最終列車

 テルミニ行きの列車がでるホームは、Leonard da Vinci空港、通称『Fiumicino』の到着ロビーから延々と続く動く歩道の先にあった。しかも、辺りを見回してみても、列車はおろか自分以外に人の気配すらない。駅員も…、乗客も…。時刻はまもなく夜の10時になろうかというところだった。いやな予感が頭をよぎり、初日から駅宿泊も覚悟したが、旅客機のそれのようにパタパタと列車の発着時刻を表示するボードでは、1本だけだったが、これから出発する列車を見受けることができる。イタリアは、列車も例に漏れず時間にルーズだということを以前から話に聞いていたので不安もあったが、他に選択肢も見当たらない私は取りあえず切符を買って待ってみることにした。
 ホーム手前に立っている券売機と思われる機械の画面には、国旗が6つ並んでいて各国語で表示できるようになっていた。「さすがヨーロッパ!」と感心したのも束の間、見慣れない用語の混じった選択肢が多いうえに階層が深くてよくわからない。どうしようかとひとりで困っていると、後ろからひとりの日本人男性が現れた。助かった。早速私は「切符の買い方、わかります?」と訪ねてみた。すると彼は無言で画面のフランス国旗に触れると、スパ、スパ~っと、なにやら5~6回ボタンを押した後、ニコッとこちらを見た。画面に金額が表示されていたので、私も黙って機械に紙幣を差し込むと、下からスッーと馬鹿でかい切符が出てきた。その後、私は何語でお礼を言ったのか憶えていない。彼はどこの人だったのだろう?そもそも、何も言っていないのに、なぜ彼は私の行き先がわかったのだろう???
 そんなことがあって、しばらくすると、どこを旅してきたであろうか、といった汚れた風貌の『FS』と書かれた電気機関車が牽引する最終列車が、ゆっくりと、そして大きな音を立てながら、そのホームに滑り込んできたのだった。
 果たして私はこの切符を持って無事テルミニに向かうことができるのだろうか。そして、ジプシーの多い駅周辺を突破してホテルまでたどり着けるのだろうか。まるで公園の鳩のように狭い価値観のなかで傷ついてしまった私の、「渡り鳥生活」初日がこうして終わろうとしていた。


Fiumicino


『Fiumicino』 (フィウミチーノ)
ローマ中心部から南西35kmに位置する。

『FS』 (エフ・エス)
イタリア国鉄;Ferrovie dello Statoの略。


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