屋根の上のにゃあにゃあ

 あるとき、『にゃあにゃあ』の姿がめっきり見当たらなくなった時があった。コツッ、コツッ、そんなある日の夜、私が仕事から帰ってくると、微かにどこからか、か細い猫の鳴き声が聞こえてくる。悲しく訴えかけるような鳴き声だった。『にゃあにゃあ』だ!『にゃあにゃあ』は、舌っ足らずな上に意気地なしでハスキーだから、他の猫のように堂々と「ニャーア、ニャーア」と鳴けなかった。だからいつも私を迎えに出てきたときに、ひと言だけ「ヒャ…」と鳴いて合図した。それが、その時は、繰り返し繰り返し「ヒャ…」「ヒャ…」と鳴いている。辺りはすっかり暗くなっていて、すっかり見通しは悪かったが、私は声のする方向を必死で探した。「にゃあにゃあ、にゃあにゃあー」。
 すると、平屋の屋根の上で、何か黄緑色のものが2つキラッと光った。近づいてみると、『にゃあにゃあ』だった。「そんなところにいたのか、降りておいで」その家には門がなかったので、私は、こっそり玄関先まで入って屋根を見上げた。『にゃあにゃあ』も屋根の端までやってきて、上から私の顔を覗いている。「ほら、はやく」私は手を伸ばす。『にゃあにゃあ』も鼻先をこちらに突き出してヒクヒクさせる。でも飛び降りてこない。「どうしたの、ほら、はやく」そう言いながら私は、その時『にゃあにゃあ』がどういう状態に置かれているのか、やっと理解した。「そうか、降りられなくなったんだな…」『にゃあにゃあ』は塀づたいに高いところまで登ってみたものの、降りられなくなってしまったのだ。猫のくせに情けないよぉ…。
 私は、『にゃあにゃあ』としばらくやりとりしていたが、結局その日は進展を得ることはできなかった。「腹が減れば、きっとそのうち降りてくるだろう」しかし、その明くる日も、そのまた明くる日も、状況は変わらなかった。ざっと数えてみても、もう1週間は屋根の上にいることになる。そろそろ本当にヤバイ。今夜こそは何としても助けよう。そう思って、その日は家路を急いだ。
 屋根の上を見上げる。そうすると、もう1匹猫がいる。「のらくろ」のような黒と白の猫だ。様子を窺っていると、『にゃあにゃあ』をちらちら見ながら、屋根と近くの塀を行ったり来たりしている。何と見かねた猫が、降り方を教えているのだ。でも『にゃあにゃあ』は、相変わらず腰が引けていた。しばらくすると「のらくろ」もあきらめて帰ってしまった。「もう、最終手段だ!」私は、その家の人に気付かれないように、近くの塀によじ登った。相変わらず腰が引けていて、手の届かない方へ行こうとする『にゃあにゃあ』の首根っこを、私はガシッとつかんだ。「ヒャー」嫌がる『にゃあにゃあ』を無視して、胸元に抱えて飛び降りる。緊張した『にゃあにゃあ』の爪が、私の肩に刺さって血がにじんだ。『にゃあにゃあ』はげっそりと痩せていた。


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