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愛情の反対は憎しみではなく、無関心である。
ーーー Mother Teresa
テレビだったか本だったかで
「人間の最大の罪は、無関心である」と聞きました。
私は聖人とかではないので
他人と話をしながら「んもー」とか「何いっちゃってんの」とか
腹の中では思いながらも普通に会話します。
前回の日記で自分が怖くなったのは
義実家に対して、本当の意味で「無関心」になってしまったことでした。
普段人と接すると何らかの感情が動いている、と思っています。
言われたことにムッとしたり
「この人はホント何言ってもだめなんだ」と思ったり考え方に共感したり、新しい発見をして嬉しくなったり
目からウロコのような考え方を教えてもらって、有難く感じたり
内容のよしあしは別として何らかの感情が発生して、その後その人との接し方が変わったり、仲良くなったり。
私は基本ヒドイ人間なので
そのまま接触を避けてフェードアウトすることもしばしばだけど。
(だから友達が少ないんだけれども orz)
でも、最近の私は
義実家の人(義ママさん)と話をしてる間
「はぁ?」と思っても
その直後、ガシャン!!と心のシャッターが閉まって本当の意味で「どーでもいーけど」と思いながら会話をしてしまっているのです。
私の言うところの「本物の黒い心」っていうのはシャッター閉じられて真っ暗になった状態のことでした。
人と接するにあたって、そんな心の状態で会話をしつづけなければならないということに
いいんだろうか? 人として?
という自問自答を布団の中で繰り返しました。
私は別にキリスト教信者ではないけど
「原罪」について考えてしまうほどでした。(映画「氷点」の影響)
しばらく時が経てば、このどうしようもない状態から脱却できる日がくるのかもしれない。
今は。
ジッと時が過ぎるのを待っています。