夜10時過ぎ、ナポリでピッツァを逃した私は、ローマに戻り「Est Est Est」(エスト・エスト・エスト=東・東・東)という名のホテルの近くのピッツェリアに入った。もうその日はどうしてもピッツァが食べたい気分になっていた。「Buona Sera」(ブォナ・セーラ=こんばんは)。席まで案内してくれた彼は、閉店の時間が迫っていたせいなのか、東洋人に対する偏見があったからなのか判らないが、西洋人の客たちで盛り上がっている手前の席からだいぶ離れた、人気のない奥の部屋に私を連れて行った。「どうやら東・東・東とは、東洋好きのオーナーがつけた名前ということではなさそうだ…」隔離されたことにちょっと寂しさを憶えた。しかし、腹が減っては腹も立たないので、取りあえずさっさと注文を済ませて、じっと料理がくるのを待っていた。 すると、再び彼は、東洋人のカップルを連れて私の隣の「東洋人席」へやってきた。ハネムーンの日本人だ。孤独な旅人を決め込んだつもりだった私は、「こんなところで浮かれた日本人カップルに会うなんて…。」と心の中で嘆いた。そして、彼らと目が合わないようにしながらもくもくと料理を食べ続けた。「あのう、日本人の方ですか?」男の方が、皮肉なことに自分が2日前に空港で言ったのと同じフレーズで話しかけてきた。「あ、はい」私は仕方なさそうに応えた。「どちらからいらしたんですか~?」と、今度は女性の方。「神奈川県の横浜市と横須賀市の境の辺りです。追浜というところなんですが…」変な言い方だが、いつも私はそういう説明の仕方をしていた。「えーっ、私、隣の金沢八景にある紳士服の青木に勤めているんですよー!」突然彼が驚いた表情で大きな声を出した。「えーっ」確かに驚きだったが、同時に「こんなところまで来て、そんなローカルな話を聞かないといけないなんて、しかも大声で恥ずかしい…」と思っていた。<続く>