・井上達彦『ゼロからつくるビジネスモデル』は、既存の成功事例を模倣するのではなく、「新たな価値創造の構造」を自ら設計するための思考法を体系化した一冊だ。著者は早稲田大学商学学術院教授であり、長年にわたり企業のイノベーションやビジネスモデル研究に携わってきた人物。本書は単なる経営書ではなく、「ビジネスを“発明”するための設計書」として位置づけられている。
・本書は、「ゼロからビジネスモデルをつくるとは何か」という問いから始まる。著者は、ビジネスモデルを「価値創出の仕組み」であり、「顧客・価値・利益の三者をつなぐ論理構造」と定義する。そして、その構造を生み出す過程を“模倣”ではなく“再構成”と捉える。つまり、既存の要素を単に真似るのではなく、それらを新たな文脈で組み替えることが革新につながるという視点だ。
・本書の中心的テーマは、「リコンフィギュレーション(構成の再設計)」である。たとえば、トヨタのカイゼン、アップルのエコシステム、スターバックスの体験設計。これらはいずれも、既存産業の枠組みを分解し、価値の流れを再編することで新しいビジネスを生み出してきた。井上はこうした事例を分析しながら、「発想の出発点は“ゼロ”ではなく、“ゼロベースで見直す”ことにある」と説く。
・構成としては、次の 3 ステップで展開される。
1. 既存モデルの構造を理解する — 成功企業の価値連鎖を分解し、どこに “ ズレ ” や “ 非効率 ” があるかを見抜く。
2. 構成要素を再配置する — 価値提供、収益構造、パートナーシップなどの要素を組み替え、新しい仕組みを設計する。
3. 仮説検証と実装 — 小さな実験を繰り返し、モデルを検証・修正しながら現実のビジネスとして成立させる。
このプロセスは、起業家だけでなく、大企業の新規事業担当者にも向けられている。既存の枠内で戦うのではなく、「ルールそのものをつくり変える」ための思考法が求められているからだ。
・井上の主張の核心は、「ビジネスモデルは発想ではなく設計である」という点にある。 アイデアを思いつくことは誰にでもできるが、それを市場で機能させるためには “ 構造化 ” が必要になる。構造化とは、顧客にどのような価値を届け、その価値をどう収益に転換するかという論理を描くこと。ここに、感覚や偶然ではなく、思考と仮説検証の体系が必要となる。
・著者はまた、「ゼロからつくる」とは、完全に何もない状態から創造することではないと指摘する。むしろ重要なのは、既存の常識や前提を“いったん壊す”こと。たとえば、製造業が「モノを売る」という前提を手放し、「利用体験を売る」に切り替えたとき、サブスクリプションという新たなモデルが生まれる。このように、破壊と再構成を繰り返す思考こそが、ゼロからの創造につながる。
・ 30 〜 40 代のビジネスパーソンにとって、この本は「キャリアの次のステージ」を考える指南書でもある。多くの企業では、イノベーションを「新規事業部門」や「特別な才能の領域」として扱うが、井上はそれを否定する。むしろ、あらゆる職種・現場で “ 構造的思考 ” を身につけた人材こそが、組織の未来をつくる。たとえば、営業なら「顧客の購買行動の再構成」を、企画なら「価値伝達の新しい構造設計」を、エンジニアなら「技術と顧客体験の接点の再設計」を意識する。それが “ ゼロからつくる ” という姿勢につながる。
・さらに、井上は「模倣の段階から逸脱する勇気」の重要性を説く。多くの日本企業は、ベンチマークや成功事例研究に偏りすぎ、結果として“二番煎じの優秀さ”に留まる。しかし、本書が提示するのは、構造の“再発明”という知的挑戦である。既存市場の中で他者と同じ戦略を磨くのではなく、構造そのものを塗り替えることが、次の成長を生む。
・『ゼロからつくるビジネスモデル』は、単なる理論書ではない。それは、固定化された思考を破り、ビジネスの「文法」を書き換えるためのマニュアルだ。成功を模倣する時代は終わり、構造を再設計する時代が始まっている。“ゼロからつくる”とは、何もない場所からではなく、「もう一度、世界を見直す地点」から始まる挑戦である。
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