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DIARY
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"ピカピカ 車検"マイスター 福岡・宗像
山を動かす!
俺一人で何が出来る・・・
そう思うでしょうね
しかしふとしたことで・・・
そう12年ほど前のことです
その当時、わたしは東京の日○ABS、現在のボ△シュに
勤務していました
数年後、山口に工場を建設するための用地を確保しており
そこで定年まで暮らそうと
とりあえず営業で本社に勤務してました
会社では営業職が嫌がられてましたので、試験をパスすると
即採用でした
その頃、世はバブル崩壊後で経済はガタガタ
当時オプション装着だったABSの装着も、クルマの低価格化、
それにPRを知らない部品メーカー営業部のため、工場の
稼働率が悪くなってきました
まず、残業のカットから始まり日系ブラジル人の解雇、そして
3交代から2交代勤務へ・・・
リストラクチャリングが始まりました
そして営業部ではBP(ビジネスプラン)の構築時のいい加減さが
露呈し、結局山口工場建設の凍結が決定し、工場用地を売却するか
否かの判断を迫られることになりました
ディーラー出身の私は、公務員よりもっと公務員っぽい、メーカー
営業に嫌気がさしてましたので、工場の同僚ととても仲良く、
日産自動車、いすゞ自動車や三菱自動車工業の本社や設計の
方々がお越しになっても、昼食は上司や同僚任せで、工場の
食堂でカレーうどんを食べるのが好きでした
その年も終わろうとしてた12月
工場の同僚から「ちょっと話がある」と言われ、職場長やGL
(グループリーダー)から囲まれました
「どうした?」って聞くと、「本社の連中で話できるのはあんただけや
から聞いてくれ。最近残業がなくなって、俺たち生活ができねえよ。
残業代があるから俺たちが豊かに暮らせるんだ。本社は売り上げ向上を
考えてるのかよ」と
「俺は山口に工場を建てるために来てるの知ってるよな。俺もこのままじゃ
帰れねえ。俺が考えてる装着率アップ計画、絶対やるからな。安心してろ」
そうは言っても、何度上司に計画書を出しても、NGの連続
しかし、わたしが夢見た山口工場はおろか、工場勤務の同僚の
生活が脅かされてる現実・・・・・・
一年間暖めてきた計画を実行しないと、会社の存亡にかかわる
やるか・・・・・・
心地よい仕事環境だが、ポーカーフェイスで責任の擦り付け合いの本社
に背を向け、渋谷へ・・・・・・
公園の緑が眩しい昼下がりの中華レストラン
屋外の喧騒がここにはまったく感じられない
しかし話しをするには静かすぎるくらいだ
クーラーの風が頬をやさしく摩る
極度の緊張を伴い、時間を待つ
見飽きたメニューに再び目を落とした
「お待たせしました」
体格はわたしと同じくらいであろう
なにかを捨てたような話し方に、その業界の香りが漂う
身のこなしは、さながらYMOの「教授」のようである
「○HKの藤川です」
「わざわざ時間を割いて頂き感謝します」
「メシ食いながらお話ししましょう。わたしらの中でも結構人気の
中華なんですよ」
放送業界、特にディレクターという立場は忙しいのであろう
話しの中にも隙がない
「以前にね、トラックだけれどABSの番組作ったことありましてね」
「存じてます。トレーラーのジャックナイフ現象でしたね」
「その頃の方々なんて、まだいらっしゃるのかな」
「数人はいるようです」
箸を忙しく動かしながら、話しは進む
「藤川さん、最近サイドインパクトバーの取材、お見事でした」
「あれね。その後メーカーの動きは激しかったですね」
「最近の事故死、増加傾向ですよね。エアバックやABSが普及すれば
確実に死者数は減ると思ってます」
「そうですがね、特定のアイテムだけに偏った報道は作れないから・・・」
無理か・・・
そう思ったとき
「しかし、やりたかったのはこちらもなんです。そうだ!アメリカや
ヨーロッパの衝突実験や保険会社の動きなども絡めて作ってみましょう」
動いた・・・!
胸の中に心地よい風が吹き抜けた
「現在、北海道の女満別に世界最長のブレーキ専用のテストコースを
準備してます。すべてお使いください」
会社には当然許可を取ってない
事後報告でどうにかなるさ
「わかりました。こちらも番組の構築を今から考えてみます。スペシャルで
いきますよ」
スペシャル?
って○HKスペシャルのこと?
呆気にとられた
平成6年だったか、国産の輸出車には前出のサイドインパクトバーが
標準で入っていて(ドアの内側に入っている側面衝突緩和の鉄骨)、
国内販売車には入ってないことを暴露したディレクター
その後、ユーザーからの非難に各社対応が素早かった
カタログには着色された「インパクトバー全車装備」がカタログで踊る
「安全」がそのクルマの売りになった瞬間である
ターゲットに間違いはなかった
ここから装着率アッププロジェクトの幕は切って落とされた・・・
本社ビルのエレベーターは、いつも通りに上昇を始める
ドアが開き、無機質な受付を通り過ぎ、自分のデスクの
前をも通り過ぎた
「部長、お話があります」
おもむろにずり落ちたメガネを元の位置に戻しながら
森村はわたしに顔を向けた
窓の向こうには、羽田にランディングの体勢に入った
航空機が見える
毎日大きな動きがない中、少し期待めいた声でつぶやいた
「どうした」
「明日、○HKがわが社の製品について取材に来ます。
どう対応されますか?」
「なに?お前どうしてそんな話を」
「昨年から数回会議しましたよね。それについて何度も次長に
レポートを出しましたが却下されました。独断での行動です。」
「そうか、でかしたぞ。早速社長に報告してくる」
営業部からは対極にある社長室へ、森村は走った
「何があったの?」
喫煙ルームで一服していると、購買部の川端が聞いてきた
「バタさん、明日○HKが取材にくるぜ」
「お~、言ってたプロジェクトの事ね」
聞き耳を立てていた、総務の一人がそっと席を立った
「社長は明日、スケジュールが立て込んでいるので、
副社長が対応する。みんな大慌てだぞ」
見たことのない満面の笑顔で森村は部長席に腰掛けた
腰掛けると急にいつもの苦虫をかみ殺した顔に戻った
「で、次長には報告してるのか」
「何度も却下されてるから部長に直接言ったのです」
「次長!」
森村が声を荒げて次長を呼んだ
「お前、こいつが懸命になってプランを作ってて何やってるんだ。
明日放送局がここに来る。営業部としてしっかり対応しろ」
「わかりました」
いつもの何食わぬ態度で部長の話に相槌を打っている
本当にバックアップしてくれるのか?
少し不安であった
二人の間には微妙なパワーバランスが働いている
森村の出身は日本でナンバー2の鉄鋼メーカーだが、次長は
その子会社の自動車事業部である
会社の勢力としては次長に分がある
その頃、本社中をこのウワサが駆け抜けていた
各セクションの連中が、日頃孤立がちな営業部に顔を出す
わたしは、ほくそ笑みながらその光景を見ていた
しかし、意外な展開が待っていようとは・・・・・・
「いつもの」
京急蒲田近くの小汚い寿司屋
擦り切れた暖簾が今の自分のようだ
最終までの少しの時間、ここでビール一本と
寿司を一人前、そしてカッパを巻いてもらう
銀座や赤坂は会社のカネで飲む
部内の賑やかしい付き合いはワリカン
一人はこんな店がお似合いだった
関東の秋の訪れは九州より早く、身を切るような寒さだ
一年前、婚約者と別れた
そして山口工場計画はご破算になり売却
あのバラ色に思えた人生は幻だったようだ
「根無し草」
タバコの煙がやけに目に沁みた
「営業推進課をつくる」
ようやく、数年かかって作製した企画書が日の目を見た
しかし、現有の営業部員ではなく、他のセクションから
持ってくることになった
「誰がいいか?」
森村はわたしに尋ねた
「T工場の総務の横尾がいいです」
総務畑にいるより、どこかの美容室の美容部員の方が似合いそうな
愛想のいい20代である
その当時、人気の逸見キャスターに良く似たナイスガイだ
各自動車メーカーの見学や監査の時の、工場内のセッティングは
いつも見事である
森村は即決した
○HKの番組放映決定とともに、各ディーラー向けにPRする
プロジェクトもわたしの企画に入っていた
北海道から沖縄まで、あらゆるシチュエーションでも効果的で、
積雪のある北国で特に効果的とPRすると、南国での普及が
遅くなる
そういった論調が社内の考えを支配していた
しかし、新雪やダート以外では最短に止まれ、しかし制動距離が
延びたとしても、ステアリング(回避)操作が有効なシステムで
あるから、有効性の特に感じられる北海道と東北からPRすべきと
強く主張した
部品メーカーの営業とは、トヨタや日産など「組立メーカー」との
交渉窓口であり、いわゆる「市場」とはかけ離れていた
「太鼓持ち」と揶揄されるときもある
銀座で酒が飲めるのは、「接待」という二文字
それについて、わたしは強い反感を持っていた
生産現場の苦労知らずに、多額の接待には反対だった
今回初めてマーケットやディーラーに対する営業をかける訳である
企画を作製し、ディーラー出身のわたしの発言力が強くなってきた
○HKのディレクターに提案していた、北海道の全長2キロの
テスコトースもようやく「カタチ」になり、北見にあるディーラーを
第一回目のターゲットとした
営業推進課で検討された装着(販売)台数の向上策として、
1:座学をディーラー営業マン向けに開く、2:テストコースで試乗して
もらい、ABSの有効性を実感してもらう、と言うものであった
しかし、これではディーラーの営業マンは動かないことを知っている
わたしは、それに付随して期間限定でインセンティヴを出すことを
強く提案した
これにも異論が噴出した
ディーラーの営業マンの生き方や考えを説明し押し通した
獲物を求め仕留める一匹狼であると
メーカーの国内営業部にもこのプロジェクトの有効性、つまり販売台数の
増加によって1:安全性が向上する、2:台あたり利益が向上する、
3:標準装着が早まればコストが下がるなど、担当が説明したところ、
ジョイントでこのディーラーに対するプロジェクトに参加することになった
標準装着車には、¥5.000
オプション装着については、更にメーカーから¥5.000の
インセンティヴの支給が決まった
一台販売するごとに、¥10.000の支給である
1ヶ月平均10台前後販売する、「プラチナ」と呼ばれる営業マンでは、
すべて装着することにより、3ヶ月間のキャンペーン期間内に、
20万円~30万円弱の特別ボーナスが支給されることになる
その当時の装着率は、酷寒の北見地方で7%前後
営業推進課の横尾の試練が始まった
「辞令を発表する」
思いがけない配置転換だった
最新型ABS(ABS5)の担当で、無事開発が終り
一息ついたところであった
この新型ABSについては、世界初がポルシェで
国内初がB14サニーだった
開発同士のすり合わせはもちろん、品質や工場試作など
これまでにない激務の連続だった
これがコケると、その後にネガティヴな評価につながる
自社の開発や工場、そして日産の開発や試作現場などの
行き来で、イスを暖めるヒマもなかった
書類をすべて重ねると、50センチにはなるだろう
それも終り、落ち着いた頃
ディーゼル(トラック)4社の担当の辞令である
営業推進の進展はいつも気になっていた
北見でのプロジェクトは7%前後から60%を超える
実績で推移
予想以上に伸びている
横尾はそれと平行して、大都市の札幌や東北各県にも
推進を図っている
予想以上に好意的に賛同してもらい、試乗会も進んでいる
前後して、全国の全メーカーのディーラー向けにビデオの
作製も行った
どうにか形になった北海道女満別のテストコースでの撮影も
順調に進み(ただし撮影中、社長車でダンボールで作った
壁に突っ込ませ、無数のキズと凹みを作り怒られたが・・・)
六本木での「音入れ」に入った
都会の雑音が少しフェードアウトした一角
何の変哲のないダークグレーの細長いビル
サインもセキュリティーも何もない
ここで何が行われるのか、誰にもわからない
5人で満員となりそうなエレベーターを降りると、そこは
分厚いドアがあるだけのホールだった
いつも全国版のCMの「声」で聞いたことがある、ナレーターを
使い最終局面に入った
こういった業界の人は、分単位での契約なのでクライアント側も焦る
しかし全国に配布するビデオなので真剣勝負だ
無数の機器が備わったスタジオ
だれでもその雰囲気に酔いしれそうだ
しかしどこかおかしい
そう感じた
製品を言うときのインパクトが足りないのだ
ダメだしをする
時間は刻々と迫る
広告代理会社も焦る
「もういっぱいだ」
担当が唸る
少し不満の残るナレーションだったがしょうがない
次回作製時の宿題とした
しかしここでの立場は興味をひくものがあった
ナレーターが一番なのだ
そこにプロ意識を垣間見たのだが、クライアントの要求に
対しては冷淡に従う(氷のように)
しかし時間の要求はしっかりと主張する
そして広告代理会社はオロオロ
ナレーター中心なのだ
不思議な緊張感を居酒屋で癒し解散した
これが軌道に乗れば・・・
工場の同僚の顔、顔、顔・・・
都会の雑踏の中、わたしは揺れるネオンを眺め天を仰いだ
「毎週月曜日に会議だ」
ディーゼル4社担当は3人
いつも議論を戦わすわたしと、講釈の多い庄司、
そして営業経験ゼロの課長
庄司とわたしは、営業部内でも煩がられる存在で
似たもの同士と言うか、仲がよかった
課長は役者には向いてないようだ
俺がなぜ営業?って顔に書いてある
「俺たち島流しだよな。クビになったら有楽町で屋台でも引こうぜ」
喫煙室でタバコを吸ってると庄司が言った
「それ俺も乗るぜ」
購買部の川端が口を挟む
普段でも、いつも困った顔をしている
人生の悩みが深いのだろうか
クセのある3人
しかし正論は疎まれる社内
3人には窮屈なのである
「先週、次長が言ってたぜ。言いたいのはわかる。
でもキツイんだよって」
富士重工専属の先輩が言ってきた
この一言が、ここの部内、いや本社の考えである
事なかれ主義
ディーゼル4社の担当で花形の日産から外された格好だが、
やるしかない
ポジティヴに考えれば、担当の多い日産担当より自分の考えを
通しやすいのではないか?
そう考えた
購買と試作は庄司、わたしは品質と工場試作、それにデリバリーを
担当した
それまでの自社工場の人脈をフル活用して、特に品質には
特別にチカラを入れた
次の年のメーカー表彰
いすゞ自動車から、前代未聞の4つもの賞を独占した
これには理由があった
「いすゞ本社ですけど、ご担当の方いらっしゃいますか」
「お世話になります。昨日担当換えがありまして、今週伺う予定でした」
「早速、変わったばかりで申し訳ありませんが、クレームで私どもの役員が
御社にご立腹で・・・」
お先真っ暗とはこういうことであろう
会社からいすゞ本社まで、京浜急行線で3駅
電話を切ったあと、一時間後にはいすゞ本社のベルポートに着いた
「いらっしゃいませ、お飲み物は?」
面談コーナーには、ワゴンサービスがテーブルごとにオーダーを
聞いてくる
取引部品メーカーに対して、ここまでのサービスは初めてだ
かえって緊張してしまう
「お待たせしました」
丁重に名刺を交わす
品質担当役員!!
ヤバイと思った
とにかく話しを聞くことが先決である
どうも、クレームの回答が再三の要求にもかかわらず、前任者が
ほったらかしに近い状態にしていたようだ
「明日、もう一度現状確認して伺います」
本社から、Y工場とT工場の品質管理課、そして品質保証部の課長を
呼び出して、その日のうちに対応した
理由はドイツのメーカーから供給を受けている、小部品の問題であった
「申し訳ありません。レポートです」
徹夜で作らせたレポートを担当役員に提出
「あぁ、このメーカーですか。実はわたしらも直接購入してるんですよ。
あなた方もでしたか」
「いえ、わたしたちが一次メーカーですので、わたしらの責任です」
「でもしょうがないと言ってはなんですがね、厳重注意しておいて下さい」
かえって気を使っていただいた
長期化するクレーム事項と思っていたが、同じ悩みを持たれていたので、
今回はお咎めなし
相手を追い詰めず、ジェントルな交渉にアタマが下がった
「老舗企業」「関東の一流」と言われる所以であろう
T工場、Y工場、品質保証の各課長と空を見上げて息をついた
その二ヵ月後
基本原理を詳細に記した専門書が、日本のABSの第一人者の設計と
言われる次長の有川の執筆で発表された
出版してまもなく、品質保証部の福田GL(グループリーダー)と
いすゞの担当役員のところへ出向いた
福田GL
通称「お里さん」
ゴツイ兄さんであるが、しゃれっ気のある、しかし仕事は絶対に
ハンパで終わらせず、部内で最も信頼できる人間である
下っ端二人で乗り込んだ
「緊張するぜ、おい」
「お里さん、なにビビッテんだよ」
ホントはこちらも重役同行でいくところであるが、お構いなし
素早い対応が大切なときもある
担当役員が現れた
「お待たせしました」
「先日は、大変ご迷惑かけました」
「いえ、対応の素早さが嬉しかったですよ。ところで?」
「実は、こういったABSに関する書籍が弊社から出版されましたので
是非ご活用頂きたいとお持ちしました。詳しくはこちらの福田が
ご案内いたします」
「いい人だったなぁ~。でも緊張したぜ」
品質や製品案内に関しては、お里さんに任せることにしていた
緊張どころか、次第に熱く説明する福田を、担当役員は微笑みながら
見ていた
数日後、意外な展開が・・・
わたしの出勤時間はいつも10時
フレックスタイム制なので、10時から14時まで
が拘束時間
週40時間以上は働いてはいけない
しかし、営業は時間があってないもの
その日は早めの午後9時に横浜の寮に帰宅した
ドアを開けたとき、電話がけたたましくなった
「すみません、こんな時間に。いすゞ藤沢工場の品質管理です」
「どうなさいました?」
「そちらからの油圧ユニット全品にキズが入ってて・・・」
「わかりました。すぐに対応します」
T工場を呼び出した
まだ、工場の生産管理及び品質管理課のメンバーがいた
「話しを聞いて、これはチョット細工すればOKみたいですね」
「どうやって、こちらまで来る?新幹線も終わってるんじゃねえか?」
「ちょうど、深夜に出荷するトラック便があるから、それで来ます」
いすゞ藤沢工場の近くのY工場到着は午前2時ごろ
どうにか、ラインストップにならず間に合いそうだ
「T工場から聞いたよ。どうだ俺んちで待たねえか」
Y工場の出荷担当職場長の蒲谷から電話があった
工場からすぐ近くに自宅がある
「助かりますよ、じゃあ今から出ます」
T工場もY工場も、現場の人たちはとても仲間意識が強い
「営業も大変だな。でもよそれが仕事だもんな」
わたしは飲んじゃまずいので、奥さんの手料理だけつまみながら、
トラックの到着を待った
同じ釜の飯を食ってることをありがたく思った
明日午前中まで必要な代替品と、ある「モノ」を持って、
藤沢工場に到着したのは、午前3時だった
「こんな時間に悪いね」
「いや~仕事ですからね。でも自宅の電話まで、客先に教えて
るんですね。」
「これからの受注を考えると、ありきたりじゃ取れないからね」
「さて、明日は昼からの出勤にしよ」
サイドシートで伸びをしながら、T工場品質管理は外に目をやった
「わざわざT工場から来られたんですか」
客先の担当者が目を丸くした
「いえ、大型トラックのベッドで寝てきましたから」
「ではこちらへ」
切削時に、キリコ(削りカス)がドリルに付着してできた、
表面のキズであった
機能上は全く問題がないことを説明した
「じゃあ、表面の修正でいいですね」
「はい、見た目が少々よくなれば、見えないところの部品ですから」
「では」
油圧ユニットは、表面をコーティングしてあるため、ゴールドボディー
である
おもむろに出したものとは・・・
スナックや居酒屋のキープの時に使う、金色のマーカー
これで、切りカスでできたキズを消した
「これでよろしいですか?」
「わからなくなりましたね。OKです。わざわざ遠くから来て頂いたし
こんな時間にまで対応していただいたので、クレームのカウントはしません」
部品メーカーは、納期遵守、品質の維持、原価低減、新製品の開発能力
などが、次のモデルチェンジの時の選定に大きく影響する
クレームをいかに減らすか
そしてなった場合にもどれだけ真剣に対応して、悪い言い方をすれば
モミ消せるか
ここがポイントである
そして数日後
デスクの上に一通の封書
差出人は、先日の品質担当取締役であった
内容に見当が付かず明けてみた
わたしに対するお礼状であった
先日、お里さんと訪問した際渡した専門書と、対応についてであった
すぐに、課長不在であったため、次長から部長へ回すよう手配した
午前3時
Limit製デュアルマフラーからの心地よい重低音に
気持ちが昂ぶる
闇夜に一つの魂が灯る
水温計が少し動くと、2度クラッチを踏みギアを
ローに入れた
鎌倉から江ノ島を抜け、西湘バイパスを飛ばす
こんな早朝だが、同じ毛色のクルマが、等間隔で疾駆する
180km/hオーバー
新旧スカイラインが、同じ目的で突き進む
まだ夜明け前
左手の湘南の海は、深く沈んだままだ
そろそろ86系のドリフト族が帰るころだ
夜明けに走るのは、少しアダルトな年代である
わたしの前にR30前期のターボがヘアピンへアプローチ
きれいに磨かれたシルバーの2ドアだ
R31を駆るわたしは、アウトからインへステアリングを
切り、そのままアクセルを全開にした
一気に差を詰めた
コーナーの途中でR30のドライバーが見えた
白髪頭に皮のグローブ
シートはレカロのセミバケットのようだ
お世辞にも上手いとは言えないが、燻し銀のドライバーに
軽いジェラシィーを感じた
年を取っても、あのように輝いているだろうかと
箱根のフェラーリミュージアムの前で一服する
そして、もう一度トライアルするのがいつもの
楽しみである
その日は、どこからかR31のエキゾーストが霞むほどの
重低音を聞いた
午前5時
ミュージアムからテスタロッサが顔を出し、軽くホイルスピン
して、わたしの前を去った
婚約解消から2年が過ぎた
まだ、自分のポジションが見えない
失ったものは大きい、いやわたしには大きすぎた
しかし何かを掴み、自分が自分であることを確かめたい
根無し草だよな
2度目の寒く寂しい冬を迎えようとした
「よくやってくれた。お前がいなかったら、4つも賞は
とれなかった。社長も喜んでたよ」
森村がわたしを部長席に手招きし、そうつぶやいた
「いえ、工場や品質保証部やみんなのお陰ですよ」
そう言って、わたしはデスクに戻った
俺一人じゃないさ
土曜日曜の完全週休2日
その上、フレックスタイム
そして出張は日本全国といっていいほど自由
クリエイティヴ極まりない
少々踏み外しても大目に見てもらえる
会社が契約した高級スポーツジムのメンバーでもある
会社帰りに行く、英会話教室も会社持ちだ
何が不満なんだろう
○HKの藤川からは、担当が外れたにもかかわらず、
わたしに問い合わせが来る
それが、少々気になる
わたしが思ってたようにプロジェクトが進んでいるのか
横尾は毎日頑張っている
それが胸の空白ではない
なぜ?
答えの出ない日々が続いた
「ねえ、聞いてくれる?」
岡崎支店の由美が居酒屋で焼き鳥をつつきながら
わたしに言った
「小橋さんってイヤラシイのよ。出勤したらわたしの
つま先からアタマのてっぺんまで舐めるように見るのよ」
小橋は数年前、無理して郊外にマンションを買った
スチュワーデスの婚約者がいたが、挙式寸前で逃げられた
抜け殻だな
いつか彼を見たときに感じた
「小橋さん、俺も振られちまったよ」
トイレで一緒になったとき、なぜか言ってしまった
同じキズなのか
「こんな時は川崎で忘れるのがいちばんだぜ」
小橋から誘われた
面倒見のいい反面、暗い目がハッとするときもある
ただ、その時間が長いのだ
小橋のようにはなりたくない
一生キズを背負って生きるのはゴメンだ
由美が旅行に行きたいと言い出した
「SLに乗ったことあるかい?」
「SL?」
静岡の大井川沿いの渓谷に一軒宿の温泉がある
「泊まりだぜ」
由美は少し顔を紅潮させたようだ
「ただ、もう一人連れて来いよ」
少し落胆したように感じた
気立てがよくて70点のルックスである
ただ、フルコースのあとに煮付けは食えない
まだまだわたしには時が必要なようだ
コインの表裏
実績は上がっている
なにもなく順調に時は過ぎている
理想的なサラリーマン生活
出張と言うと、北海道のM工場、群馬、名古屋、神戸の客先
金曜日にちょいと足を伸ばして福岡へ帰省もできる
出張費の名目で
ただ何かが飽和状態である
毎週土曜は昼過ぎ、いや夕方前に起きる
それから何もすることがないのだ
金曜日は横浜で飲む
ボトルは一晩で空ける
「お強いのね」
店にはいい客なんだろう
ただ、目の前に座ってるオンナの話は覚えてない
聞いているフリだけである
水割りを作ってくれればいい
痛飲とはこういう飲み方なんだろう
わかっている
「どうしたのよ。何かおかしいよ」
福岡に帰っても同じように、ささくれた飲み方である
楽しいはずの帰省でも荒れたままだ
もう10年は行っている店のママも呆れ顔である
ここではいつもワイルドターキーを一本空ける
2度捕まった
ささいなケンカは数知れず
このままじゃいけない
人生の見直しか・・・
長く暗い夜
耐えるしかなかった
「昨日、ヨーロッパとアメリカ取材が終わりました」
○HKの藤川が連絡してきた
「長期でしたね。いかがでしたか?」
「やはり3極での衝突安全性をはじめ、クルマの安全性の
考え方は、大きく違いますね」
「ところで、オンエアーはいつ頃に?」
「国内での取材がもう少しで終わります。それから編集に
入りますので、あと半年ってところでしょうかね」
「スペシャル、楽しみにしてます」
「ありがとう」
静かに受話器を置いた
六本木での収録の後、すぐに全国の全ディーラーへ
ビデオの発送も終わった
横尾は、北海道から本州への試乗会の展開中だ
東京モーターショーの出展及びアンケート調査も
例年以上に好調であった
仕組み作りは終わった
あとはオンエアーを待つだけである
森村が酒席でわたしを呼んだ
話しの途中で、先般のいすゞの品質担当取締役からの
お礼状のことを話した
「おい、そりゃ聞いてないぞ」
また次長席でストップである
中華街の外れのひっそりしたショットバー
モチベーションの低下が甚だしい
自分では制御できないところまできている
やはり、アイツとこの会社はセットだったんだ
婚約者に逃げられた時に終わっていた
後の祭りである
夢に見た生活は、儚い幕切れを迎えようとしていた
福岡
阪神大震災でオンエアーが半年ほど遅れた
しかし再放送を3度したらしく、ABSの認知度は徐々に
向上したようだ
同僚の相田からの連絡でわかった
もう過ぎたこと・・・
ただ、これら施策によって、装着率が上がりデータには
出てこないが、最低何人かの交通死亡事故は防げたと思う
これだけは、東京で行ったプロジェクトが正しかった
と今でも自分に誇れる実績である
10年前は12.000人、現在では自動車の安全性向上や
インフラ整備の進捗、そして昨年の幼児三人が亡くなった
ことによる飲酒運転者の減少により、死亡者は7.000人台に
なりそうである
これからの飲酒運転対策は、人間の手のひらと、ヘッドレスト周辺での
アルコールチェック、更にカメラで眼球の動きをチェックする
この3点でエンジンを作動させないようにするらしい
更に人間に衝突した場合、フロントガラスにアタマをぶつけないように、
ボンネットが浮くような仕組みを導入する
そして、室内にはサイド及びカーテンエアバックも標準装備になりそうである
再び福岡
5年後・・・・・
元婚約者が実家に来た
解消したのが21才であったから、26才になっていた
綺麗さに磨きがかかり、艶っぽさにまどわされた
求婚された
しかし、あの時の夢は、もう遠くに消え去っていた
2度目は無理だった
山口工場プラスそこでの生活
わたしの夢は終わっていたのである
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