・高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』は、日常に潜む人間関係の軋みを、食事という普遍的な営みを通して描き出した現代小説だ。何気ない食卓が、優しさと苛立ち、善意と暴力の境界線を浮かび上がらせる。
・職場の同僚・山田は、昼休みに自作の弁当を広げていた。健康に気を遣った料理を黙々と食べる彼女の姿は、どこか「正しさ」を押しつけてくるようにも見える。周囲はその几帳面さに感心しながらも、次第に息苦しさを覚えるようになる。
・一方で、気さくに菓子パンやジャンクフードを口にする同僚もいる。食べ方や価値観の違いが、職場の人間模様を揺らし、無言の圧力や対立を生み出していく。やがて「おいしいごはん」というはずのものが、人をつなげるどころか分断を深めるきっかけとなっていく。
核となるテーマ
- 善意の裏に潜む抑圧 正しさはしばしば相手を追い詰める。健康的な食事への配慮が、他者にとっては脅威や不快感となる。
- 共感と反発の同居 小さな食卓に、優しさと攻撃性が同時に並ぶ。人間関係は二項対立ではなく、曖昧で複雑なものとして描かれる。
- 「おいしい」とは何か 栄養や体裁を超えたところに、本来の「食べる喜び」があるはずだが、現代社会はその純粋さを容易に損なう。
・オフィスの昼食風景は、実は組織文化の縮図だ。善意や配慮が知らぬ間に他者への圧力に変わり、無言の規範が人間関係を支配する。健康的な習慣や効率的な行動も、押しつければ摩擦を生む。つまり「正しさ」と「居心地のよさ」は必ずしも一致しない。チームの中で互いに異なるリズムや価値観を許容できるかどうかが、組織の健全さを左右する。食卓の風景を通して描かれるのは、企業における多様性マネジメントの縮図でもある。
・『おいしいごはんが食べられますように』は、ありふれた昼食という場面から、人間のもろさと複雑さを炙り出す物語だ。食べることは生きることに直結し、その喜びや苦しみは組織や社会の縮図として立ち上がる。おいしいごはんを純粋に楽しむことの難しさを描きながら、それでも人は、誰かと同じ食卓を囲むことを望んでしまう。
・受賞歴:第 167
(2022
年上期 )
芥川賞受賞作
おいしいごはんが食べられますように (講談社文庫) [ 高瀬 隼子 ]
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