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クマのプーさんの「のんびりタオ」に出てくるのが、カルストン・パイ。自分の中のあるがまま、ってことらしい。タオで一番好きなのは、無理しないこと、気楽さに満ちてることなんだけど、このカルストン・パイにはやられたね。前に書いたカエル級か、それ以上の喩えだ。(カエルとは、しなければいけないけど、手がつけにくい大事なことのたとえです)あなたのなかにも、カルストン・パイ私の中にもカルストン・パイそれは、道かな?道の中の面白さのひとつ?林の中にもカルストン・パイ雲の内にもカルストン・パイあるからオッケー、カルストン・パイなくてもオッケー、カルストン・パ)失礼しました。自作でした。
2005.08.22
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情熱を持てることだけをする。そういう風に言ったのは、シャーロット・ランプリング。老いてることが、絶対素敵に思えるほどたおやかな美しさを持つ女優だ。この映画は、グラン・ブルーや、パルプフィクションなどの映画で有名な、ロザンナ・アークイットが、仕事と家庭の両立などの悩みを、同僚女優と話し合う記録映画。総勢34人の第一線で活躍する誰でも知ってる女優たちがの素顔をさらしながらの本音トークが満載されている。個人的には、メラニー・グリフィス、テレサ・ラッセルなどが出てるのが、すごく嬉しかった。今ではあまり目にすることがない、かつて美しさと、セクシー度を誇った女優群。みんな元気で嬉しかった。作品に恵まれてないだけ。みんな戦ってるって気がする。女優であろうと、普通人であろうと、なにをしてようと。かなりエネルギーをもらえた気がする。
2005.08.21
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この映画、今までもずっと見たいって思ってたのに、いつも借りられてて、見ることができなかった。よっぽど見ごたえがあるんだろうなって思ってたけど、期待に違わない、いい映画。カナダ映画っていいと思う。この映画で、一番参考にしたいって思ったのは、リストを作ること。彼女が、病気の宣告を受けながらも冷静でいられたのは、死ぬまでにしたい十のことをちゃんとリストにしたことがあるんだろうなあ。いろいろ複雑で手に負えなそうなことが起こると、パニックになりがちなのが、普通だと思うけど、リストを作ることで、無駄なことを考えないでいられるかもしれない。意識が、リストをこなすことに向けられるし、リストをこなすことは快感だし。明日することのリスト、たまに作るけど、毎日書くべきかもしれないな。
2005.08.20
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といっても、ほんの最近読み始めたばかりで、何がわかってるわけでもないのだ。チベット体操について検索してる最中に、老子の名前に突き当たった。そしたら突然、無性に読みたくなって、家を飛び出して一番近い本屋に飛び込んだ。(ちなみにブックオフだ。どんな本に出会えるかは、出たとこ勝負)老子(老荘思想、タオイズム等)は、日本でそれほど流行ってるってわけでもないような気がするけど、どうなんだろう。私の場合、前に、タオ自然学と、タオのプーさんを読んだことはあるのだけど、それ以上の予備知識はない。道(タオ)で一番思いつく事柄といったら、香港の昔の映画「チャイニーズゴーストストーリィ」の中で、道士のおじさんが、「タオ、タオ」と踊りながら歌う光景だったりする。それでも、なんとなく予感的に、自分には一番実り多そうな考えのような気がして嬉しさがつのってきた。結果、近所の本屋で見つけた本は、タオのプーさんが文庫化された本。クマのプーさんの「のんびりタオ」もう一度、じっくり読むことにした。内容については、おいおい書いていくことにします。
2005.08.19
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東京出身なのに、東京育ちでない。だからかもしれない。田舎に惹かれるタイプではなかったけど、この夏、田舎に行って、リフレッシュもしたし、田舎についての感じ方が変わった気がする。鬱蒼とどこまでも続く山の景色、山道を行きながら、何も考えずに風景に溶け込む気分、どこにも当たり前に生えてくる雑草の不思議。都会にいれば、自然を感じることは滅多にないから、自然のたくましさ、普通さを忘れていたのだ。西洋と違って、日本は自然と一体化しているというけど、都会に住んでる限り、自然は管理されていて、管理が可能と思われている。田舎に行けば、自然のほうが人間社会より普通に、どっしりと存在していて、所詮、人間が自然を管理することはできないんじゃないかなって、思わせられる。今は、自然のお気に入りのいくつかの風景を、脳裏にストックしておいて、買い物の途中でも、洗濯の最中でも、いつでも取り出せるようにしておきたいって思ってる。例えば、林を吹き渡る風、森の中の木漏れ日、光がキラキラ反射する水面、そういうものを。
2005.08.18
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最近は、掃除を面倒くさいって思わないようになってきたけど、疲れてるときや、ほかにやりたいことがある場合は、あとでいいかな、って思うこともある。えいって手をつけるとちゃんと体は動くから、後回しにしないですむこともある。そんな感じで、昨日、台所をピカピカに磨いた。それを忘れて、後でピカピカの台所を見たときの嬉しさ。誰かがやってくれたわけではない、自分がやったのだよ。まるで、過去の自分からプレゼントをもらったような気分になった。もちろん、掃除してる時点では、そんなことは考えない。やるべきことを淡々とやっただけ。貯金も、計画も、予習も、後で役に立つなんて思わないで、淡々としてたら、後で贈り物をもらったような気分になるかもしれない。-------------------------------今読んでる本は、マイクル・コナリーの「シティ・オブ・ボーンズ」まだ途中なので、読み終わらないと眠れない。そういう風に思える小説に出会うときって、とっても幸せ。
2005.08.01
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