わたしは価値を創る

わたしは価値を創る

January 7, 2017
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樺太で生まれ、敗戦後北海道に逃げた家族から口減らしのために親戚に預けられ漁師をさせられ、成長すると家出して東京で肉体労働に、25歳でボクシングジムに入門…と尋常ではない数奇な人生です。

敗戦のどさくさ時にはこういう人生をガチャガチャにされた人が多くいたのでしょうかね…

それでも輪島氏は天性の前向きさや明るさがあったらしい。過酷な境遇を嘆くよりも、冷静に判断して、もっとよくなるためにはどうすればいいのか、と考える能力がある人だったようです。

■東京オリンピック特需の折、土建業である程度成功し、さあこれからという時に、ボクシングに出会います。

25歳です。ボクシングを始めるには遅い。ジムの関係者も冷やかしだと認識して、ろくに相手にしなかったようです。

今のボクシングジムは冷やかしとかダイエット目的の一般客を取り込まないとやっていけないでしょうが、当時はブームですから入門者がいっぱいいたわけです。

輪島氏は冷遇されます。

■が、それがよかった。というのは、自分で工夫することができたからです。



優秀なコーチなら個人の特徴に合わせて指導方法を変えていくのでしょうが、優秀なコーチばかりではありませんからね。

個性に合わない指導を受けて才能を開花させない人もいるでしょう。

その点、輪島氏は相手にされていませんから、自分ならどうする、と考えながら技術を高めていったらしい。

■つまり輪島氏は、自分で考え工夫し、状況を打開する人だったということです。頭がいい。

そうやって生まれたのが、「カエルとびパンチ」とか「よそ見パンチ」などという漫画みたいな技です。

面白いボクサーがいたもんですね。

我流で作り上げたボクシングですが、世界チャンピオンに上り詰めます。

ボクシングというのは、もって生まれた才能を持つ者が、呆れるほどの反復訓練をすることで才能を開花させることができる競技です。

さらに世界チャンピオンになるためには、的確な戦術が必要になります。(ランキング上位者の実力は伯仲していますから)

この記事からは、輪島氏がかなり的確な戦術眼をお持ちの方であると見受けられます。

■その輪島氏、いまはジムの経営、団子屋さん、タレントを掛け持ちしておられますね。けっこう何をやっても成功する人なんでしょう。

後編 で、若い人たちに向けてこんなことを仰っています。


だから己を知れって言うんだ。そうやって、答えを見つけてほしい。月並みなことだけど、俺はそう思っているね。


この通り言ったのかな?

要するに

(1)現状を正確に把握する

(2)何かを達成する意欲を持つ



そうすることで、なにものかになれるはず。と仰っているわけですね。

実践されてきた方の話なので、とても参考になります。


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Last updated  January 8, 2017 07:16:06 AM
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