・中野信子『まんがでわかる正義中毒』は、脳科学の視点から「人はなぜ正義に酔うのか」を解き明かす一冊である。原著『正義中毒』をベースに、漫画形式で構成されており、職場や SNS など、身近な人間関係の中に潜む “ 正義の暴走 ” をわかりやすく可視化している。倫理や道徳を説く本ではなく、「正義」という名の感情メカニズムを冷静に観察するための実践的な心理リテラシー書でもある。
・主人公は、職場で起きた小さなトラブルをきっかけに「自分は正しいことをしている」と信じて他人を責めてしまう女性。彼女の言動は一見、誠実で公正だが、その裏では“正義を行使する快感”に支配されている。物語は、彼女が周囲との関係を悪化させていく過程を通じて、「正義が人を傷つけるプロセス」を描き出す。
・中野はこの現象を「脳の報酬系」によって説明する。正義感を発揮することで、脳内にドーパミンが分泌され、強い快感が生まれる。この“正義の快感”は、依存性を帯びやすく、人はいつの間にか「他人を断罪することで自分の存在を確認する」状態に陥る。 SNS での炎上、社内でのモラハラ、マウント行為 —— それらはすべて “ 正義中毒 ” の一形態だと著者は指摘する。
・本書の中盤では、この中毒がいかにビジネス現場を蝕むかが語られる。会議で意見の違う相手を「非論理的」と断罪する。ミスをした部下に「正しい指導」を装って怒鳴る。これらの行為はすべて、「自分が正しい側に立つことによる安心感」を得るための行動に過ぎない。組織の信頼や心理的安全性を損なうのは、能力の低さではなく、正義を振りかざすことによる“関係の破壊”なのだ。
・終盤では、中野が「正義中毒」から抜け出すための脳科学的アプローチを提示する。第一に、「正義は相対的である」と認識すること。誰もが異なる価値観をもとに“正しさ”を定義しており、絶対的な正義など存在しない。第二に、「怒りや憤りを感じたときこそ、ドーパミンの作用を疑う」こと。自分の感情が快感に引きずられていないかを一歩引いて観察する。第三に、「共感よりも理解」を意識すること。相手の意見に同意する必要はないが、背景を理解する努力こそが、社会的成熟の証となる。
・この本が投げかける最大のメッセージは、「正しさを振りかざす者ほど、組織を壊す」という逆説である。職場での衝突の多くは、“正しいか・間違っているか”の争いではなく、“どちらが正義を独占するか”の競争にすぎない。リーダーに必要なのは、正義を貫く勇気ではなく、正義に溺れない冷静さだ。
・特に 30 〜 40 代のビジネス層にとって、本書は “ 正義の副作用 ” を知るための警鐘となる。経験と地位を積むほど、自分の判断に「根拠ある正しさ」が宿る。しかし、その正しさを他者に強制した瞬間、関係は崩れる。中野は、リーダーシップとは「正義よりも関係性を優先する知性」であると説く。
・『まんがでわかる正義中毒』は、道徳書ではなく、現代社会を生き抜くための“脳のマネジメント書”である。
まんがでわかる正義中毒 人は、なぜ他人を許せないのか? [ 中野信子 ]
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