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2004年04月26日
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「キル・ビル」はもともと1本の映画であったものが、一本で公開するには上映時間が長すぎるという配給会社の要望と、カットはいやだという監督側の要望との妥協点が、二つに分けて公開になったということが雑誌などで言われている。

もし、これが本当なら、この映画はやはり一本の作品として公開すべきであったと思う。
本来はひとつのものを分けて公開する場合、かなりのリスクがあるのではなかろうか。
例えば、「ひまわり」(ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ共演)の場合、前半は恋人と新婚夫婦の生活をコミカルな演出で、後半は、深刻で悲劇的なドラマが展開される。続けて見た場合、前半と後半の差が、後半の悲劇をより際立たせる仕掛けなっている。これを前半と後半に分けて半年ほど後に公開したら、観客は、意図する演出を堪能できないのではなかろうか。

全編が同じトーンで演出されていれば、ちょうど観客が期待する続きを設定できる区切りで分けることでもいいのであるが、この「キル・ビル」では、「1」と「2」との演出のトーンが、先にあげた「ひまわり」と同様に違っているのである。

本来は作品の一部であったはずの演出が、あたかも全体のように評価されることは、その作品にとって決して幸福なことではあるまい。

ひとつの作品として公開した場合のリスクは上映時間であろう。おそらく4時間程度の長さになる。興行としては一日に3回程度しかまわせない。
ストレートに観客に伝える力が増加することと正当な評価でこのリスクを克服できるか?

映画という芸術は、作家の創作課題の実現のみでなく、資金、配給、興行とすべてにわたり満足せねばならいとは、大変に制約が多いものだと思う次第。





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最終更新日  2004年04月26日 00時29分41秒
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