もう2週間くらい前のこと。その日は朝から、ぶ厚い雲が霧雨を散らつかせる鬱陶しい天気が続いていた。夕方の6時頃、私は、母親が思わぬ怪我の保険料で手にしたiBook(笑)をセットアップしてあげるため、代々木駅から親の家に向かって歩いていた。
 代ゼミの脇を通り、小さな飲食店の並ぶ通りを下る。ハンバーガー屋、ラーメン屋、少し前に流行したシュークリーム屋…、学生の街だけあって、手頃な価格帯の店が多くを占めて、様々な臭いが混ざり合っている。しかし、この手の街は、決まって路上にゴミが散乱していたりするので、実はあまり好きはない…なんて、天気のせいだろうか、そんなつまらないことを考えながら、下を向いて黙々と歩く。
 そんな時、もうすぐ日も暮れる頃というのに、突如、ふわぁ~っと辺りが明るくなった。すれ違う女の子たちが、にこにこ笑いながら上を向いている。何だろうと、つられて上を見上げてみると、淡い水色からオレンジ色へグラデーション掛かった空に、大きな虹が円弧を描いている。しかも、今まで見たこともない、くっきりと鮮やかな虹だった。カップルの彼女の方が、1、2、3、4、5、6、7色!すごーい!と騒いでいる。私も、金物屋から出てきたお婆ちゃんと目が合って、「きれいだね~」「きれいですね~」と、面識はないが、笑顔で言葉を交わす。とにかく、みんな、にこにこ、幸せそうな笑顔で空を見上げている。なんだろう、この情景は。こんな簡単に、一瞬にしてみんなが幸せになれるものって他に何があるだろうか。ひとりのデザイナーとしても、ある意味こういう状況を理想としたい…。

 ………しばらくして、ふと気が付くと………

 何と、その虹と自分が、すっかり入れ替わってしまっていたのだ。海には、虹になってしまった自分の姿が映っている。私は、誰かの幸せを願いながら、太陽の前へ丁寧にプリズムを並べていく。もろいプリズムたちを、ひとつ、またひとつ、と。ふと、地上に目をやると、にこにこ笑っている人たちが、随分遠くに見える。手を伸ばしても届かない。いつの間にか雨もやんで、そんな風に、一時の幸せな時間は流れていった。
 しかし、そんな時間も束の間。暫くすると、美しい光を放っていたはずのプリズムたちが、次々と溶けていく。また冷たい雨へと姿を変え、あっという間に消えて無くなってしまった。儚かった虹の光。

 私は、誰かの中に、きらきらと美しい光の記憶を残すことが出来ただろうか…。


© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: