ラブストーリーは突然に


何の変哲もない朝だった。

しかし焼きたてのトーストを頬張りながら鏡に向かう少年、俊平にとっては今日は少し違う朝だった。

入学式だ。

真新しい学ランに身を包んだ姿が映し出されている。
有名校、皇塚学園の制服だ。

正直、頭の良くない自分が入れるとは思っていなかった。
今日、その学校の生徒になるのだ。

その喜びで俊平の気持ちはただひたすら高揚していた。

元気よく玄関の扉を開け放つ。
しかし、それがまずかった。

「シュン!!」
怒鳴りつけられる。
台所から金髪の女性が包丁片手に怒りを露にしつつ現れる。
「お袋・・・」
一気に俊平のわくわくボルテージはミニマムへと落ちていく。

「doorは静かに空けなさいって何度言ったらワカルの!?」
くわっと見開いた目をちらりと見て、思わず竦み上がる自分を自覚する。

「sorry・・・」
大きな体をこれでもかと言わんばかりに縮ませているのを見て
納得したのか、母はワカレバイイのよ、とだけ告げて台所へと帰っていく・・・

ふう。
と、ため息をひとつ。
いつもならこうはいかない。

(なんというか・・・その・・・もっと口うるさいのにな。)

・・・お袋も一応祝ってはくれてるんだな、という確信は、すっかり縮こまった気分をすがすがしい気分へと転化させていた。

改めて玄関を出る。
今度は静かに。

足元に違和感を覚える。
今日おろしたばかりの真新しいローファー。
まだ当然足にはなじんでいない。

トントン、とつま先を打ち付ける。
ふと、ある物が目に止まる。

バランスを保つために右手で捕まえている
・・・バイク。

フロントはこなごなに砕け、
右半分は擦り傷でボディのペイントがなくなっているそれは、彼にとって
特別なものであった。

事故の名残・・・

_______

忘れもしない去年の夏だ。

いろいろとムシャクシャしていたからかっ飛ばしてスカッとしよう。
そう思って出かけた。
いつだっていやな事があるとそうしていた。

その日の空はどんよりと重かった。
湿気のせいか、飛ばしても飛ばしても重苦しい空気がまとわりついて
よけいにイライラを増徴した。
普段なら外環を飛ばすところなのだが、もっと速度を出したい。
そう思って梶原ICから高速道路にのる。

山を越えて、もっと遠くへ。
しかし、料金の持ち合わせが無いことに気づき、広隆寺ICで降りる。
坂を下って一般道へ。

狭い合流口を高速で通り抜ける。
事故多発注意の看板を一瞥して。

慢心だったのかもしれない。
減速せずに降りた一般道で目の前を横切る影。

犬。

犬が飛び出して。

とっさにハンドルを切って・・・・

_______

ふと、回想から戻る。

毛。
毛の感触がする。

足元にじゃれ付いてくる犬。

赤い首輪の白い犬の、毛。

そっと抱き上げてやる。
すると、甘えてか、鼻先を擦り付けてくる。

名前は付けていない。
いい名前が思いつかないから。
そのうちいい名前が思いついたらつけるつもりでいる。
だから・・・

ただ頭をなででやる。
行って来るよ・・・
そう言いながら。

___________

学校につくと早々、名簿が渡された。
クラスわけが成されていて、その教室の前に並ぶよう、指示された。
おとなしく出席番号純に並ぶ。

これが俊平にとってかなり骨の折れる作業だった。
いちいち周りの奴の番号を聞いて回らなきゃならない。

多くの生徒は余裕綽々で、俊平はあせりを覚えていた。
なぜならこの学校、中学からの内部進学の者が殆どで俊平のような途中進学者は約1/4しかいないのだ。
内部からの上がり同士は顔見知りだから当然楽なのだ。

やっと俊平が並び終わったころには既に式10分前だった。
先生が入場方法について説明を始める。
その間に服装のチェック(!!)が入る。

この日のために制服は大事にしていた。

巡回の先生が来る。
どうだ、と言わんばかりに、俊平は誇らしげに胸をはって見せた。

ギロリ。
鋭い視線が俊平の胸に突き刺さる。

自信満々の俊平。
当然、問題は無いはず・・・だった。

しかし。
「馬鹿者が!!」
いきなりの怒声。

次の瞬間に拳が頭に突き刺さる。
痛みと共に自分が怒られているのだとやっと俊平は理解した。

そして理由を知り、愕然とする。
校章を忘れている、ということを。

(そういえば、制服に傷がついたら嫌だからっていってつけるの忘れてた・・・)

そして、そのつけなかった校章は自宅の机の上に置いてあることも同時に思い出す。

忘れました。と小声で告げる。

「急いで買いに行け!」
怒鳴られて即刻俊平は駆け出した。

_____________

財布を持たずに向かったミスも乗り越え、なんとか時間内に購買部へと辿り着けた。
あとは買うだけである。
レジのおばさんに言えば、売って貰える。

よし!

張り切ってレジに向かった矢先に。

ドン!と。

強く背中を押され、俊平はつんのめる。
その隙に何者かが前を横切る。

女の子だ。
茶髪の。

女の子はレジで学年章を頼んでいる。
負けじと俊平も校章を頼む。

はた、と
視線が合う。

気まずい。

しかし、相手はそんなことにお構いないようで・・・

「何だ、オマエも忘れたのか?」

俊平の驚きメーターはマックスを指した。

実は、生まれてこの方、
体格のごつさとハーフゆえのほりの深さのため、女子はおろか、
男子からも恐れられなかったことがなかった。

そして、これもまた体格ゆえに、誰にもふっとばされたことがなかった。

(俺、ショック!!)

口をパクパクする俊平を尻目に女の子は走り去っていった。
時間、ヤバイよ!!
とだけ言い残して・・・

そのせりふで我に還った俊平は、買ったバッジを握り締め、全速力でもと来た道を駆け出した。

________________


なんとか式には間にあった。
すでに俊平は会場に入っていた。

しかし・・・

俊平は半眼であった。
生徒代表の台詞など、上の空で・・・

________________

隣の奴に揺り起こされた時には式は新入生退場の行進が始まっていた。
いつの間にか眠ってしまっていたことが、事始め完璧主義者の俊平にはもの凄くショックだった。

すっかりしょげ返っている俊平はうつろな目で他クラスの行進を眺めていた。
賢そうな・・・いや、ガリ勉そうな集団だ。
英数コース。
いわば秀才の集まりのようなものである。
(こういう輩は好きじゃない。)
俊平は嫌な目で見送る。
しかしびっくり!
一気に目が覚める。

なんと!
さっきの少女が行進の真っ只中にいるではないか!!
茶色い髪が黒髪の中で際立って・・・いや、浮いているため、一目で彼女と知れた。

英数だったのか・・・
何だか妙な孤独感を覚える俊平。

ほんの少しだけ、同属のにおいがしたような気が、彼にはしていたのだ。

彼女の容姿は印象の強い部類に入るだろう。
日本人にしては彫りの深い顔、茶髪。

茶髪から俊平は、彼女があまり賢くはないと推測していた。
だから同属と思っていた。
それを裏切られたから・・・
きっとそうだろう。

少し違うような気がしつつも、彼女を視界から外す。
その直後だった。俊平のクラスの行進が始まったのは。

立ち上がるとたくさんの保護者や来賓がいることにようやっと気づく。
カナディアンハーフの俊平の容姿は目立つ。
視線が自然とこちらに向かっているのを俊平は自覚していた。

(これだけはさけられないな・・・)
頭を垂れ、回避するように行進する。
気を紛らわすためだけに自分の歩数を数える。

進むこと約200歩。
光とともにサクラの花びらを含んだ心地よい春の風が俊平を出迎えた。
外だ。

あんまりに嬉しくて腕を振り上げて

「よっしゃあー!!」

誰かに拳が当たったようだけど気にしない。
嬉しくってさらに小躍りする。
それが大きな俊平の体にあんまりにも似合わなくってまわりから失笑を受けていることには本人は全く気づいていない。

何も俊平は考えていなかったし、何も見えてはいなかった。
だから人に当たるのも当然のこと。
退場行進してきた列にぶつかった。

はっと我に還る俊平。
視界には人の群れ。
避けよう。
思う思考とは裏腹に体はうごかない。
俊平の視界はあるモノにくぎづけになった。

長い黒髪。

視界の隅で揺れたそれを認識したその刹那・・・

赤。

俊平の視界は一面の赤で閉ざされた。

脳裏に浮かぶ映像。

重たい曇空。
風に舞うビニール袋。
アスファルトに広がるガラスの破片。
血。

・・・赤。

脳裏に焼きついた、記憶。

それらはほんの瞬間だった。
一瞬の間に起こったフラッシュバック・・・
だが俊平にはその一瞬が無限に感じた。

ごつんと背中に人が当たる感触で俊平は解放された。
どうやら足を止めていたようだ。
人の群れの中で突然足を止めたのだから、人に当たるのは当然のこと。

開放されるやいなや俊平は走り出していた。
黒髪の見えた方角へ人ごみを掻き分けて走る。

しかし、黒髪はどこにもなかった・・・

運命。
漠然とそんな単語が俊平の胸に浮かんだ。
まさに今、俊平は運命を感じていた。




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