目を下におろすと直径1メートルの茶色の毛玉と銀色のウニが転げまわり、足元では細すぎのハリネズミと茶色の毛が生えた杖がケンカしている。ちょっと離れた場所ではウィーズリーの双子が体をくの字に曲げて、大笑いしていた。
 教訓、柚薬を混ぜて使ってはいけない。
 こんな現象が起きるとは思いもしなかった。
 もちろんこんないい加減な魔法が長く続くはずもなく、しばらくすると全て元の杖に戻った。
 「この杖くれないか?」
「作り方も教えてくれ、こんな笑えるものそうはないからな」笑いすぎて付いた涙のあともそのままに双子は口々にウィルの杖を誉めた。
 こんなことで誉められても困るんだけど、内心で苦笑しながらも、ウィルは杖と残っていた柚薬を双子に進呈した。
 彼らのことだから、さらに笑えるものを作り上げてくれるだろう。

 クリスマス休暇の前日の朝食はとても静かだった。      
 大広間に飾り付けられたさまざまな飾り付けをされた12本もの樅の木、クリスマス・ツリーを見てはしゃぐ生徒たちの歓声を別にすれば、だったが。もちろん、その生徒の中にルビーの姿があったことは否定しようのない事実だ。
 静かな理由は明快だ。いつもなら、何百というふくろうが荷物や手紙を運んでくるのに明日には家に帰るからだろう、ふくろうが来なかったのだ。
といっても、一羽もこなかったわけではない。
 ホグワーツに来てはじめて、ウィル宛の手紙が届けられたのだ。
 大きくて立派な森ふくろうが、金で縁取られた黒い封筒を運んできた。おそろしく分厚いしっかりしたつくりの封筒で、中央に銀色の文字で[公文書]と書かれている。
 しかも、それが二通。
 宛名は確かにウィリアム・ゴールドマン殿、になっているが本人にはまったく心当たりがない。
 「あ、あれじゃない? レイチェルの地図」キャロルが封筒を覗き込みながら言った。
 二通のうちの一通の差出人のところに『魔法省・魔法生物管理部霊魂課権利管理室』と記されているからだろう。
 魔法省の存在は魔法史なんかでも習ったからわかるけど、その中の各課の役割なんかまでは知らない。それでも霊魂というからには、ゴースト関係の課なのだろうから。
 「そうかも、でももう一通は?」もう一通に目を向けてウィルは聞いてみる。
 キャロルはうれしそうに首を横に振った。予想もつけられなかったのだ。
 「開けてみればわかるよ」単純明快なルビーのアドバイスで、ウィルは予測も着かないほうの封筒を手に取った。
 差出人は『魔法省・魔法生物規制管理部動物課登録局認可室』となっていた。
 中には羊皮紙が一枚、それに銀色に鈍く光るカードが同封されていた。
とりあえず羊皮紙のほうに目をおろす。

 『ウィリアム・ゴールドマン殿。
 ホグワーツ魔法魔術学校校長アルバス・ダンブルドア教授より申請がありました件、[貴殿によるニーズルの飼育許可]が今月20日に下りましたことをお知らせし、同時に許可証を郵送させていただきました。

 ニーズルの飼育に関しましては、国際魔法使い機密保持法に基づき、その尾を切り取られてあること、が必須項目となっております。
今回、比較的早く許可が下りましたのも尾がすでに切られていることが確認されたからであることを理解していただくと同時に、貴殿に飼われておりますニーズルが妊娠、出産した際には子ニーズルの尻尾も切らねばならないということをご理解しておいていただくようお願いいたします。

 魔法省・魔法生物規制管理部動物課登録局認可室室長ラドリファス・ピティマン』

 ウィルは思わず教職員席を見た。ダンブルドア校長がウィルのほうを見ていて目が合うとキラッキラッとした目でウィンクした。
 感謝をこめて頭を下げ、ウィルは銀色のカードを手に取った。すべすべした表面に寮の談話室のソファで寝そべっているチャムの姿が見て取れる。
 許可証を大切にポケットにしまいこみ、ウィルはもう一通の封を切った。
 羊皮紙が一枚だけ入っている。

『ウィリアム・ゴールドマン殿
 先日、レィチェル・グラックより要請があり、彼女が所有権を持ついくつかの物件を、貴殿へ譲渡するための手続きがはじめられたことを通知いたします。
 つきましては来る27日午前10時に、魔法省四階・魔法生物規制管理部霊魂課権利管理室へとおいでください。
 担当のものが当該物件へと貴殿をご案内いたします。
 魔法省魔法生物規制管理部霊魂課権利管理室室長代理ナンシー・ハサウェイ』

 「魔法省って、どこにあるの?」裏返してみても、地図や住所、交通手段も書かれていないことを確認してウィルはキャロルとルビーに助けを求めた。
 「ロンドン」二人同時に答えたが、すぐにキャロルは表情を曇らせた。
 「だけど、魔法を使わないで行く方法が思いつかない。魔法省直通の道ってないの。もちろん職員や関係者用の出入りルートはあるけど私たちには使えないし、魔法省になんてめったに行くことないからわからないわ」
 「ルビー、おじいちゃんに聞いてみる。外来用の入り口はマグルにも見えるけど、誰も近づかないようカモフラージュされてるって言ってたことあるから、きっと知ってるよ」
 「ありがとう。頼むよ」マグル世界も、魔法使い世界も、役所って言うところはどうしてこう気が利かないんだろう。手紙をしまいながら、ウィルは心の中で毒づいた。
 こんな些細なことでまでキャロルやルビーに頼らなくてはならない自分に、腹が立って仕方がなかったのだ。
 そんなこんなで、まったく身の入らないクリスマス休暇前日の授業が全て終わると、ウィルは大変な障害にぶつかった。
 チャムにホグワーツに残ることを命じて、それを納得させなくてはならなかったのだ。
 それはもう血の雨が降りそうな緊迫したやり取りとなった。チャムがウィルのいないホグワーツに留まることに異常なほど難色を示したのだ。
 それでも三時間二十六分に及ぶウィルの誠意あふれる説得と、大好物である『マダム・ケーティーのマウスロール』10巻で交渉は成立し、ウィルのいない間は寮かハグリッドの家で過ごすことをチャムは了承した。

 二度目のホグワーツ特急の旅は楽しいとは程遠いものだった。
 コンパーネントを三人だけで独占することができなかったのだ。最悪なことにスリザリンのたぶん二年生だろう女生徒三人が一緒だった。
 その女生徒たちがウィルたちなどいないかのように振る舞ったのでウィルたちは窓際の席で縮こまるしかなかった。
 ルビーはずっと窓の外ばかり見ていたし、キャロルは八分折りにした日刊予言者新聞に目を落としたまま一度も顔を上げなかった。ウィル自身はというと『七つ鍵のトランク』を抱え意味もなく金具を撫でていた。
 そんなだから汽車を降りたときには三人とも深呼吸しないではいられなかった。
 ホームから出る順番を待つ間、ルビーは首を、キャロルは肩をしきりに回してガチガチに固くなった体を解していた。ウィルはというとただただ自己嫌悪に沈んでいた。
 壁を通り抜けるとそこはマグル世界。壁に貼られたポスターや看板の写真や絵が動くことはなく暖炉のやさしい暖かさではない、攻撃的なほどの温風が渦を巻いて吹いているのが感じられる。
 「ルビーちゃん」ルビーと同じ色の髪、一目でそれとわかるルビーの家族が三人を迎えた。両親とその父母、伯父夫妻、計八人にもなる一団だ。それだけで、かなりの溺愛ぶりがうかがえた。
 「みんなでくることないのに」迷惑そうな口調と裏腹にルビーの口元はほころんでいる。
 「ルビーね。親友が二人できたんだよ」久しぶりに見る家族の顔に、いつも以上にはしゃいでいるようで、声ばかりか身体まで弾ませてルビーはウィルとキャロルを家族に紹介している。
 その横で、ウィルは身体を硬直させ、ある一点を凝視していた。
 「どうしたの?」その様子に鋭く気が付いたキャロルがそっと聞いてきたが、ウィルには答えられなかった。
 目の前の、あるはずのない光景に釘づけで他のことは目にも耳にも入っていなかった。
 その光景を形づくる最大の要素が近づいてくる。
 「ママ?」充分に近づき、もはや疑いの余地もなくなったところで、ウィルがかすれた声を絞りだした。
 母親が固い表情で立っている。
 「ホグワーツなのね?」疑問ではない、確認だった。
 と、いうことは…。
 「ホグワーツを知ってるの?」
 「あなたのお父さまが魔法使いだったわ」そういってウィルの母親は、顔によってきた虫を追い払うような仕草をした。
 それがそれ以上の追求をされたくないときの、癖だということをウィルは知っている。
 こういうとき、無理に聞いてもろくなことにはならない。ウィルはそれ以上の追求をあきらめた。
 初めて、母親が父親のことを口にしたのだ聞きたいことは山ほどあったが、キャロルやルビー、その家族までいる前で話すことではないだろう。
 「その時がきたら、ゆっくり話しましょう。仕事抜けてきたから早く戻らないと。あ、これ四ヵ月分の手紙とクリスマスプレゼント」
 トランクより大きな紙袋をウィルに手渡すと、母はルビーの家族に社交辞令以上ではない挨拶をし、そそくさと立ち去った。
 「一つところにジッとしていられない人で」取り繕うように言ってウィルは笑った。笑うしかなかった。  
 ウィルはロンドンに戻ったら一度家に戻って、それから漏れ鍋に向かうつもりだった。だが、駅で母親に会い、手紙やプレゼントを渡されたことで、家に戻る理由はなくなった。
 この場から、すぐに漏れ鍋へ行こう、ウィルは即座に自分が立てた休暇のスケジュールを半日繰り上げることを決めた。
 ルビーの祖母、同じとび色の瞳だったからたぶん母方の、がしきりに家に呼びたがったのだが、宿題を済ませないことには落ち着かないので、先にオリバンダー翁に会っておきたかったのだ。
 そう告げると、なぜかルビーの家族も含め全員が買い物したいからと、一緒にダイアゴン横丁に行きたがり、一緒に行くことになった。もちろんウィルに否やはなかったが、若干の不安を禁じきれなかった。
 ルビーにしろキャロルにしろ、どこかしらマグルの感覚からズレているのだ。ただでさえ大人数で目立つのに、バスを乗り継がなきゃならないかと思うと背中の辺りがやけに涼しくなる気がする。
 「大丈夫よ」またしても、ウィルの心の声に気が付いたキャロルが微笑んだ。「バスには乗らないから」
 バスに乗らないなら、どうするんだろう?疑問に思いながら、みんなの後に付いていく。
 どうやら駐車場に向かっているらしい。車で来たんだろうか?車を持っているからバスには乗らないってことなのかな?聞きたいことが次々に沸き上がるけど、マグルだらけのところで聞くわけにはいかない。ウィルは口を結んでみんなの後を付いていくしかなかった。
 駅を出て行った先は、やはり駐車場だった。
 中程にあまり大きくはないトラックが二台、並べておいてある。どこにでもあるような荷台部分がコンテナになっている代わり映えのしないトラック。よく見かける光景だった。
 無理におかしなところを探すなら、数か月か数年、動いた様子がないことぐらいだろう。
 どこに行くつもりなのかわからないが、そのトラック二台の間を、みんなはわざわざ通り抜けるように歩いていく。と、ウィルは長い列の最後尾に並んでいる自分に気が付いた。
 ウィルの後ろにはごく当たり前な駐車場があって、最前列のさらに先を透かし見れば、向こうも間違いなく平凡な駐車場があるだけだった。なのに『ここ』は違っていた。トラックが全長五十メートルぐらいにまで伸び、魔法族らしき人たちがその横にズラリと並んでいる。
 「とんでけ屋へようこそ」今まさに飛んでましたというような、右に大きく傾いた髪型と水色のローブが目に痛い魔法使いが近づいてきた。アメンボの親戚かと疑いたくなるほど全体的に線の細い人だ。
 「どちらまで?」声までが妙にハスキーでか細い。
 「ダイアゴン横丁じゃよ。わしらみんなな」今度は父方のおじいさんらしいのが全員を見渡しながらなぜか誇らしげに言った。それを聞いて、「とんでけ屋」の魔法使いは心底うんざりしたというため息を長々とついた。
 「他のところにしませんか? せめてノクターン横丁とか」一縷の望みを掛けて、だろう。その魔法使いは弱々しく尋ねた。
 「しばらくお待ちください、ただいまダイアゴン横丁へのルートは大変混み合っております。三十分はお待ちいただかないと」予想どおり、誰も行き先を変更しないので、魔法使いはしぶしぶおじいさんに整理券を渡しふらふらと立ち去った。
 「私たちはね、『煙突飛行粉』っていうものを使って、暖炉で移動するの。いうなればここは・・・・発射台、かな」マグル育ちのウィルにもわかるように、と表現を気にしながらキャロルが教えてくれた。
 発射台、といわれても正直ピンとはこなかったが、なんとなく言いたいことはわかった気がする。エアポート、とかプラットホーム、に近いものと考えていいだろう。
 ・・・たぶん。
 「中に暖炉がたくさん並べてあってね、そこから目的地の暖炉まで飛ばしてくれるところなの。ホグワーツ特急ができてから、駅の周りで魔法族とマグルがトラブルを起こす事件や事故が多発したことから作られた設備よ」
順番を待つ間の30分間はウィルにとっては収穫の多い時間になった。
 ルビーとキャロルが代わる代わるダイアゴン横丁のお勧めショップを教えてくれたのだ。ダイアゴン横丁で過ごした時間は間違いなくウィルのほうが長いはずだが、ウィルは教科書などの学用品を扱っている店以外に立ち寄ったことはなく、もっぱらオリバンダー杖店の作業所にいたから他の店はほとんど知らなかった。
 二人のおかげで、順番がまわって来るころには魔法のおもちゃ屋、古書店、アンティークショップの所在や各店の品揃えまでを、ウィルは把握してしまっていた。
 趣味に偏りはありそうだったが・・・。
 トラックのコンテナへと入ると、中は思ったとおり外見の3倍はありそうな広さで片側に暖炉が4つ並んでいた。もう片側には大きなつぼがあって、『煙突飛行粉』とかかれた札が掛けられている。
 「きっと私たち暖炉を出た途端にはぐれることになると思うわ。前に、この時期のダイアゴン横丁に行ったことあるけど、まるで人の洪水! 自分一人の足さえ自由には動かせなかったもの。だから、落ち合う場所を決めておきましょう」
 キャロルがそういったのは、ルビーの両方の祖父母が暖炉に消えたときだった。
 『煙突飛行粉』なんて使ったことのないウィルとしては、やり方を確認するのに必死で、その様子を見ていたのでキャロルの声も半分しか耳に入っていなかった。
 『煙突飛行粉』をつかむ、炎に投げ入れる、行き先を叫ぶ。見たままの手順を頭の中で三回繰り返して、この方法での移動について考えるのをウィルはやめた。深く考えすぎると余計な混乱を招く、チャムの名前を考えていたときに得た教訓だ。
 「だったら、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーは? ルビーの一押しの店なの。この季節なら、あんまり混まないはずだよ」
 その答えに、キャロルが一瞬眉をひそめたのにウィルは気がついたが、キャロルの口から否定の言葉は出なかった。
 あまり混まないだろう、という点では意見が一致したからだろうとウィルは勝手に想像して、そのことはすぐに忘れた。
 ルビーの両親とおじ夫婦も暖炉に消え、いよいよウィルたちの順番が来ていたのだ。
 三人はつぼの前に行き、『煙突飛行粉』をひとつかみ取るとそれぞれ暖炉に向き合った。
 ウィルの左右で、聞きなれた二つの声が同時に『ダイアゴン横丁』と叫ぶのが聞こえた。ルビーとキャロルはあっという間に行ってしまったらしい。
急がなきゃ、無言のプレッシャーを掛けてくる『飛んでけ屋』の店員の目を意識しながらウィルは見よう見真似で『煙突飛行粉』を暖炉に投げ込みエメラルドグリーンの炎の中に入った。
 「ダイアゴン横丁」


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