あすへの課題(自爆)

小野田線(長門本山)クモハ42

「あすへの課題」とは、今後ネタに困った時の倉庫です(自爆)

(考え中ネタ)

「ポケモン」=「水戸黄門」

 「ポケモン」とは「ポケットモンスター」の事であって、そうではない。「ポケモン」とは元々任天堂の「ゲーム・ボーイ」の1ソフトだった「ポケット・モンスター」から派生した物語であり、それに関係するビジネスの一切の事だ。しかし、今回はビジネス云々は向こうにやって(笑)「ポケモン」の物語の方について述べる。

 「ポケット・モンスター」から「ポケモン」が「独立」する時、当初から計画はあったにせよ、ありがちな「連載漫画化」であり、「TVアニメ化」に過ぎなかったはずである。それが意外な大ヒットとなり、周縁ビジネスがどんどん増殖していった。そして、その中核には「アニメ」があったというのが、「ポケモン」独立までの大まかな経緯であろう。

 さて「物語」としての地位を確立した「ポケモン」だが、ひとつだけ厄介な問題があった。「ポケット・モンスター」は当初、151匹のポケモンをGetすれば終了となるはずだった。ところが「物語」があまりに爆発的人気となったので、対抗策を考えなければならなくなった。これも当初から案があったフシがあるが、「伝説のポケモン」のインフレーションで凌ぐという、非常に効率的かつ再生産可能な方法に辿り着き、ここに「ポケモン」体制は一応の完成をみる事になる。

 今の「ポケモン」はそういう意味では非常に完成された「マンネリブランド」となる可能性がある。このブランドの強みは、子供に分かり易い「物語」であり、親が見ても問題のない「勧善懲悪」であり、悪役はトリック・スターとして毎週同じように登場し、同じように「駆除」される。そしてゲームを一面一面クリアしていくように次のステージに向けて(場合によっては永遠に)漂流する事が出来るのである。

 こうした構造は、アメリカン・コミックにも良くあるパターンで、「スーパーマン」「バットマン」皆同じである。だから「物語」としての「ポケモン」とそのブランドを支えるキャラクター達が、米国の子供達を初めとする、世界のかなりの地域で子供達に支持されることは分からない話ではない。

 そして、日本の大人(特に孫と一緒にTVを観覧する可能性の高い年輩層)から見れば、こうした「ポケモン」の構造は「水戸黄門」とあまり違いはなく、その面で受け入れがたいということはない。「ポケモン」は、そこら辺までしっかり設計されているのである。

 この「ポケモン」から見えることは、日本のビジネスが、必ずしも欧米のそれに負けているとは言い難いという事例のひとつである事だ。子ども騙しどころか、凄いビジネスなのである。

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