わたしは価値を創る

わたしは価値を創る

December 27, 2009
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カテゴリ: 映画の話
■ジャン=クロード・ヴァン・ダムという落ち目のアクションスターが、自分自身を演じる自虐ネタ満載の映画です。

しかし、コメディでもない。人間性に迫ったドキュメンタリーでもない。相当中途半端な出来です。この映画で監督は何を表現したかったのだろう?

■アイデアは秀逸です。仕事もなく、私生活にも問題を抱えるヴァンダム自身が、故郷のベルギーで郵便局強盗に巻き込まれ人質として監禁されてしまいます。

ところが警察やマスコミは、彼が犯人だと勘違いして包囲し、人質解放交渉を行います。

監禁されたヴァンダムが、強盗たちを得意のアクションでやっつけるのかといえば、さにあらず、「暴力は嫌いだ」「誰も傷つけたくはない」などと言って、大人しく監禁されます。それどころか、強盗の言いなりになって、交渉の窓口になったりします。

強盗の一人はヴァンダムのファンでしきりに話しかけます。「ジョン・ウーは恩知らずだ」などと強盗は憤っていたりします。ヴァンダムは「次の主演作はスティーブン・セガールに奪われた」などと愚痴っていたりします。このあたりは面白い。

このシチュエーションをうまく使えば、面白いコメディが出来たはずです。他の人質からは馬鹿にされ、強盗同士の人間関係にも巻き込まれ、右往左往する人間ヴァンダムを描くことで、相当面白いものが出来たはずじゃないか。

ところが、ヴァンダムは、おろおろして弱いわけでもない、虎視眈々と強盗をやっつける隙を狙うわけでもない。要するに中途半端な描き方です。

果たして物語は特に緊張感もなく、普通の強盗事件として進みます。シナリオライターは何をやっていたんだ!



これは生々しい。私生活の乱れ。麻薬に溺れたこと。落ち目になった現在の心境。長回しのカメラで耐え切れず、涙を流しています。

所々、現実のヴァンダムが顔を出すシーンがあってヒヤリとします。もしメタ・ドキュメンタリー路線でいくなら、それで貫いてほしかった。

勘違いしたスターが、ちょっとしたきっかけから堕落していくプロセスを克明に描いても、面白い映画になったはずです。

あるいは「何でおれがこんな役をやるんだ」とか「このシーンは必要なのか」とか、映画の途中で監督と揉めるシーンがあったら、この映画のテーマがさらに際立ったはずです。

でも、そうはなりません。

■結局フラストレーションを抱えたまま映画は終結します。

やりたかったことが、描ききれなかったというフラストレーションです。

惜しいですな。

■ただヴァンダムとすれば、コメディタッチの役や、繊細な演技もできるということが伝えら得たのではないでしょうか。

このまま忘れられずに復活することを祈っております。

その男ヴァン・ダム





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Last updated  June 10, 2014 06:46:31 AM
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