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昨日は貝塚市堤の「たから寿司」さんで、毎年恒例の木島小学校6年3組のクラス会でした。2週連続の同窓会でも疲れません・・・(笑)。どちらも「還暦」同窓会ですが、まだまだ若い者には負けません・・・(笑)。今年も関東からD君が駆けつけてくれました。彼はJR東日本の関連会社の役員をされていて、多忙にも拘わらずこの日も3次会まで付き合ってくれました。毎年の事ですが11:30から始まり、3次会のお開きは22:00ですから、相当長い時間をワイワイ騒いで楽しく過ごしました・・・食べて呑んで、喋って騒いで、歌って踊って、2次会は弊社スタジオ、3次会はカラオケへ・・・かなり密度の濃い充実した時を過ごしたのです・・・やはり多くは、小学校6年間だけでなく、その前の木島保育所1,2年と、その後の貝塚三中の3年間と10年も一緒に過ごせば、楽しくないはずはありません・・・もうこんな事も早いもので、4年も続けています。今年は担任の藤田先生も90歳の御高齢で、残念ながら出席できませんでした。そして、この日は奇しくも先生の90歳の誕生日でしたので、みんなで色紙を書いて渡すようにしました。しかし、クラス会はイイものですねェ・・・高校のクラス会も毎年やっていますが、人数的に10~20人というのは継続するのは、ちょうどイイ感じです。これが学年となると、3~10倍に増えますので、一筋縄ではいきません・・・幹事が大変になり、目的が同級生を集める事になってしまい、本来の目的である「同級生との語らい」が、ないがしろになってしまいそうです・・・先週の学年同窓会もそうでしたが、物理的に百人とジックリ話すのは無理です。今年のクラス会は私がスタジオを始めたという事もあり、2次会はスタジオを無料で使ってもらう事にしました。元々22畳と広いので、音楽スタジオだけでなく、ダンスやパーティにも使ってもらう事を想定していました。スタジオではスマホのカラオケアプリでカラオケもしましたが、メインはドラムです。私以外、全員ドラムは生まれて初めてです。そりゃ、そうでしょう・・・音楽に合わせて簡単な叩き方を教えてやると、みんな結構楽しんでいました・・・ドラムを叩けばストレス発散になり、スッとします。こんなところにも、ドラムの効用があったのです。スタジオでまた呑んで食べて喋って、ドラム叩いて歌って踊って・・・そして3次会は市内のカラオケ店へ・・・いつもはカラオケ店で喋ってばかりいますが、今回は珍しくカラオケ大会です・・・(笑)。ここで3時間歌いっぱなしです・・・そして、お開き。前半スピードが早くなってしまい、1次会で完全にデキあがってしまいました・・・(笑)。やはり老体の事を考えると、もう無理は出来ませんので、2次会はペースダウンし、3次会ではアイスカフェオーレ1杯だけでした・・・(笑)。もう歳には勝てません。明日の事を考えると、ホドホドが一番なんです・・・ワァーワァー、テキトーに騒いでストレス発散デキれば、明日からの生きる意欲に繋がります。まァ完全に飲食のコントロール出来たお蔭で二日酔いもなく、今日は朝一番から気分スッキリ、仕事もはかどります。という事で、やっぱりクラス会というか、同じ時代の空気を吸った同級生同士の語らいは、ヤッパ楽しいなァ・・・(涙)。この「同じ吸気を吸った」というのがポイントで、趣味のウインドサーフィンや空手の仲間との語らいも、また格別です・・・スタジオを始めて一緒にドラムを40年ぶりに再開しましたが、新たに加わりそうな「ドラム仲間」との忘年会も楽しみです・・・ウインドサーフィン、空手、ドラム・・・と、結局20代に経験したモノに戻ってしまいました・・・(笑)。過去40年多少イロンナ事を経験しましたが、最終的には「本当に好きなモノ」に還ってきたという事か?20代半ばで結婚してから仕事を一生懸命し過ぎ、趣味や遊びがそれほど色々とデキなかったというのもありますが・・・中途半端に同じ事を長いことしてるなァ・・・「もっと、新しい事にチャレンジせんか!」と笑われそうですが・・・(笑)。まァしかし上手下手は別にして、この歳になっても仕事以外に自分が「本当に好きなモノ」があるという幸せを感じますねェ・・・(涙)。 >にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2016.11.20
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昨日はアゴーラリージェンシー堺で、鳳高校27期の「還暦同窓会」でした。我々1年10組が初めて幹事クラスとなり、何回も入念に準備をしたお蔭で、盛大かつ非常に楽しい同窓会となりました・・・(涙)。学年同窓会としては今回3回目で、これまで来れなかった人や新たに住所判明した人などの参加で、前回同様の約140名ほど集まりました。27期のホームページがある事によって、だいぶ集客に役立っているようです。また、私のこの拙いブログも多少なりともそれに役立っているのも、自分的にはチト嬉しいですねェ・・・今回の会場のテーブルは、1年のクラス別です。前回は1年のテーブルにして、途中から2年に変えて移動する形式にしましたが、結構混雑しますし、3年は文系理系別で理系に男子が集中しすぎたので、一番楽しかった1年次という事に落ち着いたのでしょう・・・テーブルを回っていると、結構「ブログ見てるでェ・・・」と同級生から直接言われると、恥ずかしい面もあります。途中、高校時代を思い出してフォークダンスを全員で会場を囲んでやりましたが、大いに盛り上がりましたねえ・・・若い人から見たら、チョッと気持ち悪い光景かもしれませんが、本人らにとって懐かしい青春を思い出しているのです・・・(笑)。女子が人数で上回っていましたので、余った女子が少し気の毒のように思いましたが、健康寿命と平均寿命を考えると、還暦のこれから増々男子が減り、女子が本領を発揮し増々しぶとく生き残っていくでしょう・・・(笑)。しかし、不思議ですねェ・・・同級生というだけで、喋った事もない、顔しか知らない、同じ組にもなった事の無いのに、思い出話で大いに盛り上がったりするのです・・・どういう事なんでしょう?その時の同じ「空気」を共有していたというだけで、不思議な絆が生まれているんでしょうか?女子から「あの時、笹谷君ともっと喋っていればヨカッタ・・・」なんて話されると、もっと積極的に女子と喋っておけばよかったと後悔しますねェ・・・(笑)。昔は、考えられない?ほどウブで、シャイだったのです・・・(笑)。当時はこっちも、丸坊主の中学生からいきなり堺にある都会?の高校に放り込まれた感じで、長らくショック状態だったというのが正直なところです・・・(涙)。言葉も文化も少し違う、「自分は田舎者か?」という劣等感みたいなモノが常に付きまとっていました・・・極めつけは、女子から「どこから通っているの?」という質問に、貝塚とは言えず「岸和田の方からや・・」と見栄?を張った自分が悲しかったですねェ・・・(笑)。当時堺の人間からすると、南の方は岸和田くらいまでは知っているけど、それより南の方は「あまり分からない」という認識だったのです・・・高3時の鳳高祭で、誠団の太鼓担当だったのですが、私が叩くのを見て「さすがだんじりの本場岸和田やなァ・・」と言われましたが、「イヤ、貝塚なんや・・・」と言い返す事がデキなかった自分が情けなかったですねえ・・・(笑)。まァ、そんな屈折?した思春期の心理だったので、ロン毛で革靴を履いて泉州弁とは違う大阪弁を喋る堺のシティガール(貝塚三中女子はロング禁止)と入学当初は喋れる訳もありませんでした・・・(笑)。その反動で、昨日は当時美人で名高かった女の子と当時は喋った事もありませんでしたが、美熟女となった彼女達と軒並みシャベリ倒しました・・・(笑)。食事を取るのも忘れ、あれだけ喋り倒しても美熟女が多すぎて、まだまだ時間が足りません・・・(笑)。女子だけでなく男子も42年ぶりで懐かしい面々にお会いしましたが、これを機に個別のクラス会でユックリ話したいと思います・・・ブログやフェイスブックをやっていたせいで、相手はこちらの事をある程度知っていたのも、会話をスムーズに運べたのかもしれません・・・27期ホームページの集客力もそうですが、ITの力、恐るべし!これが、時代の流れなんでしょう・・・今回、着物姿の熟女が4人いて、何かイイ感じでイロっぽかったです・・・やはり、日本女性には着物姿が似合いますねェ・・・男子は今年60歳定年で、多くの同級生は一応仕事に一区切り出来た年でもありますので、アチコチでクラス会の話で盛り上がっているようです。既に女子が多かった3年次の文系クラスでは、クラス会が活発に行われているようですが、私の理系は殆ど男子ですのでこれまでクラス会は一度もなかったのですが、女子が多いクラスと「合同クラス会(合コン)」しようかという話で盛り上がっています・・・(笑)。理系のオッサン(ジジイ)だけのクラス会をしても、オモロないという事です。そうやってアチコチでクラス会が活発になると、次回学年同窓会(3年後?5年後?)までに、学年全体かなり熟成して、同窓会も肉のように更に美味さ(良さ)が増すでしょう・・・(笑)。今回2次会は特に用意してなかったのですが、ホテル地階の居酒屋に一部流れ込みましたが、後から1次会に行けなかった人や色んなグループがドンドン流れ込んできて、部屋がヒトでヒトで大変な事になり、ここでも大いに盛り上がったのです・・・という事で、先輩や後輩で我々のようにここまで仲の良い学年はないようで、羨ましがれそうです・・・受験を控えた高3の鳳高祭で、我々高3が団結して後輩たちを引っ張っていき、一番楽しんでいた記憶があります。受験勉強をしないといけない秋なのに・・・受験を犠牲?にしてまで、二度とない青春を楽しむ・・・これが、60になってもみんな仲の良い原因なのか・・・ にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2016.11.13
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世界的に有名で日本が誇るプロジャズドラマー「東原力哉」さんが、弊社トランクルームをドラムセットの保管に使って頂いています。今日、お弟子さんと来られました。「リキヤさん」と言えば、フュージョンバンド「ナニワエキスプレス」のドラマーとして余りにも有名で、ミュージシャンや音楽ファン、4,50代以上のドラマーなら誰でも知っています・・・80年代前半のフュージョンブームの時に「BELIEVIN' 」の大ヒットで、日本中で一般的にも有名になりました。普通、歌(曲)というのは歌詞にも感動するものですが、ジャズやフュージョンといった歌の無いインスツルメンタルだけの曲でここまでヒットした曲は過去にも知りませんし、それほど人々の心に彼らの演奏が心にグサッと来たのでしょう・・・その中でも、リキヤさんの派手なドラミングが光っていました・・・そのリキヤさんのドラムが、弊社トランクルーム貝塚の1室に眠っていると思えば、思わず興奮してしまいます・・・(笑)。これからリキヤさんのドラムの個人練習だけでなく、自身のリキヤバンドといった10人規模の大人数ビッグバンドでの練習にもスタジオ0724を利用して頂ければと・・・出来れば、泉州地区でのジャズドラムレッスンやクリニックにも使って頂ければ幸いです・・・彼は40年くらい長い間プロミュージシャンでしたから、他の場所にも山ほど楽器があるそうです・・・弊社トランクルームの11畳という部屋(高さ305cm)に、それらすべてを集約して頂こうという話をしています・・・月額25000円(税込み)の超安値ですし、4tトラック(ロング)×2台分の莫大な荷物が収納できます。そして、スタジオが横にありますので、何時でも自分のドラムを引っ張り出して練習が出来るという夢のような環境が実現できます。こんなリハーサル音楽スタジオとトランクルームが上手くミックスしたところは、日本中何処を探してもないと思います。もちろん、他のプロドラマーさんやセミプロやアマチュアドラマーさんも同じ事がデキるのは言うまでもありません。ドラマーの夢を実現させる事が、また私の夢でもあるのです・・・(涙)。そうやって、増々「ドラム文化」が広がってくれれば・・・言う事なしです。8か月スタジオ経営やって一番思ったのが、「ドラムの個人練習が異常に多い!」という事です・・・(驚)。弊社スタジオの約半分が、ドラムの個人練習です。しかし残念ながら、個人練習は1時間500円(税込み)なので、これではトテモ採算が合いません。これからバンド練習(1時間1500円、高校生以下は1000円)が増やす事を経営的には目標としますが、そうすると1部屋しかありませんので物理的にドラムの個人練習が減ってしまいます。しかし、ドラムの個人練習を軽視する訳にはいきません。そこで、「もう1部屋」増設となってくる訳です。2018年中には隣接している15畳の保管を「Bスタジオ」にする計画を練っています。防音工事をすると、11畳くらいに狭くなってしまいますが、これでドラムなどの個人練習や4,5人までのバンド練習が出来るでしょう。やはり、バンドの要はドラマーです。アドリブ全開のディープパープルのリッチー・ブラックモアのギターも、正確にリズムを刻むドラムのイアン・ペイスがいたからこそテクニックを発揮できたのです・・・だんじりの鳴り物もバンドのドラムに当たるのが小太鼓で、早いスピードの4番大太鼓のアドリブをノビノビと自由に効かせようと思えば、小太鼓がシッカリしていないと叩けません。小太鼓のスピードが早くなったり遅くなったりすれば、そのあやふやなスピードに合わせようとするだけでストレスが溜まって本来の力が発揮できないのです・・・スマホアプリのメトロノーム「245のスピード(4番)」のクリック音を、イアフォンで聴きながら小太鼓を叩けば理想的ですが・・・今は大工方の踊りに合わせる3番が主流で、大太鼓の4番アドリブもお呼びでないかもしれませんが・・・しかし、現状では練習する場所がなく、ドラムをしたくても中々練習するチャンスがなく、1人前のドラマーがなかかな育っていないのです・・・家ではまず出来ませんし、ドラムの特にバスドラムの低周波振動を抑えるには相当の技術と知識と経験が要りますので簡単には練習場所(自宅の部屋、スタジオ)が作れないのです。初心者ドラマーやこれからドラムをやりたい人(潜在需要)が山ほどいるのに、練習場所がネックとなっているのです。私が4ヶ月通っていたヤマハの楽器レッスンでも、ドラムの生徒がダントツに多いそうです。そのネックを弊社スタジオで解消できれば、1人でも多くドラムが上手になれば、1人前のドラマーが1人でも増えれば・・・私としてはこれ以上の事はありません・・・(涙)。更に言えば、ミュージシャンというのは自分の楽器で練習したいものですが、ギターはスタジオに持って来れますが、自分のドラムセットをスタジオに持ち込むなんて聞いた事がありません。それを、弊社「トランクルーム貝塚」と「スタジオ0724」で可能にしようという事です。今すぐには、月額4000円(税込み)で軽トラック1.5台分(ドラムセット3台分くらい)の荷物が収納できる部屋が30室ありますが、将来的には月額3000円(税込み)でドラムセット1台を充分収納できる小さな部屋を24ブース作る計画をしています。まァ、車マニアやバイクマニアと一緒で、ミュージシャンも自分の「道具(楽器)」に拘りを持っているものです。その希望実現を少しお手伝いするのが、ある意味弊社の使命です。これはもう、チョッと大袈裟に言えばビジネスを超えた私の「人生の悲願」だったのです・・・(涙)。1人前のドラマーが増えれば、バンドも活性化します。それが、南大阪(泉州)の音楽文化の底上げに繋がると思うのです・・・だんじり祭の鳴り物の太鼓もそうですが、遠慮しながら叩いては練習になりません。力一杯、思いっきり叩く事によって、力の抜き加減や、バチの握り加減、叩く時間と残りパワーの加減が自然とワカッテくるのです・・・高校生の軽音部の「遠慮しながら音を出しているんです・・・」てな話を聞くと、ホント可哀そうになります・・・(涙)。「安するさかい(高校生割引=1時間1000円)、どんどんスタジオに来てもろて、思いっきり音出しや・・・」となるのです・・・という事で、今日は同じ還暦で誕生日も近いリキヤさんと小学生時代にドラムを始められた話から、GSサウンズ、シカゴ、BS&T、ディープパープル、レッドツェッペリン、ナニワエクスプレス時代の話、ドラムの話、和太鼓の話、貝塚出身のミュージシャン・・・・・・正に、同じ年だからデキる楽しい愉しい音楽談議に花が咲きました・・・そして、弊社スタジオ0724は「ドラムに力を入れます!」と改めて公言します。私が和太鼓(だんじり)キャリア55年で、元ドラマー(40年ぶりに再開)だったという一風変わったオッサンだからこそ言えるのか・・・(笑)。南大阪(泉州)のドラマーのみなさん、弊社スタジオにドンドン集まって来てください!チト、言い過ぎか・・・(笑)。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2016.11.11
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昨日はミナミ難波で、45年ぶりに鳳高校時代生物を習った恩師とお会いしました・・・(涙)。来週の学年同窓会には出れないという事で、その前に会おうという事で再会したのです。と言うのは、恩師の城田安幸先生は長らく弘前大学農学部で准教授をされて拠点も青森県だった為、今回たまたま沖縄に所用に行ったついでに大阪に一時帰って来られたのです。大学退官後も自ら「株式会社 医果同源りんご機能研究所」起業されたようで、多忙を極めまた直ぐに青森に帰らなくてはならないとの事で、学年同窓会には出れないようでした。城田先生と高島屋で待ち合わせ、オリエンタルホテルのパブHUBに行くまでの間、千日前の路上で偶然にも読売テレビの取材を受けました。先生の赤の半袖アロハとバンダナが目立っていたんでしょうねェ・・・(笑)。それにしても、70近い先生は元気です。元気がなにより・・・先生から元気を貰えます・・・しかし、この城田先生は我々1年10組と2組しか生物を教えていないのです。他のクラスは別の先生で、しかも城田先生は非常勤講師だったのです。もっと具体的に言えば、当時先生は大阪府大農学部の大学院生(博士課程)だったのです。まァ、大学院で学びながらアルバイトで高校生に生物を教えていたというのが実際のところでしょう。しかし、何で?たった1年しか習っていなくて、しかも殆ど大学受験に関係のない生物で、それも常勤の先生ではなくてアルバイトの先生なのか?一言で言うと、先生の授業はオモシロく印象に残っていたという事です。授業ウンヌン成績ウンヌンと言うより、チョッと大袈裟に言えばクラスメート全員のその後の人生に与えた影響が大きかったのです・・・単なる高校教師という枠組みを超え、人生の何たるかを伝えようとし、我々高校生もそれに共感しキャッチしたのか・・・本来の教育とはそういうものだと思いますが・・・まァ、それほど先生のインパクトが大きく、我々1年10組が割りとまとまっているのも、感動した授業を一緒に受けた事が大きいと思います・・・授業中よく脱線し、先生のこれまでの体験談や人生に関する雑談が多かったですねェ・・・確か最後の授業のテーマは直接生物とは関係のない「人生とは?」だったと思います。みんな当時テレビで流行っていた学園ドラマ風に、感動で泣きました・・・先生も・・・昨日の事のように思い出します・・・(涙)。その中で印象的だった「棺桶に入る時に、俺の人生はヨカッタ・・・と言えるように・・・」という言葉がずっと頭にの何処かに残っていたのも、スタジオを始めたキッカケかもしれません・・・もう60歳、このままだと人生悔いが残る・・・ならば、前々からヤリタかった音楽スタジオを是が非でもヤロウ!・・・となった訳です。少々の反対や抵抗も吸収できるように資金面で誰にも迷惑のかからないように(無借金)、何年もかけて着々と準備を進めてきました・・・確か1年10組は校内テストで上位50番に入る者は(450人中)、いつも1人いるかいないかというくらいクラス全体のレベルが最低だったように思いますが、私の知っているだけでもクラスで下位の者が府立高校の現役校長だったり、副市長経験者に2人、上場企業の役員(経験者含め)の2人・・・と、クラスの中だけでも結構社会人になって活躍している者が多いのに驚かされます・・・???これを見ても学業と実社会での出世?とは、それほど因果関係が密接ではないような気がします・・・まァ、そんな感じの半袖アロハで独特のオーラを持った先生にテレビ取材班が食いついたのも、自然な事かもしれません・・・実はこの先生、これまでイロンナ場面で全国のマスコミを賑わせてこられました。一番驚き、久しぶりに先生の存在を「発見」したのが、1998年長野冬季オリンピックでリンゴの繊維を使ったリサイクル可能な食器を使用するという先生の新聞記事を見た時でした。 リンゴジュースを製造する過程で出てくる搾りかすをパルプと混ぜて紙製の皿を作るもので、使用後は再生紙の原料や肥料、固形熱量として再利用でき、洗浄の必要がなくなることからも省資源・自然保護につながり、経費の面でも陶器製食器を使うよりは割安になるという内容でした。我々ともう一学年下のたった2年だけ高校教師をして、その後は学問に専念すると仰られていましたので、「城田先生、言ったとおり頑張っているんやなァ・・・」と感激したものです・・・この上が下に身をもって手本を示すというのも私の主義の一つになっていますが、これも知らず知らずの内に見習っていたのか・・・?自分が実際見本を見せないと、人は信用しないと・・・口先だけでは誰もついてこない。先生はその後、NHKテレビ番組にも専門分野で長年関わられたようです。先生は多感な高校生だった私達に言った通りの人生を歩まれていたのです・・・(涙)。しかし、先生の授業は何故か印象によく残っています・・・45年前当時から生物の授業で「エコロジー、エコロジー・・・」と、今から思えば高度成長期のイケイケドンドンの時代に反する?事をよく堂々と仰っていたのだなァ・・・と感心します。いくつかのグループに分かれて、「しょうじょうバエ」を飼って交配実験をしたり、餌をやり忘れてハエが死んでしまったグループが先生から雷を落とされたり・・・今はごく普通にある「高校生の大学訪問」も、当時先生(大学院生)の大阪府大での講義をみんなで聴きに行ったものです。高校生が大学の授業を受けるなんて、想像外です・・・こんな事がデキるのか?と。この間まで中学生だったのに、いきなり大学生の仲間に・・・(驚)。既成概念を打ち破るという発想を、知らず知らずのうちに意識下に沈着させたのか・・・府大の階段大教室の一角を我々高校生が占めて「シロタ先生~!」という黄色い声援に、大学生たちから奇異の目で見られた事が忘れられません。生物の授業も変わっていましたが、受験勉強に関係のない美術の先生の授業もチョッと変わっていました・・・小中学校図画工作の成績だけは、ずっとクラスで1,2番の5でした。それが高校生になってから、いきなり3に落ちたのです。このショックは相当なものです。授業内容は油絵の抽象画です。これまで具象画ばかりで自信満々だったのが、空想の絵を描けと言われたとたん、頭の中がカラッポだったのを露呈したのです・・・絵は小手先ではなく、ココロで描けという事か・・・絵は美術室に籠って描くだけではなく、頭をリフレッシュして広い校庭の何処でもキャンバスを持って行ってヨシという方針で、1学期に1回有名美術館巡りが必須でした。松林のベンチで昼寝していると、就業ベルを聞いて走っても広すぎて遅れそうになりました・・・(笑)。有名な絵を見ていると「ココロが奪われる、吸い込まれる・・・」というのを体感しました。60過ぎで初めて絵を見ても、あまり感動する事もないと思いますが、多感なハイティーン時代こそ、音楽や美術といった芸術に触れる大切さを学んだような気がします・・・高校では最初ラグビー部に入りましたが、その後オーケストラ部に入り直し、芸術は音楽ではなく美術を選択してヨカッタと思います・・・その美術の先生も、その後大学教授になられたと聞いています。やはり、学問を追求している本当に「偉い先生」というのは、文部省や受験に関係なく生徒の人生に影響を与え出世するのでしょう・・・当時の鳳は前年まで学園紛争が吹き荒れ、我々が入学した年から前年と打って変わって自由な雰囲気が満ち溢れていました・・・ヘルメットにゲバ棒を持って暴れた代償として、自由を勝ち取ったのでしょうか・・・中学までは丸坊主で厳しい校則でしたので、その自由に戸惑い、堺の同級生らの文化や言葉や情報の違いにカルチャーショックを受けたものです・・・(笑)。それ程昔は、同じ南大阪(泉州)でも、泉南エリアと泉北エリアはイロンナ面で違っていたのです・・・まだまだ情報化社会では無かった45年前は、エリアによって格差があっただけの事です・・・人生を振り返ると、節目節目で大きなショックや挫折がいくつかあるものですが、これを「自力」で何とか乗り越える事によって、本当の意味で「成長」というのがあるんですねェ・・・少し横道にそれましたが、そんな城田先生と私との接点はフェイスブックでした。確か、数年前に私がFB上でたまたま城田先生を「発見」して直ぐに友達申請をしました。しかし、全く返答もないまま、1年くらい過ぎた頃にやっと返事があり、それからFB上でイロイロとやり取りをしていたのです。それが、今回の再会に繋がった訳です。そういう意味で、フェイスブックの意義はスゴイと思います。FBがなければ、繋がる術がなかったのですから・・・という事で、昨日は外国人観光客の実態をこの目で確かめたいという想いから、待ち合わせ2時間前に難波駅の手前の新今宮駅で降りて、新世界~日本橋~黒門市場辺りをウロウロしてから先生と私と女子の3人で会い、懐かしの授業の思い出話や先生の過去から現在までのストーリーをパソコンで見ながら、本当に楽しい時間を過ごしました・・・これまでも何回もお呼びしましたが中々実現できなかった毎年行っている1年10組のクラス会にも、来年こそ是非城田先生に来て頂きたいと思います。今回テレビ取材を受けた訳ですが、12月24日(土)読売テレビ「土曜はダメよ!」の(クイズ!さんたくろう)で放映されるようです。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2016.11.04
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