天使の絵本

天使の絵本

歓迎祭編.1


旅立ちの季節。
街にはレギオットの花が咲き誇り、冬の寒さの抜けきらぬフット・ベルを藍色に染めあげている。
中でも初恋広場から西、ディレ・マーレの大通りの突き当たりにあるシュトレイア学園の入り口にはレギオットのアーチで藍色のトンネルが設けられ、その花言葉の通り「新たなる旅立ち」に心踊らせてやって来る新入生を迎えての春一番のイベント、歓迎祭の時期を迎えていた。
そもそも広大な敷地を誇るシュトレイア学園は国立の施設であり、リート王国のシンボルたるシュレニア城よりも広い敷地面積を持っている。
そんなシュトレイア学園の校庭に続く真っ直ぐな道には地元の商店街による夜店が軒を連ね、真っ白な煉瓦で出来たその道の上を様々な人々が行き交っていた。
部員獲得に精をだすクラブごとの出し物をはじめ、自らも祭りを楽しむ在校生達にフット・ベルの住人達、攻撃魔法科の生徒が巨大な氷の塊を出せば剣士科の生徒がそれを切り刻み女神像のオブジェを作る。
校庭での王立合奏団の演奏は学園中に響き渡たり、空には移動魔法科の箒やら絨毯やらが飛び交っていた。



そんな中。
藍色のアーチの中を速足で駆けてくる少女がいた。
剣士科一年。
今年入学したばかりのエルティアナである。

「ふぁ~。寝坊しちゃった…。」

寝起きの頭を振り乱し、口には台所に用意されていた菓子パンをくわえて豪華な飾り付きの校門を駆け抜ける。

「レノさんもう来てるかなぁ…」

そう言いながら屋台の列をしらみつぶしに覗いてゆく。
東の草原地帯にある小さな町からやってきたエルティアナは現在、商店街にある菓子店「お菓子のウィーズリー」の二階の空き部屋に居候をしているのである。
そこは自分よりも年が一つ上の先輩「レーノ」の父親が切り盛りする菓子店であり、バイトを手伝う見返りにと空き部屋を貸してくれたのである。
そして今日は春の一大イベント「歓迎祭」。
古い歴史を持つシュトレイア学園とシュレニア城、そしてディレ・マーレの大通りの東の突き当たりに佇む大聖堂とフランモランの商店街が手を取り合って新たなる旅の門出を祝う。
歳の古い人の中には罰当たりな、と言う人もあるが本当の所はげんかつぎに似たものなのではないかとエルティアナは思う。
何にせよ今日は学園に出す夜店の手伝いをする約束だったのである。
またいつもの病気のせいか。
そんな事を思いながら白い煉瓦の道を駆けてゆく。
そしてふといい臭いがして足を止めた。

「おはようエルちゃん。」

レーノであった。

「今日もお寝坊さんね~。」

のんびりとそんな事を口にしてエルティアナに売り物のお菓子を手渡す。

「お、おはようございます!
レノさん。ウィーズリーさん。」

「それと…、ごめん…なさい」

そうきりだして深々と頭を下げ、少し顔を上げ二人の様子を覗き見る。
根が親切な二人だからまさか怒られるなどとは夢にも思わなかったが、それでも謝っておかねばなるまい。
そんな当たり前の義務感につき動かされて頭を下げた。
手からお菓子が転がり落ちそうになって慌てる。
そんなエルティアナを前に二人は可笑しそうに顔を見合わせて言うのだった。

「いつものことじゃない(か)。」

けして悪気は無いのである。

「気にしないで?」

そんな二人の優しさに今更ながらに呆気にとられ、手からお菓子を落としてしまう。

「ふぁぁ!?」

迷惑かけどうしのエルティアナである。
立つ背がなくてうつむいて、二人の後ろ、屋台の奥に描かれた魔法陣にはじめて気が付いた。

「あの…これってなんですか?」

前に入学試験をした時にはなかったはずである。

「あぁこれね。」

とひとりごちて再び笑顔を向けてくる。

「せっかくだから魔法の勉強もしましょうか。」

あの天使のような笑顔には攻撃力があるのではないか、とエルティアナは思う。

「魔法にはね?
大きく分けて2つの種類があるの。」

「1つは呪文の詠唱を基本とする短時間魔法(インスタントマジック)。」

こっちの方が一般的ね。
と付け加える。

「もう1つが魔法陣を基本とする長時間魔法(ロジックマジック)。」

そう言って魔法陣の前に立ち、少し書き足して陣を完成させた。
とたんに魔法陣からコンロの様に炎が吹き出す。
そうか、これでパンを焼いていたのか、とエルティアナは一人で納得してレーノに向き直った。

「ちなみに、短時間魔法(インスタントマジック)は体内にある潜在魔法素(マナ)を、
長時間魔法(ロジックマジック)は周囲を漂う偏在魔法素(リ・マナ)を吸収して発動するの。」

移動魔法や大魔法なんかはほぼ後者よね。
そう付け加えて焼きたての菓子を手渡してくれる。

「あ、ありがとうです!」

小さく微笑して優しく微笑む。
そんなレーノの仕草はどこか清美で柔らかく、もしも天使が居たらきっとこんな感じなんだろうな。
とぼんやりと考える。

「そーだ。」

ポンと手をひとたたき。

「ここはいいからエルちゃんは歓迎祭を楽しんで来て?」

訂正。この人は間違いなく天使だ。

「せっかくのお祭りなんだもの。
主役が楽しまなきゃ嘘でしょ?」

そう確信してエルティアナはレーノの言葉に甘える事にした。

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