・・・


そんな気がして目が覚めた。

夢を見たのだとわかっていたけれど、
なんとなく、うずくまった姿勢のままで辺りを窺った。
大きな音どころか何の音もしない。
乾いた粘土のような赤い地面の所々に色褪せた草の群れが心細げに揺れている。
眠りに落ちる前と何も変わらない、と思う。
歩き回って確かめる気にはなれなかった。
なまぬるい空気と眩し過ぎる光が重た過ぎる。

「早く逃げなよ」
不意に声が聞こえて息が止まりそうになった。
知らない間に私の隣に少女がいた。体育座りの姿勢で下を向いている。
心臓の高鳴りを落ち着かせていると少女がまた言った。
「逃げないの?ここにいたら危ないよ」

ここから動く気はなかった。
危なくたって構わない。
少女が顔を上げて私の目をじっと見つめた。
「あの時は逃げたよね」
あの時?
「私を置いて逃げたあの時だよ」
ああ、あの時。
雨に濡れた非常階段。細い悲鳴。

「驚かないの?」
驚いてる。
あなたの声が聞こえて、すごく驚いた。
この耳は壊れちゃってて何にも聞こえないはずなんだ。
あなたの声が聞こえるということは。
私、死んでいるんだね。

「わかっちゃった?私あなたを迎えに来たんだよ」
言いながら少女が私を抱き上げる。
それはなんだかとても心地良くって眠たくなりながら私は返事した。
「みゃあ」

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