俺が外に出たのを見計らったように、今更鳴り響く非常ベル。
  この盗聴器にはまだ当分気づかれないだろう――そう思っていたが、甘  かったか。
  さっきから、聞こえるものは無責任なノイズの嵐。
  車がエンストする。焦る心臓を宥めすかして、もう一度。
  ――やった!
  努めて平静な顔を保ち、黒のワゴンは何事もなくビル街からホテル街へ  と走り抜けた。
  まさか仕事先であんな物を見つけることになるとは思っていなかった。


  誰が考える?誘拐しに行った相手が既に死んでただなんて。
  この分だと、殺したのは俺たちだと思われているに違いない。
  しかも、事前に仕掛けた罠は――最も周到に仕掛けた盗聴器にさえ気づ  かれたのだ。
  この分では他のも見つかっていることだろう。
  逆に俺の足跡を残す結果になってしまった。


  海楼不雷、一生の不覚――

  **********

  場所がよくったって一等地になれない場所ってのは、意外にあるもの   だ。
  例えば其れは、路上へと続く道がどこにも見当たらない場合――。
  建物同士の隙間に埋もれた、奇妙な空間≪デッド・スペース≫。
  ガキの頃には、そんな場所はどこにでも転がってたものだった。
  憶えてないか?路地裏や橋の下をくぐって、自分だけの秘密基地を。
  子供が子供で居るために、作り出した自分たちの世界を。
  それとも、あんたがガキの頃にはそんなスペースなかったのか?
  だとしたら御愁傷様。

  二十年ちょいで、世界はごろりと変わったのさ。

  いまや子供の方が大人じみてて、
  俺たち大人は――それでも、子供には戻れない。
  ごくわずかな大人だけが、子供っぽいことに興じている世界。
  俺たちがいるのは、そんな世界なんだ。

  そして俺はそのなかで主導者にはなれずにいる。
  むしろ俺は子供なのか?
  今は親父の会社で、ただ毎日をくすぶって生きてる。

  単にその会社が普通じゃなかっただけの話。
  親父の会社は今時懐かしい≪秘密結社≫――

  ≪秘密結社 BLACK TIGER≫

――いまのところ、組織構成員は俺一人。

  **********

  「この先如何する気だ?」
  そ知らぬ顔で通夜に出ていた俺を引き留めたのは、表向き総合商社海楼物産の社長――
  つまるところ、俺を裏に引き込んだ大元の存在にして、俺自身の親父殿――だった。
  ついでに、今一番会いたくなかった人物でもある。
  それでもこういう公の場では顔を合わせなければならないのは、たまらなく苦痛だった。
  「さあ、どうするなんて一介のヒラ社員の知るところじゃ、ありませんよ」
  「当然だ」
  わざと軽薄そうな営業スマイルで交わした言葉は難なくかわされて。
  大事なことはその言葉ではなくて、よく見れば不自然な形に動く唇。
  【 ナ ン ノ ツ モ リ ダ 、 ク ソ オ ヤ ジ 。 】
  親父自身は、読み取れても、この会話をすることはできない。
  「何、今は社長という肩書きではなく、父親として心配しているのだよ」
  しゃあしゃあと言ってのける。

  ……むかつく。

  「まあ直属の上司とはいえ、仕事そのものがなくなったわけじゃありませんし。
   亡くなられた課長のためにも、僕たちが頑張らないと」
  【 ワ カ ッ テ ル ン ダ ロ 、 コ ン ド ノ コ ト ハ 。
   サ キ ニ テ ヲ ウ タ レ タ 、 ド コ カ ラ ナ ガ レ タ ? 】
  この男には読み取れないスピードで話す。

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