騒音図書館

騒音図書館

nightfall(仮) story,1







プロローグ

空が太陽を地平線に投げ落とそうとしている。
太陽が赤く染まり、時計はもう少しで6時を指そうとしていた。

――ああ、退屈だ―――

地球の中の小さなカラスが鳴いているのが聞こえた。また日が沈む。『自分』の『とき』が来る。

――何をしようか―――

星を数え、懐かしい『月』を眺め、人間の光を見るのも飽きた。

――考えてみたら人間ときたら、欲があり、力を欲すくせにどうにかして手にしようとは思わないのか―――

自分に求めれば与えてやるのに。地の支配者にしてやるのに。

――・・・・・ああ、そうか―――

5年前、自分のしてきた事を思い返す。

――あれは面白かった。もう一回やろう。―――

きっと、今度こそ『ヒト』達も大喜びだろう。『力』を手に、スリルを味わうことができるのだから。

――それならば―――

手を回そう。これから忙しくなる。楽しみだ。



・開演 
 「『叶 尚冴様』・・・やっと来たな・・・」
少年は細長い小包を片手になにやら嬉しそうにしていた。
「思ったより・・遅かったな・・・」
封を綺麗に破き、中身を取り出す。冴え渡る凛とした光沢。予想以上の品。
「・・・これが・・・・」
鞘を抜く。抜き身のそれは本物と見まごう程の出来である。
「とても紛い物とは思えないな。」
高校受験の近い少年・尚冴はただただ感嘆の溜息をついていた。



 ほう、と溜息をつく。早い晩飯も食べた。あとは悠々自適の夜を過ごす。ああ、楽ちんなり。
デスクトップのPCを開き、メールチェックをする。友達のメッセージが軽く10数件あった。
「ここからが俺の腕の見せ所だな・・・」
呟き、物凄い速さで10数人に返信し始める。その素早い指の動きはピアノを思わせる。
しばらくカタカタとメールを打ち続ける。



飽きた。PCの電源を点けたまま近くのソファにどさっ、と倒れ込む。快適だ。かなり快適だ。



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神は天と地を創造し、人間を作った。

神の形に彼らを創造し、男と女とに彼らを創造した。

蛇は言った。

あなた方がそれを食べるその時、あなた方が神のようになる、と。

その時から蛇は呪われた。

その後も悪魔と云う蛇は神と人の前に現れ、彼らを試すようになった。

悪魔はその額に神の名を汚す数字を刻み、人を地獄へと誘う。

その数字は666である。

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『それ』は不意にやってきた。
猛獣の雄叫びの様な唸り声。怒声、悲鳴、いや、人の声とも思えない『それ』。

「何だぁっ、いまのは!?」
玄関を蹴って開け、外に出る。のんきな親達は別に何とも思わなかったのだが、自分としてはかなり気になった。
家の門を飛び越え、勢いのままに街灯の下に躍り出た。
しかし、翅己を待っていたもの、それはいつもと変わり映えの無い静かな夜の景色。非常識な気違いがいたのなら、
激昂して怒声を浴びせようとしていた翅己は少し決まり悪くなってきた。
「・・・・・何だったんだ、今のは?」
照れ隠しに再確認。しかし答えてくれる者などいる筈もなかった。首を傾げ、家にひっこもうとした、
その時。

ボコッ ボコッ ザクッ という低く、鈍い音。不意に鳴った音に翅己は素早く振り返る。
ついさっき翅己の立っていた場所に何か落ちている。細長い棒状のものは明らかにコンクリートに垂直に刺さっていた。
さらによく見るとその近くに、昇り始めた月明かりに映る黒と銀の固体―――拳銃。
その拳銃2つはコンクリートにめり込んでいた。最初と中の『ボコッ』はこれのせいと思われる。
翅己は焦った。かなり焦った。いきなり銃器が目の前に、しかもコンクリートが悲鳴をあげるほどの高さから
落ちてきたら大抵の人は焦るだろうが。
「・・・・・・何だってんだ・・・?さっきから・・・」
やはり答えるものはいない。月下の通りは不気味な程静まり返っていた。

というのは早合点であった。

また、あの雄叫びがしたのだ。明らかに近い。翅己は背に寒気を覚え、振り向く。
翅己の家の屋根に黒い何かが蠢いていた。かなり大きい。あの雄叫びはそれから発せられていたと彼は直感した。
と、のんきに考えていたらその何かは前方に物凄い速さで迫って来ていた。
「っておいおいおいおいおい!!」
人生でこれ以上ないくらいに焦った。とりあえず顔に焦りを貼り付け、横っ飛びにかわす。
ドゴッ という拳が地面にめり込む音。コンクリートも粉々である。
「・・・まじかよ・・・・」
冷や汗をかき、呆然とする翅己。黒い何かはその拳を地面から抜く。その時にはその姿ははっきり見えた。
漆黒の体、彫りの深い人間のような顔、骨ばった翼・・・。成る程。文字通り絵に描いたような『悪魔』である。
その余りにも蒼白な顔が人間では無いことを示している。そして『狩り』を楽しむ狩人の表情も・・・・。
こんな訳の分からない所で死ぬほど翅己は暇ではなかった。先ほど落ちてきた、まだ傷一つ無い銃を拾う。
「思ったより重いな・・・。」
腕全体にずっしりとくる重量感。やるしかないのか。エアガンで遊んだことがある、この両手で。
「くらえよっ!!」
駆けて来る悪魔に引き金を引く。 反動と共に破裂に似た音が耳に響く。『悪魔』はのけぞった。
翅己は自分が持つ物を呆然と見ていた。―――本物だ―――鼓動が速くなってゆく。
しかしそんな翅己を『悪魔』は待ってくれはしなかった。肩に深紅の血を流しながらもこちらを睨みつけている。
「・・今ので死んでくれなかったら困るんだが・・・」
しかし、悪魔は翅己に迫り来る。今度は反応するのが遅すぎた。 鋭い爪が右手を裂く。
「  っ!!」
耐えがたい激痛。燃え上がるようだ。敵わず片方の銃を取り落とす。得たりと悪魔は悠々と翅己を殴り飛ばした。
コンクリートを摩擦する音。何とかふんばったが、右手の痛みはかなりのものだ。血もそれ相応に噴出している。
「っ痛ぇ・・・やばいな・・・」
『悪魔』は数10m向こうでとどめを刺さんが為か、血がこびり付いた爪を嘗めている。残る武器は1つ。
――集中しろ―――これが最後の一撃だ―――外すな――
悪魔が勢いをつけて突っ込んでくる。翅己は銃を握る左手に痛む右手を添え、狙いを定める。
――――心臓を狙え―――万に一つも外す事はできない―――
爪が徐々に迫ってくる。冗談じゃない。マジでヤバイ。マジで。 と、突然銃身が淡い光を発し始めた。
淡い光は高速の電となり、バレルを取り巻いていたが、翅己はそんな事に気が付かない程集中していた。

―――――今だ―――――
「今だっ!!」
一際鋭い音が炸裂する。反動に翅己は後方に吹っ飛んだ。
大変かっこ悪い倒れ方から起き上る翅己。彼の前方には胸を大きく穿たれた悪魔の死体が転がっていた。
翅己は冷や汗をびっしょりかきながらその穴を覗き込んだ。まだ右手がズキズキ痛んでいる。
細かく震えながらも出てきた言の葉・・。

「ありえない・・・。」



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私達、神を信じる者にとっては信じ難いことだが、私達は確かに見た。

彼らは日光を嫌う。彼らは、月の夜に現れる。常闇の中を音も無く、そっと、静かに。確実に忍び寄ってくる。

彼らは十字架に目を焼き、胸に杭を刺されると灰となって消える。

しかし、私は彼らに恐怖している。彼らはもう、私のすぐそばで待ち構えているのかも知れない。

私の無防備な喉元に、鋭い牙を刺し込んでくる。そんなことを感じる。

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 いつにも増して10月の夜風が冷たい。体が、心が震えていた。
「・・・何が起きたんだ・・?」
汗まみれの手で、滑る鞘をしっかと握る。しかし、震えは止まらなかった。余りにも有り得ないものが
尚冴の視界の半分以上を覆っていた。   死体。そう、まるで『悪魔』の。
「さっきから物凄い雄叫びが聞こえたり、破裂したみたいな音が響いたり・・・」
―――僕がこれを眺めていた間に―――
ついさっきまで目を細めて見ていた模造刀を今度は、見開いた目でもう一度見る。
試し振りを外でしようとした、その時だった。道路のコンクリートが所々えぐれているのが目に入った。
それだけではない。死体を道脇で発見した。それだけでも驚くには十分なのに、
その死体が人ではないということが尚冴をさらに動揺へと導く。
悪魔から目を逸らしたい一身で、尚冴は月を見上げる。今日は随分と歪んでいるように見えた。

「・・・ん・・?」
ふと、月をよぎる影。鳥にしては大きすぎる。尚冴は慌てて飛んでいった方向を再見する。
――血だ――――――血だ――――
突然脳内に響く声。尚冴は思わず頭を抱える。影など二の次である。
――血を寄越せ――――寄越せ―――――
再び響く。 やめろ、と尚冴は小さく呟いた。  ガタンッ、という物音。
前を見ると公園のフェンスに影は降り立っていた。よく見ると何かをしっかり捕らえている。その何かが
声をあげたとき、尚冴には影が何を捕らえているのかが分かった。何かは力の限り泣き叫んだからだ。
「・・・・子供」
『ナンダ?』。疑問が浮かぶ。しかし気付けば尚冴は自分が模造刀をしっかり握っているのに気付いた。
そして同時に、影に向かって走っているのにも気付いた。模造刀を振り上げ、影に振り下ろす。
カンッ、という鋭い音。影は避けたのだ。しかも影はその片手に子供を捕まえたまま、背後から尚冴に
飛びついてきた。  ドサッ、と鈍い音がする。ゆうに人間の大人ほどの重さが尚冴を押し付ける。
重い、苦しい。押し潰されそうだ。尚冴は何とか影を見る。蒼白な顔。ちらりと見える長い八重歯。
そしてその口は動き、確かにこう言っていた。
「血を・・・・寄越せ・・・」
顔が真っ青になる。尚冴の頭に響く声の正体。それはこの異端の者に他ならなかった。
「や、だ、ねっ!!」
恐怖を堪えての必死の蹴り。しかし大したダメージも無く、ただの反動を与えただけに留まった。
しかし尚冴にはそれで十分。その間に『吸血鬼』の獲物その1、子供を救出した。
「さ、て・・・ここからが修羅場、だな・・」
未だ汗ばんでいる手で柄を握り直しながら状況を整理する。 武器は一つ、模造刀(新品・\4620)。
ネックなのは幼い子供がいること。その為思いっきり走ることは出来ない。要するに逃げれない。
では闘うしかない。しかし、最低大人1人分ぐらいの力が「ありそう」な吸血鬼を相手に闘うことを考える程、
尚冴は自信過剰ではない。 しかし、相手は素手だ。模造刀で必死で殴りまくれば、あるいは。
「どっちにしろ待ってくれないか・・・」
尚冴が苦笑する頃には吸血鬼は迫って来ていた。構え、いつでも反応できるような体制にする。静寂。
「血を・・寄越せ!!」
叫び、牙をむき、有り得ざる速さで突っ込んでくる。 助けも呼べない。待ったなし。
「嫌だって・・・・言ってんでしょうが!!」
叫び、勢いをつけ、精一杯殴りかかる。  が、これもかわされ、尚冴の背後に回られる。
「 これは予想済みだよ!!」
体を捻っての打ち込み。合金が吸血鬼の体に食い込む。 吸血鬼はうめいた。間髪いれず2発、3発。
人ならぬ者が相手だけに尚冴は容赦なしで叩き込んでいく。  しかし。
「・・・っ!!」
吸血鬼は打ち込まれながらも尚冴への吸血の儀式を敢行していた。八重歯が右腕に触れる。
途端、その白い歯は紅く染まる。それでも僅かにこぼれ出た血が腕を伝う。激しい痛み。
尚冴は顔を歪め、無言で吸血鬼を殴り続ける。それでも吸血鬼はやめない。動かない。
―――まずったな―――家から出なきゃよかった――――――
考えがよぎる。このままでは3分もたたずに人間で出来た干物が完成してしまう。もとい、死ぬ。
その刹那、今度は吸血鬼が顔をしかめた。よく見ると、子供が何処からか鉄パイプを持ち出して、
力の限り吸血鬼をしばいていた。 邪魔をした者を見つけると、吸血鬼は怒りを込めた目を向け、
もはや震えて武器を取り落とした子供に襲いかかっていた。  隙が出来た。
―――チャンス―――――
痛みが引いた。いや、尚冴にはそう思えた。
―――最後の一撃、後ろから、こいつの頭をかち割る。―――――
柄をしっかりと握り、寸の間剣先を吸血鬼に向ける。一刻の猶予もならない状態。尚冴は跳び上がった。
通常の人間の2,3倍の高さまで。しかし、彼自身はその事に気付いていなかったのだが。
―――かち割れ―――
「かち割る・・・・」
―――いや、「斬」れ―――――
「  斬る!!」
一瞬、刀身に月光が宿り、また消えた。合金が吸血鬼の脳天と衝突し・・・その体を真二つに両断した。
「   ? なっ!?」
予期せぬ出来事に、2つになった吸血鬼の顔は驚きに満ちていた。勿論両断した尚冴自信も。
ゆっくり、非常にゆっくりと屑折れる吸血鬼。手に握られるは鈍く光る模造刀。
尚冴はかわるがわるそれを見比べた。息が荒い。しかし、表情は「驚き」から変わろうとしなかった。
数分後、恐怖のためか、はたまた安堵のためか、子供は泣き出した。




・体験報告
「いやぁ諸君、おはよう。」
宝くじが当たった人並みなにこやかな顔で翅己は遅刻してきた。しかし右手には白い包帯が人目を
はばかる様に巻かれていた。それを見て尚冴は弾ける様に顔を上げた。
「その腕、どうした?」
クラスメートが心配げに翅己に聞く。翅己は笑って誤魔化している。笑顔が引きつって見えた。
「まあ、ちょっと・・・・な」
その笑顔で質問を受け流し、尚冴の側に来ていた。その時には既に笑顔は無かった。
「・・で、本当のところ何、それ?」
尚冴は軽く聞いてみる。聞くと、翅己はそわそわし始めた。言うべきか言うまいか、といったところか。
「ええっとな・・・尚冴 昨日、な」
ちらりと尚冴の右腕を見て、驚く。そう、自分と同じく彼の腕にも包帯がしてあったのだから。
「『悪魔』と闘った。空から降ってきた銃で」
翅己の舌に元気が出る。 尚冴はそれを聞いてかなり驚いた様子だ。
「銃で・・・?空から降ってきた・・・?  『悪魔』と?」
「信じられないだろ・・・?でもまじなんだな、これ。」
念を押し、次の尚冴の反応を見る。 信じるのか、それとも。 尚冴の口が開かれる。
「実は・・・」
予想外の発言。しかし、次の彼の言葉にはもっと驚いたのだが。
「僕も『吸血鬼』と闘った。模造刀がそいつを「斬」った。」
静寂。一瞬2人の間だけ時が止まったようだった。間をあけ、尚冴は言う。
「ってことはあの雄叫びみたいなのが悪魔で、破裂音が君の銃の音だった訳だな。」
「お前も聞いたのか・・・。ああ、そうだ。」
信じがたい出来事。しかし、2人も体験者がいた時点で夢とは言いがたい。
「ちなみにその悪魔の死体は見た。その後だ、吸血鬼と闘ったのは。」
言葉が交わされる。2人の表情は曇るばかり。
「いったい何が起きたと思う・・?この街の夜に・・・」
「俺に聞くなよ・・・」

休み時間。違うクラスの翅己と尚冴は晃葵の前に揃って青い顔で参上していた。
「どうした~、2人とも~?」
あっかるく晃葵は踊りながら(少なくとも翅己にはそう見えた)聞いてくる。2人は一瞬詰まった。
信じてもらえるだろうか。その顔に晃葵はいぶかしむ。
「なんだよ、訳があって来たんだろ~?」
詰め寄って来る。尚冴と翅己は思い切って言ってみる事にした。

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晃葵の顔が蒼白になった。踊り(少なくとも翅己には…)も何時の間にかやめていた。
「まじか・・?」
震える唇。かわるがわる2人を見つめる。晃葵はがくりと壁に寄りかかり、しゃがみ込む。そして言った。
「お前達2人も体験したか・・・あれは夢じゃなかったんだな・・・」
意味ありげな発言に翅己は質問をした。晃葵は窓の外をちらりと眺め、また視線を戻した。

「昨日の夜、俺も体験した。そして、そう。『鬼』を斬った。」

2人を見つめるその表情にはこれまでにない晃葵がいた、気がした。



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切る。斬る。刎ねる。
弱々しい悲鳴。血がとぶ。首が飛ぶ。
血の匂い。死の匂い。ほころぶ口許。
恐怖に震える心。


・ジキル博士とハイド氏
 「・・・・・・・ありえない」
喉が弱々しく言葉を発した。自分でも今、顔が真っ青なのが分かる。
「何でだよ・・・・!何でなんだよ・・・!!」
頭を抱える晃葵の目の前には5つ6つ、血によって装飾された犬の首が並んでいた。晃葵がやったのだろう。
恐らく、そう、今彼が音を立てて取り落とした得物・『鬼神丸』で。
「妙な感じがしていたんだ・・・・・。外で『何か』が起こっている。そんな気がして・・・」

 外に出た。晃葵の肌が外気に晒された、その瞬間だった。激しい頭痛が起こった。
―――――倉庫へ行け―――倉庫へ行け―――行け―――
声が響いた。聞き覚えのある声。気付いた時には足が庭にある倉庫に向かっていた。
「  やめろ」
小さく呟く。無理やり足を止める。途端に頭痛が一段と激しくなった。耐え難い痛み。頭が割れそうだ。
――――言うことを聞け――――倉庫へ―向かうんだ―――――
再び足がひとりでに動き出す。頭の痛みが引いていく。言うことを聞けば頭痛は引くようだ。
「何を、する気だ・・・?」
倉庫は目の前だ。何処の誰かとも知らない声に尋ねてみた。間髪入れずに答えは返ってきた。
――――刀――
ああ、とため息をついた。分かった。どういう訳かこの声は頭の中から響いている。そしてその刀とは
紛れも無く、この倉庫にある名刀・『鬼神丸』の事だろう、と。
そう考えている内に倉庫の扉に手をかけた。普段閉まっている筈の扉が、開いている。軋む音。
倉庫の奥に目的の物が、あった。無骨に装飾された柄、鞘。しかし鍔だけは場違いに美しく造られている。
晃葵の体は、ためらいも無くその刀を持ち上げた。口許がねじ上げられる―――笑っている。
気味の悪い笑いを顔に貼り付けたまま。晃葵の体は倉庫を、家を飛び出し、夜道を失踪しだした。
―――どこへ――行く――?―
後から、気付いた。今、自分は疑問を口に出したはずだ。しかし口はピクリとも動かない。
ただ、自分の頭の中で響いたのみである。
「『使い魔』が要る。『犬神』と契約を結ぶ。」
走りながら不意に晃葵は喋った。自分自身でも分からない、2単語を。変な気分である。
喋ろうともしない言葉を、自分は喋る。それでいて喋ろうと思ったら喋れない。
――――何故だ――?―――
考えに考えた挙句、一つの結論に至った。どういう訳か分からないが、さっき聞こえた声と、
自分の意思とが交代したのだ。よって思い、考えるのは晃葵なのだが、体を動かすのは『声』なのだ。
非現実的なのは分かっている。しかし晃葵はこの結論に至らざるを得なかったのだ。何故か、は分かった。
しかし誰が、どうやって、という疑問は分かりそうに無かった。思考を巡らせているうちに晃葵の体は、
季利公園に入っていた。中央を陣取る複数の影に、晃葵の顔は薄ら笑いを浮かべていた。
その酷薄な顔の先にはいつものたむろしている連中は無く、珍しく野良犬達が集まって来ていた。
飢えているのは痩せ細ったその体で見て取れた。
――――こんな所で―――何を―――?――――
晃葵は『答え』ない。その代わりポケットにあったガムを取り出した。その匂いに犬達が反応する。
この光景に晃葵は一つ、思い当たるところがあった。
―――あれは―――確か尚冴が―――――
そう、彼はなんと言ったか。さっき自分は何を言ったか。晃葵は心の中で絶句した。
―――犬神――――あれを生み出そうというのか―――!――
思ったときにはもう遅い。鬼神丸は、その蒼白い刃を見せていた。晃葵の手はガムを残さず犬達の真上に
投じていた。犬達はその撒き餌に集中したようだ。そう、今犬達の頭の中は餌しかない。 その瞬間。
晃葵の体が動き出していた。燦然と輝く白刃を腰元に下げたまま。犬神を生み出す手順どおりである。
―――やめろ―――――やめろ―――――
一瞬速度が落ちたように思えたが、その時には既に刀は一番手前の犬の首を襲っていた。
――――――――やめろぉぉぉぉおおおおおお!!!―――!!――――

 「うぐっ」
嘔吐しかけた。この行動もその時にはしなかった。出来なかった。犬の首を全て刎ねた後も、晃葵の体は
犬神を作り出すべく、非常にてきぱきと儀式をすませ、そして契約を終えたのだった。
「  何で 何でこんな事に・・・・・・」
思考と行動を取り戻した晃葵は独り呟く。答える者など、いる訳も無かった。



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オニ。ヒトの恨み、妬み、憎しみ。それら負の感情が募り、凝り固まって彼らは生まれる。

誰でも心にオニを持つ。そしてそのオニに脅かされ、心を喰われた者が非道に走る。

オニを縛りつけよ。支配せよ。汝が非道に走る前に。

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蠢く者。それは不意に彼の前にやって来た。公園に数多の影と砂を撒き散らし、晃葵の前に姿を現した。
「  鬼」
認めなかった。認めたくなかった。非現実的すぎる。壊れている。自分の前に地獄の象徴とも言える者が
目の前にいるなんて。
「 嘘だろ・・・・?」
軽く30はいる。皆が皆、涎を垂らして晃葵を取り囲んでいた。
―――食われる―――殺される――――――
この言葉が晃葵の頭を支配した。膝が大爆笑している。そうこうしている内に鬼達は駆けて来る。
――裂かれる―――噛み砕かれる――――きっと微塵も残さず―――――
必死の思いで刀を拾う。どうということは無い。ただの気休めだ。鬼の爪はもう目前に迫ってきている。
――だめだ――――食われ―――――
恐怖で動けない・・・・。爪・・・・。牙・・・・。      刀。

「るかぁっ!!!!!」
飛鳥が舞い上がる如き速さで細長い光が一閃。微々たる動きで鬼達の攻撃をかわしながらの乱舞。
二閃、三閃。その光が斬撃と分かった時には最期、鬼達は血を流して倒れていく。
「はあっ、せいっ!」
鬼神の如き疾さ。とても人間の成せる業とは思えない。彼は死の舞踏を踊り続けた。片隅に佇む、
最後の一匹を残すまで。
「  これで、終わりだ。」
抑揚の無い声。晃葵は自分自身、驚いていた。平凡な中学生に過ぎないはずの自分が、人でない者を
文字通り、雑魚の如く斬り伏せてしまった。そんな中、晃葵は鬼の姿にあるものを発見する。
「貴様・・・・それは・・・・」
真紅の鬼をじろりと見回す。醜い鬼はしかし、笑っていた。その口許には…爪には…
「 人間の血がこびり付いてる」
声に変化が現れた。微かに震えたのだ。 晃葵の体と心は一致していた。紡がれる言葉。
「人を、喰ったな?」
ふつふつと沸いてくる感情。長刀が一層強く握られる。何故だか分からない。腹が立ってきた。
鬼は表情を変えない。笑い続けている。それが晃葵の憎悪の炎にさらに油を注いだ。
「   殺す」
花も凍るであろう一言を投じた。鬼もそれに応じるように目にも留まらぬ速さで飛び掛ってくる。
「貴様は、苦しんで死ね」
刀が、綺麗な弧を描く。晃葵は自分でも信じられない程に流麗な所作で刀を納める。
何をすべきかは分かっていた。刃の如く壮絶に冷たい視線を投げ掛け、鬼を惨殺することに集中。
「 いけ」
小さく呟いたそれは、鬼には聞こえなかった。鬼はただ嬉々として腕を振り上げ、また振り下ろす。

ぼとっ
低く、鈍い音。晃葵の首が落ちた、と鬼は思ったのかも知れない。しかし落ちたのは鬼の腕の方であった。
地面に転がる鬼の腕。それは異臭を放ち、腐っていった。晃葵はその光景をただ当然の如く観ている。
変化はそれだけではなかった。鬼自信も、徐々に腐っていく。取れた腕の部分から腐食が広がっていく。
血を吐く。毒々しい斑点が広がってゆく。  地獄絵図を一挙に見た感じだった。
晃葵はただその光景を見続けた。鬼は見るも無残な姿に変わっていく。しかしまだ死んでいない。

―――犬神の力、ここまでとは――――
見飽きた彼は踵を返し、去って行った。

鬼は数分痙攣し、動かなくなった。

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