2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
全6件 (6件中 1-6件目)
1
毎年、毎年、雪道で滑って転んでいるけれど、今年は一回も転ばなかったな。私もようやく達人の域に達したのかもな。あ、忘れてた。年末にケーキ片手に転んだんだった。なんだ。やっぱ、達人じゃないや。とかなんとか思いながら歩いていたら前を歩いていた人の姿が視界から消えた。数秒後、再び登場。すたすた颯爽と歩く背中が不自然に雪まみれ。・・・つまり、今、転んでたのね。そして猛スピードで立ち上がって何食わぬ顔で歩き出したのね。ご愁傷様。雪道は気を抜けないね、私も気をつけ・・・うああああああっっふんわり積もった雪の上に踏み込んだ途端、つるっと滑った!ちくしょー、雪の下に、つるつるが隠れてやがったか。かかとに力を入れた!駄目だ、滑る!もう片方の足で踏みとどまる!とどまれない!やばい、やばい、このままだと頭がやばい。もう、ひじしかない!ひじから転べ、自分!!ということを、瞬間的に思いめぐらせ、ひじを強打。古傷(過去にも同じ手を使っているわけだ)に激震。しかし、何の意味もなかった。ひじがついた所もまた、つるつるで、そのまま、すこーんと滑って、後頭部に大ダメージくらってしまいました。達人どころか、滅多に見かけないほどの無様な転びっぷり。ああ、空が、きれいだなあ・・・。ていうか、痛いよ、うぅ。一瞬、気が遠くなったよ、うぅううぅ。こんなの初めてだよ、うぅうううぅ、おえ。そんなわけで、今日は近場の脳神経外科に行ってきました。異常なしで、一安心。意外とこういうとこ、慎重なんですよ、自分(笑) 今日の一曲『スピード』 スネオヘアー
2007年03月07日
コメント(2)
子どもの頃、私は、怒られるのがイヤでよく嘘をついた。我が家の場合、明らかに、叱るではなくて怒るで、しかも、怒る=暴力だった。体罰がひどかった。言葉の暴力ってやつもひどかった。そのうえ、親の言い分ときたら気まぐれで、めちゃくちゃで、「なんで怒られるのか意味わかんない」ってことが多々あった。という、れっきとした「理由」が私にはあった。怒られるのがイヤな理由。嘘をついてでも逃れたかった理由。理由があるのは、恵まれたことなのかもしれない。理由があれば、自分で自分を責めなくても済むし、人からも責められない。「怒られるのがイヤだから 嘘をついて逃れようとするなんて悪いことだね。 だけど、あなたの場合、しょうがないよ」情状酌量の余地あり、さ。理由がなければ、こうは行かない。だけど、理由があるのは、良くないことでもあるんだよね。たとえれっきとした理由なんだとしても理由に寄りかかって甘えていたら成長できない。そもそも責められないことが自分に役立つか?役立たないね。気が楽なだけで役立たない。だからこういうことにはれっきとした理由なんかない方がいいのさ。っていうか、れっきとした理由なんか与えちゃいけないんだよ、叱る立場の人は。本当に相手のためを思っているならば。私は、たぶん、理由がなかったとしても、怒られるのがイヤで嘘をついてたよ。 今日の一曲『路地裏のうさぎ』 アジアンカンフージェネレーション
2007年03月06日
コメント(0)
通っていた病院の院長が亡くなった。心臓発作だったらしい。嘘みたい。まだ40代だったし、最後に会った時も死の気配なんて微塵もなかったのに。実は、その最後に会った日、私は、院長にめちゃくちゃ腹を立てたのだった。詳細は書かないけど、不毛な言い合いのあと、泣きたい気分で帰り道を歩きながら別の病院に行くことを決めたのさ。話によると、その日から数日後に亡くなっていたらしい。私は何も知らないで、それ以来、ずっと、バスで病院の前を通るたびに曇った気分で心の中で悪態ついたりしていたのだ。なんだかなあ・・・。腹を立てた自分を間違ってたとは思わない。医者としてどうなのさって対応だったと今でも思う。でも、もしかしたら院長は具合が悪かったのかも・・・だからあんな対応だったのかも・・・って気がしてね。今はまだ亡くなっていたことを知ったばかりだから気持ちの整理がついてなくて悼む言葉が出て来ないけど、長い間お世話になったのだ。いつか今までありがとうって気持ちになれたらと思う。
2007年03月05日
コメント(0)
2005年。作詞:山田英治/作曲:川嶋可能/編曲:青木慶則(HARCO)スズキアルトのCMソングです。CMで「君のためのアルト」になってる部分がオリジナルでは「君のためのラブソング」になってます。疲れ果ててるココロとカラダが「僕は知ってるよ ちゃんと見てるよ 頑張ってる君のこと」ってトコで癒されるよ(笑)「頑張って」って言葉は、普段はいいんだけどぐったりしてる時には、なんか素直に聞けない。「うるせえよ、人のことよかおまえががんばれよ」みたいな気分になっちゃったりなんかして。「頑張らなくていいんだよ」って言葉はもっと素直に聞けない。「頑張りたいんだよ、 せっかく頑張ってんだから水さすなよ」みたいな。そんな、ひねくれ者の私だけど、「僕は知ってるよ 頑張ってる君のこと」って言葉には、すごく素直に「ありがと」って言えそう。わかってくれて、ありがと。というわけでこの歌、大好きなんですが、ただ一つ、タイトルがなー。私としては引っ掛かるんだよなー。だって私、それなりに頑張って生きてるつもりだけど、世界でいちばんってほどじゃ、全然ないから(笑) 今日の一曲『世界でいちばん頑張ってる君に』HARCO HARCO、 杏露酒CMソングの『LOVE ANZ PEACE』も大好き。
2007年03月04日
コメント(0)
1974年。作詞:山川啓介/作曲:いずみたく/編曲:大柿隆。中村雅俊の歌がね、すごく好きだったんです。小学校から中学校にかけて。といっても、リアルタイムでじゃなくて、当時、夕方の再放送枠で次から次と放送していた中村雅俊のドラマの数々を通して好きになったんですけど。私の一番最初に買ってもらったLPレコード(レコード時代だったのさ)って中村雅俊の、メモリアルなんとかというタイトルのベスト盤なんです。「え、中村雅俊が欲しいの?なんでまた」って言われたことを覚えています。確かに子どもとしては渋い選択だったかも。収録されてた曲も、当時、既に懐メロだった曲がほとんどだったし。でも、正しい選択だったんですよ。ものすごいたくさん聴いたもん。曲自体、どれも好きで、中村雅俊の、声っていうか、歌が、ほんと好きで。あと歌詞。歌詞は中村雅俊じゃなくていろんな人が書いてたわけなんだけど、やっぱドラマの主題歌なだけに作詞家さんたちもキャラクターイメージを考えてたのかな。とにかく、好きだし、めちゃくちゃ共感でさ(笑)『ふれあい』は、私的に、「なぐさめも涙もいらないさ 温もりが欲しいだけ」っていうのがポイントなんですよ。私、悲しい時、虚しい時、なぐさめも涙も求めてないんですよ。ただ心に温もりが欲しい、立ち直るまでの燃料でいいから。でも、その、駄目になりそうな時に心に温もりを、という意味で、人はみな(っていうか私は)一人では生きて行けない気がするんです。実際、私は、一人じゃなかったし。生身の人間じゃなくて、本や音楽を通しての「誰か」だったりもしたけどね、とにかく、一人じゃなかったから、生きて来られたと思うんです。 今日の一曲『ふれあい』 中村雅俊
2007年03月02日
コメント(2)
1985年。作詞・作曲:桑田佳祐/編曲:サザンオールスターズ。この曲が流行っていた頃、私は無邪気な恋をしてた。思い出は、振り返るものじゃなく、作って行くもので、こんな気分がずっとずっと続いて行くものと信じてた。二人でいる時に一番たくさん流していた音楽はサザン。二人とも恋とか愛とかの言葉を口に出すことが苦手だった。流れている曲の歌詞に想いを乗せて、「わかるなあ、この感じ」「こういうの、憧れちゃうね」なんてふうに言うのが精一杯の愛情表現だった。『MELODY』私たちはこの曲に重なる想いを持っていなかった。私は他人事のような余裕をもって「きれいな曲だね」って微笑んでいた。やがて胸がはりさけそうになりながら一緒にこの歌を聴く日が来ることを知らないで。やがて静かな切なさを抱きしめながらも一人でこの歌を聴けるようになる日が来ることも知らないで。 今日の一曲『MELODY』 サザンオールスターズ
2007年03月01日
コメント(2)
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()
![]()
