・加藤洋平『なぜ部下とうまくいかないのか』は、リーダーシップ開発と組織行動学の専門家である著者が、「なぜ優秀な上司ほど、部下との関係に苦しむのか」という根源的な問いに挑んだ一冊である。表面的なマネジメントノウハウを超え、人間の心理構造や関係性の力学を軸に、組織における“対人の難しさ”を構造的に解き明かしている。
・本書の出発点は、「部下が思うように動かない」「信頼関係を築けない」というリーダーの普遍的な悩みだ。著者は、これを単なる“コミュニケーション不足”の問題として扱わない。むしろ、上司と部下の間に生じる「無意識の心理的メカニズム」に焦点を当て、そこに潜む“見えない壁”を明らかにしていく。
・「人は他者の中で自分を演じる存在である」という前提が提示される。上司という立場に立った瞬間、人は“理想の上司像”を演じようとし、自分の弱さや感情を抑え込む。その結果、部下もまた“理想の部下像”を演じ、両者の関係は本音から遠ざかる。著者は、この「演じ合いの関係性」こそが、組織の不信と摩擦の温床になると指摘する。
・「上司の期待」がいかに部下の行動を歪めるかが論じられる。上司は無意識のうちに、部下を“成長させる対象”として扱うが、それがしばしば「支配」と紙一重になる。部下は“評価される自分”を演じ、上司は“導く自分”を維持しようとする。そこに上下関係が固定化し、互いのリアリティが失われていく。著者は、これを「関係の非対称性」と呼び、リーダーがそれを自覚することが、関係改善の第一歩であると説く。
・リーダーに求められる“自己理解”の重要性が掘り下げられる。組織における多くの問題は、相手を理解できないことよりも、“自分がなぜそう感じるのか”を理解していないことに起因する。部下との衝突の裏には、上司自身の承認欲求や恐れが潜んでいる。著者は、心理学的な理論をもとに、「自己認識の深化」が人間関係の再構築につながることを示す。
・「心理的安全性」という概念を再定義する。単に“発言しやすい環境”ではなく、“関係のリスクを取っても崩れない信頼の基盤”こそが本質だという。そのためにリーダーが取るべき行動は、完璧さを演じることではなく、“自分の未完成さ”を見せることである。脆さを共有できる関係だけが、組織に真の学習と創造性をもたらす。
・「人を変えようとしないこと」が最も強力なリーダーシップであると結論づける。人間関係の本質は“支配”ではなく“共鳴”であり、部下を動かすことよりも、“部下とともに変わること”が、成熟したリーダーの姿勢だとする。著者は、リーダーシップとはスキルではなく、“自分という人間のあり方”であると定義して本書を締めくくる。
・この本が突きつけるのは、「マネジメントの問題は、相手ではなく自分にある」という不都合な真実だ。上司の“善意”が、部下にとっては“圧力”に変わることもある。リーダーシップとは、人を導く力ではなく、関係を観察し、自分の内側を問い続ける力にほかならない。特に 30 40 代のビジネスパーソンにとって、本書は「経験の罠」への警鐘でもある。経験を重ねるほど、人は “ 正しさ ” に固執し、部下の世界を狭めてしまう。加藤は、そこから脱するための道を、 “ 正解を手放す勇気 ” と “ 関係性の余白 ” に見出している。
・『なぜ部下とうまくいかないのか』は、マネジメント書の体裁をとりながら、実は人間存在そのものを問う書である。部下との関係に悩むということは、結局、自分という人間とどう向き合うかという問いにほかならない。リーダーとしての成熟とは、部下を動かす技術を磨くことではなく、“関係の中で自分を変える覚悟”を持つことなのだ。
なぜ部下とうまくいかないのか 組織も人も変わることができる! [ 加藤洋平 ]
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